If-帝光編(二年)


…変だ


「あの…緑間君と名前ちゃんは付き合ってるの?」
休み時間、クラスの女子達に聞かれ、私は慌てて否定した。

原因は…きっと、さっきの体育の授業だろう。

それまでの授業中は、席が隣同士で机をくっつけていただけ。
教科書を片方(私)が忘れて見せてただけの様に見えてたらしい。

でも体育は男女別れての短距離走。
自分の番が来るまで、緑間君はラッキーアイテムを持ちながら私の傍を離れなかった。

お陰で青峰君には呆れられて「過保護過ぎんだろ」と突っ込まれた。

それだけじゃない。
休み時間はトイレも一緒で、入口の傍で待ち、今も私が離れて喋ってるとすぐに来る。

「や、今日だけだって! ラッキーアイテム共有して貰ってるから」
「そうなんだー…って、緑間君来たよ」
「苗字、今日は俺から離れるな、と言ったろう」
『ああ、うん。ゴメン…ありがとう』
「…フン」

昼休みに、私と緑間君は一緒に食事を摂っていた。
其々食べ終わって何となくまったりしていたら、一人の女の子がおずおずとやって来た。

「…あの…緑間君、ちょっと良いかな?」

ああ、これは告るつもりだな。

私は胸が騒めいた。
キセキ達は今や学園のスターと言っても過言ではない。
緑間君のファンはまだ大人しい方だが、難攻不落とされる彼にアタックする猛者は後を絶たなかった。

「…ああ、何だ?」

緑間君に問われた彼女はチラリと私に視線を走らせる。

「ここではちょっと…一緒に来てくれない?」
「分かった」

彼は盆栽を持って席を立ち、私を一瞥する。
私は嫌な予感がした。

「苗字、お前も来るのだよ」
『…は?……ええっ!?』

緑間君は逃げようとした私の手首を素早く掴んだ。
抵抗しようにも彼の力は強く、振り解く事が出来ないままに私は引き摺られた。

彼女は顔をあからさまに顰めて、私を何度もチラチラと見ていた。
無理もない事だと思いつつ、私は彼女に心の中で謝った。

『わ、私の事は気にしないで…ね? 空気だとでも思って!』
「…緑間君、私は二人きりで話したいんだけど?」
「別にこいつが居ても構わんだろう。用があるならさっさと話せ」

人気のない裏庭に着いた時、やっぱりこれは告りだヤバイと思った。
彼女は私を無視する事に決めたらしく、緑間君に向き直った。

「私、緑間君が好きなの。付き合って下さい!」

緑間君は目を見開き、それからチラリと私を見下ろした。
その時彼の手が緩み、いたたまれなくなった私は、振り解いて逃げ出した。

「あ、おい待て!!」
彼の声が背を叩いたが、私は振り向く事も無く走り続けた。


『ふう…何とかまいた…?』

私が逃げ出した時、背後で緑間君を引き留めようとした彼女と揉めていたようだったが、それが幸いしたのか、奇跡的に緑間君に追い付かれる事無く逃げ切れた様だった。

気が付いたら、私はグラウンドの端まで来ていた。

「…あれ? 名前、緑間はどうしたんだよ?」

聞き覚えのある声に振り返ったら青峰君がいた。
彼の顔から汗が玉になり流れて滴った。
今までグラウンドで遊んでいたらしい。…元気だなぁ。

『いやあの、緑間君と二人で話したいって娘が来たから』
「もしかして付き合えだの何だのってヤツか?」
『良く分かったね』
「俺の所にも時々そんなんが来るな」
『青峰君もモテるもんね♪』

私が軽い調子で揶揄したら、青峰君はいつになく大真面目な表情で私に向き直った。

「…おめーはそんな…告りたいヤツとかいねーの?」
『うえっ!?』

私は驚いたあまり女子らしくない声を出してしまった。

『なななな何っ!? いきなりっ!!???』
「驚き過ぎだろ。いんのか? どんなヤツだよ?」

好奇心も露わに訊いて来る青峰君に私はタジタジとなった。

『…っ、何でそんな事聞きたがる!?』
「おめーの趣味悪そうだから笑ってやろうと思ってよw」
『そんな事だと思った! 教えてなんかあげないから!』
「って事はいるんだな? 誰だよ?」

どうして青峰君とそんな話になっているんだよ?

『…青峰君、何か悪いモノでも食べた?』
「何だそれ? 俺はいつもと変わんねーよ」

その時、グランドの中でドッジボールやってる少年達が怒鳴って来た。

「おい青峰! おめー何勝手に抜けてんだよっ!? 一人足りないと、劣勢になっちまうから早く戻れ!!」
「女といちゃついてる場合じゃねーだろ!?」
「俺が抜けただけで劣勢になるとか、情けねー事抜かしてんじゃねーよ!」

青峰君が私に向き合ったまま言い返している。

『…早く戻りなよ。呼んでるじゃん』
「おめー、今日はずっと緑間がべったりだったじゃねーか。少し位良いだろ」
『緑間君と一緒でも別に話せば良いのに』
「アイツ、一々鬱陶しいんだよ。おめーと話していると色々絡んで来るしよ…」

青峰君が軽く眉を顰めた。

ああそう言えば、青峰君が露骨に授業中寝てるから、よく説教してるな。
私がぼんやりと授業風景を思い出していたら、不意に傍で切羽詰まった声が聞こえた。

「苗字っ!! 危ない!!!」
「おーっと!」

何かが勢い良く覆い被さり、私の視界が遮られる。

私の視界を遮ったのは緑間君の身体。
私は彼の腕の中にいた。

何が起こった?

