帝光編


魔王降臨


修学旅行の班決めで、気が付いたら、私は赤司君と一緒になっていた。

HRで担任が自由に班を決めろと言い、ちょっと出遅れた私は、あまり交流のないグループに入れて貰った。
赤司君には、皆遠慮して、進んで声をかける猛者はいなかった。
彼に憧れている人も多いし、人望はあるが、カリスマ過ぎて近寄り難い雰囲気があるせいか。

同じクラスには、バスケ部の一軍レギュラーはいないから、彼と仲の良いとまでは言える人はいない。
だからと言って、勿論彼は孤立している訳ではない。

「…苗字、入れて貰って良いか?」
彼がクラスを見渡した時、私とバッチリ視線が合った。
私はグループの人達に視線をやり、彼等の無言の了承の意を汲み取った。
そして赤司君に頷いてみたのだった。

※※※

当日、京都に向かう新幹線にクラス毎に分かれて乗る。
帝光は生徒数が多いから、三本の新幹線に分かれて乗る事になっていた。

「おはよう。…今日からよろしく」
『…こちらこそ』

私の新幹線の席は赤司君の隣だった。私は通路側。
走り出して暫くしてから、私は先生の目を盗み、仲の良い子にお菓子を配っていた。
「待ってましたーー♪ 名前の手作りお菓子っ!!」
「私にもちょーだいよ!」

後二袋まで配り終えたその時、頭の上に影が差した。

ぎょっとして見上げたら、紫の髪が目に入る。
「綽名ちーん……」

彼がじぃっと私の手元を見る。
『紫原君…』
「…………」
「敦」

最近彼は、とある事件が切っ掛けで、料理部に近付く事を厳しく禁じられていた。
今、私の隣にはその禁じた当の赤司君がいる。

紫原君は言葉では強請らないものの、穴が開くのではないかと言う位に、無言で私の持っているクッキーの袋を見つめている。
根負けした私は、仕方無しに溜息を吐いた。
『…分かった。これ、あげるよ』
私は諦めて紫原君の大きな手に、その袋を一つ乗せた。
「良いの〜? 綽名ちん、ありがとー! 赤ちんもまたねー」

紫原君は、私の頭を撫でてから去って行った。
彼の後ろ姿を見送って軽く息を吐いた私に、隣の赤司君が苦笑交じりの声をかける。
「…いつも敦が迷惑をかけるね」
『はは。今回は多めに持って来たから大丈夫。まだ一袋残ってるし』

私が袋を掲げると、彼はそれを目を細めて見た。
『…? どうしたの? 赤司君』
「いや……あの敦が、そこまで執着する君のクッキーに好奇心が湧いただけだ。
…以前、君から貰ったケーキは美味しかったから」
『…………食べます?』
私が恐る恐る差し出したクッキーに、彼は目を軽く瞠った。
「…折角だから貰おうか。…ありがとう」

赤司君がクッキーを横で食べているなんて…シュールだ。
「ありがとう。美味しかった」と、彼は満足気にお茶を飲みだした。

列車が走り出してから、私は赤司君と話す事も無く、横で読書する彼と窓の外の景色をぼんやり眺めていた。
郊外の景色から、今は工場と田んぼの景色に移り変わっている。

赤司君の整った横顔は、それだけで絵になるな。等と見るとも無しに見ていたら、彼が顔を上げて私を見た。やばい。
「僕の顔に何か付いているのかい?」
私は慌てて頭を振る。
『ごめん、読書の邪魔をする気は無かったの! 窓の外…もうすぐ富士山が見えるかな?って』
「富士山?」
彼はフッと笑った。

『子供っぽいって思ったでしょ?』
前世では、彼より随分大人の年齢だったけど、今の私の精神年齢は中三以下か。
自覚して少し膨れた。

「いや、そんなつもりは無かった。…見たいなら、席変わろうか?」

彼の申し出に悪いからいい、と断ろうかと思ったが、私が見てたら彼も読書に集中出来ないかもしれない。
結局私は、彼の申し出を有難く受ける事にした。

天気は良かったので、私は念願の富士山を見る事が出来た。

「富士山の名前の由来は一説によると、"不死の山"から来ていると言う話がある。
竹取物語では、帝が月の使者から貰った不老不死の秘薬を火口で焼いたと言う…
中国の徐福が始皇帝の命で、不老不死の秘密を求めて富士山に来たと言う伝説もある」

彼も、その時は読書を止めて眺めていた。
『霊峰、と言われるだけはあるよね。ありがとう。これで東海道のイベントはバッチリよ!』

私の台詞に彼はクスクス笑った。
そして、席を戻そうかとの私の提案を、彼はそのままでいいと言ったので、私は引き続き窓の外の景色を楽しむ事にした。


どれ位の時が経ったろうか。

「…苗字! 苗字!!」
私は軽く揺さぶられて目を覚ました。
『…んー?』

私は、身体が異様に傾いているのを自覚した。
頭が何かに支えられている。
何だろう…この腕…は?

