際限なき欲求
その日以来、黒子君の居残り練習に青峰君が加わる事になった。
「―っち!」
青峰君は左手で右肩を押さえ、腕をグルグル回した。
『…どうしたの? 調子悪いの?』
「大丈夫ですか? 青峰君」
「ちょっとな…昨日の練習試合の時、ちっとやり過ぎちまったみたいだ」
『診せて』
私は彼を座らせて、腕と肩を診た。
「って、おめー…診る事出来んの?」
『…少しは。夏休みに特訓を受けたからね! マッサージ習ったし』
「へぇ。じゃあマッサージしてみろよ。お手並み拝見と行くか」
『肩…少し酷使し過ぎたね。解すよ』
私は倉庫からマットを持って来て、敷いた上に青峰君をうつ伏せに寝かせた。
枕代わりに畳んだタオルを頭の下に当てる。
『…………』
「……っ!」
それにしても、立派な身体だ。
まだやや発展途上だが、しなやかで無駄の無い筋肉が付いている。
彼の肩や腕に手を滑らせながらも惚れ惚れと観察する。
『…大丈夫? 痛くない?』
「ああ。…どっちかっつーと気持ち良いぜ…」
『なら良かった』
リコさんに教わったアレは究極の奥義なんで、今は繰り出さない。…半端なく痛い…らしいし。
『はい、お終い!』
私は彼の肩をポンと叩いた。
「おー、今度は軽くなったぜ♪」
『まだ成長期なんだから、あまり無理しないでね。身体に負担かけ過ぎは禁物だよ!』
「でも、つい相手が強いと熱くなっちまうんだよなー…!」
「…苗字さん、今度は僕にお願いします」
『…えっ? 黒子も!?』
「はい」
黒子君は、以前に比べると筋肉が付いて来てはいる…が、まだまだ全体的に線が細い。
『黒子はさー、もっとタンパク質とカルシウムを摂らなきゃね。育ち盛りなんだから!』
「…少しは摂っています」
『少しじゃダメだって。もっと食べなきゃ…』
「バニラシェイクではダメですか…? 牛乳使っているから、タンパク質とカルシウム入ってると思いますけど」
『…あれは基本糖質と脂質だから! 太るだけだよっ!! なら、いっそプロテイン入れて飲め!』
これだけ激しい運動していれば太り様はないけどね!
「……ムキムキは…嫌です!」
青峰君が吹き出した。
「ぶっはw! ムキムキのテツってwww 想像もつかねぇ!」
『黒子なら、少しはムキムキしても良い位だけど。…ファンは泣くよね』
「僕にファンなんていませんよ」
いるよ。…一次元上にね。
青峰君は茶々を入れる。
「名前、おめーはもう少し胸育てた方がいいぞw」
『ド喧しいっ!! 余計な事言うな、エロ峰っ!!』
その手をわきわき動かすんじゃない!!
※※※
-青峰side-
「うぉりゃっ!!」
俺の放ったシュートは相手のディフェンスをかい潜り、ゴールネットに吸い込まれた。
今日は絶好調だ。…昨日のマッサージが効いたのか、肩の違和感は綺麗に消えていた。
アイツ…名前って、実は凄ぇヤツなんじゃねーの?
テツと一緒に居残ってやっているなんて、余程バスケが好きなんだろーな。
バスケ好きに悪いヤツはいない! アイツもきっと良いヤツなんだろう。
赤司が俺に声をかけて来た。
「今日は絶好調だな、青峰」
「ああ、まーな! …どーした? さつき」
さつきは何故か俺の事をじーっと見つめている。
「んー…肩、昨日に比べると動きが全然違うから。何かあったの?」
「おー。昨日、三軍のマネに肩をマッサージして貰った」
「…三軍のマネ!? …それって名前ちゃん?」
「おー、よく分かったな!?」
「女の勘よ!」
つくづく女の勘ってヤツは恐ろしいわ。
「へえ。…三軍の名前って、苗字の事か」
「ああ、そいつだ。緑間と帝光祭に出たヤツ」
「苗字がマッサージまで体得しているとは初耳なのだよ」
緑間まで会話に加わって来た。
「赤司が興味持っているなら、ヤツも近々一軍に引き抜かれるかもしれねーな!」
俺の言葉に緑間は暫く黙り込み、小さく首を横に振った。
「……そうかもしれん。が、俺は賛成出来んのだよ」
「? 何でだよ?」
「それは…本人が望まないからなのだよ」
それはどう言う事か、何度聞いても緑間はそれ以上答える事無く、ヤツは黙々とシュート練習を始めた。
※※※
-名前side-
朝、教室で友人達と雑談していると、青峰君がやって来た。
「おい、名前っ! 現国の教科書貸してくれ!!」
『何…青峰君、忘れたの?』
「おう。ここのクラス、今日現国あるんだろ? 俺のクラスは一時間目なんだよ! 頼む!」
『…別に良いけど。でも他に借りる人いないの? さつきちゃんは?』
「さつきは同じクラスだからな」
『そっか…それなら仕方ないね』
私は青峰君に現国の教科書を貸した。
『現国、三時間目にあるから、それまでには返してね』
「サンキューな、名前! 次の時間にすぐ返すわ!」
青峰君は爽やかに笑うと戻って行った。
それを見た友人達がニヤニヤと笑ってからかう。
「何名前? 緑間君いるのに、もう浮気?」
『違うわよっ!!』
「じゃあ緑間君はやっぱり本命なんだー?」
『何でそうなるの!?』
「だってー"浮気"じゃないなら本命って事だよねー?」
凄い三段論法…
『…教科書借りに来ただけじゃん…』
ただ、それだけだと思っていた私は、青峰大輝に対する認識がまだ甘かったのだ。
次の時間、現国の教科書を返して来た彼は、また次の要求をした。
「次は地理な。地図帳も貸してくれ」
『…っ!? はぁ!!??』
私は呆れながらも渋々貸し出す。
「サンキュー、恩に着るわ」
『私以外にも黒子とかいるじゃん!』
「テツのクラスは今日の教科は被らねーんだよ」
『ったくしょうがないなぁ…』
そしてまた、次の時間。
「名前っ!!」
『また!?』
「今回は返しに来ただけだぜ。次は体育だからな!」
『…体操着は貸せないよ?』
「たりめーだろ、馬鹿! 俺に女物が着れるかよw」
『アホ峰に馬鹿言われたー!』
「何だとゴルァ!!?」
その次の時間は、こちらが体育だった。
着替えに行こうと教室を出た私は、青峰君に声をかけられた。
「おい名前…」
『これから着替えに行かなきゃならないの!!』
「その前に英語の教科書と英和辞典を貸せ」
『だが断る…っ!!』
私は体操着を持って思い切り廊下をダッシュした。が、呆気なく青峰君に追いつかれてしまう。
彼は私を羽交い絞めにして、軽々と持ち上げた。
私はジタバタと抵抗するが、びくともしない。
『放してよっ!!』
「名前が貸してくれたらな!」
耳元で喋るな!!
