家出娘の帰還
私達はUFOキャッチャーの前に張り付いていた。
『まいう棒が沢山入ってるw』
「アツシがいたら丸ごと抱えて行きそうだなwww」
私はコインを投入し、レバーを操作するが中々上手くいかない。
『ん〜取れないっ!』
「こんなのは取ろうとするより崩して落とすんだぜ」
『えっと…こう、かな?』
私は必死でアームを動かすが、狙った所に止める事すら出来ない。
「下っ手くそww」
嘲笑われ、私はむかっ腹を立てて灰崎君を睨みつけた。
『じゃあ灰崎君がやってよ!』
「おめーが俺の女になるならなw」
『もうっ!!』
私は灰崎君とのやり取りに気を取られ、バーを掴んだまま気が付かずに拳でボタンを押していた。
「…! おい」
『え?』
彼の視線は機械の方に向いていた。私も何事かと視線を戻す。
UFOは積まれた景品の横から奥に、潜り込む様に突っ込んでいた。
まいう棒の山がぐらりと手前に傾ぎ、一斉に雪崩れて来たまいう棒が、取り出し口に次々と飲み込まれていく。
『あっ!?』
「こりゃ凄ぇやw」
私は抱えきれない程のまいう棒をGETした。
「もーらいっと♪」
灰崎君は、私の抱えたまいう棒の山から、無造作に纏めて一掴み引き抜いた。
私はジト目で灰崎君を睨めつける。
『何勝手に持って行ってんのよ!?』
「沢山あるんだから少し位寄越せ。食い過ぎると太るぞw そうだ、今度はアレしようぜ!」
灰崎君が指したのを見て、私は目が点になった。
…何でプリクラなんかやりたがるんだ!? この男は…??
不審に思いつつ、私は彼に引き摺られて行った。
プリクラ機の中に入り、彼は私の後ろに立った。
私は彼が教えてくれる通りに操作板をタップする。
『慣れてるね。灰崎君良く使うの?』
「デートの定番だな。女はプリクラ好きだろ?」
『私は前に友達と一回だけやったけど、それ以来やってないから忘れた』
機械が指示する通りに位置に収まると、私の身体の前に腕が回された。
『ちょっと! 触んないでよ!!』
「しょーがねーだろ? こうでもしねーとフレーム内に収まんねんだからよ」
『だったら別々に撮るから退いてよ…っ!!』
「それじゃ意味ねーだろ。我慢しろって」
灰崎君は顔を寄せて来たが、私は身体を捻って抵抗した。
私がぐいっと灰崎君の顔を押しやった瞬間、プリクラのシャッターが切られた。
続いてまた撮影モードに入った時、灰崎君は事もあろうに私の両胸を後ろから掴んだ。
『きゃっ!!!』
「お、見た目よか胸あんじゃん♪」
『いい加減にしろっ!!!!』
私は後ろに勢い良く肘鉄を食らわせた。
全身の力を乗せた肘鉄はもろに彼の鳩尾に入り、彼は呻いて身体を折った。
と同時に二度目のシャッターが切られた。
「ぐぉっ…!! てっ…てめぇ!!」
『今度は私が後ろに行くから前に座って!』
後ろからならセクハラは防げる筈。
灰崎君は舌打ちをしながら渋々前のスツールに腰掛けた。
私はタイミングを見計らって、彼の前髪を掴んで立ち上げた。
三回目のシャッターが切られた。
「何すんだ!? てめぇ!!!?」
『セクハラに比べりゃ可愛いもんよ』
「名前ちゃん、俺にセクハラしたいなら遠慮は要らねーぜ? 後でたっぷりと仕返ししてやるけどなw」
『だ が 断 る !!!!』
私は彼を外に出し、操作盤をタップして画像を加工する。
花を描いたりスタンプ押したり枠を選んだり。
『出来たよ♪』
外で待っていた灰崎君に、出て来たプリクラの内の一枚を手渡す。
彼は軽く一瞥して―目をひん剥いた。
「何だこりゃーーーーっっっ!!!????」
『可愛くしてあげた♪ これで将来のお見合い写真にも使える♪ お婿さんゲットし放題w』
「婿イラネーつか誰だよこれw 加工すんなら自分にやれ!!!」
私は彼をモデル体型にし、顎を華奢に睫毛バシバシのパッチリお目々、頭に花とリボンをふんだんに加えてあげた。
『完璧! 某モデルより可愛いよ絶対!!』
「ああ!? 何と比べてやがる!? 親指立ててドヤ顔してんじゃねー!! それも寄越しやがれ!!」
『やだよ、どーせ隠滅するつもりでしょ!』
私達はプリクラを巡っての攻防に気を取られ、周りの変化に気が付くのが遅れた。
いつの間にか、私達はガタイの良い男達に囲まれてしまっていた。
「よぉ仲良いな。見せつけてくれんじゃん?」
これのどこが仲良さそうに見えるんだろう…?
