If-帝光編(一年)


恋の萌芽


帝光男子バスケ部は、全中大会で優勝した。
夏休みが終わり二学期になって登校すると、バスケ部の優勝を讃えた垂れ幕が誇らし気に校舎にかかっていた。

私の夏休みは、合宿以降は相変わらず相田スポーツジムに通い、宿題と勉強と部活、
家族との旅行を少しと、ピアノの練習の合間にひたすら絵を描く毎日で埋まった。

……でも、あれ以来、緑間君からの連絡は無い。
彼は元々そんなに連絡しては来ないタイプだけど、全中優勝おめでとう、と打ったメールにも返信は無かった。


校舎に入り廊下を歩いていると、赤い髪の少年とすれ違った。

「苗字さん」

私は声に足を止め、振り返る。彼は私を見つめていた。

『…あの?』

綺麗な赤い髪に赤い瞳、ややつり目気味の瞳に整った顔。…この人は。

「初めまして、かな? 俺は赤司征十郎。バスケ部副主将をやらせてもらっている」

思いがけない遭遇に私は息を飲んだ。
彼は端正な顔に優雅な笑みを浮かべた。

「合宿の時はありがとう。助かったよ」
『…お役に立てたなら良かったです。あの、全中優勝おめでとうございます!』

私の言祝ぎに、彼は目を細めた。
「ありがとう。君の貢献も一役買っている。礼を言うよ」

では、と礼儀正しく会釈をして、彼はそのまま歩き去った。

赤司君と私の事で話したと緑間君が言っていた。
私が三軍のマネでいたいと言ったのも、彼に伝わったのだろうか?

緑間君の事を思い出すと、胸の奥がズキンと痛んだ。

…もう…緑間君とは話せないのかなぁ…
ピアノの件が解決してもこれじゃ…

私は重く溜息を吐いた。

※※※

私が昼に友人達と食事した後、教室の空き席で文庫本を読んでいたら、黄瀬君がやって来た。

「綽名っち、最近緑の男とは別れたんスか?」
『…別れ…!?』
「……ちょくちょくあの男を見かけていたのに、最近全く見ないから。…お節介だったっスかね?」

ちょっと待てーーー!!!?? 何でそんな事になっているのよ!!??

『そもそも付き合っていないし!?』
「ええっ!? あんなに帝光祭の時はべたべたしてたじゃないっスか!?」
『べたべた!??』
「俺が誘ったのに、綽名っちはつれないし、あの男と一緒に行っちゃうし!! それなのに…!!!」
『あ゛ー……』
「顔、赤いっスね」

あまり触れられたくない話題だったので、適当にあしらおうとしたら、黄瀬君が悪戯っぽくウィンクをかました。

「何なら俺に乗り換えたらどうっスか?」
『…丁重にお断りさせていただきます』
「酷っ!!」

「…とまぁ、今の冗談は置いていて。男心の相談なら承るっス!」

…黄瀬君が言う冗談は心臓に悪い。

彼の言葉に若干の好奇心が疼くが、私は左右に首を振った。
『…彼、黄瀬君とは全くタイプが違うからなぁ』

それに…男心と言われても、私の態度で緑間君を怒らせてしまったのだから、相談するとしたら彼を良く知る人に聞いた方がいい。

『私…彼を怒らせちゃったみたい』
「へぇ」
『彼、真面目な人だから…私が部活で中途半端なのが許せないみたいで』
「…マネージャーは、ちゃんとやれているんスよね? なら、怒るのはよく分からんスわ。
所詮部活っしょ? 嫌なら止めても良いんじゃないスかね?」

彼の言葉に私は顔を顰める。
『それは出来ない。訳有りでね』
「そうっスか…なら続けるしかないっスね」

続ける…そう、それしか今は手立てがない。

辞めろと緑間君に言われた時、分かってはいても胸が苦しくなった。
自分で選んだ事なのに。緑間君にどう思われるかも分かっていた筈なのに。
覚悟してた筈…なのに。なのにどうしてこんなに苦しいのだろう?

