If-帝光編(一年)


それはまるで蜃気楼の如く


一学期の中間テストが終わった。

「くっあー…っ、疲れたーっス!」
隣の席の黄瀬君は、椅子の背に反っくり返っている。

私もホッと息を吐いた。
まぁ二度目だし、まだ中一レベルだし、我ながら良い線は行ったんじゃないかと思う。

黄瀬君は反っくり返ったまま、行儀悪く足をブラブラさせている。

「苗字さんは出来たんスか?」
『…まぁまぁだね。…勉強した分は何とか。黄瀬君は?』
「全然出来なかったっス!!」
『キラキラ笑顔で親指立てる台詞じゃねーわよ!』

突っ込みしながら、思わず参考書をぶつけてしまいたくなるな、と彼を見やる。
そんな私の気分を察したのか、黄瀬君は顔を引き攣らせた。

「……殺気を感じるっス…」
『…気のせいでしょ? だって私は参考書ぶつけたいとか微塵も思ってませんし?』
「心の声、ダダ漏れっスよ?」
『……待てよ、広辞苑の方がいいかな…?』
「…それ、完全に殺しにかかっているっスよね…?」

そんな冗談を暢気に繰り広げていたが、それから数日後、テストで力を尽くした事による弊害が表れた。


1位 赤司征十郎
2位 苗字名前
2位 緑間真太郎  
4位 紫原敦

貼り出された成績表の前で、私は呆然と立ち竦んだ。
……名前…の位置やべぇ。
どうしよう、同率で並んじゃってるじゃん!
つか、赤司君と緑間君に挟まれてるよ!!

こ、これは…いくら緑間君が鈍感でも気付く…!
私の名前を忘れてくれてれば問題は無いけど…それなら最低でも悪目立ち?で済むかも?

そこで後ろから、いきなり肩を叩かれた私は飛び上がる。

「苗字さんは二位ですか。凄いですね」
『く、黒子…っ!? …はぁ。脅かさないでよ』
「すみません。そんなに驚くとは思いませんでした」

彼に向き直った私の視界の端に、赤と緑の色の髪が見えた。
私は、すかさず黒子を引き寄せて彼の陰に隠れる。
「…どうしました?」

彼の問いに答える事もせず、私は小声で依頼する。
『ミスディレクション、発動して!』
「……? 何の事だか分かりませんが」
『知らないだって!? アンタが!?』
「はい」

何てこった!! まだ、彼はこの時点では、あの技の修得には至ってないみたいだ。
『なら、その影の薄さを最大限に発揮して…っ!!』
「無茶を言わないでください」

無茶…無茶なのか!?

『黒子なら出来る…っ!!』
「だから出来ませんてば」
『なら、せめて私の盾になって…!』
「盾…? 何をするのですか?」

私は半ば強引に、黒子を引き摺りつつ彼の陰に隠れながら移動する。
赤司君、緑間君と擦れ違うが、彼等には気付かれなかった。
私はホッとして黒子君を解放した。

しかし、そこで私は、とある事を思い出して振り返る。
確か…あの成績表、氏名と共にクラスも明記されている筈。

…………詰んだ。

この私に黒子みたいなステルス機能が搭載されてたら、彼等の近くに忍び寄り、こんな会話を聞けたかもしれない。

※※※

-赤司side-

緑間は微動だにせず、成績表を凝視していた。

「……っ!?」
「残念だったな、緑間。今回は俺の勝ちだね」
「…………」
「…? どうした? 声も出ない位悔しいのか?」

彼は俺の問いに反応する事無く、呆然と呟いた。

「…苗字名前…俺と同率二位だと……?」
「同率二位…? ああ、この子か」
「赤司、知っているのか!?」
「知人の娘さんだから、先方の親からくれぐれもよろしく、と父から伝言されたよ。
確かバスケ部で三軍のマネをやってる」

彼女の成績が良いのは知っていた。
今回と同じく、この学校の入学試験で緑間と共に次点を取っていたらしい。

緑間は眼鏡のブリッジを指先で押えて呟く。

「…やはり…か」
「……珍しいね。随分彼女が気になってるみたいだな?」
「俺は…アイツに借りがあるのだよ」
「へぇ…」
「お陰でクラスも分かったのだよ。借りを返せるやもしれん」

