If-帝光編(一年)


回り出す歯車


-名前side-

「苗字さん、彼と一緒に練習してるのは…本当にそれだけかな?」

赤司君の問いの意味を図りかねて、私は首を傾げた。
『…それは、どう言う意味ですか?』

「…いや、居残り練習に付き合うなんて、君達は随分と仲が良いんだね」
『そう…ですね』

一体、赤司君は何が言いたいんだろう?

「君達はクラスも違う。沢山いる三軍の選手の中で、何故君は彼を選んだのかい?」

選んだ…?

私が茫然としているのを見ながら赤司君は続けた。

「特定の一人と仲良くなると言う事は、言い換えれば選んで親しくなる、と言う事だ。
君が三軍の選手の中で、目立たない彼に目を付けた訳を是非知りたくてね。
さっき言った理由だけなら、毎日居残る事と吊り合いが取れない」

…互いに気が合うから、じゃダメなんだろうなぁ。これは下手な答え方が出来ない。
私は顎に指を当てて考えながら慎重に答える。

『……逆に…目に付き難いから、かな?』
「…へぇ?」
『全員に目を配っていなければいけない時に、うっかりすると見逃し易い人だから。
だから気を付けている内に親しくなった…のかも?』
「……」

赤司君はじっと私を見た。
全てを見透かす様な彼の視線を受けて、私の背につうっと冷や汗が流れる。
無意識なのか、威圧感は漫画の彼と遜色ない。

「赤司、もういいだろう」

緑間君は堪りかねた様に口を挿んだ。

…気のせいかもしれないけど、何だか私を庇ってくれてるみたいだな。
私が一軍に行きたくないのを知っているから?

赤司君が面白がる様な口調で緑間君を突っついた。

「どうしたんだ? 夏合宿の時、苗字さんを推薦したのは緑間なのに」
「そ、それは…」
「まるで、彼女を心配する彼氏みたいだね?」
「なっ…!?」
「冗談だ」

赤司君は珍しく軽い笑い声を立てた。
緑間君は顔を顰めて反論した。

「…っ! 赤司の冗談は笑えないのだよ!」

同感だ。心臓に悪いわ。

※※※

……ああ吃驚した。

(何故、君は彼を選んだ?)

その真の答えは「彼が主人公」だから。

赤司君…途中まで読んだ原作のイメージとは違い、別人の様に穏やかに見える。
でも思った以上に恐ろしく頭が良い。いきなり核心を突いて来るとは…マジ怖い。

緑間君が止めてくれて良かった…
あの時、ちょっとドキッとしてしまった。緑間君、イケメンだ。

緑間君に誘われりしたら、うっかり一軍に行ってしまいそうで困る。
私は頭をぶんぶんと振った。

いやいや無いから!! 初志貫徹するべし!

「苗字さん…?」
黒子君の声で、私は我を取り戻す。
あれから彼が遅いから送ると言ってくれて、私達は一緒に帰路を辿っている。

『…あ、それで赤司君と何話したのか、聞いて良いかな?』

私は途中で着替えに戻ったから、始めに質問されて彼が答えている所までしか知らなかった。
黒子君は考える様に少し俯いてから答える。

「…赤司君から、僕が特殊だと。選手として存在感の無さを活かして、僕だけのスタイルを生み出せ、と。
……今はどうしたら良いのか全く分かりませんが、もう少し頑張ってみようと思います」

成程。それであのスタイルが誕生したと。
私がヒントなど出さなくても、彼はきっと自力で辿り付けるだろう。

「固定概念は捨てろ、とも。チームの為に長所を生かせ、と」
彼は考え込みながら歩いている。

『そっか。…「黒子のバスケ」がもうすぐ見られるかもしれないね!』
「…そうならいいのですけど」

きっと、もうすぐ黒子君は一軍に上がるだろう。
今の彼は少し以前とは違う、決意に満ちた表情をしている。
彼が今までよりも大きく見えた。

「苗字さんは」
『えっ?』

「苗字さんも努力してますよね。青峰君が一軍に来て欲しいって言っていました。
夏合宿の時は緑間君が推薦したとも。
…もしかしたら、苗字さんの方が昇格は早いのかもしれません」
『それは無いよ』
「…え? 何故ですか?」

彼は意外そうに目を瞬いた。
私は何と言って良いのか分からず口篭る。

『何故って…マネは選手とは違うしね。
だから今は、三軍マネやっているだけで手一杯。先の事まで考えられないよ』

そう、私は一軍にならないと決めていた筈だった。…けど先の事を考えると、落ち着かない気分になる。
いつまでもこのままではいられないけれど、それを直視する勇気はまだ持てなかった。

※※※

「…で、私は何でここに連れて来られたの?」

今、私は大きな都心のホテルのエントランスホールにいた。
今日は日曜日。私は着飾られ、父の仕事関係のパーティに家族一緒に出る事になったらしい。

会場に掲げられた看板を目にした私は凍り付いた。

「赤司グループ創立記念パーティ」

マジか。

でも、今までの仕事関係では、私は基本参加してこなかった。
何故今日に限って連れて来られたのだろう?

母は機嫌良くにこにこしている。
「今日は、御子息様がいらっしゃるのよ。名前も失礼の無い様にね」

…やっぱりか。つか、まだ諦めてなかったの? この人。

まぁ部活が一緒で、この前顔を合わせたけど、所詮私は三軍マネで距離は遠いし。
さらっと表面上の挨拶だけでやり過ごせばいいかな。

父と兄は色々な人達と歓談している。
母は私を促して、赤司君の居場所を探した。

広いパーティ会場を歩き回り、長テーブルに所狭しと料理が並べられている場所を、横目に見て通り過ぎる。
…ちょっとお腹が空いたなぁ。
ここのホテルの料理とデザートは美味しいんだよね…
一応淑女を気取らなければならないので、暴れ出す腹の虫を何とか宥めた。

「あら、あれじゃないかしら? 凄い人ねぇ…」

母の声にふと前方を見ると、沢山の淑女達の人集りが列を成していた。
…これはアイドルのファンクラブイベントか何かか?

