If-帝光編(二年)


解れた糸


最近、緑間君が変だ。
そう言うと青峰君は「アイツはいつも変だろがw」と笑っているけど、私には笑い事では済まされなかった。

今日の彼は、どうにも私を避けている様に見える。
声をかければビクリと肩を揺らし、ぎこちなく受け答えをする。
別に無視されている訳では無いらしいが、私が彼を見ると彼は目を逸らす。

…私、何かやってしまったかなぁ…?

思い当たるのは、昨日のミーティングルームで私が寝こけた事件。
…でも、寝てただけだよ…な?
私、何かとんでもない寝言言ってたとか…なのかな?

もしそうなら確かめて謝らなきゃ…

私は休み時間、席を立とうとした緑間君を掴まえた。
『あの、ちょっと話があるんだけど』

緑間君は目を瞠り、身体を若干強張らせた。

…その反応、地味に傷付く。

「…何なのだよ? 用事なら手短に済ませ」
『あの、ミーティングルームでの件なんだけど…』

私が言い始めた途端、彼は席を立った。

「悪いが、急ぎの用が出来た」
『ちょっと待って!?』

何で話も聞かずに逃げようとするんだよ!?

私は慌てて彼の腕を掴み、逃がすまいと全身でしがみ付いた。

『緑間君っ!!』

振り向いた彼の顔は真っ赤に染まっていた。
私は唖然とし、動きが止まる。
彼は「離せっ!!」と、彼らしくもない大声で私の腕を振り解き、速足で立ち去ってしまった。

「何だありゃ?」

傍で見ていた青峰君もポカンとしていた。

「おめー、緑間に何やったんだ?」
『…私の方が聞きたいよ…』


それから私の方も気拙くなって、自分から緑間君に話しかける事が出来なくなっていた。
お互い最低限必要な事しかやり取りが出来ない。

やっぱり…私、何かやったんだろうか?

問い質そうにも、あの反応を見てしまうと、どうしても勇気が出て来ない。
もし…嫌われてしまったなら…どうしたらいいのだろう?

※※※

次の日の朝、目を覚ました私は、携帯にメール着信があったのに気が付いた。
何と緑間君からだ。
何があったのか急いで携帯を開く。

『今日は蟹座の運勢は最悪…ラッキーアイテムは……バオバブの盆栽、忘れずに持って来る様に…!?? ってあるかーーーーいっっ!!!!!』

思わず誰もいない空間に向かって突っ込んでしまった。
でも私を避けていたのにも関わらず、心配してメール…くれたのかな…?

『…どうして?』

私の呟きは誰に聞かれる事もなく儚く消えた。


バオバブの盆栽などは、すぐ手に入る物でもなかったので、いつもの通り何も持たないままで家を出た。
まぁ大丈夫でしょ…多分。

そんな私の甘い見通しに、すぐに後悔する破目になる。


『…な、何なの。今日は…!?』

学校に着いた時には、私は髪はぼさぼさ、手は引っ掻き傷だらけ、脛から下はグショグショに濡れていた。

「苗字さん、それ…どうしたのですか!?」
私を目敏く見付けた黒子君は眉を顰めた。

『車を避けたら開いた側溝に足突っ込んで、髪が木の枝に引っかかって、その上に居た猫が頭に落ちた』
「何だか不運が続いていますね?」

その時、緑間君が話しかけて来たので、私はぎょっとした。

「苗字、ラッキーアイテムは持って来たか? 今朝メールで知らせた筈だが」
『バオバブの盆栽なんて、そうすぐには手に入らないよ…』

私の応えに緑間君は軽く眉を跳ね上げたが、黒子君は私に同情的な視線を寄越した。

「バオバブ…ですか。松や楓ならともかく…」
「だから知らせたのだよ。苗字が人事を尽くさないから不幸な目に遭うのだよ」

私はしゅんと俯いた。確かに今日の私の運は最悪みたいだ。

「緑間君…それで彼女を今責めるのは酷だと思います」
『ううん。折角の忠告を無にした私が悪いから。…緑間君、ごめんね』

私は俯いたまま更衣室に足を運んだ。

今まで運不運って、おは朝と連動させて考えた事は特になかった。
ここまで笑える程、おは朝通りになったのって初めてかも…
何だって今回に限って…?

