なまえ、と自分を呼ぶ声がする。
振り向くと我らがヴァリアーのボス、XANXUSが私を呼んでいた。

彼の足元には死んだように気絶した名も知らない隊員数名と、時折痙攣する作戦隊長。
作戦隊長基、スクアーロは銀の長髪を床に広げ、ボスの足蹴にされている。

常人なら怖気づく光景も、私達にとっては日常茶飯事。踏まないように避けて歩き、ボスの下へとたどり着く。


「どうかされましたか?」

「……肉」


たった一言で要件全てを表した彼は、そのまま目を閉じた。
もう何を言っても聞かないだろう。私がご所望の物を持ってこない限りは。

一礼して部屋を出た私は、長い廊下を2度曲がって専用の調理室へ向かう。
料理人も別にいるにはいるのだが、この前ボスが盛大に癇癪を起こしてからはボス個人への食事は一人だけが作ることとなっている。
その原因が新人がボスに気に入られようと勝手に試作品を持って行ったというのだから笑えない。今頃は土の下で刀傷と火傷に塗れ腐っていることだろう。いや、もう跡形もないか。

フォークやナイフを使う必要のない骨付き肉に下味をつけてボイルする。
苛立ち気味の時はそれだけでも凶器となる。
いくら暴力が私に向かないとはいえ万が一のこともある。私はまだ死にたくない。

ジュウジュウと肉汁が弾けた香ばしい香りを放つその肉を皿に盛り、少々の茹で野菜と紙ナプキンを添えて運ぶ。
途中ふらついているスクアーロが隊員たちを引き摺っているのを見たが、相変わらずの頑丈さに感心する。やはり天性のものだろう、羨ましい。

長い廊下を戻り、細やかな装飾が施された扉を開ける。
ノックしていた頃もあったが、彼の計らいにより、私だけはその必要を免除された。

部屋では出る前と全く変わらず目を閉じたままのボスがいる。
片目を開いた彼は、視線で私を促す。
私はそれに従って視線の先にあるテーブルに皿を置いた。
そして傍らにある氷を砕きグラスに入れ、ウイスキーを注ぐ。
偶に白ワインを注ぐ時もあるが、今の彼ならこっちだろう。

いつも変わらないそのルーティーンは私が相も変わらず彼の傍にいるという証。
一介の料理人見習いに過ぎなかった私にしては物凄い出世だ。

ボスが立ち上がり、こちらに向かってくる。
私はすかさず椅子を引いて妨げをなくし、グラスと瓶をテーブルに置く。
些細な事だろうが、彼はそれが欠けただけでも容赦がない。
何度もその様子を見てきたのだから。

ボスは尊大に椅子に座り、紙ナプキンに包まれた骨を掴んで口に運ぶ。
ムッシャァ、と擬音がつく程に肉を骨から噛み千切りながら貪り食う。

正式なパーティーの場ではあれ程優雅にカトラリーを操るというのに。
これも僅かながらに信頼されているのだろうか。彼が素を見せるまでに。


「おい」

「はい、なんでしょうかボス」


嬉しさのあまり無表情の下で微笑んでいると、ボスから声がかけられる。
動揺を表に出さず返答すると、舌打ちと共に嬉しい言葉が返ってきた。


「そう呼ぶな。煩わしい」

「……はい、XANXUS」


仕事ではないのだから、と私は表情を緩める。
そのまま彼の名を呼べば、XANXUSは鼻を鳴らして再び肉を貪り食う。

世界中が彼を悪だと罵ろうとも、私は変わらず傍にいる。
彼の傍にいることを赦されたあの日の誓いは、今も私の胸の中に。



私はなまえ。
しがない使用人で、XANXUSの恋人兼専属料理人です。

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