「良いじゃないスか? バスケ部適当にやっても。綽名っちは美術の才能があるんスから!」

美術…

私は呆然と黄瀬君を見やった。
そうだった。私は…本来は美術部に入って絵を描いていたいんだった。

でも…彼等に関わって、自分も苦手を克服して…
頑張る彼等を直接目にしてしまうと、それも応援したいと思ってしまって。
でも母から強制され、動機を捻じ曲げられるのはとても嫌で。

『…私、欲張り…なんだろうな』

私の自嘲を黄瀬君は拾い上げた。

「良いんじゃないスか、欲張っても」
『……っ!?』

私の揺れる瞳に映った黄瀬君はにこりと笑った。

「欲張って全部掴もうとしても良いんじゃないスかね?
一つだけにしないといけないなんて、決まりなんかないんスから」

彼の軽やかな見方は私を楽にしてくれる。

『…そう、か。でも欲張るとなると…それは全部に力を尽くす必要があるね』
「やりたければやれば良いんじゃないスか? 誰も強制はしない。止めるのも自由、それで」
それなりで良けりゃ中途半端でも自由っスけどね、と彼は軽く茶々を入れる。

『黄瀬君にしては良い事を言うね?』
私の言葉に、彼は憤慨して口を尖らせた。

「俺にしてはって! どー言う意味っスか!?」
『…私も、ちょっとだけ欲張ってみようかな、と思って! ありがとう』

私が笑って礼を言うと、彼はニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「綽名っちが何をやらかすか、見てると面白いんで俺退屈しないんスわ。
綽名っちが柄になく凹んでいるのは、傍から見ててもつまらないっスからね!」
『…悪かったね。柄にもなくて』
「褒めているんスよ!」

私は軽く頬を膨らました。
でも彼が聞いてくれて、少しだけ気が軽くなったのは事実で。

これからどうなるか分からないけど…自分なりに欲張ってみよう。…人事を尽くして。

※※※

バスケ部で居残り、黒子君と練習する日々が続いた。
途中、ドリンクの残りが無くなったので、作って持って行く。

『あれ…?』

体育館の中で談笑する声にそっと覗き込めば、黒子君と青峰君が座り込んで楽しそうに話していた。

そうか…青峰君が…もうそんな時期か。
私は一人微笑み、もう一人分のドリンクを作りに戻った。

第四体育館からスキール音とボールを突く音が聞こえる。
私は出来るだけ音を立てない様にドアを開け、ドリンクとタオルを置いて立ち去ろうとした。

ところがドアを開けた瞬間、頭に突然衝撃が走り、私の意識は暗転した。


-青峰side-

「げっ!?…おーい、大丈夫か!? 苗字っ!?」
「苗字さん!!」

テツと俺が懸命に苗字に呼びかけるが、意識は戻らない。

「やっべー…全然目を覚まさねーぞ? ボールが向かった先で、まさかドアが開くとは思わなかったぜ…」
マジ間が悪りぃっつの。
俺が悄然と俯く横で、テツは苗字の額に手を当てた。

「………脳震盪を起こして気絶しているみたいですね。保健室に運びましょう」
「お、おお。そうだな!」

俺はテツが苗字を抱えるのを見て、ぎょっとした。
一見ひ弱そうだが、大丈夫なのか…?

「おめーが運ぶのか?」
「? そうですが?」
「…ああ。ま、いーや…って待て!」

テツが苗字を抱えると、重心が定まらずにふらりとよろめいた。
やべーって! 見るからに危なっかそうだ。
慌てて俺がテツごと支える破目になる。

「…すみません」
「わーった。俺が運ぶから苗字を寄越せ!」

……仕方ねえ。事故とは言え、ボールぶつけちまったのは俺だからな。
俺が足を動かすと、ドリンクのボトルが足に当たって転がった。

「…ん?」
テツもそれを見て目を瞠った。
「…これは。彼女が持って来てくれたのですね」
「…二本あるな」

俺は目を細めた。
テツはそれらを拾い上げた。

「…これは青峰君の分ですね。タオルまで用意してあったみたいです」
「コイツも一緒に残って練習してたのか?」
「……はい」

最近、ここで幽霊の噂を聞いていた。
時々女生徒の声まで聞こえるとかで尾鰭が付いて来ていやがると思っていたが…こいつだったのかよ。
こいつ、三軍のマネだってのに、付き合いがやけに良いのな。
テツと仲が良いのか…

