小雨がしとしとと降り注ぎ黒い傘に小さな水滴をこぼしていく。傘の湾曲に沿って伝いながら地面へと着地して水溜まりの一部となった。その流れを見送って重くのし掛かる灰色の空をひと睨みする。
こんな天候の日はどうも調子が出ない。全身を気だるさに支配され何をするのにも億劫になってしまう。
なので今日は早々に切り上げて帰ることにした。帰り際、千種達の気遣わしげな視線に気がついてつい笑いそうになった。どうやらここ数年で僕は彼らに心配されるような立場になってしまったらしい。情けないと取るべきか、有難いと取るべきか。とにかくみんなに大丈夫だと応えアジトを後にした。
本格的に降り始めた雨にキリキリと痛みを訴えてきた重い頭を抱えながらマンションまで帰ると入口付近に座りこんでいる人影があることに気がついた。
傘も持たずフードを被って明後日の方を向いている。後ろ姿では性別は判別できなかったが、線の細さや背丈の具合ではどうやら女性のようだ。
ただの雨宿りなのか、待ち合わせをしていて雨のなか待ちぼうけをくらっているのかは知らないがご苦労なことだ。
いずれにせよ僕には関係ない。大して気にも止めず通り過ぎようとしたら、突然その影がぱっと立ち上がり帰宅した僕の方へと駆け寄って来た。
『おかえりなさい、骸さんっ!』
朗らかなその笑顔に先ほどまで停滞気味だった気分が僅かに浮上していく。
今まで他人に出迎えてもらうことなんて数えるくらいしかなかったせいか、はたまた彼女にそう言ってもらえたせいかは不明だが妙な照れくささが僕を襲った。落ち着かない気分を押し止めて、ただいまと返して改めて彼女を見ると頬と鼻の頭が寒さで赤くなっている。幼い子どもみたいで微笑ましくはあったが、同時にある疑念が浮かぶ。
「あの、今日は連絡を頂いてましたっけ?」
彼女との約束を今まで忘れることなんてなかった。急な場合もあったがそれでもこんな風に丸々忘れてしまうなんてことは…。ズボンのポケットに入れておいた携帯を取り出しながら確認しようとすると、慌てたように『違うんです』と大袈裟に手を振る。
『近くまで来たから骸さん居るかなって…でもインターホンを押しても返事がなかったんでちょっと待ってただけなんです』
「そうだったんですか」
取り出しかけていた携帯を再びポケットに戻して、それから気になっていた赤くなった彼女の頬に触れると『ひゃ、』なんて声をあげて驚いている。その仕草は可愛らしかったのだが堪能するには冷えきった皮膚が邪魔をする。一体いつからここに居たのだろう。
「連絡してくだされば良かったのに」
『今日は待ちたい気分だったんです』
熱を求めて僕の掌に擦りよりながらの不意討ちに近い告白にどきりと心臓が反応する。
「…それは反則です」
『え?』
雨足が強かったせいか僕の言葉は彼女には届かなかったようで安心したような、でも少し残念だったような。じわりと僕の熱を奪いながら温度をあげていく彼女の柔らかな頬が気持ち良かった。