緑と青のjealousy
初めて一軍に黒子君を連れて来たさつきちゃんは、困惑していたみたいだった。
「ねえ名前ちゃん、黒子テツヤ君…ってあの子で良いんだよね…?」
『…うん? 何で?』
「いやあの…大ちゃんの話とイメージが違うって言うか、一軍に入る選手には見えないって言うか」
『はは…w 赤司君も青峰君も普通に受け入れしてるでしょ? 大丈夫だよ』
そして黒子君は、三軍の倍位はキツイ一軍の練習に見事にへばっていた。
「おわー吐くな、テツっっ!! おーいさつきー!…」
『はい』
私は、すかさず用意しておいたバケツとタオルを渡す。
「…用意早えーな」
青峰君が呆れた様に呟く。
『黒子とは三軍での付き合いが長かったからね』
「はー、助かるわ」
練習が終わり、私は黒子君に付いて帰る事になった。
青峰君が少し残念そうに手を振った。
「あー…じゃ、気を付けて帰れよ」
『うん。またね!』
「…すみません、苗字さん。…本当は僕が送らなければならないのに」
『私は大丈夫だから気にしないで。それよりも肩貸そうか?』
「…少しだけ…お願いしていいですか?」
-赤司side-
一軍のロッカールームで、青峰を除いた俺達は着替えながら話していた。
「いや〜〜ダメっしょ〜
初日ってもあれはさすがにしょぼ過ぎでしょ。何度か捻り潰そうかと思ったし」
「あー俺も。見ててムカツクわ」
「…今別に崎ちんに話しかけた訳じゃないんだけどー」
「あ゛あ゛!? てめぇ喧嘩売ってんのか!?」
灰崎と紫原が睨み合う。
「…………」
普段なら真っ先に仲裁に入る緑間は、苦虫を噛み潰した様な表情で沈黙していた。
「どうした? 緑間」
らしくない緑間に、不思議に思った俺が尋ねる。
「…いや。苗字が随分と、黒子の事を気にし過ぎている様に思えるのだよ」
…以前に緑間は、俺がその件で追及しようとしたのを自分で止めた事を覚えているのだろうか?
俺は軽く頷いた。
「ああ確かに…苗字と黒子は、三軍の頃からの付き合いだからだろうが…
青峰と一緒に居残り練も付き合っていたみたいだしね」
「綽名ちん、ずっと黒ちん見てたもんねー」
灰崎がニヤニヤと混ぜっ返す。
「へっ!それって、実はあの二人は出来てんじゃねーのか?www」
緑間は激高した。
「下品な言い方をするな灰崎!」
「言い方より実態の方が重要だろwこの際。シンタローも実はそう思ってんじゃねーの?」
「……っ!」
緑間は鋭く灰崎を睨み付けた。
「へっ図星かよw」
「止めろ灰崎。緑間も真に受けるな」
俺は静かな声で周りを窘め、漸く落ち着いた緑間は再び話題を黒子に戻した。
何にせよ、黒子にも上手くやって貰わなければならない。
せめて―この一軍連中が受け入れられる位には。
※※※
-緑間side-
今日の昼休みは苗字と音楽室で落ち合う事になっている。
俺は急いで食事を終え、携帯のメール画面を確認した。
「では、俺は用事があるから先に行くのだよ」
食堂で一緒に昼食を摂っているメンバー達に声をかけ、俺は食器を片付けて立ち上がった。
今回は、これ以上の必要な伝達事項は無い筈だ。
「…ん? どこに行くんだ?」
青峰が不思議そうに訊いて来る。
俺はあまり追及されたくは無かったから、素っ気なく答えた。
「…所用だ」
「所用じゃ分かんねーよ」
これからのは苗字絡みだから、正直青峰には言いたくないのだよ。
俺は無言になり、顔を顰めた。
紫原が、どこからか菓子を取り出し食べ出した。
「どーせラッキーアイテムの調達とかでしょー?」
「…ま、まあそんな所だ」
「緑間」
赤司はゆっくりと俺を見上げた。そしてさりげない口調で爆弾を投下した。
「今度は苗字も連れて来ると良いよ。その方が落ち着いて食べられるだろう?」
「なっ…!?」
青峰がそれを聞いて目を丸くする。
「…は!?? 何だよ!緑間てめー、名前と昼休みにデートしてたのかよ!? 道理で最近ちょくちょく抜けると思ってたぜ!」
全く青峰は何を言っているのだよ!!??
