帝光編


未来へのillusion


-名前side-

本来、学生服にアクセサリーはそぐわないし、校則で禁じているのもあって、勿論指輪などして来る生徒はいない。
仕方ないので、私は登校早々職員室に行って訳を話し、指から抜けるまで暫定的に許可を得た次第で。

しかし中学生の恋愛への関心を私は少々…どころか大いに見縊っていたようだ。
気が付いたら、私と緑間君は婚約している、との根も葉もない噂が全校を駆け巡ってしまっていた。
何度も、話した事も無い女子生徒達に問い詰められ、好奇の目に晒されて、私は少々キレかかっていた。

※※※

「綽名ちーん」
『おや、紫の。今日はお菓子は作って無いよ』
「…ちぇ。綽名ちんとミドチンが結婚するって本当〜??」
『……何の話だ』
「その指輪〜、本当だー。ミドチンのと同じー」
『何言ってるの!?こんな、ありふれたデザインで、同じもへったくれもあるかっ!!?
私のは、抜けなくなったんだっつーの!!大体、緑間君とは直接話した事もないのにさ…』

言い淀んで、私は去年の事を思い出してしまった。
『ああ…いや、実は話した事は…ある、か…?』
「あるの〜?」
『まぁね。…いや、こちらの話』
二年の文化祭で、紫原君から隠れていた時にね。彼の方は分かってない筈だけど。

「いーな〜、ミドチン」
『…えっ?』
紫原君は、まさか私に気があるとでも言うのか?と、ぎょっとして聞き返す。

「綽名ちんと結婚したら、手作りお菓子が食べ放題だもんねー?」
そこかよ。

色気より食い気って、さすがに男子中学生だな。
『そんなに手作りお菓子が食べたいなら、自分で作りやがれ。自分で作れば食べ放題だよ』
「あ〜、それ、いいかもー?」
いいのか?……意外とパティシエにもなれそうだな、この巨人……全部自分で食べてしまいそうだけどw

それにしても…緑間君のは、明らかにラッキーアイテムだからで、まだ分かるけど。
私のは、ただの偶然で。…でも、その私まで蟹座とは、何の因果なんだか。

それでも、このラッキーアイテムは、彼にとっては今日限定だ。
例え、私が明日も指輪が抜けなくても、彼がして来なければ、そんな噂なんかすぐに消滅するだろう。


そんな事よりも、今は…
『…はぁ。どうすっかなー』
私は紫原君が去った後一人、ブツブツと呟き、目の前に置いた進路希望用紙を睨んだ。
未だ欄の中は白紙だ。

『近くで進学するなら、霧崎第一か…秀徳高校って辺りかなぁ?』
どーせ成績良いんだから、進学校にした方が後々良いのは自明の理だ。
『…でもなぁ…』
うーん…と私は考え込んだ。

霧崎第一は…あの花宮って、いけ好かないヤツとお仲間がいる所だし、秀徳って言えば…

今、丁度私との噂が酣になってしまっている、あの変人。

『京都の魔王は置いといて…前門の変人か、後門の悪童か…?』関わらなきゃ済むけど…済めば良いけど!
「何を言っているんだい?苗字」
突然、後ろから声をかけられて、私は『うわぁ!?』と飛び上がった。

赤司君がにっこり笑いながら、私を見据えている。でも何か怖い。
「…京都の魔王がどうしたって?」
『…えっ!?』しまった!!独り言、聞かれていたか!!?

私は誤魔化す為に、慌てて脳をフル稼働させる。
『ほら、き、京都に"魔王殿"ってあるの、知ってる?』
「ああ、鞍馬にあるね。650万年前に金星から魔王が降って来たって伝説のある場所だろ?」

やっぱり赤司様は、知っていたか!さすがだ。
『い…いや、修学旅行が近いから、行ってみたいなぁ〜って…』
こ、これで何とか誤魔化せたかな??

「なら、一緒に行ってみるかい?」
『……へ?』

私はピキリと固まった。
確かに…修学旅行の班分けもそろそろ決める筈だ。
……その可能性は考えなかったが、そうなる事も有り得るんだよな…

「それで苗字は進路は決めたのか?」
『えっ!?』

赤司君が興味深そうな顔をして、私の机の上の用紙を見ていた。
私は憮然と答える。

『ちょっとだけ…迷っている』
「…京都に…来る気はないかい?」
『修学旅行で行くからいい』

私の返しに一瞬目を瞠り、クスクスと笑いだす。
「僕は進路の話をしているのだけど…?なら、言い直そうか。
洛山に来る気はないかい? 君の成績と家なら、まず問題無いと思うけどね」

私は自分の失態を悟り、慌てて言い直す。
『…っ!…来年の京都は方角が悪いから!』
彼は一瞬ポカンとして、また軽い笑い声を立てた。
「真太郎みたいな事を言うね?」

おは朝は、いつの間に方位学まで手掛ける様になったんだろうか…?

