葛藤の夜
-緑間side-
パチリ。
俺は部屋で赤司と将棋の対戦をしていた。
今回は調子が良い。
ラッキーアイテムも抜かりない。
今日こそは勝つのだよ。
「…緑間の推薦した彼女、試しに呼んでみたが会ったかい?」
「……先程な。明日のラッキーアイテムを作って貰ったのだよ」
「確かに料理は合格点だと言う話だ。他の仕事も三軍で不足無くやっている様だね」
「…ああ」
赤司はそれなりに評価した様だ。
欠番が出たら、一軍に引き抜く可能性が高い。
俺は軽く笑みを閃かせた。
「彼女…苗字名前か。
…今までは興味が無かったが、緑間が女子を評価するのは珍しいからね。俺も俄然興味が出て来たよ」
俺は顔を顰めた。
「…赤司。言っておくが、俺は真面目な努力をする者は男女問わず評価するのだよ」
赤司はクスクス笑った。
「彼女…ね、実は俺の親の事業の取引相手の娘でもある。
それでも俺は別に関係するつもりは無かったけどね。苗字が有用な人材で良かったよ」
俺は驚いて指す手を止めた。
「…赤司家の、か?」
「苗字の家は貿易関係の会社を経営しているからね。かなり手広くやってるよ。
彼女の親とは何度か会った事がある」
「…そうか」
「この前は同じ学校に行くから娘をよろしく、と言われたね。…まさか部も一緒とは思わなかったけど」
俺の心の中に何か引っかかるものがあった。
…何なのだよ、これは。
ほんの微かな不快感は、微妙に俺の苛立ちを煽る。
「…緑間」
「何だ!? 赤司」
「それ以上…続けるかい?」
俺は盤面を見て顔を顰めた。
どうやら今回も、また詰んでしまった様なのだよ。
俺は溜息を吐いた。
「…参りました」
「俺の勝ちだ。飲み物は緑茶で宜しく」
※※※
俺達は将棋で負けた方が飲み物を買いに行く賭けをしていた。
宿泊施設の中の自販機は、緑茶が売り切れていた。
…仕方がないのだよ。
俺はコンビニに行く事にした。
コンビニに向って歩いていると、少し前に見覚えのある小さな人影が見えた。
「…苗字?」
俺は低い声で呟く。
前の人影が立ち止まり、振り返った。
『あれ、緑間君』
「…どこに行くつもりなのだよ?」
『コンビニに買い物がてらに散歩』
「…遅くの時間に女子一人は感心しないのだよ」
『こんな田舎では何も起こりっこないよ』
こいつは何を言っているのだ?田舎でも油断は出来ないのだよ!
「その様な考えが浅慮なのだよ! 何かあってからでは遅いのだ。全くお前は…!!」
『えええ…?』
全く世話が焼ける女だ。面倒だが放っておく訳にもいかないのだよ。
「俺もコンビニに用がある。ついでに送って行ってやらない事もないのだよ!」
『…その面倒な言い方、何とかならないの?』
「面倒かけてるのは、お前の方なのだよ!」
俺は歩きながら気になっていた事を質した。
「お前の家は赤司家と接点があるのだな」
俺がそう言うと、彼女は驚いた様に目を瞬いた。
『…何で緑間君が知ってるの?』
「赤司から聞いたのだよ」
俺の言葉に、彼女は不安気に眉を顰めた。
『…赤司君が…私の事を?』
「そうだ。今回の件は、俺が苗字を推薦したのだよ。…お前の卵焼きは中々出来が良かったからな」
俺が一軍への含みを匂わせると、彼女は渋面を作った。
「…どうした? 何が気に入らないのだよ?」
『…今回だけなら別にいい。…でも私、三軍のマネでいたいんだけど』
俺は耳を疑った。
「何故だ!? お前は三軍でも努力をしていると聞く。人事を尽くしているのではないのか?」
『…母が煩いのよ』
俺は意味が分からなくなり、顔を顰めた。
全く文脈が繋がっていないのだよ。
「お前の母と部活と何の関係があるのだよ?」
『…赤司君の家との付き合いがあるから、私は母の勧めでバスケ部に入れられたの。
バスケ部の活動は、確かに興味深いし面白いからいいけど…』
「では、お前が三軍に甘んじたいのは、付き合いを強制する親への反抗か?」
『…っ、否定はしない』
俺は聞いている内にイライラして来た。
自分では怒りを抑えているつもりだが、どうしても声に棘が入ってしまうのは止められない。
「いい加減な気持ちでやられるのは、こっちも迷惑なのだよ! 嫌なら止めてもいいのだよ!」
俺がそう言うと彼女は足を止め、キッと俺を睨み上げた。
『止める訳には行かないよ…!! 男子バスケ部止めさせられたら、私…中学に行かして貰えないもん!』
「何…だと? まさかそんな馬鹿な事が……!?」
『母ならやりかねない。義務教育とか、あの人はそんなのどうでもいいのよ』
彼女は苦い表情で自嘲した。
俺は深い溜息を吐いた。
「…俺は、一々他人の家庭の事情にまで首を突っ込むつもりはない。
だが、そんな中途半端な気持ちでなら、苗字の為にもならないのだよ!」
彼女は目を伏せ、弱々しい声で呟いた。
『…そうだね。でもバスケそのものは最近好きなんだ。…だから……ちゃんと考えてみる』
苗字…お前が苦手を克服した努力は、これでも評価しているつもりだ。
頼むから、俺を失望させないで欲しいのだよ。
※※※
-名前side-
コンビニで買い物して、宿舎の近くに戻って来るまで私達は無言だった。
緑間君は、私の一歩先を歩いている。
…緑間君、呆れたろうな。
無理も無い。
真剣で何事にも人事を尽くす彼からすると、きっと私は、ふらふらしていて全てが中途半端にしか見えないに違いない。
…嫌われてしまったろうか。
でも仕方がない。これも…想定内で自業自得だ。
私はぎりっと唇を噛んだ。
今は心が痛くても、きっと時間が解決してくれる。
赤司君と…これ以上関わらなくて済むと思えば、いっそ気が楽だ。
「緑間」
突然かけられた声が、私達の気まずい沈黙を破った。
「…赤司か、どうしたのだよ?」
……赤司君?
私は声の主を見ようとしたが、緑間君の大きな身体に阻まれて見えなかった。
……赤司君、そこにいるんだ…?
私が身体を移動させようとしたら、不意に緑間君が後ろ手で私の腕を掴んだ。
…え!?
私は彼に強く掴まれ、その位置から動けなくなった。
私は驚き、ぼんやりと彼等のやり取りをただ聞いていた。
「頼んだ物はあったかい?」
「赤司の好きな銘柄はこれで良いのか?」
「…それでいい。ありがとう」
「次回こそは赤司にお汁粉を買わせるのだよ…!」
「それは残念だな。次も俺が勝つよ」
…緑間君は何食わぬ顔で会話を続けている。…でも、私を掴む手に力が入っている。
私は腕を締め付けられる痛みに顔を顰めた。
抗議してやろうか、と、ちらりと頭を掠めたが、彼の掴む手からは黙ってろと言われている様な気がして、私は言葉を飲み込んだ。
緑間君が赤司君にお茶を渡した後、彼等の話は終わったみたいで、赤司君の足音が数回聞こえてから止まった。
「緑間、もう夜も遅い。…そろそろ彼女を離してやったらどうだい?」
「…っ!?」
瞬間、緑間君の手に更に力が入り、私は痛みを忘れて凍り付く。
『……』
私が緑間君の手から解放されて、怖々彼の後ろから覗いた時には、赤司君の姿は既に消えていた。