「もうすぐ京都に着くよ。そろそろ起きた方がいい」
……ん?
彼の声に私は、突如自分の置かれている状態を悟り、慌てて跳び起きた。

私は、赤司君に凭れ切って眠っていたみたいだ。不覚!!
「よく寝てたね」
『わっ、ご、ゴメンね!? 重かったでしょ!?』
結局私は又しても読書の邪魔をしたみたいだ。…鋏で切り刻まれなくて良かった。

『…起こしてくれても良かったのに…』
私が小声で零すと、彼は喉の奥で低く笑った。
「あまりにも気持ち良さそうに寝ていたから、起こすのが忍びなくてね。
君の寝顔は滅多に見れないし、中々新鮮な体験だったよ」
と楽しそうに言う彼に、私は何と言って返したら良いのか分からなかった。


駅に着いてから、私達は貸し切りバスに分乗し、市内のあちこちを観光してからホテルに着いた。
明日は一日自由行動だ。

ロビーで班全員で集まって明日の予定を話し合う。
彼等はそれぞれカレカノらしく、明日は別々に行動したいと言ってきた。
私も入れて貰った手前、無理に付いて行く事は出来ない。

「僕はそれでも構わないよ」
『赤司君はどうするの?』
彼はバスケ部レギュラー達と一緒するのだろうか? と思ったら、彼は驚く様な提案をして来た。

「苗字、一緒に周らないか?」
『…は?? 私???』
思わず固まった私に、彼は重ねて問う。
「……それとも僕とでは…イヤだろうか?」

…正直…気が重い。でも、彼の向けて来る瞳を見てしまうと、有無を言わせない力があった。
別に誰かと約束してる訳でも無いしな…
私は諦めて頷いた。
『嫌…ではありませんよ。どこか行きたい所とか、あります?』

彼はフッと微笑んだ。
「以前、君が言った所とかどうだろう?」
マジか。苦し紛れに言ったのを、まだ覚えていたのか。

『…鞍馬山の魔王殿? あそこ行くなら山歩きになるけど。中心部からは結構遠くになるし』
「一日あるから効率的に回れば、時間は問題ないだろう。…君は? 山歩きは大丈夫か?」
『…多分。鞍馬からのルートなら下りになるので、何とかなると思う』

※※※

次の日、私は赤司君と鞍馬に行った。
途中、電車に隣りに座った時、彼が楽しそうにオッドアイを煌めかせた。
「ちゃんと眠れたかい? …何なら、また横で寝ててもいいよ。着いたら起こすから」
『……あ、いや。あの時はごめん。今日は眠れたから大丈夫よ』

赤司君に以前「一緒に行くかい?」と言われた時は、まさか本当に行く事になるなんて思わなかった。
苦し紛れでも出まかせなんて、うかうかと言うものではないな。

終着駅に着いて、仁王門から石段を上り、更に奥に進むと、次第に山の中に入って行く。
山は鬱蒼と杉の木が茂り、昼間でも暗く思える。
偶に行き交う人々と軽く会釈しては歩いて行く。
辺りには虫の声だけが響いていた。

それにしても…赤司君と二人で山歩きなんてシュールだ。

『…何だか、凄いねぇ。雰囲気あるって言うか』
「そうだね。こんな所を見てしまうと、本当に天狗が出そうだね」
『……赤司君もそう思うの?』
「どうして? 僕だって人並みに感じる事はあるよ」

人並み…?
いやだって、この人、軽く人智を超えたりしてない?

私が一瞬押し黙ったのを見て、彼は眉根を軽く寄せる。
「…以前も聞いたが…君は、僕を何だと思っているんだ…?」

まさか魔王様とか言う訳にはいかないが…
でも彼のファンの女子達が呼ぶ様に"赤司様"って言うのもなぁ…

『……赤司君は赤司君、だね』
「何だか含みを感じるね」
私は曖昧な笑みを返した。

黒バスの中でも、彼は特別な存在。
私は全てを読んだ訳では無いから、まだ彼について知らない設定とかある筈だ。
確かに彼は、途中で別人の様になった…様な気がする。
黒子君に訊けば、その意味が分かるのだろうか?

山道は、山頂から起伏のある下り道になって来た。
木の根がうねり、足下が危うい。集中して歩かないと転ぶので、私達は口数が少なくなって来た。

幾つかの史跡とお堂を見ながら道を下って行くと、奥の院・魔王殿に辿り着いた。
真ん中に大きな石灯籠があり、その先には白い神社幕のかかったお堂がひっそりと建っている。

辺りに人の気配は無かった。私は彼に振り返った。
『少し、ここで休んで行こうか…』
言いかけてぎょっとした。
辺りは静まり返り、虫の声が不意に途絶えた。

彼は、私を凝視していた。まるで、私の奥底まで見透かすかの様な瞳で。
『…どうしたの?』
私の問いに彼は答えず、逆にゆっくりとした口調で問うて来る。
「……君は…誰だ?」

『…え?』
私が訳も分からず首を傾げる。
「苗字、俺には君が…別の人物と二重写しになって見える。雰囲気は似てるが…大人の様な女性が」

『私が!?』
私が慌てて自分の身体と辺りを見渡すが、自分には変わっている所なんて感じられない。
……まさか、彼に見えているのは…前世の自分なんだろうか?

『誰って。私は苗字名前よ。…でも』
私は思い当たる事柄に一旦言葉を切る。
『…もしかしたら貴女に見えているのは…前世の私、かもしれない』

彼は興味深げに首を傾げた。
「…前世? 君は前世を覚えているのかい?」
『……24才までで…仕事をしていた事は覚えてる。
でも、ここに来るまでの事は覚えてないよ。途中までしか』

ここの世界が、漫画に描かれていると言うのは…言えないな。

赤司君は得心した様に頷いた。
「成程ね。君に感じる違和感は…それかもしれない。前世の成人した記憶がある。…君は年齢よりも大人びて…いいや、大人そのものだ」

『違和感って…』
私も答えながら、赤司君に違和感を感じていた。
『…私も聞いて良いかな? 貴方こそ…誰?』

私の問い返しに、彼は目を伏せ口元を柔らかく綻ばせた。
「……久しぶり、だね。苗字さん」
ゆっくりと開いた彼の瞳はオッドアイではなく、両方とも燃える様な真紅だった。
『…赤司……君?』

やはり魔王は降臨した。


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