私は、この集まりを見て腰が引けてしまった。
ここに並んでいる方々の幾人かは見覚えがある。

アイドルやらトップモデルやら女優やら、一目でそれと分かる美少女達…
あっ、あの人、新進気鋭のデザイナーだ! この間特集番組で見た。

その他の人達は、かなりの家柄やら資産家のお嬢様達っぽい。
そこそこ程度の私の家では場違いも甚だしい。

そこの列に近付くと、居並んだ女性達の値踏みする視線が私を刺した。
母は良くも悪くも天然でKYなので、平然と私をその列の最後尾に押し込んだ。

私が並んだ後ろにも次々と女性達が列を作った。
私の後ろは売れっ子ミュージシャンだ。…こんな時でなければ、サインください!って言っちゃうかも。

周りで交わされている会話もセレブリティだ。
ニースに別荘買っただの、自家用ジェットでハワイ行っただの。
偶に控え目な女性がいると思ったら、周りの会話の端々で旧華族で代々歴代大臣を輩出している家柄との噂が耳に飛び込んできた。

流石に逃げ出したくなって来た。まだ列の先は結構長い。

『…ねぇお母さん。私、お手洗い行きたいんだけど』
私がこそっと囁いたら、母は顔を顰めた。
「仕方ないわね! 間に合う様に早く戻って来なさいよ」

私は母の言葉に頷きを返して、漸く列を外れる事が出来た。
そして、ふと列の先頭を見やる。

『…げっ!?』

その時、赤司君と目が合った様な気がした。


『…はー…気まずかった…』
何とか抜け出したのは良いけど、母からの大目玉覚悟で私は戻る事を早々に諦めていた。
あんな雰囲気の中で、赤司君に一言でも挨拶するのは絶対に無理だ。

私はトイレ行く振りをして列を外れた後、母に見付からない様にケータリングの料理を取り分けた。
そしてこっそりテラス席に運び込み、ちゃっかり一人で舌鼓を打っていた。

『あー美味しい! ここのキッシュ好きなんだよねー♪ ラザニアも絶品〜』

夕闇に包まれたテラスは私一人だけで、辺りは静まり返り、街明りが木々の間からキラキラとちらついている。
テーブル上のキャンドルと所々の照明が、植え込みと席を暖かい色で照らし出していた。

キィ…
カツカツカツ

扉の開く音と共に、足音が聞こえて私は振り返る。
と同時に、私はフォークに刺したパイ生地を口に入れたまま固まった。

「苗字さん…?」

赤司君は、固まった私を見て大きく目を見開き、それから口に手を当てプッと吹き出した。
見られた…!! 私は固まったまま真っ赤になった。

「食事中にすまない。…席を一緒していいだろうか?」

クスクス笑いながらも、彼は紳士的な態度は崩さない。流石だ。
私はフォークを外して生地を飲み込んでから、ぎこちなく頷いた。

「ここの料理はどうだい?」
『…あ、とても美味しいです! このホテル系列はイタリアンとフレンチが特に充実していますので!』
「同い年だ。ここには二人しかいないし、俺に敬語は要らないよ」

彼の前で食べ続ける度胸は無く固まった私に、彼は遠慮しないで、と更にスイーツまで薦めて来た。
本当に中一か。

『…赤司君は食べないの?』
「俺? そう言えばまだ食べてないな」
『これ、食べない? まだ口付けてないし』

私は別皿に取分けていた生ハムとルッコラのサラダとマルガリータを薦めた。

「じゃあ貰おうか」

赤司君はピザを食べても崩れない。
…王侯貴族の風格って、こう言うものなんだろうか。

『…赤司君の列、凄い人達が並んでいたね』
「そうだね。俺も少し疲れてね。ここは他に人がいなくて休むのには最適だ」
『赤司君もあれ、疲れるんだ?』

私は逃げ出したけどな!

「君は俺を何だと思っているんだ…?」
赤司君はムッとして私を軽く睨んだ。

『…いや、場慣れしているなーって感じだったから』
「父の仕事関係で会っているからね。それなりに気を遣うよ」

こうやって話していると、大人びているものの、年相応の表情もする。
でも以前漫画で読んだ時の様な、危険な人物の印象はない。
他の全てが漫画と違いなく進んでいる様に感じたけど、彼については違うのだろうか?

最も私は全て読破していないのだから、現時点で分からない事はいくらでもある。
でも彼は、私が思っているよりは穏やかそうな人だ。…彼については分からない事だらけだけど。

「でも、今日は来て良かった。君に会えたからね」

赤司君は猫の様に目を細め、私をじっと見た。
私は一瞬、自分が彼に捕われた獲物になった錯覚を起こし、無意識に身を引いてしまう。

しかし彼は私の手を掴んで、テーブル越しに引き寄せた。
いきなりの彼の豹変に私は驚き、動く事が出来ない。

彼は私の耳元で囁く。
顔が近い。不意の接近で頬が熱くなる。

「バスケ部の事だけど、全中が終わって三年生が引退した。マネージャーもだ。
…そこで君を一軍に昇格させようと思う。…当然受けてくれるよね?」

穏やかだけど有無を言わせない視線の強さに、私は息を飲んだ。


page / index

|



ALICE+