If-帝光編(一年)


パンドラの決意


キュッキュッ…ダムッ

「ディフェンス、ハンズアップ!」
「足を休めるな! 周りを良く見ろ!!」

第四体育館で、三軍は別れてミニゲームを続けていた。
「あれっ?」

その中の一人の少年が、マークする相手を見失った様だ。
「黒子、カット上手くなってた?」
「ああ、俺も思った。つーかそれより…アイツ、前より…影薄くなってねーか?」

彼等の声が耳に入って来た。
確かに…黒子君はミスディレクションを体得しつつあるみたいだ。


三軍の練習が終わり、黒子君に居残り練の確認をした後、私はボールの手入れをしていた。

私は空気を注入し終わったボールをじっと見つめた。
センターラインにまで下がり、ゴールを目がけて両手で力一杯ボールを放る。

無論それはゴールに届く事無く、遥か手前で虚しく落ちた。

「何やっているんですか?」
『…え? スリーポイントシュート…のつもり☆』

黒子君が無表情で、私の額に軽い手刀をかました。

『痛てっ!!? 無表情の黒子怖い!!』
「何舐めた事しているんです? センターラインからそんなに簡単にスリーが入るなら、誰も苦労はしませんよ!」

…ですよねー

これを努力の末でも百発百中出来てしまう緑間君って、どれだけ凄いのだろう。
私が、そんな彼らの為に出来る事って…あるんだろうか?

黒子君は不思議な色合いの瞳で私を見つめた。

『…何?』
「苗字さんは…既に分かっていたのですか…?」
『…? 何が?』
「以前…成績表が貼り出された時、"ミスディレクション"について言及していましたね」

えー…あれかー。よく覚えていたなー…

『…そうだっけ?』
「はい。…確か、"ミスディレクションを発動して"とか。まるで僕がそれを使えるのが当たり前みたいに」
『ゴメン、覚えてないや。そんな事言ったんだ? 私』
「言いました。聞き慣れない単語なので、印象に残っています。なら、ミスディレクションは知ってますよね?」
『一応ね。手品とかに使う、視線誘導の事でしょ』
「……自覚無いなら、恐ろしい人ですよね、貴女は」
『えー? 何それw』

あの時はノリでつい言ってしまったけど、ここでそんな追及されるとは思わなかった。

…そう言えば、漫画では高校生の黒子君が、帝光の…キセキ達のバスケが嫌いと言っていた。
これから何かが起こるって事だよね?
途中までしか読んでないからなぁ。

一体、何が起るのだろう…? 気になる。
ここまで関わってしまったら、母の事は置いといて、赤司君の要請に応えて、やっぱり一軍に行った方が良いのかも…


「よう♪おめーら、いつも仲良いよな!」
いつもの様に青峰君が来た。

「名前、おめー…練習試合で、あの灰崎と一悶着あったんだって?」

いつの間にか名前呼びになっている…

『…どこから聞いたのよ、その話』
「初耳です」
「いやー…さつきが言う所によるとよ、あの練習試合で緑間捻じ込んだのは赤司らしいって話だからよ…」
『…え゛?』

何考えているのよ、赤司君は。

「それで大丈夫だったんですか?」
『あー…緑間君に助けて貰ったから大丈夫だったけど、灰崎君には一人で近寄らない様に念押しされたね』
「緑間に…そっか」

青峰君は溜息を吐いた。

「灰崎は強えけど問題児だからな。
二軍三軍の同伴選手は一軍でローテーション回しているんだけどよ、名前が初めて帯同するっつーのに灰崎だろ? 俺は虹村先輩を付けると思ってたんだけどな…」

『灰崎君抑えられるの、虹村先輩くらいだものね』
「なのに、赤司は何だって緑間付けたんだか」
『虹村先輩は主将だから残る必要があったとかじゃない?
でも私が絡まれたのは試合中だったから、結果的には緑間君で助かったかな。彼の外したスリーが灰崎君を直撃したからね』