嬉しそうに口許を綻ばせる緑間を見て、俺はもう一度、掲示板に目をやった。
苗字名前…か。

同じ部だが人数が多く、三軍と一軍での交流など滅多に無いから、会う事はまず無い。
ましてや選手じゃなくマネージャー。
気難しい緑間が、この様に女子に反応するのも珍しい。

俺は応援の意を込めて、緑間の肩を軽く叩いた。
緑間は俺に向き合い、瞳に鋭い光を浮かべる。

「赤司っ!! 今回は遅れを取ったが、次は負けないのだよ…っ!!」
「…今更それを言うのかい? 彼女の事で忘れていたかと思ったよ」

※※※

-名前side-

「苗字さんって…見かけによらず、頭が良いんスね。学年二位って凄いっス!」
隣の黄瀬君が話しかけて来た。
『見かけに寄らずって、失礼な言い草よね…!?』
「いや苗字さんって、一見ふわっとした印象だから、ガリ勉には見えないっつーか…
それとも、勉強しなくても出来てしまう口っスか?」
『いや、流石にそれは無い…』

私は彼と話しながら、教室の入口に立っている人物を認めてぎょっとする。
慌てて席から離れ、四つん這いになる。

「アンタ、何やってるんスか!?」
騒ぐ黄瀬君に対し、口に人差し指を当て、静かにと言うゼスチュアーをする。

「苗字さーん! お客さん! 緑間君が呼んでるよー!? って…アレ?」
「苗字さん、さっきまでいなかった?」
「……いたけど…? 今はいないみたいね」

黄瀬君が呆れた視線を送っているのが背中に感じられるが、今はそれどころじゃない。
緑間君がいる前の扉の反対の、後ろの扉を目指して匍匐前進を開始した。

まだ彼は教室内を見ている。
クラスにいる女生徒と何か話している。
大方、私がいない事を告げているのだろう。

その隙に、私は開いている後方の扉から廊下に出て、ダッシュで走って女子トイレに飛び込んだ。

……あれ、やっぱり見付かったな。
て事は…私の名前を憶えているんだ。

緑間君相手じゃ逃げ切れる気がしないや…
クラスまで割れているんじゃ、部活が一緒だと気付かれるのも時間の問題だ。

私は溜息を吐き、便座に座り込んだ。
休み時間、ギリギリになるまで戻れない。

どうしたものか、私は途方に暮れた。

『…いつまでも、逃げ回っているだけじゃ…解決しない、か』

彼と話さなければならないと分かってはいるけど、今でも弾けなくなってるなんて言えやしないよ。
こんな…みっともない自分なんて見られたくない。

※※※

部活の時間、私はコーチに呼び出された。

「苗字、ちょっと頼まれてくれないか?」
『…何でしょう?』
「このファイルを一軍の副主将の赤司に渡しに行ってくれないか?」
『いっ…!?』
「では頼んだぞ!」
『あ、あの…っ!!?』

ひぇぇぇ……どーしよう…?
コーチ、行っちゃったよ。
他のマネージャーじゃ駄目かなぁ……?
つか、何で虹村先輩じゃなくて赤司君なの…??

私はおろおろと周りを見渡すけど、生憎、どのマネージャーも手持ちの仕事で忙殺されていた。
……仕方ない。名指しをされた以上は持って行くしかない。

私は渋々第一体育館に足を向けた。

扉を開けて、そーっと覗き込む。
赤司君は、他の部員達と混ざって汗を流していた。

……ここで声をかけると練習を中断させる事になるし、超絶目立つ。
どーしよう…少し待って、近くに誰か来たら渡してもらうか…?

その時、後ろから声がかかった。

「あれ? 名前ちゃん、どーしたの?」
『うひっ!?』
驚いたあまり、奇声が出てしまった。

「あっ、ごめーん!驚いた?」
『あ、さつきちゃん!?』

これは天の助けっ!!!
私は、彼女にファイルを出してみせた。

『これ、三軍のコーチから赤司君にって頼まれたんだけど、今、赤司君は練習中だから、声かけられなくってー』
「あ、それなら赤司君呼んでくるね!!」

天の助けから急転直下。

ひいぃぃぃぃ〜〜〜!!!??? やーめーてーーーっ!!!!

