If-帝光編(一年)


bitter sweets time


今日は休日。
相田スポーツジムの帰りに通りがかったストバスで、私は見知った顔を見付けた。

青峰君だ。
彼は楽しそうに他の少年達とバスケをしている。
…元気だなぁ。平日の朝と放課後、あれだけ部活でバスケをしているのに、更に休日でもバスケするとか。

まぁ、私はとっとと帰って…
と踵を返し、足を踏み出すと同時に、頭に鈍い音と衝撃を感じた。
『…痛い…』

足下に転がるバスケットボールに、私は何が起きたか理解する。
コートからからかい混じりの声が飛ぶ。

「おい名前! どこ行くんだよ!?」

私はボールを拾い、腹立ち紛れに青峰君に投げ返した。

『…アンタ、わざとぶつけたでしょ?』
「おめーがシカトすっからだろw」
『シカトも何も…通りがかっただけだし!?』

青峰君は私のスポーツバッグを見て首を傾げた。
「おめー、スポクラ行ってんの?」
『まぁ、そんなとこ』
「ふーん? じゃ、少しバスケしてかね?」
『だが断る…!』
「遠慮するなって!」
『…っ!? 少しは人の話を聞け!!』

私は帰って絵を描いたり、ピアノを弾いたりしたいのだ。
何が悲しくて、貴重な休日までバスケをしなくちゃならないんだ!?
私は精一杯抗ったが、この男は私の抵抗なんぞものともせずにコートに引き摺り込んだ。

「おい青峰、珍しいな? 桃井じゃねーのか?」
「へー、大輝の彼女!? 可愛いじゃん?」
「ばぁか、そんなんじゃねーよ! ダチだ、ダチ! 苗字名前ってんだ」

「君もバスケしてるの?」
「彼氏いる?」
「中一? タメだよね?」

私は、青峰君とプレイしていた少年達に囲まれて質問攻めに遭った。
彼等の口ぶりからすると、桃井さんが良く来ているみたいだ。

『…そう言えば、そのさつきちゃんはいないの?』
「あいつは今日は塾だぜ」
『青峰君も少しは勉強したら?』
「へっ、かったりーわ。俺が塾に行った所で金と時間が無駄になるだけだろ。
人には向き不向きってモンがあるんだよ!」

彼はそう言うなり、片手で無造作に見える所作でボールを放る。
ボールは斜めに軌跡を描き、鋭い音を立ててネットを潜った。

周りの少年達は歓声を上げた。
…これをやられると、向き不向きの説得力倍増だ。

『……確かにね。青峰君はバスケに特化し過ぎな位にしているよね』
「だろ!?」
彼は、にかっと無邪気な笑顔を見せた。

「おめーはそこで見ていろよ! 勝手に帰るんじゃねーぞ!?」
と、私に言うなり、彼等と楽しそうにバスケを続けた。


結局、私は彼に夕方まで付き合わされた。
今日一日の予定を丸ごと潰され、私の機嫌は最悪だった。

「だから悪ぃって言ってんだろ?」
『思って無い事言わなくていいよ! ああもう、今日の予定が全部パーになっちゃった!!』
「そんな事言って、おめーも途中から一緒に遊んでたじゃねーかw」
『諦めたから、開き直って付き合う事にしたんじゃん!』
「わーった、わーった! アイス奢ってやっから機嫌直せよ」
『…………』

ふと我に返ると、実質年下の少年にアイス一つで宥められている自分が酷く滑稽に思えた。
私は苦りきって黙り込む。
彼は、それをアイスで懐柔出来たと思ったらしい。

「ま、おめーには結構世話になっているからな! 奴等も気に入ったみたいだし、また遊ぼーぜ!」
青峰君の屈託のない笑顔に、私は絆されて頷いていた。

ま、いいか。私も青峰君や彼等に色々教わって、それは結構楽しかったから。

彼がコンビニで買ったアイスは一本だけだった。
青峰家は普通の家庭で、中学生のお小遣いは限られている。
何だか罪悪感が湧いてくる。

『いいの? 本当に』
「おー」
『…いただきます』

堅いアイスキャンディーを齧ると、冷たくて甘い欠片が口の中で砕けて溶ける。
青峰君がそれをじっと見ていた。

『食べる? 口付けちゃったけど』
私がそれを差し出したら、彼は私の手を掴んだまま、それを自らの口に持って行って齧った。

「おー、うめーな!」
彼は満足そうに破顔し、そのアイスを私に戻した。

『うん。梨味も良いけど、やっぱソーダ味だよね』
私がまた一口齧る。それを交互に続けた。

…これは所謂"間接キス"ってヤツになるのか…?
でも彼の無造作加減を見るに、全くそうとは認識していないみたいだ。
なら別に気にしなくていいか。

「コンポタ味はまだしも、カレー味とかありえねぇ」
『…試したの? チャレンジャーだね』
「紫原と半分ずつなw」
『マジか。でもリスクを減らすにはいい方法だよね』
「外れだったら一本食べ切るのはキツいからな」