『…私も本気でラッキーアイテム探さなきゃ…駄目、かなぁ?』

私は足を洗い、ジャージに着替えて朝練に出た。
気分を変えてマネージャー業に集中しようとしたが、私はミスを続けた。
まるで今まで噛み合っていた筈の歯車が全て狂ってしまったかの様だ。

洗濯する時に洗剤と柔軟剤を間違えて入れてしまったり、ドリンクの粉の量を間違えて薄すぎる!と抗議が来たり。
集中しなくちゃと思えば思う程焦り、簡単な事まで失敗してしまう。

これでは足を引っ張っているだけじゃん…

洗濯物を抱えて運んでいる時に、私は得点板に足を引っかけて倒しながら転んでしまった。

『痛った〜…』
「名前ちゃん、大丈夫!?」

慌てて駆け寄って来てくれたさつきちゃんに、私は小さな苦笑いを返した。

『うん、ゴメン。ちょっと擦りむいただけだから』

私は立ち上がろうとしたら、クラリと視界が回った。やばい…!!
私は額を押さえて蹲る。
転んだ時に頭を少し打ってしまった。これはちょっと…駄目かも。

「おい、苗字!」

私の肩に腕が回され、覗き込まれた。

『に、虹村主将…すみません』
「おめー、大丈夫…じゃねーな。おい桃井、苗字を保健室に連れて行け!」
「はい。名前ちゃん、掴まって」

保険医に診て貰った所、軽い脳震盪だと言うので、少しだけ保健室のベッドで休ませて貰う事になった。

何をやっても上手くいかない、こんな時は下手にジタバタしないのが肝要だ。
でも一人で寝ていると、つい悪い事ばかり考えて落ち込んでしまう。

何やってるんだろ、私…皆に迷惑かけてばかりで。これじゃ…緑間君に愛想尽かされても当たり前だ。

『…ふ』

独りでに涙が零れる。

『……ごめんね、緑間君…』

私は呟いて目を閉じた。

※※※

-緑間side-

だから言わんこっちゃないのだよ。

苗字が失敗を続けた挙句に怪我までしてしまい、保健室に連れて行かれる後ろ姿に俺は呟いた。
今、俺のバオバブの盆栽は、ボールが当たらない様に体育館の椅子の下に置かれている。

休憩時間になり、俺は盆栽を持ち、保健室に向かった。
このままでは俺まで苗字の事が気にかかって、練習に集中出来ないからな。

俺が行った時には、保険医は席を外していて留守だった。
一番奥まった窓際に一つだけカーテンの掛かったベッドがあった。

「苗字。…具合はどうだ?」

俺が小さな声で呼びかけても応えは無かった。
俺はゆっくりとカーテンを開けた。

苗字は眠っていた。
つい先日の事を思い出し、心臓が早鐘を打つ。
俺は吸い寄せられる様に彼女に触れようと手を伸ばすが、頬に伝う涙の痕に気付いて手を引っ込めた。

「…苗字」

俺は呟き、涙の痕をそっと指先でなぞる。
これ以上、苗字の不運は見ていられなかった。

「お前の今日の不運は、これから俺が引き受けるのだよ」

そして俺はカーテンを閉め、保健室を後にした。


保健室から戻った俺は練習を続けたが、やはり調子が悪い。
ミニゲームをしたが、とうとうシュートを外してしまった。
そんな俺に周りが一斉にどよめいた。

「おい、緑間がシュートを外したぞ!?」
「どーしたんだ?」

「緑間」

赤司が俺に声をかけて来た。

「何なのだよ?」
「今日のラッキーアイテム…あの盆栽はどうしたんだい?」
「ここに置くと危ないので、さる場所に預けて来たのだよ」
「へえ? それで? 緑間は大丈夫なのかい?」
「ラッキーアイテムが無くとも、俺は人事を尽くすのだよ! 行くぞ赤司!!」