「では、僕は彼女の荷物を持って来ます。青峰君、彼女をよろしくお願いします」

緑間が一時期追いかけ回して…一緒に変な恰好で帝光祭に出た女。
バスケ部だからと言えばそれまでだが、やけに…俺の周辺に絡んで来やがる。

俺は苗字を横抱きに抱き上げ、保健室に向かって歩き出した。

※※※

-緑間side-

休憩時間に行った手洗いの帰りの途中で、あるものを目撃した俺は足を止める。

「…苗字…!?」

向かいの体育館の渡り廊下を歩いて行く青峰に、抱えられ運ばれている女子。
あれは…どう見ても苗字だ。

どうしたのか? 具合でも悪くしたのか…?

気がかりに思う以上に、俺は青峰が彼女を抱き上げ、運んでいる光景に衝撃を受けた。
何故だ? もやもやとした不快感が胃の腑から湧き上がって来る。
……この不快さは、最近他の場所でも体験した事があるのだよ。

いつだったろうかと記憶を探り、合宿の時だったと思い出す。
そうだ…確か赤司と苗字の関わりを知った時だった。何なのだよ、これは。

「……っ!」

俺はぐっと拳を握り込むと、青峰の後を追い始めた。


青峰は彼女を保健室に運んで足で扉を開けた。保健教諭は留守だった。

「ちーす…って留守かよ!?」
「青峰」
「おっ、緑間!?」
「…苗字はどうしたのだよ? …意識がないみたいだな」
「あー…ボールを頭に当てちまってな…」

彼女をベッドに寝かせた青峰は頭をバリバリ掻いた。
「…ふむ。他に怪我はないのか?」
「それは大丈夫だけどよー…何せ頭打ってるんでな。でも丁度良い所に来たな、緑間!」

俺が不審気な視線を向けると、青峰は決まり悪そうに肩を竦めた。

「俺、体育館に戻って片付けしなくちゃいけねーんだ。こいつが倒れちまったしよ。
後テツがこいつの荷物を持って来るから、それまでちょっと付いててくんねー?」
「…俺はまだ、居残り練習をするつもりなのだよ!」

俺は不機嫌になり、文句を言った。
青峰は悪ぃ、と呟き、「なら、俺もすぐ戻って来っから! ちょっとだけ見ててくれ、な!」
と拝むゼスチャー付きで言われ、俺は仕方ないのだよ、と不承不承頷いた。


青峰が去った後、保健室は俺と意識の無い苗字が取り残された。
俺は苗字の寝顔を見つめる。

「……」
全く…何故俺は、こいつに一々気持ちを乱されなければならないのだよ…?
青峰が…大方練習している時に当ててしまったのだろう。
でも何故? コイツは三軍のマネだ。三軍はもう、練習を終えている筈だ。

俺は彼女の前髪を寄せ、ボールをぶつけたと思しき箇所を診る。
「……少し赤く腫れてるな」

俺はタオルを濡らして絞り、患部に乗せた。

「……苗字…青峰とは…どう言う関係なのだよ…?」
勿論、彼女が答える事は無い。
先程見た光景を思い出すと、苛立ちが募った。

ギシッ

俺はベッドに覆い被さる様に手を突き、眠る彼女に顔を近付けた。
そして、ゆっくりと彼女の髪を撫でた。そのまま頬にまで手を滑らす。

「答えろ。…お前は」

ガタッ!

ドアが揺れた音に、俺は弾かれた様に身体を起こし、慌ててベッドから飛び退いた。
ドアが開き、青峰が顔を出した。

「おー悪ぃな、緑間! こっちは片付けたから練習戻っていいぞ!」
「…ああ」

俺は熱くなる顔を誤魔化す為に、眼鏡のブリッジに手を掛けた。
この甘く苦しく心騒ぐ気持ちは何なのか、俺はまだ知らない。


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