「デデデデートなどでは無いのだよっ!!! 断じて!!」
「ミドチンどもり過ぎ〜 否定強調し過ぎ〜」
「紫原は菓子の食べ過ぎなのだよ!!」
「野暮な事言って悪かったね。
バスケ部一軍一年同士、偶にはマネージャーも一緒に親睦しても良いだろうと思っただけなのだが。
ましてや彼女はマネの中では一番の新入りだしね」
赤司は苦笑しているが、絶対分かってやっているのに違いないのだよ…!
俺はわざとらしく咳払いをした。
「別に苗字とは疚しい事をしている訳ではない。
一緒にピアノの練習をしているだけなのだよ! 練習を怠ると腕が落ちるからな」
今度は青峰が不機嫌そうに頬を膨らました。
「ピアノの練習なら一人でも出来んだろ」
「連弾は一人では出来ん」
「そーかよ」
「…そんな訳なので、俺は抜けるのだよ!」
俺は這う這うの体で食堂を抜け出した。
※※※
-名前side-
「…と言う訳なのだよ。だから明日の昼は苗字も食堂に来い」
マジかよ。
『…いや、まぁ良いけど…道理で変なメールが青峰君から来た訳だね』
「変なメールだと?」
『…うん。"もし緑間に変な事されたらすぐ俺に報せろ!"って』
緑間君のこめかみにピシリと怒りの筋が入る。
「…青峰のヤツ…っ!」
私は、にこやかにフォロー(?)を入れる。
『"大丈夫だよ、緑間君は青峰君と違うから"って返しておいたw』
緑間君は複雑そうな表情になって溜息を吐いた。
「…それは。信用されていると解釈すれば良いのだろうか」
『信用してるよ。緑間君紳士だし?』
「……俺は、お前が思う程紳士ではないのだよ…」
『えー、だって青峰君と比べれば…』
失言だったかもしれない。緑間君は、不本意そうに顔を顰めた。
「青峰は野獣だろう。野獣と比べられての紳士なら、せいぜい原始人並なのだよ!」
げ…原始人…ひど…せめてネアンデルタール…いや、何でもありません!
『…流石に野獣は言い過ぎじゃ…? まだ今は可愛いもんだし』
これからは兎も角、まだ彼はグレてないしね。
でも緑間君は信じられないと言う様に、ぎょっと目を見開いた。
「あの青峰を可愛い、だと!?」
『緑間君も可愛いよ?』
「……っ! 女に可愛いなどと言われても嬉しくないのだよ!」
そう言う割には顔が赤くなっている。
『勿論、二人共恰好良いよ? でも更に可愛いんだよね。言って措くけど、褒めているんだからね?』
「……お前の"可愛い"は良く分からないのだよ! いいから始めるぞ…」
今回は、手袋と携帯カイロで手を温めていたから抜かりはない…筈!
