※時系列ガン無視。スクアーロの娘が小学校低学年くらいの設定です。
最近パパがおもしろい。毎日お仕事が終わって帰ってきてからもフランベルジュの女という人を探しに行っている。眠っている時でもうわ言のように口にする名前に自然と私も覚えてしまった。一体どんな人なんだろう。パパを負かした人だって聞いたからものすごく強い人なんだろうなぁ。名前から想像するとフランとベルを足したような人なのかな。だとすればたぶん最悪だ。フランは意地悪だしベルは更に意地悪だからものすごく意地悪な人に違いない。
この間学校にベルとフランが迎えに来てくれた日だって帰る途中で可愛い猫ちゃんがいて遊んでいたら遊んでいるうちに猫ちゃんがだんだん大きくて真っ黒な犬になって追いかけまわされた。必死に走って逃げていたのにふたりとも全然助けてくれなくて、ベルなんかお腹を抱えて笑っているだけだった。本物の王子さまだったらこんな時助けてくれるのが普通でしょ。ベルなんて偽物だ。
結局最後は転んで膝をすりむいて痛くて怖くて泣き出したところでやっと犬を追い払ってくれた。ベルとフランのお迎えの時は二度と寄り道しないと心に誓った。そしてその日から私はベルのことをこっそりニセ王子と呼んでいる。
だからベルとフランより意地悪な人だったらパパはきっと大変な目にあうんだろうなぁ。
今日はみんなお仕事の日だからお迎えはなかった。だからボスのパパが迎えに来てくれた。黒い車に乗ってヴァリアーのボスのところに連れていってくれた。みんながいない日はボスのところに行くのが決まりになっている。ボスの部屋に入るとお酒の瓶がたくさん転がっていて、テーブルの上の瓶を退かすところから私の宿題の時間が始まる。瓶を部屋の隅の瓶置き場に持っていって、テーブルの上をふきんでごしごし拭いていく。それからお酒を飲んでいるボスの近くで学校で出されたプリントを鞄から取り出してとりかかる。
問題がわからなくなったらいつもはレヴィに聞きに行くんだけど今日は居ないから自力で頑張るしかない。難しかったけどだいたいなんとかできた。でも最後の一問で手の指と足の指が足りなくなったからボスの指も借りて計算した。解き終わってからボスにプリントを見てもらうと頭を撫でられてお菓子を食べる許可をもらった。ヴァリアーでは何をするにもボスの許可が必要らしい。パパもベルもフランもレヴィもルッスーリアもお仕事をする時はいつもボスに許可をもらいに行く。ボスの許可をもらった私はルッスーリアの作ってくれたお菓子を取りに食堂に向かった。
今日のおやつはマカロンだった。ルッスーリアの作るマカロンは色んな種類があってカラフルでかわいいけど食べたらしゅわしゅわ口のなかですぐに溶けるからあんまり食べた気がしない。今日は一人で宿題を頑張ったからもっと食べごたえのあるおやつがよかったなぁ。3個だけ食堂で食べて残りはボスの部屋で食べようと思って持ってきていた透明なビニールの袋のなかに入れた。この袋は前パパと買い物に行ったときに買ってもらったお菓子をいれる用の袋だ。色んな大きさの袋が入っているからまとめてひとつの袋に入れることも出来るしひとつずつ小分けにすることも出来る。でも今日は中くらいの袋の気分だったからそれに入れることにした。ひとつじゃ全部入りきれなかったからふたつになった。
食堂からボスの部屋に戻る途中、前から人が歩いてくるのが見えた。慌てて私は廊下の窓のカーテンにくるまって人が通りすぎるのをじっと待つ。こうしていれば私は誰にも見つからない。
私はかくれんぼが上手だ。
いつのことかもう忘れたけど夜にかくれんぼをしたことがある。いつも夜は早く寝なさいって言われていたけどその日は特別な日だから遅くまで遊んでもいいと言われた。特別な日だからお気に入りの赤い靴を履いていっぱい走り回った。 真っ暗な家の中を駆け回って人に見つかりそうになるとベットの下やクローゼットの中に隠れた。見つかったらお化けに食べられてしまうよって言われていたから怖かったけど、でもいつもと違う雰囲気にちょっとだけわくわくしていた。結局私はお化けじゃなくてパパに見つかったから食べられなくて済んだらしい。だから私はお化けに食べられずにまだ生きている。
