If-帝光編(二年)


灰色と反抗期


食堂で皆で朝食を摂った時、私は意識してしまって、まともに緑間君の顔を見る事が出来なかった。

彼の顔を見ようとすると、どうしてもさっきの部屋での出来事が頭の中を占めてしまう。
…まさか、あれは事故って事は…ないよな?

もし事故なら、なんで覆い被さる様な姿勢になったのか。…顔に変な物付いていたとか?

「おい名前」

それを取ろうとして、うっかり唇が頬に触れてしまった、とか!?
いやいや無い無い!

私は頭をぶんぶんと振った。

「何一人で百面相してんだ? おめー…」

青峰君の声で我に返った私は、はっとして辺りを眺め回し、彼等全員の視線が私に注がれていたのに気が付いた。

「…苗字。何か料理に妙な物でも入っていたかな?」

赤司君に穏やかに問われ、私は慌てて否定した。

『いや…変な夢を思い出してしまって』
「どんな夢だったのだよ?」
『…どんなって…』

それを緑間君が訊きますか!?と、言いたくなるのを危うく堪える。

『…赤点取った夢』

苦し紛れに誤魔化した私の答えに、青峰君はジュースを、黄瀬君はスクランブルドエッグを吹き出しそうになった。

「有り得ないのだよ。苗字は人事を尽くしているのだから」

緑間君の真直ぐな視線に耐えかねた私は、俯きながら小さな声で礼を言うのがやっとだった。

※※※

折角一泊したからと、今日も半日だけ勉強会は続ける事にしたらしい。
でも、私の体調を慮った赤司君は、私だけを早めに返す様にと車を用意してくれていた。

私の体調は既に戻ってはいたが、そのまま緑間君といると、私が不審な態度を取りかねないので、有難く彼の厚意に甘える事にした。
車が家に着いたら、玄関から母が慌てた様に飛び出して来た。

あっちゃ〜…拙い所を見られてしまったな…
この送迎の車をどう誤魔化し…もとい、説明したらいいものか。

私が頭を巡らす前に、母と運転手さんとの短いやり取りで、私は誤魔化し等に意味が無い事を悟った。
私がリビングに入ると、母は早速私を追及しにかかった。

「名前! 貴女、ちゃんと一軍になってたんじゃないの! どうして報告しなかったの!?
今朝赤司様から連絡が来て吃驚したわよ。しかも勉強会は赤司様の家だって言うし!」

『赤司君の家に泊まったからって特別な事じゃないよ。レギュラー二年皆で参加したんだから。
一軍に昇格したのだって、したから何なの? 私は大勢の内の一人でしかないんだよ?
赤司君に部活に邪魔だと思われたら排除されるから、余計な事は言わないでよ!』

母は私の言葉が頭に入って無いのか、浮き浮きとした調子で続けた。

「名前が一軍に入れたのなら、もうジム通いはしなくて良いわよ。休みの日は好きなだけ絵でもピアノでもやれるわね」

絵もピアノも…休みの日の好きな事する時間が増える。
…嬉しい筈なのに、望んでいた筈なのに…私は心が晴れなかった。

私の中で何かが引っ掛かっていた。

「部活を通じて赤司様とは、もっと仲を深めて…ゆくゆくはお付き合いまで行ける様に、アピールして…もっと女を磨かなくちゃね!」
『……え!?』

赤司君と!?

今まで、そんな母の妄想はイヤと言う程聞き流していた筈だった。
今更そんな事言われても、実現性は無いのは変わらないし、どうとも思ってなかった。
しかし今では、その言葉にショックを受け、動揺してしまっている私がいた。

…何で…?

