緑と赤の挿話
-緑間side-
苗字が帰った後、俺達はめいめいに勉強部屋に戻っていた。
「ふぁ〜あ…眠み〜」
紫原が大きな欠伸をした。
俺は軽く顔を顰める。
「朝から、だらしない欠伸をするな!」
俺の文句に、紫原はムッと不満気に唇を突き出した。
「だーって峰ちんが鼾煩くて、あまり良く眠れなかったんだもん」
「はぁ!? 俺のせいにすんなよ。てめーこそ夜遅くまで菓子の袋をガサゴソ煩かったじゃねーか!」
「でも峰ちん、横から俺のまいう棒奪ってったよね!?」
「いい加減にするのだよ、お前達!」
睨み合った二人を俺は呆れながら制した。
そんな俺達を見た黄瀬は、思い出した様に口を挟んだ。
「そう言えば、緑間っちはお風呂以降、夜ずっと戻って来なかったっすね。どこ行ってたんスか?」
赤司の家のゲストルームのうち、俺達は二人部屋と三人部屋とに分かれていた。
俺と黄瀬と黒子、紫原と青峰が同じ部屋割だった。
黒子も不思議そうに首を傾げる。
「確かに…僕が目を覚ました時も、緑間君が寝床に入った形跡すら無かったですね。
ずっと二人だったので、黄瀬君が煩かったです」
「酷いっス〜黒子っち…」
まさか苗字の部屋で寝ていた、とは言えなくて、俺は口籠った。
「…寝付けなくて、庭を散歩していたのだよ」
「雨風酷くて雷が鳴っていたのに、ですか?」
「眠れなかったと言う割には、寝不足には見えないっス」
「…………」
俺は熱くなった頬を誤魔化す様に、眼鏡のブリッジに指を当てた。
更に青峰が余計な追い打ちをかけた。
「おめー…まさか名前の部屋に泊まったんじゃねーだろーな?」
「なっ…!!」
「えっ!? 図星ですか!?」
「…マジっスか!?」
「うわミドチン真っ赤〜」
俺は慌てて言い繕った。
「ち、違うのだよ!! …実は屋敷内で迷って、部屋に辿り着けなかったから、手近の空き部屋を借りたのだよっ!!」
「あー…赤司ん家は広えからなー」
「誰かに聞けば良いじゃん?」
「…あ、会えなかったのだよ!」
「迷ったのが恥ずかしかったから嘘を吐いた、と?」
「…ま、まぁそう言う事なのだよ!」
何とか誤魔化せそうでホッとした俺は、含み笑いを噛み殺した赤司と目が合ってしまった。
赤司は人の悪い笑いを口元に閃かせた。
「それは悪かったね、緑間。次からは廊下に案内板を取り付けさせようか?」
「……っ」
…仕方ないのだよ。
苗字の名誉と引き換えに、方向音痴の濡れ衣位は被ってやるのだよ。
俺は、周りのからかいを含んだ視線から目を逸らした。
※※※
-名前side-
私はゲーセンに迎えに来た緑間君と、帰路を辿っていた。
私が彼を見上げると、彼は私と視線を合わせ目を細めた。
「…不思議そうだな」
『どうして、私のいる場所が分かったの?
それにさっき、赤司君に連絡を入れてたね?…私を確保したって』
緑間君は淡々と説明を始めた。
「簡単な事なのだよ。あれから間もなく、苗字の母から赤司家に連絡が入った。
お前が来てないか、と訊かれただけだったが、俺と赤司が苗字の身に何事か起きた事に気が付いた。
ここを突き止めたのは赤司の部下なのだよ」
『…そう』
「何故灰崎と共にいた? 以前言ったな。"灰崎には一人で近寄るな"と」
『……母と…喧嘩したの』
その一言だけで、彼は何が起ったか察した様だった。
「…! 喧嘩は赤司との事が原因か?」
私は黙ってコクリと頷く。
「それは…いつかは起こると思っていた。
赤司が直に連絡したので発覚したのだろう。…仕方ないのだよ」
『親子喧嘩なんて面倒な事したくないけど、今やっておかないと母の思い込みが危険水準を超える様な気がして』
「それでも…喧嘩まで、しなければならない動機があったのか?」
緑間君の探る様な質問にどう答えたものか。
『…赤司君に対してどうこう思う以前に、母の希望に沿えるのが無理だもの。家を出ようかと本気で考えたわ。
それは今でも変わらない。…場合によっては帝光を辞める事になるかもしれない』
思い詰めた私の手を彼はそっと握った。
「…苗字が一人で悩む事はない。俺が力になる。何なら俺の家に来るがいい」
『……気持ちは嬉しいけど、迷惑かけるし家族の了解を得るのが無理では』
「迷惑なものか。お前が必要とするなら、俺が何としても説得するのだよ」
彼の家族もだけど、私の家族はもっと煩いだろうなぁ…
でも、そう言って貰えるだけでも、一人ではない、力になってくれようとしている人がいる、と思えて気が軽くなってくる。
『ふふ…ありがと。でもまだ大丈夫。それは最終手段の保険として取っておくね』
それでも彼と彼の家族に負担になるのは申し訳ないから、もっとギリギリまで何とかやってみよう。
緑間君の言葉は、私に力をくれる。
でも彼はきっと、その事に気付いてはいないんだろうな。
『…緑間君と一緒に暮らせたら―楽しいだろうね?』
「あくまでも緊急避難だ。楽しい楽しくない、の問題ではないのだよ」
仏頂面で生真面目に返す彼に、私は微笑んだ。
『私は楽しいと思うなぁ。料理も作って一緒に食べるの!』
「…悪くないのだよ」
ふと口元を緩めた彼を見て、別の形で未来がそうだと良いな、と心の中で呟いた。
2016・6/6