私の言葉を聞くなり、青峰君が驚愕して目を剥いた。

「緑間が外した!? 嘘だろ!!??」
『嘘じゃないよ、外した球が正確に灰崎君を直撃したよ』
「……成程な。それにしてもよ、緑間と名前って…仲良いよな…」

青峰君が拗ねた口調で呟いた。
さっきの黒子君と絡んでいた時と同じ様な台詞だが、それとは全く意味合いが違う様に聞こえる。

『どうしたの? 何で今更そんな事?』
私が不思議に思って聞いたら、彼はさっと顔を赤くした。
「…っ、何でもねえ! 練習すっぞ、テツ!!」

※※※

-緑間side-

「赤司、入るぞ」
俺は、赤司が一人で将棋を指している部屋へ入った。

「緑間か。同伴ご苦労だったな」
「赤司、三軍の帯同は苗字だったのだな。当然知っていたんだろうな?」
「ああ。流石に初めてで灰崎と一緒ではキツいと思って主将に進言した。緑間が見た所、彼女の働きはどうだい?」
「…正直、悪く無いのだよ。最初の頃に素人同然だったらしいが、今では一人で全て熟せる所までは来ている」
「もし本人が望んだら、一軍に迎えようと思うのだが、どうだろう?」
「…相応の能力とやる気があるなら、誰でも迎える事に異存はない」

そう。本人が望めば、の話だがな。

赤司は俺の答えを聞いて、ふっと微笑った。

「緑間なら、そう言うと思っていたよ」

苗字は以前、三軍でいたいと言っていた。
事が家族間の確執なだけに、周りがあれこれ言っても仕方の無い話だ。
しかも…その原因である赤司が直接勧誘するとなると、彼女が応じるとは思えない。
が、赤司の事だ。もしかしてと言う事も有り得る。

「赤司、もし…彼女が断ったら?」

赤司は、おや、と言う風に軽く目を見開いた。

「緑間は彼女が断ると思うのかい?」
「…もしも、の話だ」
「なら俺の見込み違いと言う事だな」
「……!?」

赤司は…苗字が見込みある、と見ているのか。

何故俺は苛々する…?
苗字が受諾しようが断ろうが、それは苗字自身の話だ。
俺には…関係が無い筈。

自信満々な赤司を見ていると、何故だかイラつき、不安になる。
そう…いつもその感情には苗字が関わっている。

練習試合の時、灰崎が苗字にちょっかいかけているのを見るのが不愉快だった。
あれは試合中にふざけた事をした灰崎に腹が立ったのだ。
…でも今のは…?

赤司には、俺が腹を立てる様な要素は何も無いのに。
しかし灰崎に対するよりも苛立ちが強い。苛立ち…と焦り…? か? これは…?

「緑間どうした? ボーっとして。少し対戦していかないか?」
「…あ、ああ。いいだろう」

俺は出口の見えない迷路に迷い込んだ気持ちだったが、一旦考えるのを止め、将棋盤に目を向けた。

※※※

-名前side-

高く体育館の天井に届かんばかりに投げ上げられたボールが、切り裂く様なラインを描き、鋭い音を立ててゴールを潜る。
一瞬の間を置いて、体育館中を揺るがす様な歓声が上がる。

…あれは。オレンジ色の背中。緑色の髪。
私を魅了した彼。

そう― 私は彼に堕ちたのだ。

『…夢?』

目が覚めたら、見えるのは自室の天井。
私は眠りと現の境界線上を行き来しながら覚醒しきらない頭で考える。

黒子君が一軍に入って、バスケが嫌いになる出来事があった。
それなら他のキセキ達はどうなんだろう?