赤司君の事は嫌いではない。
本人と直に接する機会が持てて、昔読んだ遠い記憶で得たイメージよりも、遥かに今の方が好転していた。
でも母の言う様な未来図を目指すには、今の私には強い抵抗感があった。

鋭い胸の痛みと共に、私の意識を占めたのは緑間君の存在だった。

「早速、ジムを辞める様に相田さんに連絡するわね」
『…お母さん。私、赤司君とは良いお友達にはなりたいと思うし、なれるかもしれない。……でもお母さんの言う様な、お付き合いは考えてない』
「名前! 今更何を言うの!?」

『ジムだって、まだ続けたい。もっと…彼等の力になりたいから。だから私の事に、これ以上口出しはしないで!』
「貴女まさか…他に好きな人でも出来たの!?」
『…………』
「許しませんよ、そんな…!」
『例え許されなくっても、私の心をどうにかするなんて誰にも出来ない。それでも止めさせると言うなら家を出るから…!』
「まだ子供なのに、貴女一人で何が出来るって言うの!?」

そう。私は、ここではまだまだ子供。ノート一つ、自分の得た金では買えない。

父の意見が母と異なってくれればいいけど、最近は仕事が忙しいらしく、あまり顔を合わせていなかった。
兄は…まだ大学在学中だ。

私は義務教育中で、バイトするのも難しい。児相にでも行くか…公的機関で助けを得られるか。
その場合、私立の帝光に居続けるのは無理になるかも…

でもこれ以上、大人の都合で心を捻じ曲げられ強要され続けるのはもっと無理だ。

『何も出来なくても、そんな事強要されるのは無理! もうこれ以上、変な期待は押し付けないで!!』
「名前っっ!!!」

私は母の怒号を背で拒絶し、家から飛び出した。

※※※

私は駅前の繁華街を当ても無く歩いていた。

ああ…とうとうやってしまった…これ、家出ってヤツかなぁ?
これからどーしよう…?

赤司君の事を言われて、緑間君の事が頭に浮かぶなんて…
これはやっぱりそうなるのかな…?

私は緑間君の事が…好き、なのか…?

彼の事を思い出すと、胸の奥が甘く疼いた。
変なの…今朝まで一緒にいたのに、顔もまともに見る事すら出来ないでいたのに。…今では彼に会いたくて仕方ないなんて。

私は携帯を取り出した。ディスプレイが点滅している。急いで開いたが、着信を見て顔が引き攣った。
着信は、母のもので埋め尽くされていた。

『…はー、もう、放って措いてくれないかな!』

今まで、私は表立って反抗したりはしなかった。
前世での大人の意識が、それを必要とはしなかったからだ。
大人にしてみれば、聞き分けの良い子供だったに違いない。

『また反抗期もやり直すかぁ…』

私が恋をしなくても、母がああである限りは、いつかはぶつからざるを得なかっただろう。
だから母には内緒にしていたのに、他でもない赤司君からバラされるとは…迂闊だった。

私は溜息を吐いた。

…緑間君の声が聞きたい。

私は半ば無意識に緑間君の番号を押した。
軽いコール音が鳴り、私は我に返って電話を切った。

まだ勉強会は続いている筈だ。それに、こんな事相談しても、彼には迷惑にしかならないだろう。

そうだ。元々私は、キセキ達に何かが起こるのを見定める為に一軍入りした筈なんだ。
その為には、どんなに辛くても、彼への恋心は一時でも凍結しなければならない。
だから今は母を騙してでも、こちらが折れた振りをするのが一番良い。

