If-帝光編(一年)


それぞれの始まり


バスケ部三軍の夏の昇格テストの結果発表が行われた。
そこに黒子テツヤの名前は無かった。

それから暫く経った昼休み、私と緑間君は久し振りに一緒に音楽室で食事をしていた。

「…その弁当は苗字の母親が作ったのか?」
『大半はそうだね。昨夜の夕食の残り物もあるし。…でも、この卵焼きは自作。
緑間君のもお母さんが作ったんでしょ? 彩り豊富で美味しそうね』

緑間君はじっと私のお弁当を見た。

「…苗字、その卵焼きとこのミートローフを交換するのだよ」
『えっ!? ミートローフなんて…そんな豪華な物と引き換えでいいの!?』
「構わん」

私は交換した卵焼きを、彼が口に運ぶのをドキドキして見ていた。
緑間君は綺麗に食べる。育ちの良さを窺わせた。

「ふむ…悪くないのだよ」

私は、その評価にホッと胸を撫で下ろすと、彼と交換したミートローフを口に入れた。
『…美味しい。緑間君のお母さん、料理上手ね!』

三年前に見た彼のお母さんは息子に似て、とても綺麗な人だった。
美人で料理上手な女性…さすがと言うか。
ミートローフって、作るの結構手間かかるんだけどな。

「苗字は…三軍マネ…だったな」
『うん』
「これを渡しておくのだよ」
『…は?』

緑間君が出したのは、「悪霊退散」と書かれた魔除けのお札だった。

『……何これ? 蟹座のラッキーアイテム?』
「今日のラッキーアイテムは飼育用プラスチックケースだ」

緑間君は、傍に置いてある空の飼育用ブラケースを指し示した。…やたらと大きい。
彼が言うには、大きい方がご利益があるとか。
いやだから、何で持ってないのか、と私に訊くのは止めて。

『…そ、そう…w』
「三軍の練習している体育館は、確か…第四体育館だったな」
『そうだね』
「最近、あそこでは幽霊が出る、との噂があるらしい。何かあったらこれを使うのだよ」

…幽霊?

何となくデジャヴを感じて、私は首を傾げる。
『…幽霊…? 聞いた事がある様な…』

緑間君は眼鏡をカチャリと上げた。
「やはりか。くれぐれも気を付けるのだよ」
『やだなー…今日、鍵閉める当番は私なんだよねぇ…』

私は溜息を吐いた。

※※※

練習が終わり、片付けて着替えてから、鍵を持って戸締りする為に体育館に戻った。
念の為に見て回るが、第四体育館には誰もいない。

一軍の体育館は、まだ明かりが点いていた。
流石常勝バスケ部の一軍、かなり遅い時間まで残って練習する様だ。

『…だれもいない体育館って…不気味』
私はぶるりと身を震わせた。

今は懐に緑間君から貰ったお札を忍ばせている。
幽霊なんて…信じる信じない以前に、私は霊感に乏しいのか一度も幽霊に遭遇した事はない。
気休めでも、懐を押さえて札の感触を確かめると気が落ち着く。

緑間君…何だかんだ言っても私を心配してくれていたのかな?
お札をくれた時の彼を思い出し、私はクスリと笑った。

学校と言う所は、何かしら怪談話が語られる事が多い。
七不思議を八つ以上知っているなんて話もある。よくある話だ。

幽霊なんて…私には関係ない。どーせいたとしても見えやしない。

私は明りを消した。辺りは闇に包まれた。

「……待って…」

その時、後ろから弱々しい声がした。

えっ?

私は振り向いたが、誰もいない。
……まさか…幽霊っ!?

私は、そっと懐のお札を引っ張り出し、振り向きざまにそれに叩きつけた!
『悪霊退散っ!!』

べちっ!!

『……は?』べち?
私の手には物理的な手応えがあり、存在を示す音が辺りに響いた。

「痛いです、苗字さん」

顔にお札を貼り付けた人物がゆらり、と現れ、私は悲鳴を上げた。
『うわぁーーっ!? キョンシ―出たー!!!???』

「苗字さん、僕です。黒子です」
『……え゛』
固まった私は怖々彼を見た。

『黒子っ!? 吃驚したぁ!』
「………酷いです」

お札貼り付けたままの顔で、怒りのオーラを出さないで! 怖いし!!

『ご、ごめんね!?』
私は慌てて貼り付けたお札を剥した。
あ、顔の中心が長方形に赤くなってしまっている…!?

『いやだから、無表情で怒らないで!? 怖いから!! ごめんって!!』
「……苗字さん」
『何? 痛いなら、タオル冷やして来よ…』
「少しでいいので、練習、付き合ってください」
『…えっ?』

そう言えば…彼、居残り練するエピソードがあった…ような。

「球出し、お願いします!」
『えっと…楽しみにしてるドラマ、間に合わなくな…すみません付き合せてください!』

札の跡が薄らと残った顔で、無表情に怒っている黒子君は超怖い!