漫画との一番の違和感は赤司君だった。あれではまるで別人だ。
でもよくよく考えると、青峰君も全く違う。

緑間君は…元々超然とした変人キャラなせいか、あまり違和感は無い様に思える。
黄瀬君はまだ入部してないし、紫原君についてはよく分からない。
黒子君は今はまだ、一生懸命に練習してるだけ。

これから…きっと何かが起こるのだろう。
そして二軍三軍にいたのでは、その理由が分からないかもしれない。

勿論その場にいたからって、何かが出来るとは限らない。
さつきちゃんがいても、どうにもならなかった様に、私がいた所で何も変わらない可能性の方が高い。
変えられるのは…主人公たる黒子君とその相棒の火神君だけ。

それでも私は、そこに入る覚悟はあるのか?
黒子君の絶望に関わる事になるかもしれないと分かっていても?

…でも私は知っている。
そこは通過点でしかない。彼等はきっとそれを乗り越える。
私はそれを見届けたい。

私は、心を決めると静かに目を閉じた。

※※※

昼休み、私は友人達とお弁当を食べていた。
その中の一人が、ふと教室の入口を見て首を傾げる。

「ね、あれって赤司様じゃない?」
「恰好良いね…! でも、うちのクラスに何の用だろ?」
「何にしても、私達には関係な…キャー!?こっちに来たー!?」

ざわついていた教室が一瞬、静まり返り、赤司君が足を向ける先の人垣が割れて道が出来た。モーゼかよ。

「苗字さん、ちょっといいかな?」
『ふご?』

その時、私は肉巻きアスパラを口に入れた所だった―


「…今度は赤い男っスか? 全く綽名っちは小悪魔っスね…」
と、通りすがりに黄瀬君が呟いた声が聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。


私は今、赤司君に連れられて、バスケ部のミーティングルームで向かい合って座っていた。
赤司君は口に手を当てて、一人でクスクス笑っている。

「―いや失礼、君はいつも美味しそうに何かを食べているね」

さっきのクラスメート達の前ではポーカーフェイスだったのに、二人きりになった途端にこれである。
全く不本意な言われ様だ。私が食べている時に限って、この男が現れるのだから。

『今は昼休み、昼食時なのですから当然です』
私は憮然と言い返した。

「いやつい紫原を思い出してね。昼食を中断させてすまなかった。持って来てここで食べても構わなかったのに」
『そんな気にはなれなかったもので…』

私は赤司君の中では、あのお菓子妖精と一緒なのか。

「そうか。なら君の昼食時間に間に合う様に手短に話そう。以前パーティで会った時の続きだ。…覚えているだろうか?」

私は頷いた。
『…はい。一軍へのお話ですね?』
「そうだ。改めて君の意思を伺おう。受けてくれるだろうか?」

私は一瞬、瞑目してから静かに答える。

『あれから私は自分なりに考えました。…私でお役に立てるのでしたら、そのお話、お受けしようと思います』

赤司君は満足そうに頷いた。
「苗字さんは、そう言ってくれると思っていたよ」

その時、けたたましい音と共にドアが開いた。

「赤司っ!!」
彼らしくない怒声を出して入って来たのは緑間君だった。

「やあ。緑間の懸念は、たった今払拭されたよ」
「…苗字…!」

緑間君は、私の両肩を掴んで彼自身に向き直らせた。

「どう言う事なのだよ? 苗字、赤司に何か言われたのか?」
「どうしたんだ緑間? 俺は別に何もしていないが?」

私は緑間君を見上げ、赤司君の言葉を肯定する様に頷いた。

『…何も。赤司君に打診を受けた後、私が自分で決めたの。…だから』

大丈夫。心配しないで?

と、私は彼にだけ聞こえる小さな声で囁いた。

彼は一瞬目を軽く見開き、そして溜息と共に言葉を吐いた。

「…そう、か。…それがお前の意思なら、俺は何も言う事はないが」
『緑間君?』

彼の声がやや固くなった様に聞こえて、私は首を傾げた。
緑間君が私から手を離した時、赤司君が私に手を差し伸べた。

「では苗字さん、よろしく頼むよ」
『はい。こちらこそよろしくお願いします』
「……」

その日の放課後の部活の時、私はコーチから正式に一軍への配属を告げられた。


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