確実に僕は不幸になりますね

街を歩いていたら『あれぇ?六道君じゃん』と声を掛けられた。気安く声を掛ける人物になぞ心当たりが無かったので無視して歩き続けていたがしつこく話しかけて遂には肩に手を乗せ歩みを止めさせられた。
一体誰だ、と苛立ちながら振り返る。
そして振り返って僕は後悔した。

久しぶりぃとにやにや笑いながら立っていたのは黒曜に居た頃、散々振り回されたなまえだった。
僕は振り返るべきでは無かったのだ。
ヒクリと引きつる口元を隠す事すら忘れて、笑う彼女を見つめていた。


立ち話もなんだから、と彼女に連れられて来た先は有名なコーヒーショップのチェーン店。
『カフェラテ好きだったよね』と言いつつ、すかさず注文し会計をする彼女にまだ覚えてくれていたのかとトクリと胸が甘く高鳴………る訳がないでしょう!傲慢なこの女の手足のように使いを頼まれ奔走したあの日々を思い出せばこのくらい当然だ。『お待たせ』と二人分のカップを乗せたトレイを持って席までやってきたなまえに身構えた。


『そういやさぁー、あん時300円貸したままだったよね』
「そうでしたっけ?」

身構えた割には普通の思い出話ばかりで肩透かしを喰らった気分だ。妙に釈然としない何かを感じつつも適当に相槌を打つ。それより300円以上に僕が身銭を切って出した金額の方が遥かに多いという事実はきれいさっぱり忘れ去られているらしい。なんて都合のいい頭をしているんだ。

『そうだよ。まあ、それはいいとして…ここで会ったのも何かの縁だよね』
「はぁ…」

300円でこの場を立ち去る事が出来るなら喜んで支払う気でいたというのに。彼女の意図が全く読めない。チラリと様子を窺うと先程から気になっていた大きな荷物が視界を掠める。

「随分大きな荷物をお持ちですね。これから旅行ですか?」
『よく気がついたね』

気づかない訳がない。家出でもする気なのかと疑うほどだ。

『ちょっと家族と揉めててね…』

うん、嫌な予感がする。震える手を叱咤し、気持ちを落ち着かせる為コーヒーを一口啜る。甘苦い味が口の中いっぱいに広がった。

『気まずくなって勢いで飛び出しちゃった』

しおらしく俯くなまえに何と声を掛けるべきかしばらく悩む。ここで下手な事を言おうものなら取り返しのつかないことになるであろうことは容易に想像出来る。

「そうだったんですか。それは、大変でしたね………すみません、待ち合わせがあるので」

結局、上手く答えることは出来ず、厄介事に巻き込まれない内にさっさと引き上げようと時間を気にする振りをして腰を浮かそうとした。

『あっ、そうだったんだ。ごめんね、急に呼び止めて…』
「いえ、ごちそう様でした…………その差し出された手はなんですか?」
『待ち合わせなんでしょ?だったら早く行かないと。ほら家の鍵出して』

笑顔で鍵を寄越せと脅すなまえにありし日の姿が重なり、くらりと目眩がした。いやいや倒れている場合じゃない。

「な、なに言ってるんですか!」
『何って…骸こそ何言ってんの』

地が出てきたのか呼び捨てになっている。愕然としていると不機嫌そうにトントンと人差し指でテーブルを叩く。あれ、これはイライラしている時の彼女の癖だ。おかしいどこに彼女を苛立たせる要素があった。

『今まで何聞いてたの?』
「は、」
『私、家出てきたって言ったよね?』
「言いましたけど…」
『か弱い女性が住むとこないって困ってるのにこのまま、はいさようなら。で済ますつもり?』
「か弱い女性…?すみません、か弱い女性がどこにも見当たらないんですが…」
『ばっか、今目の前で困ってる儚げな美女がいるでしょ?』
「は、儚げ…?冗談は顔だけに…ぐっ…!」

思いっきり脛を蹴られた。痛い、予想していなかっただけにいつもより痛い。

『いるでしょう?』

悶える僕に威圧感漂う声で言い聞かせるようにゆっくり繰り返されたそれに善良な僕は「はい」と返すしか出来なかった。その返答に満足したのかにこりと微笑み だから、と続けられる言葉を痛みに耐えながら待つ。

『昔のよしみで優しい骸は可哀想な私を家に泊めてくれるんだよね』
「いやいやいや、ダメでしょう!いい年した男女がひとつ屋根の下で過ごすとか…無理です」

本当に無理だ。それだけは阻止したい。彼の言葉を借りるなら死ぬ気で、だ。

『私と骸の仲じゃない』

妙に生暖かい目をしている彼女の視線はもはや恐怖でしかない。

「どんな仲ですか?!数年ぶりにばったり会った同級生以外の何物でもないでしょう!」

恐怖を振り払うように若干声を荒げると『またまたぁ』とにやけだす。それからぐっと身を乗り出して耳元で囁いた。

『だって昔、私がうたた寝してた時、やらしいイタズラ、してたでしょう?』
「!?…な、んでそれを…まさか起きて…!」

バッと身体を離して思わず呟いて、しまったと口元を押さえた。

『鍵、出すよね?あの時の続き、したいなぁ』

勝ち誇ったかのような彼女に、ポケットから鍵を取り出し差し出している右手。ああ、お前はいつから身体の持ち主の意思を無視するようになったんですか。鍵を受け取ろうと近づいてくる彼女の後頭部を押さえ、つり上げられた口元に自分のそれを押し付けている自分に更に落胆した。

企画:usigunolo様

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