06

馴染みのスーパーで3パック1000円という破格のお値段を弾き出したお肉を見つけた。ついでに1パック100円の卵もゲットしてキャベツや白菜や普段は買うのを躊躇するちょっと高いチーズが半額くらいになってたんで勢いのまま手にとった。とにかく安売り食材を手当たり次第にカゴの中に放り込んでいくとずっしりと両手で持たないといけなくなるくらい重量を増していく。
いくらデパ地下試食が趣味な自称グルメな私でも普段は質よりも量な訳で、例えお肉の脂身が通常よりも多かろうと、薄切り肉の筈なのに筋があろうと結局のところ腹が膨れれば何でもいいのだ。
ホクホクとその戦利品を両手いっぱいに抱え、店の外へ出ると木枯らしが吹いていた。びゅうびゅうと容赦なく吹きつける風にひとつ身震いをして指に食い込むビニール袋を握り直しアパートへの道のりを歩き出した。




筈だった。




なのに私の右手ときたらぎっしり詰まったビニール袋を掴むどころか、骨ばった男の人の手を握っていた。もう片手は虚しくブラブラと外気に晒されて急速に潤いが失われていくようだ。家に帰ったらハンドクリームをたっぷり塗り込まないと。
ところで肝心の中身が詰まった買い物袋はというと隣を歩く男の人が片手で持っている。あんなにずっしりと重かったのに全然そんな素振りすらなく、むしろ軽々と持っているから実は私が重いと思っていただけで実際はそうでもなかったのか。いやいやそんなはずはない。キャベツと白菜が各々一玉入ってるんだから。男の人の動きに合わせて揺れるビニール袋をじっと見ていると「どうしました?」と不思議そうな声がした。それに男の人の手から顔に視線を移してまたビニール袋へと戻す。

『重くないですか?』
「いいえ、男の子ですから」

かぁわいい…!

男の子と言った時に少し照れたようにはにかんだ顔にほっこりと胸の辺りが熱くなった。でも油断しちゃダメだ、とそのまま蕩けそうになる自分に渇を入れる。


このきれいな男の人(骸さんと言っていたっけ?)とは少し前に趣味のデパ地下探索の際に出会った。
あの時の私は今思い出しても恥ずかしくなるお願いをこの人にしたのだ。
今までのデパ地下巡りではそんなこと全然なかったのにどうしてあんなこと言っちゃったんだろう。
いくら考えても答えなんて出てこなくて、例え出てきたとしてもすごく自分が情けなくなるだろうから放っておくことにした。
しかも何故かそのお願いを律儀に聞いてくれた骸さんに別れ際、少し躊躇いながらも「携帯を…」と言われてバックの中から取り出すとすっと掌から離れて骸さんの手の中に収まっていた。
それをポカンと口を開けて見ていたら目の前で手際よく操作して返された。
画面には見たことのない名前と番号とアドレスが表示されている。
しげしげとその文字の羅列を見つめていると咳払いが聞こえて反射的に顔をあげた。

「これが僕の連絡先です」
『え、』
「出てくださいね」

でないと寂しいです。と早口で付け足された言葉に驚いてこくこくと何度も頷いていた。

それから私は携帯に敏感になった。いつ電話が掛かってくるんだろう、メールが届くんだろうと見ようによっては毎日びくびくしていた。でも着信があったかと思えば友達の泥沼な恋ばなだったり、メールが届いたかと思えばメルマガだったり。
ガッカリしたような、でもちょっぴりほっとしたようななんとも心地の悪い気分を味あわせられた。いや友達もお徳情報も大事だけどね。
そんなことが1週間も続いたらさすがに頭の悪い私でも気がつく。からかわれたのだ。それか連絡先を交換したものの家に帰って冷静になってみたら、行きずりの女(昔の歌謡曲か演歌みたい…)と仲良くすることが馬鹿らしく思えたのかもしれない。
どちらにせよ、賢明な判断だと思う。


なのに今日ばったり出くわしてしまった。

だって目が合ったときものすごく驚いた顔をしていたから。
どうでもいい、それこそ捨てたと思っていた忘れ物を届けられた時のような複雑な表情で。


だったら話し掛けなきゃいいのにと思う。でも骸さんはまたもや律儀に声を掛けてきた。久しぶりですから始まり、元気でしたか?とか天気のこととかそんな他愛もない会話が無意味に続いていった。
それから少しの沈黙のあと取って付けたように食事に誘われたけど、もう指先が痺れて感覚がなくなっていた荷物に気づいたのか困ったように眉を下げている。

『今日は生ものもあるんで遠慮します』

すみません、と会釈して立ち去ろうとした時、あの、とやっぱり躊躇いがちに呼び止められた。

「僕、この近くに住んでいるんですけど…その、良かったら来ませんか?」

なんで。


頭の中が完全に止まった。
なかなか返事を返さない私に焦れたのか手にしていたビニール袋を「持ちます」と言って奪い、その荷物を右手で持って、それから左手はまだ痺れたままの私の右手を掴んだ。温かい手に包まれてじわじわと指先から溶かされていく。
歩いている時に言い訳をするように「仕事が立て込んでいて連絡が出来なくてすみません」だとか「でも今日会えて良かったです」とかそれはもう嬉しそうに話すもんだから勘違いしてしまいそうになる。
それから無言でしばらく歩いている時に気づいた。そうか、せっかく会ったんだからこの際適当に遊んでやろうとかいう腹積もりなのか。うわぁ。なんでもっと早く気づかなかったんだろう。こみ上げてくる悔しさと情けなさに唇を噛んだ。そうしないと泣いてしまいそうで。黙々と骸さんの後を着いていっているとふと歩くスピードが緩んだ。と思ったら「着きましたよ」という声が聞こえてきた。
見上げると大きくて立派な建物の前にいた。

「行きましょうか」

手を握り直し腕を引かれる。

帰り道を忘れてしまった子どものようにのろのろと着いていく自分がひどく滑稽に思えた。




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