そう自分に言い聞かせながら、私は必死に渦巻く感情を宥めていた。


「君、一人? 俺と一緒に遊びに行こうよ!」

軽い男の声に顔を上げると、見るからにナンパで柄の悪そうな男が目の前に立っていた。

『私が二人いる様に見えます? 遊びに行く気分ではないので、他を当たってください!』
「そんなつれねー事言わねーでさぁ、付き合ってよー」

私が顔を顰めて離れようとすると、その男は私の腕を掴んだ。

『やっ…!! 離してください!!』
「君、何か悲しそうじゃん? パーッと遊んだら気分も晴れるよー?」

私の抵抗などものともせず、彼は私を引き摺った。
うっかり家出する若い女には、こう言うリスクがあるって事をすっかり失念していた。


「お、名前ちゃんじゃん?w」

突然かけられた聞き覚えのある声に、私は抵抗を止めた。
そこには、灰色髪の問題児がニヤニヤと笑いながら立っていた。

『灰崎君っ!?』
「デート中…には見えねーよなァ? 何、ナンパ? やるじゃんw」
「何だぁ? おめー…邪魔すんじゃねーよ!」

私を引き摺っていた男は灰崎君を威嚇したが、灰崎君は鼻先でせせら笑った。

「邪魔たぁ酷でー言い草だなァ。女を無理矢理連れ去ろうとしてる野郎には言われたくねーよ、なっ!!」

灰崎君は言い終わると同時に拳を振るい、ナンパ男を殴り倒した。
私の縛めも同時に解かれ、私はその男から距離を取る。

『あ、ありがとう? 灰崎君』

一応助けて貰ったので礼を言うと、灰崎君はちろりと舌を出して唇を舐めた。
そして私が去ろうとすると、私の手首を掴んだ。

「どこ行こうとしてんの?」
『どこって。…家に帰ろうと』
「フーン。要するに暇なんだろ? 遊びに行くから付き合えよ」
『はあ!? 何で私が!?』
「助けてやった礼もしねーのか、お前は? 酷でー女だな!」
『うっ…!!』

これは助かった、と単純に喜んで良い話ではなかったのだ、と私は肩を落とし、不承不承頷いた。

※※※

私と灰崎君は繁華街を歩いていた。

『灰崎君、私なんかと遊んでて良いの? 確か彼女がいたと思ったけど』
「カノジョ? どのカノジョだよ?」
『ほら、黄瀬君から乗り換えたって娘』
「ああアレか。ヤリ飽きたから捨てたわ」
『最低ー』

私が顔を顰めると、灰崎君はニヤリと笑った。

「しかし黄瀬も趣味悪りーわ。あの女、自慢話ばかりでマジウザかった。身体の方は…まあまあだったけど、あの時の声も煩せーの何のって」
『…そこまで聞いてないし』
「で、名前ちゃんは一人で買い物? その割には元気ねーじゃん?」

灰崎君の観察眼も意外と侮れない。

『…親と少し喧嘩して…一人になりたくて』
「へぇ? 優等生も親子喧嘩するんだ? むしゃくしゃした時にはここが良いぜ!」

着いたのは、大きなゲームセンターだ。

『灰崎君はよく来るの?』
「俺のシマだぜ。ここは新作が割と入るからな。で、何やるんだ?」
『あっ、あれがいい!』

私が指し示したのは、モグラ叩きだった。

「はあ? …随分とレトロなもんをやりたがるんだな」
『ストレス解消にはピッタリじゃない?』

私はコインを入れ、スタートボタンを押した。
叩きながら違和感に眉を顰める。

…このモグラ…随分とカラフルだな。
赤、青、水色、緑、紫、黄…
私は今の苛立ちを思いっきりぶつけた。
ハンマーは二刀流で両手それぞれで振り回す。

ぶつかるのが面倒で流されて楽なまま今まで来たが、そのツケをそろそろ払わなければいけないのかもしれない。

『何だかんだで90点!』
「おーやるじゃんw じゃ、俺も!」

灰崎君は、目にも止まらぬ素早さで、的確にモグラを叩いていく。

「くたばれっ!!」

…ん?
私は首を傾げた。

彼、何故か黄色を叩く時にはやけに力が入っている様な…?
今、ドゴッって凄い音がした…様な気がしたけど…?

『あー、何やってんの!? そんなに強く叩くから、モグラめり込んで出て来なくなっちゃったじゃん!』
「これで良いんだよ…っ!!」

"くたばれリョータ!!"と叫んだ声は聞かなかった事にした。

灰崎君は満点を叩き出したが、黄色いモグラは全てめり込んで出て来なくなってしまった。

『…どーすんの? これ…』
「目障りな黄色が出て来ねーって事でいいじゃんw」
『よくねーよ! 店に損害出してるじゃん!』
「名前ちゃんは真面目だなァ。俺はやりたい様にやっただけ。結果は気にしてたらキリがねーぜ」

こいつはしたい放題過ぎる。

私は溜息を吐いた。


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