私も青峰君もアイスに気を取られていた。
だから通りの向こうで緑間君に見られ、彼が買ったばかりの眼鏡ケースを握り潰していたのには気が付かなかった。

※※※

次の週、私のクラスは調理実習の時間にマドレーヌを作った。
隣の黄瀬君の席には、マドレーヌの山が見事に積み上がっている。
私は感嘆の溜息を吐いた。

『凄いねー! それ、全部食べるの?』
「綽名っちも少し持って行かないっスか?」
『それ、全部女の子達が黄瀬君に食べて貰いたくて持って来た物でしょ? 私が食べるのは悪いから遠慮するよ』
「俺、自分でも作ったんスよー? モデルなのに、こんなに食べたら太るっスよ!」
『ドンマイ! お姉さん達にあげればいいんじゃない?』

私が作ったのは、緑間君や黒子君、青峰君にあげようかな。数も丁度良いし。

昼休みにマドレーヌと昼食を持ち、廊下を歩いていたら紫原君と出くわした。

「あー、綽名ちんだー」
紫原君も両腕に沢山のマドレーヌを抱えている。

『紫原君も調理実習? …それにしてはマドレーヌの数が多いね』
「貰ったー」
『全部!?』
「そう〜」
『へ…へぇー』

彼のクラスの調理実習は今日ではないらしい。
彼は長身を屈めると、私の持ち物をしげしげと見た。

「綽名ちんもマドレーヌ持ってるねー。頂戴?」
『あ、あの。君、既に沢山持ってるじゃん…?』

流石に数的に紫原君の分までは無いんだけど…
私が渋ると、彼はギラリと瞳を光らせ、物騒な台詞を吐いた。

「…くれないと捻り潰すよ?」

…仕方が無い。私は、渋々紫原君にマドレーヌを一つ渡した。
彼は私の頭を軽く撫で、一つの袋をくれる。

『…? 何これ』
「代わりにあげる〜。桃ちんからのー」
『…さつきちゃんの?』

中を覗くと何やら形はマドレーヌっぽい黒い塊が見えた。

『マドレーヌ…? ブラックココア味とか?』
「あーココア〜いいねーそれ。クリーム挟むと美味いよねー。でもそれは観賞用だからー食用には適さないよ〜」

つまり食べられたモノでは無いと。

「うん。それ、ダイヤモンドと同じ元素だから〜」
『…それって炭素の事だよね?』

のんびりした天然口調だけど、うっかり騙されてはいけない。

無機物と有機物の差はあるけど、固いのは同じ位かもしれない。
私は体よく押し付けられ…もとい、貰った炭素を仕方なく抱えた。


「おい名前」
呼び止められて、私は振り向いた。
『青峰君』

彼は私の傍に近寄ると、鼻をひくひくとさせた。
「…んー何か甘ぇ匂いがすんな…?」

動物的な男だけあって、嗅覚も抜群に良いらしい。
私は半歩後じ去る。
彼はその分一気に距離を詰め、私の腕を掴んで強引に引き寄せた。

『ちょっと…!?』
「んー…ここ、か?」

彼は長身を折り曲げて、私の首筋に顔を近付け、くんくんと匂いを嗅いでいる。
もう、廊下で何やってんだ!? この男は!!

私は恥ずかしくなり身体を離そうとするが、がっちり押さえられて放して貰えなかった。

「丁度腹減ってたんだ。その菓子寄越せ! おめーが作ったんだろ?」
『ええっ!? いやこれは…!』
「ケチケチすんな! アイスやっただろ!?」
『青峰君だって半分食べたじゃん!?』

彼が話す度、耳元に息がかかって背筋がぞわぞわした。
もう何でも良いから、その状態から逃れるべく、私は懐から取り出した袋を彼の顔に押し付けた。

青峰君は露骨に引き攣った。
「おめー、それ…さつきのだろ。俺を騙そうったってそうはいかねえからな!」
『紫原君がくれた。…ダイヤモンドと同じ、観賞用だって』
「…まぁ。確かに同じくれぇ固えからな…」

