そんな成り行きで
*前作の演奏終わってから〜後夜祭までのエピソード
※※※
無事に演奏が終わり、緑間君とステージを後にした。
ステージの階段を下りた時、足元がふらつく。
「おい苗字! 大丈夫か!?」
緑間君が私の背中を支えてくれた。
『…あ、うん大丈夫。ちょっと疲れただけだから…』
でも、ずっと朝から台所仕事を続けて、さっきまでは極度の緊張を強いられていた。
演奏している最中は、まだハイな意識で保ってはいたが、緊張の糸が切れた今は、気が抜けたら座り込んでしまいそうになっていた。
「これからは苗字はどうするつもりだ?」
『私は…取りあえず、教室に戻って着替えようと思っているよ』
「…そうか」
『緑間君は?』
「俺は―…」
廊下を話しながら歩いている最中、不意に聞こえた大声で私達の会話は中断された。
「あーーー!! いたっス!!!綽名っち!?」
『ああ、黄瀬君』
まだ彼は吸血鬼の恰好をしていた。
…流石にケチャップの付いた包丁は持ってはいないけれども。
彼は私の腕を掴んだ。
「ステージが終わったんスよね? 今、料理担当が足りなくて探してたんスよ!」
『…え、あの』
「さ、戻るっスよ! 俺はそろそろシフト抜けるっスけど!」
ぱしっ!
乾いた音がして、黄瀬君は驚いた様に緑間君に視線を向けた。
私が掴まれた腕を、緑間君は跳ね除けていた。
「何するっスか!?」
「苗字は極度に疲れているのだよ。彼女のシフトは終えている。少しは休ませてやったらどうなのだよ」
「綽名っちを拉致ったヤツに言われたく無いっス! 俺だって、ずっと休んでないんスよ!?」
「それは別段こいつのせいではないのだよ。お前もやるべき事をやったのなら、抜ければいいのだよ」
「それはそうなんスけど…」
黄瀬君は言葉を濁した。
『…黄瀬君、まだお客さんは…?』
「……最後尾はニ時間待ちっス」
『……にじかん…??』
うぇ。休日の某ネズミ―ランドか大阪の某映画村かよ。
私は溜息を一つ吐くと、黄瀬君の方へ歩み寄ろうとした。
がくっ
『…あれ?』
不意に膝の力が抜け、バランスを崩す。
転ばなかったのは、緑間君が腕を掴んで支えてくれたからだった。
「…だから言わんこっちゃないのだよ」
『……ゴメン、ありがとう』
「苗字。こんな状態で入っても、反って周りの邪魔になりかねないのだよ」
黄瀬君は苦笑して肩を竦めた。
「…そうみたいっスねー。この人の言う通り、綽名っちは休んでた方が良いっス。俺からクラスに伝えておくっスよ」
『……ごめんね、黄瀬君』
私は彼に手を合わせた。
黄瀬君は髪をかき上げ、色っぽくてやや偽悪的な笑みを浮かべた。
「気にしなくて良いっス。俺もそろそろ抜けるっスわ。余所も見たいしね!
綽名っちも一緒にどうっスか?」
黄瀬君は私の顔を悪戯っぽく覗き込んだ。
いきなり顔を近付けられたので、私はどきりとする。イケメン心臓に悪い。
「断る!」
私は緑間君に支えられている腕を強く引かれ、緑間君の胸に倒れ込んだ。
『ぶっ…!?』
瞬間、ホールドする様に、私の肩に彼の腕が回される。
『ちょ…?』
私は戸惑って緑間君を見上げる。
黄瀬君は緑間君を睨みつけた。
「何なんスか、アンタ!?」
「アンタではない、緑間だ」
「じゃあ緑間クン、綽名っちの彼氏でもないのに、一々邪魔をしないでくれないスか!?」
緑間君は真っ赤になった。
「かっかっか…彼氏っ!? 破廉恥なのだよ…!!」
「彼氏でもないのに、女子を抱き締めている方が余程破廉恥っス!」
「俺は抱き締めてなどいないっ!!」
『いやあの』
「じゃあ何なんスかそれは!!?」
緑間君と彼の腕の中に閉じ込められた私は目が合った。
「……っ!??」
彼の顔は更に赤味が増していく。
「す、すまないのだよ! 苗字!」
狼狽えた彼は、私をパッと解放した。
『いやいや…そこまで赤面される方が照れるから…まぁ落ち着いて』
私は落ち込んだ緑間君の背を軽く叩いた。
黄瀬君は尚も私を誘ったが、私が断る前に彼を見付けた女の子達に囲まれてしまった。
それを見た緑間君は「苗字、行くぞ」と言い置いて、さっさと先に歩いて行く。
私は慌てて彼を追いかけた。
※※※
『…でも、教室に戻り辛くなっちゃったね。この恰好、どーしよー?』
「取り敢えず、その悪趣味な首輪は外せ」
はは。やっぱそう思うよね。
私はナイフの貫通した様なデザインのチョーカーを外す。
でも、この血塗れのメイド服は如何ともし難いなぁ。
と思ってブラウスを撫でていたら、ばさりと上着を被せられた。
『…緑間君?』