真剣に病院を薦めた方が良いかな、と首を傾げて彼等を見やった。
私達を囲んだ男達の後ろに、先程私に絡んで来た見覚えのある男がいた。
「何だ? てめぇ」
『…!! 灰崎君、アイツ…!』
私がその男を指差すと、灰崎君は薄く笑った。
「…成程な。さっきのお礼参り、か。勝ち目がねーからゴリラ共を応援に呼んだか」
「ほう、生意気な中坊だな」
「けっ! でくの坊が。かかって来んのかオラ!!」
『あんた、何わざわざ挑発してんのよ!?』
男は大きいモーションで拳を振るった。
灰崎君は一撃を楽に躱し、身を捻りざまに蹴りを叩き込む。
「ごふっ!!」
「よくも…!! やっちまえ!!!」
男達が一斉に灰崎君に殴りかかった。
喧嘩慣れしている灰崎君は、巧みに狭いゲーセン内を動き回り、時にはゲーム機を盾に各個撃破しながら男達を翻弄した。
私は巻き込まれまいと乱闘現場からそっと離れようとした。
「今度は逃げらんねーぜ?」
私はナンパ男に腕を掴まれた、と同時に男が横向きに吹っ飛んだ。
「しつけーんだよ!」
灰崎君はゲーム機を支えにして空中で蹴りを放っていた。
彼は着地すると、まいう棒を踏んで足を滑らせた。
「うおっ…!?」
「貰った!!」
態勢を崩した灰崎君に別の男の拳が命中し、吹っ飛んだ灰崎君は、けたたましい音を立ててゲーム機に激突した。
『灰崎君っ!!』
「痛ってーな、くそっ…!!」
身体を起こそうとした灰崎君に、男は蹴りを叩き込もうと足を振り上げた。
「くたばれ!!」
私は咄嗟に男の後ろに回り、軸足の膝の裏に思いっ切り蹴りを入れた。
男は軸を失い、膝から頽れた。
「このガキ…!!」
男は後ろを振り返り、私を睨んだ。
私は回れ右をすると全速力で逃げ出した。
「待ちやがれっ!!!」
男の怒号が後ろから追いかけて来る。
私は出口に向って走ったが、出口を出てすぐに足を取られて転んでしまった。
「もう逃げらんねーぜ?」
男はニヤニヤと笑うと、行先を塞ぐ様に立ちはだかった。
私は逃げようにも、足を痛めて咄嗟に立ち上がる事が出来ない。
チャキッ
絶体絶命かと覚悟した時、凄みを帯びた低い声が耳朶を打った。
「貴様、この嬢ちゃんに手ぇ出したら、このトカレフが火を噴くぜ?」
一瞬ポカンとしたその男は、蟀谷に当っている銃を見て震え上がった。
「ひいぃぃぃぃぃぃ〜〜〜!!!!!! すみませんでしたーーーーーっっっ!!!!!!」
ヤ―さんだ、マジもんだこれ、とブツブツ呟いた男は脱兎の如く逃げ出した。
まぁ確かにそんな風に見えなくも…無いかも?
