If-帝光編(一年)


願わくば


小学校六年時。

私は母に薦められた私立中学のパンフレットを手に呆然としていた。
何でよりによって「帝光中学校」なんだ?

緑間君の存在と共に、私は自分が黒バスの世界にいる事を知った。
彼がいると言う事は、黒子君も火神君も…他のキセキ達もいる訳で。

まぁそれはいい。別に彼等が存在している世界でも、彼等と直接関わり無く生きる事は可能だ。
でも、どうやら私にはそれが許されない様だった。


「取引先のご子息が、そこの中学校を受験するそうよ。名前と同じ年ですって」
『ふーん…』
「その赤司家のご子息ね、バスケ部に入るつもりなんですって!」

……出たよ、赤司家。
偶に親の会話に上がっているから、もしやと思ったら案の定これだ。

『……あの。同じ中学に入ったからって、仲良くなれるとは限らないよ?』

私の遠回しに言った牽制の言葉なんか、母の耳には聞こえてないみたいだ。

「だから名前も、男子バスケ部入ってマネージャーやりなさい」
『お断りします』

赤司家…あの鋏の君が目当てか。
苗字家程度の家柄で、そこの縁組を狙うとか高望み過ぎだろう。

娘の器量分かって言ってんの? この人。
せめて桃井さんクラスの美人に産んでから、玉の輿を期待してよ。

私の数々の文句を母は一蹴した。
「男子バスケ部入ってマネージャーをやらないなら、今すぐ出て行きなさい!!!」
『何それ!!?? 横暴っ!!!』

私は他にやりたい事があるのに。
そう言っても母は聞かなかった。

それ以外の部に入るなら、バスケ部と関係なく赤司君を落せと来たもんだ。
無理に決まってんだろ。

勿論、他の学校に行く、と言う選択肢は無い。
「帝光を落ちたら、貴女はそのまま浪人ね」

義務教育を何だと思っているんだろう? この人。無茶苦茶もいい所だ。
でも彼女が言うには、違う中学に入れるよりも、同じ中学で後輩として入れた方がマシ、とか。

マジで中学で婚活やらす気か。

成績は二度目の人生でトップクラス、進学塾まで通わされているので、受験の方は問題はない。
同い年に後輩扱いされるなんてゴメンだ。

私は仕方なしに、母の横暴を受け入れる事にした。
まだ今の私には親の力が必要だし、やりたい事も、先ずは中学に無事に入学してからの話である。

※※※

帝光中学校の受験の支度と共に、母はバスケに関して、ど素人の私をスパルタ教育する事にしたらしい。

「赤司様によく思われる為に、少しでもやれる事を増やしなさい」

やれる事を増やすのは良い事だと思う。
…でも動機が不純過ぎだ。


間もなく、私は近所の相田スポーツジムに通う事になった。

私が覚えさせられたのは、バスケのルールとスコア付けと、基本的な練習と、体調に合わせたドリンクの作り方。
更に段階を進めてテーピングとマッサージと栄養学の基礎。

相田景虎さんは親切に色々教えてくれた。

「俺には娘がいるんだ。嬢ちゃんの一学年上だな。
それがまた可愛くって〜嬢ちゃんにも会わせるから、仲良くしてやってくれ!」

ワイルドな印象の景虎さんは、娘の事となると人が変わった様にデレデレになる。
…凄く愛されているんだな。……良い親子だなぁ。

私はやるからには腹を括った。
覚えて損な事は一つも無い。


ある日。
「おい、嬢ちゃん! ちょい来てくれ」
景虎さんに呼ばれて行くと、眼鏡かけた黒髪短髪の少年に引き合わされた。
「こいつの腕に、マッサージしてやってくれよ」
『…は。あの』
「んじゃ、よろしくな!」
「ちょ…!?」

私達は呆然と顔を見合わせた。
『…あの、苗字名前です。六年生です』
「あー…俺は日向順平。中一だ。よろしくな」

日向…順平って。
……そう言えば、景虎さんってリコ父じゃなかったっけ。
私は、もう黒バスの関係者に三人も出会ってしまっている。

私は彼にテーピングとマッサージの練習台になってもらった。
もの言いはぶっきらぼうだが、親切な人だ。

たどたどしい私の手つきに怒る事も無く、細かくアドバイスをしてくれる。

『…あれ?』
私は彼のカバンに付いていたワッペンを見て首を傾げる。
『それって"仙台笹"ですよね? 伊達政宗の紋章…』
「そうっ!!! 良く知ってんな!? …もしかして武将好き?」
『好きですよ。歴史は大好きです』

「長篠の戦でよ、設楽原の武田勝頼の陣が…!」
『鶴翼の陣ですか。その時は雨でぬかるんでたって。勝頼が加わったのは遅くて、かなり合戦が進んだ後みたいですね』
「マジかよ、お前。小学生のくせに詳し過ぎんだろ!?」
『……この前、漫画で読んだんで』
「その漫画、教えてくれ!!」