「それを着れば少しはマシに見えるのだよ」
『だけど大きいよ?』
「カチューシャは外すな! ラッキーアイテムなのだよ!!」
『…………』
チョーカーが悪趣味なのは認める。けど、この猫耳カチューシャはどーなんだ。
一応、身体がすっぽり収まる上着を着てしまえば、スカートの端が見える位だ。
お陰でホラー風味は綺麗さっぱり消え失せた。
だが、私の手は大き過ぎるジャケットに指先だけ出た状態で、頭にはヘッドドレスと猫耳カチューシャ…
我ながらどこの萌えキャラだよ。
でも血糊がついた格好では、人目を引き過ぎる。
この恰好でもいくらかは引くけど、ぎょっとされるよりはマシかな。
私は彼の袖を軽く引き、首を軽く傾けて背の高い彼を見上げる。
『上着…貸してくれてありがとう。けど…寒くない?』
「……っ!?」
ん? 何故か彼が固まってしまっている様だ。
『おーい、緑間君や、どーしたのー?』
「…………」
私は彼の顔に向けて手をパタパタ振って見せた。
彼は私をじっと見たまま身動ぎもしない。心なしか、頬が薄らと赤くなっている。
「苗字…」
『…ん?』
「その…だな、」
彼が何か言いかけた途端、私のお腹が盛大な音を立てた。
いや、何もこんな所で鳴らなくてもいいじゃん…
緑間君は、はぁ、と一つ息を吐き出し、眼鏡のブリッジに手を掛けた。
「空腹なら何か食べて行くか?」
『……すみません…』
喫茶店は混んでいたので、結局屋台でタコ焼きを買い、私達は中庭のベンチに陣取った。
『美味しい…!』
お腹が空いてたので、ついパクパクと食べてしまう。
私はふと手を止めた。
「…どうした?」
怪訝そうに訊く彼を見上げて、私はタコ焼きを楊枝に刺して差し出した。
『緑間君も食べなよ』
「いや…俺は」
『…もしかして、タコ焼きは嫌い?』
「そんな事はないが…良いのか? 随分空腹なのだろう?」
『まだあるし?』
「二つも買ったのか!?」
『こっちはネギ塩味♪』
呆れた様な彼の視線に私は口を尖らせる。
『いいじゃん、違う味も試したいし』
「…貰おう」
『ほら、口を開けて…』
緑間君はフリーズした。
『折角あげたのに、怒る事ないじゃん!』
「…お前が恥知らずな事をするからなのだよ!」
『食べさせてあげるって言っただけなのに!』
「それが恥知らずだと言っている…!」
『だからって、楊枝を取り上げてネギ塩半分以上も食べるなんて…!』
「苗字がまだ食べ足りないのなら、俺がネギ塩買い占めて苗字の口に全部突っ込んでやるのだよ!」
『頼むからそれマジ止めて…』
私が着替えを取りに教室に戻った時、既に全て売り切れになっていたから、私は厨房に引っ張り込まれる事は無くなった。
「あっ、綽名っち!?」
吸血鬼姿の黄瀬君の撮影大会と化していた教室の横をこっそり歩いていたら、彼に見付かり、大声を上げられてしまった。
着替えを持って脱兎の如く逃げ去ろうとした私は呆気なく黄瀬君に捕まった。
『ちょっと…! 黄瀬君、離して!!』
「この萌えキャラバージョンの綽名っちは撮らない訳には行かないっしょー!?」
「ちょっと上目遣いで首傾げて…そう! 袖口を掴んで胸元に…!」
彼の言う通りのポーズを取ると、周り中からどよめきが起きる。
『……?』
私が仏頂面で黄瀬君を見ると、彼は一人で悶えていた。
「くっ…この可愛さは犯罪的っス…!!」
尚も色々な角度とポーズを要求され、いい加減私が面倒になって来た頃、緑間君が乱入して来た。
「遅いっ! 何やっているのだよ!?」
『ああ、緑間君。ごめん』
緑間君は私と黄瀬君をまじまじと見た。
「…その姿の苗字が吸血鬼姿の男と一緒にいると、まるで襲われている様にしか見えんな」
「ちょっとアンタ! 何て事言うんスか!?」
「事実だ」
「俺を変態みたいに言わないで欲しいっス!」
「大した違いはあるまい」
「大違いっス!!つか、アンタこそ女装男子のクセによく言うっスね!?」
黄瀬君の言葉に私は首を傾げた。
…へ? 女装って…?
それは緑間君も同じだったらしい。彼は眉を顰めた。
「何の事だ?」
「綽名っちからリボン借りたり、猫耳着けたり…! 変態はどっちっスか!?」
そう言えば、黄瀬君には例のリボンの意味を説明してないままだった。
『ああ、それは…』
「蟹座のラッキーアイテムなのだよ。断じて変態趣味などではない!」
黄瀬君は目をぱちくりとした。
「ラッキー…アイテム?」
「行くぞ、苗字!」
緑間君は言い置いて、先にすたすたと足を進める。
私はひとしきり苦笑いを浮かべ、彼の後を追いかけた。