青峰君は苦笑いし、私に近付くと耳元でこっそりと囁いた。
「おめー、もう分かっているだろーけど…それ食うなよ? 腹壊すぞ」

私は無言で頷いた。
そしてそのまま歩き去ろうとしたら、彼にがしっと後ろから肩を掴まれる。

「…おめーの菓子、まだ貰ってねーぞ?」
『ちっ! 覚えていたか!』
「俺に誤魔化しは効かねえつったろ!」

そのまま羽交い絞めにされ、懐に手を突っ込まれる。
私はジタバタ暴れた。

「てめー、大人しくしやがれ!」
『ちょっとどこ触ってんだコラ!! 渡すってば! だから離れてよ!!』

渡して漸く解放され、歩き出そうと顔を上げたら視線の端に緑色の髪が過った。

『…緑間君?』
彼はそのまま私達から目を逸らし、何事も無かったかの様に立ち去った。

※※※

「ようし、今日はこれまで!」

あ、黒子君が倒れている。

『黒子ー、今日も居残り練、やるんだよね?』
「…やります」
『大丈夫? 倒れているけど』

彼は、よろよろと身体を起こした。
私は彼にスポドリとタオルを渡した。

「…すみません」
『精が出るね。もうすぐ昇級試験だものね』

私は言いながら首を傾げる。

…ん? 秋の昇級試験? 何か―原作で読んだ様な。
何か…重要な事があったっけ?

彼は訝し気な視線を向けた。
「苗字さん、どうしましたか?」

私ははっと意識を引き戻し、首を振った。
『いや…』
言いかけた私の声に被さる様に、彼のお腹がきゅうぅ〜と鳴いた。
黒子君は顔を真っ赤にして俯いた。

「…すみません…」
『お腹…すいたとか?』
「そう、みたいです」
『黒子は私より小食だものね。これから青峰君来るし…マドレーヌ作ったのあるけど…食べる?』
「え、でもそれは」
『ちょっと待ってて。取って来る!』

これで自作のが無くなってしまったけど、まぁいいか。また作れば良いや。

※※※

居残り練を終え、下駄箱で青峰君と黒子君を待っていると、緑間君が現れた。

『あ、緑間君お疲れ様』
「…ああ。苗字はまだ帰らないのか?」
『うん。…友達を待っている所』
「……友達?」

そう言えば最近、あまり緑間君とは喋ってない。
それにちょっと不機嫌そうだ。やや苛立っているみたいに見える。
彼が近くに来た足音を聞きつつ、私も靴を履き替えた。
先程の彼の声がいやに低く冷たく聞こえ、私は振り返る。

『…緑間君?』
「三軍の練習はとっくに終わった筈だろう。ここの所、ずっと居残って青峰と練習してるのか?」

彼が思ったより近くにいて、私は思わず驚きの声を漏らす。
そのまま私は彼に、下駄箱に背を押し付けられた。

『……っ!?』
「一軍に行きたくないと言っていた割には随分熱心な事だな。…そんなに青峰とが良いのか?」
『何を言っているの…? ちょっと緑間君、おかしいよ!?』

私を逃すまいとする様に、左右を彼の腕で塞がれる。
これは所謂壁ドン状態か?

私は彼と視線を合わせ、息を飲んだ。
彼の瞳には怒りと苦悩の色が浮かんでいる。
…どうしたの? まさか…いくら何でもそんな事は有り得ない。

他人同士ではよく見る現象。
でも、それが自分に向けられる事があるなんて。
しかも相手は極め付けの変人で堅物とか。
いや、きっと自意識過剰の思い違いだ。私は首を左右に振った。

「苗字…っ」

彼はゆっくりと顔を近付けた。

『…緑間君』

私は頭の中が真っ白になった。
ええと…このシチュエーションって…?
私は全ての思考がフリーズし頭が働かず、身体も呪縛にかかったかの様に動かせない。

その時

「おい、おめーら何やってんの?」

不意に聞こえた青峰君の声が、張り詰められた緊張を破った。

「…っ!!」
緑間君は飛び退く様に身体を離すと、眼鏡のブリッジに指を当てる。
その表情は手に隠れていてよく見えない。

「名前、 待たせたな! 帰ろーぜ」
『あ、青峰君と黒子君!』
「お待たせしました」

私が再び振り向いた時、緑間君は既に立ち去っていた。


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