しかし、始めに弾きかけた所で緑間君は手を止めてしまった。
『…どうしたの?』
私は首を傾げたが、緑間君は無言で私の手を取り、そうっと撫でた。
彼の一連の行為にドキリとする。
でも今回は指はちゃんと動いていた筈だ。緑間君が来る少し前には、運指の基礎練も少しやれた。問題は…多分無い筈。
「苗字、今日の蟹座のラッキーアイテムは?」
あっ、しまった! チェックし忘れてた。
『えーっと…すみません、忘れてました!』
緑間君相手に下手な誤魔化しは効かない。
緑間君は懐から小さな容器を取り出した。
「薬用ハンドクリームだ。あかぎれで血が少し滲んでいるのだよ。塗ってやるから手を出せ」
見ると、私の手は確かに荒れて所々血が滲んでいた。
…それに引き換え、緑間君の手は白皙で滑らか、指先まで整っていて美しかった。
何なの!? この女子力の差!!? 完璧に負けてる私は、内心で凹んでしまった。
彼は、私の手に丁寧にハンドクリームを擦り込んだ後も、まだ手を離してくれなかった。
まだ手を取ったまま、じっと観察している様だった。
「小さな手、だな。これでよく弾くものだ」
『…あの?』
彼は持って来ているポーチを開けて何かを取り出す。
そして黙々と私の爪にやすりを当てて削り出した。
「爪を整えておかないと、鍵盤に引っかけてしまうのだよ」
…一応、ちゃんと切ってはあるんだけど。
でも、彼はそこら辺は拘り所らしい。
手入れが終わった時は、私の手が指先まで綺麗になっている様な気がした。
でも、それでまたもやの時間切れ。
『…ありがとう緑間君。でも、また時間が来ちゃったね』
「今度こそは続きを弾くのだよ。冬で乾燥してるし、マネージャー仕事は手が荒れ易い。手入れは怠るな」
私と緑間君が音楽室を出ると、青峰君が憮然として廊下の壁に寄りかかっていた。
「よう。ずっと音楽室にいた割にはピアノの音、全っ然聞こえてこねーんだけど?」
緑間君は落ち着き払って対応する。
「当然なのだよ。今回はピアノは大して弾いてないのだからな」
「じゃ、何してたんだよ?」
「わざわざ言う必要はないのだよ」
「んだと…!?」
彼等は険悪な雰囲気で睨み合った。
私は懸命に、空気を和ませようと敢えて明るい声を上げる。
『ねえ青峰君、見て見て! 爪整えて貰っちゃった♪』
「名前」
『綺麗になったよね…って痛っ!?』
青峰君は、私の手を強く握り込んでいた。
『あ…おみね君?』
「……」
青峰君は鋭い目を少し細めて私を見ている。
私は怖くなり、手をそっと引こうとしたが、青峰君はそうさせまいとばかりに更に強く力を加えて来る。
『…痛いよ、そんなに力を入れないで』
見かねた緑間君が青峰君の手を引き剥がした。
「青峰、苗字が痛がっている。手を離すのだよ」
「ちっ…!!」
その時の青峰君は、いつもの彼らしくなく苦し気に顔を歪ませて俯いた。
「…悪りぃ、名前」
『どうしたの…? 大丈夫?』
私が首を傾げて青峰君を下から覗き込み、彼の頬に手を伸ばした。
触れる直前に、彼はビクリと身体を揺らすと弾かれた様に飛び退る。
彼はくるりと身体の向きを変えると、全速力で走り出した。
『青峰君っ!?』
私も慌てて彼を追おうとしたが、不意に後ろに引っ張られてバランスを崩し倒れかかった。
「苗字っ!!」
『…緑間君?』
私の身体は緑間君の腕に絡め取られ、後ろから抱き締められる様に強く押し付けられていた。
彼が屈んでいるので、彼の熱と鼓動が私の身体にそのまま伝わる。
『あの、緑間君…?』
このまま青峰君を放っておくのは拙い気がする。
そう思って身動ぎをしたが、緑間君は腕を緩めてはくれなかった。
「…行くな」
微かに耳元で落とされた、切なさを孕んだ言葉に、私は思わず息を飲んだ。
彼に捉われ、見動きが出来ないまま、時間だけが只過ぎて行く。
予鈴の音が辺りに響いた時、やっと彼は腕を解いた。