赤司君が「面白そうだから、明日は僕も、左の薬指に銀の指輪をして来ようかな?」
とか言ってたりするのは、冗談か空耳だと思いたい…考えるだに恐ろしい。

※※※

私は、何かに揺られていた。
それは、バスの中の様だった。

うとうとしていて、ふと目を覚ます。
目に入ったのは、隣のオレンジ色のジャージ。

このジャージって…
覚えがある。確か…

ぼんやりと私は記憶を彷徨わさせる。
肩に温かみを伴った重みを感じ、ふと左肩を見たら、サラリと緑の髪が頬を擽る。
私は驚愕のあまり、固まった。
『なっ…!何で!?』

これって…緑間君!?
今まで殆ど接触とか無かった彼と私が、何でこんな事になってんの!???

更に気が付いたら、手は彼に固く握り締められている。
私は頭が混乱し、顔に熱が集まって来るのを感じた。

私は、恐る恐る首を傾けて彼を見た。
長い睫毛は伏せられ、いつもの様な頑なさは潜められて、安らかに寝息を立てている。

「…名前……」
『…えっ?』

私を微かに呼ぶ声は、低く柔らかく、甘く掠れていた。
聞いていると、何だか、こそばゆくてドキドキしてくる。

寝言…だよね? でも、どんな夢見てるんだろ??
それに…今、私の事、名前で呼んだ…?

ふと、彼が目を覚まし、ぼんやりと私を見た。
長い睫毛に縁取られ、潤んだ瞳はあまりにも綺麗で、思わず私は息を飲んでしまう。

彼は軽く微笑むと、私の頭を優しく撫で、何事かを囁いた。
私は魅入られたかの様に動けなかった。

※※※

ジリリリリ…

いきなりの音に夢を破られ、目を覚ます。見慣れた自室の天井が目に入った。
『ゆ…夢か…吃驚した…!!』

昨日の婚約騒ぎのせいだろうか?…それにしても、なんて夢だ。

私は着替えながら、ぼうっと机に置かれた進路希望用紙を見つめる。
戸惑いながらも、唐突な夢の意味を考えてしまう。

……でも、夢だったからか…幸せで、割と心地良い感触だった様な…
あの囁かれた言葉が、思い出せなくて、もどかしい。

私の薬指に嵌った指輪は、音も無く外れて滑り、床に落ちた。
私は、その指輪を拾い上げて、じっと見つめた。

これで、彼だけじゃなく、私も指輪の呪縛から解放された訳だが…
何となく夢の先を断ち切られたかの様な、一抹の寂しさの様なものを感じてしまった。

きっと、気の迷いだ。
私は軽く頭を振り、階下へ降りた。


朝食を食べながら、点いていたテレビを眺めた。
『…おは朝か…』

「…蟹座のあなた! 今朝見た夢は、忘れずに行動すると吉!」

ブッ!!
危うく飲んでいたミルク入りコーヒーを吹き出しそうになり、思わず咳き込む。
家族達が怪訝そうな顔して、私を見ていた。

忘れずにって。
思い出すだけでも、心臓に悪いってのに。

『はぁ。…おは朝まで、私に秀徳に行けってか…?』

「何だ、名前。秀徳に行く夢でも見たんか?」
兄がチーズトーストを齧りながら絡んで来る。
『…まぁね。そんなとこ』
「秀徳…良いんじゃね? あそこは進学校だし、バスケも強いんだろ?…もしかして、赤司家の御曹司も行くかもな?」
『…お兄ちゃん、余計な事言わないでよ!』

赤司君は行かないけどね! そこで母がキラキラした眼差しを向けて来るから止めて欲しい。

「ははw悪かったな」
兄は私の頭をくしゃりと撫で、折角整えた髪を乱された私は文句を言った。

※※※

やはり今日の緑間君は、銀の指輪をしていなかった。
そして、私の指にも指輪が無かったから、噂はすぐに収束するものと思っていた。

…が。

痴話げんかした挙句、婚約解消した様だ、との立派な尾鰭が付いてしまったのだった。何故だ。
『いや、だから、最初から婚約なんかしてないっつーの!!大体、緑間君にも失礼でしょーがっ!!!』

今朝から何度も、こんな話を繰り返したので、私は疲れてしまった。
もう、何なの?最近の中学生って。

廊下で緑間君とすれ違う。
今朝方の夢を思い出して、私の心臓が跳ねる。

彼は、秀徳の中谷監督と並んで歩いて、進路指導室に入って行った。

『……未来は、やはり原作通りに進んでいる…のね』
黒子君も赤司君も、誘ってくれたのは嬉しいけど。…でも、私は。

どうしても、あの夢が頭を離れないのは、今朝見たおは朝のせいだろうか?
あんなの、正夢でもないだろうし、話もしてないのに、意識し過ぎだと分かっているけど。
同じ高校に行ったからと言っても、縁が出来るとも限らないけど。…それでも、どうしても気になって。

私は教室に戻ると、今までの迷いを振り切る様に頭を振った。
そして意を決し、用紙の第一希望に「秀徳高校」と書き込んだ。


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