じっと廊下のカーペットを見ながら立っていると足元の影が濃くなった。それからカーテンがそっと開いた。驚いて顔を上げると髪も目も真っ黒なまるで影から抜け出したような大きな女の人が立っていた。黒い目はあんまり見たことがないからちょっとだけ恐い。
不思議そうに首を傾げてじっと私を見ている。
「あなたは誰?」
抑揚のない声で尋ねられて心臓がどきどきした。どうしよう。パパ以外で初めて隠れている私に気づいた人がいる。この人がお化けなのかな?でもお化けは夜にしか出ないからちがう。お話ししてもいいのかな?知らない人と話しちゃいけませんって学校で先生に言われたけど返事をしてもいいのかな?どうしよう。どうしよう。どうしよう。
悩んでいたら手に持っていたおやつのマカロンの入った袋から小さくぱきっという音が聞こえた。
女の人の視線も私の手に移動して困ったように眉を下げた。
「砕けちゃったね」
あんまり表情は変わらなかったけど優しく細められた目元に女の人が笑ったような気がした。うわぁ!黒い目はまだ恐いけどその目がきらきら宝石みたいに輝いたように見えて綺麗だった。なんだか特別なものを見ているような気がして女の人に見とれていると、遠くからパパの声が聞こえてきた。パパ達が帰ってきたんだ。パパは声が大きいからすぐにどこにいるかわかる。パパが勝手に離れて迷子になった時なんか人がいっぱいいるところで大きな声で名前を呼ばれるからいやだ。周りにいる人達がみんなパパの声に驚いて振り返ってすごく恥ずかしいから。
小さく舌打ちした女の人は「じゃあね」と一言言って立ち去ろうとしたから咄嗟に女の人の洋服を掴んでしまった。もう少し一緒に居たいけど、パパに人と一緒に居るところを見られたら怒られるかもしれない。まだ私はここの人達には秘密だから。
どうしたの?って聞いてくる女の人に砕けてない方のマカロンの袋を渡すと目を丸くしてそれから「ありがとう」って言われた。それに嬉しくなってにこにこしている間に女の人はあっという間にいなくなってしまった。
また会いたいなぁ。
会えるといいな。壁に背中を預けてずるずると座り込んで砕けた方のマカロンの袋を開けた。あの女の人はどの味が一番好きかな。私はイチゴが一番好きだから女の人もイチゴが好きだといいな。
「ここにいたのか」
女の人がさっきまで立っていた場所に今度はパパが立っていた。しゃがんで「口についてるぜぇ。今日はご機嫌じゃねぇか」って言いながら口をごしごし乱暴に擦ってきたからマカロンをひとつパパの口に持っていくと一口でがぶりと食べた。噛み砕いて顔をしかめながら「甘ぇな」って呟いて抱えられた。パパにはおいしくなかったのかな。あの女の人にはおいしかったらいいな。
「宿題は終わったのか?」
『うん。全部できた!』
「よかったなぁ」
手を繋いで部屋まで帰る間に今日あったことをパパに報告する。みんなも仕事が終わったらボスに報告するからこれもヴァリアーの規則だ。
私にはまだ任務がないからパパに報告すればいいってボスが言っていた。
『最後の問題が難しくてボスと一緒にやったよ』
「・・・そうか」
『足と手の指だけじゃ足りなくなったからボスの指も使って数えて・・・パパ?』
「・・・なんでもねぇ」
肩をぶるぶる震わせながら歩くパパを見上げているとボスの部屋の前をちょうど通りかかった時に何かが飛んできてパパの頭に直撃した。
『パパ、大丈夫?』
「あぁ…」
パラパラと砕けたガラスの瓶の欠片がパパの髪の毛を滑って床に落ちていく。パパの頭と洋服と床を濡らした液体からつんとお酒の匂いがした。どうしよう、パパは石頭だけど打ち所が悪かったのかもしれない。痛い筈なのににやにや笑いながら愉しそうにボスの部屋に入って行った。パパの代わりにベスターが部屋から出てきて身体を擦り付けてくる。ふかふかの毛に腕を回して顔を埋めるとボスと同じ匂いがした。
『パパ、頭大丈夫かな。入院したらどうしよう』
ベスターはあまり興味がなさそうにあくびをひとつしてゆっくり歩き出した。