私はへたり込んだまま、助けてくれた彼を見上げて深々と頭を下げた。
灰崎君が「名前チャン、こっちは片付いたぜ」と言いながら、店から男を二人引き摺って出て来た。
ぐったりし動かない男共を、容赦なく外に蹴り出す。
『ありがとうございました、
「騒がしいから来てみたら名前ちゃんがいて驚いたぜ。足、怪我してんじゃねーか?」
『擦りむいただけです』
「そうか。じゃ、中で手当するぜ。で、そこの坊主も怪我はねーか?」
「少しぶつけたけど大した事ねーよ」
「その男共を相手に暴れて…? 大した坊主だな」
灰崎君は仏頂面で答えた後、私に耳打ちした。
「おめー、ヤクザと知り合いかよ?」
『トラさんはヤクザじゃないよ! 世話になってるジムのコーチだよ!』
「トカレフ持ってたぞ? 銃ナントカ違反だろ、あれって」
『銃刀法違反! それ(多分)モデルガンだから(…だよね?)』
トラさんに聞こえない様にこそこそ話していたら、二人の中年男性達がやって来た。
「いきなり走り出したから何かと思えば…」
「我々はトラブルは困るのですが…何子供の喧嘩に加わっているのですか? 貴方は」
私は、その二人にぺこりと頭を下げる。
どこかで見た事がある様な気がするが、思い出せない。
「ああスマンスマン。教え子が危ない目に逢っていたのでな」
「教え子? 選手なら猶更喧嘩は拙いだろう」
「いや、こっちの女の子の方だよ」
トラさんは私達に向き直り大雑把に紹介した。
「こっちはマー坊でこっちはカッちゃん。俺のダチだ」
「だからマー坊は止めろとあれ程…中谷だ。宜しく」
「私は原澤です。貴方達は、お付き合いされてる仲なのですか?」
癖のある前髪をかき上げた"カッちゃん"は、私達を値踏みするかの様にじっと見つめた。
『ち、違います! 私達はただの…部活仲間です!!』
「てめ、余計な事言うんじゃねーぞ!!」
確かにうっかり口滑らせたのは拙かったかも…? でも"友達"とは思ってないし。
トラさんはピュウと口笛を吹いた。
「じゃあバスケ部か。おめーも帝光ではかなりやる方だろ」
あっさりとトラさんによってバラされてしまった。二人の男性は驚いた様に声を上げる。
「帝光のバスケ選手!?」
「まぁな。これでも一軍レギュラーだぜ」
自慢した灰崎君に渋い方の男性が眉を顰めた。
「ふむ…ポテンシャルは中々だが、人格に些か問題がある様だな。
選手が校外で喧嘩等したら、下手をするとバスケ部全体が大会出場出来なくなるぞ」
「そうですね。例え相手に非があっても、穏便に引く方法もあった筈です」
二人がかりの説教に灰崎君は苛ついた。
「おめーら、一々俺に説教してんじゃねーよ! 先公かよ!?」
トラさんはポリポリと決まり悪げに頬を掻いた。
「こいつ等は、お前さんの言う通り先公なんだよ。悪ぃな」
「げっ!! マジかよ!?」
「私は秀徳高校で英文法を担当している」
「私は桐皇学園高校で化学を教えてます」
「ちなみに両方ともバスケ部の監督だぞ」
灰崎君はトイレに行くと言って、行方を眩ませてしまった。
「逃げましたか」
「ははw 無理もねーわな!」
トラさん達と外に出た時、私の携帯に連絡が入った。
同時に、沢山の着信が更に入っていたのに気が付き、渋々開く。
『…はい』
「苗字、緑間だ。何かあったのか?」
相手を確認せず、母からとばかり思っていたので、私は狼狽えてしまった。
『…あ、あの』
会いたかった、と言いかけて、私は慌てて口を閉ざした。
聞きたかった声が漸く聞けて、こみ上げて来た気持ちが溢れそうになった。
でも彼に迷惑をかけてはいけない、と自制心が囁く。
『ごめんね。…化学で聞きたい事があっただけ』
「お前は教科書も参考書も持たず、ゲーセンで化学を勉強するのか? しかも怪我までして」
え!??
思ったより近くで声が聞こえ、私は驚いて後ろを振り返った。
緑間君が携帯電話を片手に立っていた。
「迎えに来た。送って行ってやるのだよ。歩けるか?」
彼はトラさん達に軽く頭を下げた。
「帝光中学二年の緑間真太郎です。苗字がお世話になりました」
「へえ…」
トラさんは興味も露わに彼を見やり、破顔して私の頭をグシャグシャと撫でた。
「嬢ちゃんは大事にされてんな。なら俺が案じる必要はねーな!」
中谷さんと原澤さんも彼に興味を示していた。
「さっきの彼とは全く真逆のタイプの様だな」
「つくづく帝光の選手は個性が強いですね」
「緑間真太郎。帝光レギュラーのSGだな。中々有望そうな選手だ」
マー坊こと中谷さんが秀徳の監督。
私は内心で冷や汗を流していた。
こんな所で運命の邂逅をフライングさせてしまって良いのだろうか?
悪い出会いでは無い…から良いのか…な?
「苗字、帰るのだよ!」
考え込んだ私の肩を、緑間君は促し軽く叩いた。