私はおずおずと顔を上げて緑間君を見る。
彼はホッとした様に息を吐き、翡翠色の瞳を細めて私の顔を覗き込んだ。

「怪我は…無いな?」

彼は慎重な手付きで確かめる様に私の頭を撫でる。
青峰君はボールを持ち、後ろに怒鳴っていた。

「おい、危ねーだろ! 投げるならもっとちゃんとコントロールしろ!! 名前に当たる所だったろが!」
「悪りー悪りー。そっちの子、大丈夫?」
『…あ、はい』

青峰君がボール取って緑間君が庇ってくれたのか。
今日が最悪な日だと忘れていた。

私は礼を言おうと傍で立ち尽くしている緑間君を見上げた。が、何か様子が変だ…
私は彼の視線を無言で辿って息を飲んだ。

彼の視線は地面に縫い止められていた。
そしてその地面には、バラバラに割れた盆栽の鉢と苔の付いた土と木が転がっていた。

※※※

『園芸部に借りてシャベル持って来たよ。丁度プランターは要らなくなったから譲ってくれるって』
「ああ…」
「ちっ! 何だって俺までこんな事しなきゃなんねーんだ?」
「青峰、文句言う間に手を動かせ」
「へいへいっと。つか俺のせいじゃねーだろ!?」

青峰君は不満たらたらで、辺りの土を掻き集めていた。

「待て青峰。そのまま土を入れるな」
「へ?」
『確かネットで底の穴塞いで小石を入れるんじゃなかったっけ?』
「…入れるのは赤玉土なのだよ」
「知るかよ!! 面倒臭せーな!」

一応…出来たけど。でもこれって…

「どう見てもただの変な植木だろ…w」
「盆栽と言えば盆栽なのだよ!! このバオバブの見事な枝ぶりを見るのだよ!!」
『…まぁ言い張れば…そう…かな?』

そもそも盆栽の定義って何だっけ…??
ただの植木にしか見えないけど… 私は首を傾げ、暫し考える。

ふと思い出した事があり、日の当たらない校舎裏に行こうと二人に提案した。

※※※

校舎裏での用事が済んだ後、青峰君と別れ、緑間君は私と一緒に人気のない中庭を歩いていた。

『何とか盆栽らしくなったんじゃない?』
「校舎裏に苔が生えていたのが幸いしたな。…それはそうと苗字」

ふと緑間君が足を止める。私もつられて止まった。

「俺は怒っているのだよ」
『…あ!』

そうだった…! 私のせいで最悪な日のラッキーアイテム壊しちゃったんだもんね。

『……ごめん』

私は俯いて小さな声で謝罪した。

「…あまり心配させるな」

ふわりと頭に手を乗せられ、私の心臓が跳ねる。
心配…して…くれたんだ…?

変なの…心配されたのに、湧き上がるのは嬉しいと思う気持ち。
私は彼が告られた場所から逃げた本当の理由に、まだ気が付かないでいた。

※※※

何とか部活まで無事に終え、私は緑間君に送られながら帰り道を歩いていた。
私達は無言になっていたけど、特に気まずさは感じなかった。

……明日のおは朝は、きっと蟹座は最悪とはならないだろう。
それは良い事なんだけど…

私はチラリと隣を歩く緑間君を見上げた。

…変なの。
彼の過干渉が無くなるのが、少しだけ寂しいかも? と思ってしまうなんて。

私は声を出さずに自嘲した。

私の家が見えて来た。もうすぐ彼ともお別れ。
明日も会えるのに、何故名残惜しく、別れ難く感じてしまうのだろうか?

『緑間君。…ありがと』
もうここまででいいから。

そう続けようとした私は言葉を飲み込んだ。

私の左手は彼の右手に掴まれていた。
温かな感触に、私の動悸が早まる。

…やだ。何だか恥ずかしくて彼の顔が見れない。

私は耳から頬まで熱くなって来るのを感じた。
一体…私はどうしてしまったのか。…まさか。

「苗字」

彼の声がやけに甘く聞こえ、私は戸惑って『何っ!?』と聞き返すだけで精一杯だった。

「明日の蟹座のラッキーアイテムは、"茶釜"なのだよ。忘れずに持って来る様に」

…………は? 茶釜…???

妙な単語に私の頭はフリーズし、意味を理解すると同時に全身でツッコミを入れてしまった。

『んなもんあるかーーーーーーっっっ!!!!』

私の絶叫が濃紺の夜空に響いて行った。

※※※

後日―

彼がぷりぷり怒りながら私に写メを見せた。

「どうしてくれるのだよ!!! バオバブの盆栽にキノコが生えてしまったのだよ!!」
『うわー…見事なベニテングタケ…?』
「タマゴタケなのだよ!!! 苗字が入れた苔に菌糸が付いていたのだよ!!!」
『もういっそ、キノコも一緒に育てたら?』
「…それも手だな。その内にキノコ盆栽もラッキーアイテムになるかもしれないのだよ」

一瞬の内に機嫌を直した彼を見て、私は、おは朝信者の前向きな思考は凄いと内心で呟いたのだった。


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