周りも見てないで助けてよ!
『紫原君にでも借りなよ!!』
「あー…アイツはダメだ」
『何で…よっ!?』
「以前頼んだ時、ヤツは貸す代わりにまいう棒10本とチョコレート買えと言いやがった。
アイツに頼んだら、俺の今月の小遣いが無くなっちまう」
貸さないといつまでも放して貰えないので、私は仕方なく貸す事にした。
『分かったから放してっ!!』
「おー。なら放してやる」
『何でそこで上から目線!?』
昼休み、彼は返しに来てくれたが、彼はまたもや次を貸せと言って来た。
「名前、次は数学な!」
『…はぁ。分かったよ…』
「随分、聞き分けが良くなったな?」
『もう。緑間君にでも借りれば良いのに』
私が溜息を吐いて言ったら、青峰君は顔を思いっきり嫌そうに顰めた。
「緑間ぁ!? 冗談じゃねーよ!」
『何で? 彼、親切じゃん? 何だかんだ言っても貸してくれるし?』
「その何だかんだが面倒臭せーんだよ、アイツは!
ヤツに借りると、説教と嫌味のコンボ技でコテンパンにされるっつーの!!」
『あー…はは…ww』
何かそれ…分かるかも…
苦笑いで返した私に彼はニヤリと笑い「だろ?」と同意を求めて来る。
うっかり同意してしまうと、後で緑間君に何言われるか分からないので、私は曖昧に笑うだけで済ませた。
そして五時間目が終わって。
「よう名前! 次は古典な。古語辞典も忘れんなよ!?」
『…はぁ。結局体育以外、今日の科目は全部忘れたって事?』
「ま、そう言う事だな」
『いっそ、赤司君にでも借りれば?』
私がそう言うと、青峰君は顔を露骨に引き攣らせた。
「おめー…それ、マジで洒落にならねーわ」
『赤司君は怖い?』
「おお、アイツ、一見穏やかそうな感じだけどな、本気で怒らすと威圧感半端ねーんだわ。
そんな事してみろ、今日の練習メニュー倍に増やされるぜ…」
青峰君は本気でガクブルしている。
『因みに灰崎君は…』
私の言葉に、本気で呆れた様な表情するのは止めて欲しい…
「ああ!? アイツが教科書なんて持って来る筈がねーだろ!?
保健体育の教科書借りようとしたら、エロ本寄越す様なヤツだぞ!?」
あー……
『で、借りたの? …それ』
「おうっ!! 教科書より為になったぜ!!」
為になったのかよ…つか、そこで威張るな、少年!
『…聞いた私が悪かったよ…』
私は机に突っ伏した。
それでも彼は容赦なくつつくので、私は彼に教科書と古語辞典を渡したのだった。
最後に彼が、教科書を返して来た時には、私は突っ込まずにはいられなかった。
『…もしかして、今日、忘れたのは…?』
「あー…弁当と体操着以外全部」
そこまで丸ごと忘れると、いっそ清々しささえ感じる。
『…っ!? アンタ、一体何しに学校に来てるの!?』
私の突っ込みにマジ顔で返す彼。
「そりゃおめー、バスケに決まってんだろ?」
『……聞いた私が悪かった…』
「お陰で良く眠れたぜ♪」
ちょっと待て。何だ? 今の聞き捨てならない一言は!?
『…は!? 寝てたの!?』
折角、わざわざ全時間分の教科書貸したのに!?
「おう役に立ったぜ! 先公に見付からねー様に、机に立ててたぜ!」
『衝立じゃねーよ!』
「上向いて寝る時は、顔に乗せると眩しくねーし」
『アイマスクじゃねーよ!! つか涎付いたらどーしてくれるのよ!?』
「心配すんな! 顔の上半分にしか乗せてねーから! 丁度良い角度で乗せるコツがあるんだぜ!」
いやだから、勉強しようよ。…少しは。
……青峰君に説教をかます緑間君の気持ちが、少しは分かる様な気がした―
※※※
「おーい、名前!」
教室に響き渡る青峰君の声に、クラスの子達が一斉に私を見る。
その中には隣席の黄色い彼もいた。
私は引き攣り、乾いた笑いを漏らした。
「綽名っち…いつの間に乗り換えたんスか…?」
『黄瀬君まで…!?』
今度は私は、青峰君と噂になってしまっているらしい。
私は、この仕様の無い事態に眩暈がして額を押さえた。