私は心の中で絶叫しつつ、呼びに行こうとした彼女の襟首をはっしと掴んだ。
『い、いや…っ!! これ、赤司君に後で渡しておいてくれれば良いから…っ!!』
「…えっ? そうなの?」
『じゃ、お願いしまーすっ!!!』

私は、彼女にファイルを渡すと、ダッシュで第一体育館を離れた。

危ねー…生きた心地がしないわ…

※※※

次の日の昼休みは図書室に来ていた。

…もう、教室にいても掴まるからな…席も黄瀬君の取り巻きに取られてるし。

私は溜息を吐き、本を物色する。
欲しい本は見付かりはしたものの、一番上で取る事が出来ない。

私は脚立を引っ張り出し、上がった。
本棚から目当ての本を引き出そうとしたが、ぎちぎちに詰まってて、中々引っ張り出す事が出来ない。
『よいしょっ!!』

全身の力を使って力任せに引っ張った。
『…取れたっ! …えっ!?』

無理に引っ張ったせいで全体のバランスが崩れ、上一列の本が向こう側に一斉に雪崩れ落ちる。

「うわーっ!?」
同時に悲鳴が聞こえ、私は青ざめた。

慌てて本棚越しに向こう側を見下ろした。
『ご、ごめん!大丈夫!?』
「いきなり危ないのだよ…っ!!」
見たら、縄?みたいな物を纏めて肩にかけた緑間君が、散乱した本に塗れて座り込んでいた。

『…………』
「…………」

二人共暫し固まり、お互いに見交わす。

「苗字…か?」
『み、緑間、君…』

ハッと我に返る。
や、ヤバい…!! 見付かった…!!

私は慌てて脚立から飛び降りた。
勢い余って脚立が倒れるのも、そのままに走り出す。

低い書棚に足をかけ、その上の窓を開けた。
図書室は一階にあり、窓の外は裏庭になってる。

「待てっ!!…!? 苗字、何故逃げるのだよっ!!??」
書棚を回り込んだ緑間君は、私を捕まえようとした。

私が出ようと窓に足をかけた時、丁度青峰君がすぐ下を歩いていた。
彼は足を止め、ポカンとした顔で私を見やる。
「…何してんだ? おめー…?」

すぐ後ろには緑間君が迫って来ている。
私は思い切って飛び降りた。
「うおっ!?」

私の無茶なダイビングに、青峰君は驚きつつもガッチリと受け止めた。
「ってーな! お前、何なんだよ!?」
「青峰っ!!そいつを押えとくのだよ!!」

緑間君は窓際に片足をかけ、片側を輪にした縄を振り回し始めた。
…あれって、所謂"投げ縄"ってやつじゃないのかな…
そう言えば今日のおは朝で、蟹座のラッキーアイテムとか何とか言ってた様な…

私は青峰君の腕から摺り抜け、彼を緑間君への盾にして押しやった。
そこへタイミング良く投げた縄が、青峰君の腕に絡まる。
青峰君は危うく引き倒されそうになったが、踏ん張って堪えた。

「ってー! 何しやがる、緑間っっ!! この縄を外しやがれ!!!」
「お前こそ邪魔をするな、青峰っ!! そこをどけ!!」
「てめ、ふざけんなっ!!!!」

彼等が揉めている隙に、私は何とか逃げ切る事が出来た。

教室に戻ると同時に予鈴が鳴る。
私はへたり込んだ。

「どうしたんスか? えらく汗だくっスけど」
黄瀬君が私を横目で見やった。
私はぐったりと机に伏せた。

『…投げ縄持った、おは朝信者に追いかけられた…』
「何スかそれ。ヤバくないっスか? どんな昼休み過ごしてたんスか?」
『…図書室に行っただけだよぅ…』
「図書室で投げ縄って、全く想像がつかないんスけど…? よく分からないけど、ご愁傷様っス…」

完全に見付かっちゃったなぁ…
今度こそ詰んだかも、と私は溜息を吐いた。


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