「何ナンパしてんの? 日向君!」
「今、戦国武将が熱いぜ…!!!…え!?」

快活そうな少女が呆れた態で立っていた。


「貴女、苗字さんね? パパから聞いてるわ」
『…初めまして。相田トレーナーの娘さんですね?』
「そう、私は相田リコ。よろしくね!」

ははは。これで関係者は四人目です。

「貴女、バスケは素人だと聞いているけど、凄く良く頑張っているってパパが褒めてたわ」
『…ありがとうございます』
「それでね、私にも教えてやれって言われて。パパ直伝のマッサージの取って置きとかどう?」
『相田トレーナーの取って置きって凄そうですね。…是非、お願いします!』
「分かったわ。……日向君、…一体どこへ行くのかしら?」

そーっと出て行こうとした日向先輩は、あからさまにピクリと肩を震わせた。
彼は引き攣りながら振り向く。
「…や、女子同士で盛り上がっているから、俺は外でランニングでもして来ようかと」

リコさんはにっこりと笑った。
「遠慮しなくて混ざっていいのよ?」
日向先輩が固まったのは、気のせいではないだろう。

「苗字さん!!」
『はいっ!!!』
「日向君を押さえて頂戴?」
『失礼します!!!先輩っ!!!』
「ちょ、止め…っ!!!」
「観念なさい! 苗字さん、こうするのよっ…!!!」

リコさんの取って置き。
超速マッサージで、日向先輩の悲鳴がジムに響き渡った。


『…私に出来るでしょうか?』
「ここをこう…っするのよ…っ!!」
『はい! こう…っですね!?』
「貴女、筋が良いわね! そうしたら首を伸ばして…っ!」
『はいっ!! 日向先輩、もう一度お願いします!!!』

日向(…………三途の川が見えた…)

※※※

帝光中学に、私は勿論好成績で受かった。

ふっ。奥義まで窮めた私に死角は無い……と思う。
これで婚活の準備は万端……な訳あるかっ!!

私が調べた所によると、帝光中学のバスケ部は強豪だけあって部員数も100人位いて、三軍まであるらしい。

あのキセキ達…は絶対一軍に違いないから、私は三軍マネになれば良いんだ。
そんなに部員数が多いなら、マネの数もきっと多い。
三軍にいれば、そうそう顔を合わす事も無いだろう。

クラスは…まぁ、生徒数も多いし、一緒になる確率は低い…と思う。
母には「バスケ部に入ったけど、私の能力では一軍マネは無理でした。
婚活も出来ませんでした」
と、一応努力した言い訳が立つ。

キセキ達…まで考えて、私は失念していた事をはたと思い出した。

あの母に釣られて、私は赤司君の事しか考えてなかった。
キセキ達、と言う事は……あの緑間君も来る。

私の黒歴史。
ペイズリーをゾウリムシと言いやがった、おは朝信者。

うぁぁぁぁぁ〜〜〜………
私は頭を抱えた。

緑間君…私の事なんて忘れていると良いなぁ。

あれから、あの曲はずっと続けて弾いている。
勿論暗譜でミスタッチも無しで弾ける。苦手箇所も克服した。
……でも、あれから私は一度も、先生と身内以外の他人の前ではピアノを弾かない。いや、弾けない。

それよりも難易度の高い曲も練習している。
今では、ピアノは自己満足と割り切って弾く事にしていた。
弾く事自体は好きだから。

私は家のピアノを開けて、鍵盤を弾いた。
『…………』

緑間君の弾いている曲は…ショパンだった。
あれは私の好きな曲だ。

今では、私も一応弾けるけど…

目を瞑ると、今でも彼の弾いている光景が目に浮かぶ。

封印した筈だった。

あの様に、人前で素敵に弾けて輝いていた彼。
私もあの時、あんな風に弾けたら…こんなに怖がりにはならなかっただろうか。
あの時の熱くなった気持ちを思い出すと、今では胸が潰れそうに痛い。

あの時の彼に魅せられたからこそ、その彼にどう自分が映るかと思うと、向き合うのが怖い。
あの真直ぐな瞳と目を合わせる事なんか出来ない。

そう。帝光に入る、と言う事は、緑間君にも会う可能性があるのだ。
今の私には、まだ会った事も無い赤司君への婚活は非現実的なものだった。
私より可愛くて家柄の良い女性なんて沢山いるから、彼はそんな人を選ぶだろう。
実際には、母の希望の方が絵空事だ。

『……何だって、こんな事に…私はただ絵が描きたかっただけなのに』
私は重く溜息を吐いた。

願わくば、平穏無事に中学生活が送れん事を。

凡庸な私の願いとは裏腹に、嵐にも似た中学生活が始まろうとしていた。


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