とろろご飯

ごりごりとすり鉢の中で粘り気を帯びてくる山芋に出汁を少しずつ加えてのばしていると『たっだいまぁー』と今にも踊りだすのではないかというくらい陽気な声が聞こえてきた。数週間前から我が家に居座っているなまえだ。昔から感情の起伏が激しいなまえだったが、今日はずいぶん機嫌が良さそうだ。知らず知らずの内に安堵の息が口をついて出てくる。別に怖いとかそんなんじゃないんですよ。虫の居所が悪いと確実に僕を巻き込んだ面倒くさいことになるから機嫌が良くて安心しただけなんです。

『お腹へったー!今日のご飯なぁに?』

リビングのソファに鞄を置く音がして(いや、あれは投げるだ)近づいてきてぴたりと背中にくっついてきた。背後からひょっこり覗き込んでくる気配がする。

「今日はとろろご飯です」
『げっ…』

短く途切れた彼女の言葉に、まぜていた手を止めて見下ろすとやけに胸元の開いた服装をしたなまえが顔を歪めていた。決していつも胸ばかり見ている訳じゃないんですよ。つい目がいっただけなんです。男なら誰だってあるでしょう!僕だけがやらしいんじゃないんです。

「その、寒くないんですか?」
『何が?』
「いえ。何でもありません」

目のやり場に困りつつ、またすり鉢をごりごりとかき回していると袖を軽く引かれた。

『ねえ、モノは相談なんだけど』
「なんでしょう」

僕の手元を指さし曖昧に笑いながら首を傾げるなまえにつられて同様に同じ方向へ首を傾げてみたが視界が斜めになっただけで何も変わらない。

『それお好み焼きとかになんない?』
「なりませんね」

馬鹿を言うな。今日はとろろご飯の気分なのだ。誰が何と言おうと僕はとろろご飯を食べる。

『どうしても?』
「どうしても、です」

ほどよく混ざりあったふわふわのとろろに満足し、唇をとがらせているなまえと目を合わせないように注意をしつつ容器に移し替えようと皿を用意している時にまた『ねえ、』という声が聞こえてきた。

『お好み焼きがいい』
「ダメです」

これだけは譲れない。男らしくきっぱり断ると ふん、と鼻をならして半目になったなまえに嫌な予感がした。

『そんなにとろろが好きなら、自分のとろろ食べればいいじゃない』
「何を言って……っ!」

するりと僕の股間の辺りに手を這わせチリチリとファスナーを下げていく。

『お好み焼きがいいなー』
「…卑怯ですよ、人が手を使えない隙を狙うなんて」
『だったらその皿を置いて反撃でも何でもすればいいじゃない』

ほら、と猫のように目を細めて笑うなまえに苦々しく息を呑み込む。

『抵抗しないの?』

抵抗。
そんなもの出来る訳がない。彼女が来た日にそういったことをやって以来、ご無沙汰なのだから。てっきり少しは今までとは違う関係に…と淡い期待をしていたのに彼女ときたら翌朝にはいつもの調子を取り戻していて僕の入る余地なんて微塵もなかった。その時の僕の心情ときたら、もう…。

『ほらほら、早く抵抗しないと食べられちゃうよ?』

つー、と滑り落ちてきた舌に先端が触れたかと思えばぱくりと口の中に含まれる。

「…っ、」

美味しそうに頬張るなまえに身体の力が抜けそうになって危うく手にしていた皿を落としそうになった。慌てて台の上に置くと、音に気づいたのかなまえがぱちりと目を開いて見上げてくる。その視線から目を離せずにいると、くすりと小さく笑われたような気がした。それを合図に自由になった手でなまえの大きく開き過ぎな胸元へと手をのばして捲りあげる。男の前でこんな格好をしているなまえが悪いんです。最早誰に対してなのかわからなくなった言い訳を繰り返しながら座り込んでいるなまえに覆い被さった。




『ふわっふわで美味しいねー』
「…そうですね」

対峙する僕となまえの前には楕円の物体がほかほかと湯気を立てて鎮座している。

『やっぱりお好み焼きは山芋入りに限るわー』

上機嫌に箸を進めるなまえに「そうですね」と繰り返すよりなかった。僕の意思なんてこの世界にとってはなんてことないちっぽけなものだと思い知らされた。







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