「顧問の先生には許可取ってあります」
『…分かった。一旦着替えて来ていい?』

これは主人公のサポートしろとの運命のお達しなのか?
私は諦めて更衣室に戻った。


結局、最終下校時間ギリギリに練習が終わった。

「すみません苗字さん。遅くまで付き合せてしまって」
『別にいいよ』

私は一人で帰るつもりだったが、黒子君はわざわざ家まで送ってくれた。

「…僕、どうしても上達したくて。まだまだ力不足なのは分かっているのですけど」
『黒子は努力家だものね』
「苗字さんも」
『ん…?』
「バスケのマネージャー初めてで三軍に入ったのに、覚えるの早いし、さっきはマッサージまでして貰ったし。
相当な努力家だと思います」
『あははーありがとー』
「顧問の先生も褒めていました。一軍に空きが出来たら、すぐにでも推薦したいと」
『…え゛』
「僕は苗字さんなら、すぐに行けると思います」
『……私は役に立てるなら、別に三軍でも構わないけどな』
「そう…ですか? でも試合に出れるのは基本一軍です。役に立つと言うなら、最も必要とされるのは一軍だと思います」

一軍……

確かに入学した時は、緑間君に思う所があって、一軍の選択肢は無い、と思っていた。
今は、それは少なくとも解消されている…と思う。
問題は…赤司君、ううん。私の母だ。

婚活なんて変な事言い出さなければ、別にどこでもいい。
今更…キセキ達に会わない、なんて言った所で、今の時点で会ってないのは赤司君と紫原君だけ。
灰崎君もすぐに一軍に行ったので、勿論接点はない。
でも黄瀬君なんて、まだ部にも入って無いのに隣席だし。
中学生活は始まってまだ三ヶ月でしかない。残りの期間で二人に会ってコンプリートしてしまう可能性は十分にある。

『でも、マネージャーは昇格試験は無いしね! なる様にしかならないよ』
私は気楽に笑った。

『送ってくれてありがとー』
「どういたしまして。…これからも、練習のお付き合い、よろしくお願いします」
『…ぇ? 今回だけじゃ…?』
「…………苗字さん」

黒子君は私をじっと見た。
澄んだ水色の瞳で見られたら断れない。

『…分かった……暫く付き合うよ』
私の溜息交じりの返答に、彼はにっこりと破顔した。
「よろしくお願いします」

※※※

全中の地区予選は、既に始まっていた。
でもそれに出るのは一軍の選手達で、三軍の選手達はいつもと同じ様に練習したり、一軍の試合がある時は、応援に行ったりしていた。

ある日、私は顧問に呼び出しされた。

「苗字、夏休みに入ってすぐだが、全中予選都道府県大会に向けての一軍の調整合宿がある。
少々マネの人手が足りないので、入って欲しい」

私は首を傾げた。

『…は? 一軍のマネなら、十分だと聞いていますが?』
「……正確にはマネの仕事ではない。作業が終わったなら日帰り出来る」
『日帰り…ですか?』
「特に選手達と関わる仕事ではないが…頼まれてくれないだろうか?」
「詳しくお聞かせ願います』

頼まれた作業とは、合宿所の食事の手伝いだった。
本来ならマネが持ち回りでやる事になっているらしい。が、今年は有能だが料理は壊滅的なマネがいるとかで、応援を急遽頼む事にしたらしい。
……でも何で私なんだ?

二軍に、いくらでも候補者がいそうなものだけどな。

私が承知したのは、仕事はおさんどんだけで、選手達と比較的関わらないのと日帰りでOKだからだ。
キッチンで作業の手伝いだけをすれば良い。
夏休みは、時間がある分、ちょっと絵の大作を描いてみたいし。

母は一軍の手伝い、と聞いただけで喜んで承諾してくれた。

緑間君には合宿に一部だけ参加するとは連絡を入れなかった。
作業の手伝いだけして日帰りするなら、きっと会う事も無いだろうから。

※※※

帝光には、別荘地に運動部専用の合宿所がある。さすが強豪校。

送迎バスを降りたら、桃井さんが待っていた。

「名前ちゃーん! こっちこっち!」
『さつきちゃん!』

彼女は申し訳なさそうに眉を下げる。

「いきなりでごめんねー? 本当は私がキッチン手伝うつもりだったんだけど、別の用事を頼まれちゃって」
『…ううん? 一日だけだし、別に構わないよ』

さつきちゃん…確か料理苦手だったと記憶している。
…丸ごとレモンのはちみつ漬けは衝撃だった。

『…で、私はどこに行けば?』
「キッチンはこっちねー!」


早速調理担当に紹介され、私は黙々と作業に励んだ。
調理担当は、私がそこそこ出来ると分かると大喜びし、次々に下拵え等を頼んだ。

そして作業が終わって一息吐き、帰り支度をしていると、慌ただしく桃井さんが飛び込んで来た。

「名前ちゃん! 大変!!」
『…何?』
「道路!! トンネルの天井が一部崩落して、明日まで通行止めだって!!」
『えっ…!?』
「ここから駅までは、そこ通らないと行けないよ!!」

私は調理担当の人にも怖々確認する。

『…因みに迂回路は…?』
「一本道で迂回路はありません」
彼女は気の毒そうな表情を作り、顔を左右に振った。

マジっすか。

私は呆然と立ち竦んだ。


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