「はぁ!? ラッキーアイテム持ってねーって!? あの緑間が!?? …マジかよ?」
「確か今日の運勢、蟹座最悪と言ってましたよね?」
「ミドチン、何か悪いモンでも食べたんじゃなーい?」
「どんな風の吹き回しなんスかねー? おは朝信者、返上するんスか?」

チームメイト達の不審気な視線を余所に、俺はシュートを撃ち続けた。

※※※

-名前side-

緑間君の声が聞こえた様な気がして、私は目を覚ました。しかし、辺りには誰もいなかった。

私はゆっくりと起き上る。幾分か気分が和らぎ楽になっていた。
その時、ベッド脇に寄せられたスツールの上を見た私は息を飲んだ。


『緑間君っ!!!』

私が体育館に飛び込んだ時には、朝練が終わり、皆が片付けを始めていた。
大声で周り中の耳目を集めてしまったが、私はそれどころではなかった。

「名前ちゃん、具合は大丈夫なの?」
『あ、うん。もう大分楽。心配かけてごめんね』

私が抱えている物を見た青峰君は、目を丸くした。

「おめー、それって…緑間のラッキーアイテムだろ? 何でおめーが持ってんの?」
『いや、それが私にも分からないんだけど』

緑間君は不機嫌な顔で私を見た。私は思わず首を竦めた。

「苗字が今日不運なのは、人事を尽くしていないからなのだよ!」

彼の厳しい言葉に私は俯いた。

「仕方ないから、今日一日、それを貸してやる」

………は!?

「「「「「『ええええええええーーーーーーっっっ!!!!!????』」」」」」

体育館中に驚愕の声が響いた。

「何で赤司まで驚いているのだよ!?」
「いや、俺だって驚くよ普通に」

『でも、それじゃ緑間君はどうなるの!?』
「どうもしないのだよ。俺の心配する前に自分の心配をしろ」

「名前の前だからって、何カッコつけているんだよ!? おめー、さっきの試合、ボロボロだったろ」
「黙れ青峰! あれは…偶々なのだよ!」

緑間君は顔を赤くして青峰君に反論しているが、私は真っ青になった。

緑間君の運勢の補正の為なのに、私が借りるなんて出来る訳がないよ…!!
私は盆栽を差し出したが、緑間君は受け取ろうとしない。

『返すよ。これは私の持つ物じゃない』
「お前がヘマをすると、俺まで迷惑するのだよ」
『…そ、それは…ごめん』

私は俯いて盆栽を抱え直した。
何で彼は、そんなに優しいの?

『私、受け取れないよ。只でさえ緑間君を怒らしてしまっているのに…こんな…』

優し過ぎるよ…

私は目頭が熱くなってくるのを堪えられなかった。

『ミーティングルームでの事…ごめんね?』
「……は?」
『私、あれ以外にも何かやったんでしょ? 寝てて覚えてないけど』
「いや…」
『何やったか教えて? 謝るから!』

気が付いたら涙が一筋頬を伝った。私は緑間君に避けられているのが何より辛い。

「あーミドチン泣かした〜」
「緑間っち…不器用過ぎっス」
「苗字さんと、ちゃんと話した方が良いですよ」

「ち、違うのだよ…!」
『…え?』
「別に俺は怒って等はいないのだよ!」

私は顔を上げ、泣き濡れた瞳で緑間君を見た。
彼は戸惑った様な困惑した様な、何とも言えない表情で私を見ていた。

『緑間君…?』

彼は頬を薄らと朱に染め、視線を逸らした。…もしかして、これって。

「あのさぁ〜」

その時、面倒臭くなったらしい紫原君の声が割り込んだ。

「ミドチンと綽名ちんの星座が同じなら、二人で使えばいいじゃん? 同じクラスなんだし〜?」

緑間君は軽く目を見開いてから頷いた。

「紫原も偶には良い事を言うのだよ。席は隣だし問題は無いな」

私は頬を緩め、彼に盆栽を手渡した。指先が軽く触れ合う。
私は甘い動悸を悟られない様に目を伏せた。

「今日一日、極力俺から離れるな」
『う、うん。…ありがとう』
「…フン」

彼は盆栽を持つと、私を促し一緒に歩き出した。


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