華麗なるランチタイム
午前中の劇が終わり、制服に着替えた私は緑間君に呼び止められた。
「苗字、昼食を一緒にしないか?」
私は特に誰とも約束をしてないし、最近はバタバタして、あまり二人で話す機会が無かったので、彼の申し出を受ける事にした。
しかし今日は学園祭。昼時間になると食事の出来る所は、どこでも混雑していた。
廊下を歩いていた緑間君は、鼻をヒクリとさせた。
「…カレーの匂いがするのだよ」
『カレー…良いんじゃない?』
「苗字さん、緑間君」
……ん? どこから声が…??
私はキョロキョロと辺りを見回したが、声を発したと思しき人物の姿が見当たらなかった。
「ここです」
『うわっ!?』
目の前に黒子君が立っていた。
しかも燕尾服を身に着けている。
『黒子っ!? どーしたの、その恰好!!??』
「僕のクラス、カレー店なのですが、執事の恰好で給仕する事になって」
『へー、似合うよ! 決まってんじゃん!?』
「ありがとうございます!」
黒子君は柔らかな笑みを浮かべた。
「馬子にも衣裳なのだよ」
『…緑間君、それ、失礼だから!』
「女装した緑間君は、よくお似合いでしたね」
「当然なのだよ。俺はやるからには人事を尽くす」
ここで何故か二人は睨み合い、視線で火花を散らした。
『……仲良いよねー』
私のポロリと零した一言に、彼等はギョッと振り返る。
「どこがなのだよ!?」
『いやだってさ、"良きライバル"なんでしょ? 仮装の』
「違 い ま す ! !」
「とんだ濡れ衣なのだよ!」
「誰が上手い事言えと」
緑間君が黒子君を睨み、黒子君は肩を竦めた。
『そうだ、お昼ここにしない!?』
「何だと…!?」
「…苗字さんの申し出は嬉しいのですが、今は満席で…まだちょっと並んでいる人が。…待ちますか?」
「俺は午後に予定がある。あまりのんびりする訳にはいかないのだよ」
『…なら、どこか空いている所を探す?』
「……ああ」
「すみません、苗字さん、緑間君」
『黒子君の御給仕でカレー食べられないのは残念だけどね』
「せいぜい頑張るのだな、黒子」
私達はお昼を食べられる所をまた探す事にした。
そして結局、いつもの学食を提供している食堂に行く事にしたのだった。
食堂は、まだチラホラ空いてる席があった。
私と緑間君は向かい合って着席する。
『そう言えば、緑間君の午後の予定って?』
「占星術研究会で助っ人を頼まれているのだよ」
『…緑間君が占いやるの?』
「別に意外な事ではないだろう」
『…おは朝なら分かるけど』
「そうだ。俺は毎日おは朝を欠かさず見てるからな。全星座の占い位は諳んじてる」
……緑間君自身が占うわけじゃ無いんだ…?
私はテーブルに置いたグラスに手を伸ばした。……あれ?
緑間君も同時にそれに手を伸ばし、私の手と触れた。
あっ…!?
彼の手から彼の体温が伝わり、私は頬が熱くなる。
「…苗字、お前のグラスはそっちだが?」
『わっ!? ゴ、ゴメン!! 間違えたっ!』
「…………」
彼の頬もほんのり赤らんでいた。
…ど、どうしよう!? 何なの、この微妙な空気は!?
私は恥かしくなり、思わず視線を手元に落としてしまう。
その微妙な雰囲気を、不意に柔らかな声が断ち切った。
「席、一緒しても良いかい?」
赤司君がトレーを手に立っていた。
周りの席は粗方埋まっていた。
私達は了承し、赤司君は軽く頷き謝意を示すと私の隣に腰掛けた。
赤司君は、以前に豹変して戻って以来、特に変化は無かった。
しかし私は彼が近くに来ると、あの時の事を思い出してつい構えてしまう。
今も身体を僅かに強張らせたのを悟られない様に振る舞うので精一杯だった。
「良い所を邪魔してすまないね、緑間」
「な、何の事なのだよ!?」
「二人共仲が良さそうなので、つい邪魔したくなってね。…って冗談だよ。そんなに睨むな緑間」
『赤司君はどこ行ったの?』
「君達の劇の後、チェス部と将棋部に行った」
赤司君はトレーと一緒に抱えていた荷物を、空いてる椅子の上に置いた。
『…それは何?』
「部員達と勝ち抜き戦で全勝した賞品だよ」
全戦全勝はバスケ以外でも発揮してるのね…流石と言うか何と言うか。
『…つ、強いんだね…』
「まあね。君もやってみるかい?」
『私は将棋とかやった事ないから』
「良かったら俺が教えようか?」
『…えっ?』
以外な申し出に、私の動きは固まった。
「苗字がやりたいなら、俺が教えるのだよ!」
緑間君は私を庇う様に割り込み、赤司君は挑戦的な視線を緑間君に向ける。
「どうせ教わるなら、より強い方に教わる方が良いと思うが。緑間は俺に勝てた事が無いのだから」
…何だか今日の赤司君は随分と絡むな。
私は困惑し、緑間君を見た。
緑間君は苦虫を噛み潰した様に顔を顰めている。
「今度こそはリベンジするのだよ! いつまでも勝者のままでいられると思うな、赤司!」
「それは楽しみだね。いつでも受けて立つよ、緑間」
赤司君は優雅に食事を済ませた後、席を立った。
「午後も対戦の約束があるから、俺はそろそろ失礼するよ。…苗字、良かったら君も来るかい?」
『えっ?』
「苗字は、俺と一緒に占星術研究会に行く予定なのだよ…!」
私は驚いて緑間君を見た。緑間君は鋭い瞳で私を見ている。
私は慌てて話を合わせた。
『う、うん、そうなんだ! 私、占って貰う約束してるの!』
「…そうか。残念だな。では俺は失礼するよ」
『頑張ってね!』
私の激励の言葉に、赤司君は口許を緩め、不敵に微笑んだ。
「当然だ。勝利こそが俺の全てだ。それは将棋でも変わらない」
赤司君が去った後、緑間君はぼそりと言った。
「…苗字、赤司に付いて行かなくて良かったのか?」
私は頭を振った。
『うん、お陰で助かったよ。あれ以来、正直赤司君が怖くて』
「……あの時…? 赤司が人が変わった様になった時の事か」
『……うん』
あの時の赤司君―
まるで、遠い昔に読んだ漫画の彼を彷彿とさせた。
今が楽しくて半ば忘れていたけど、これからあの時に繋がるなら、赤司君は、あの様に変わっていってしまうのだろうか?
緑間君は躊躇いながら口を開いた。
「…俺は…赤司は…時々、人が変わった様になる事がある、と思うのだよ。
まるで―赤司の中に二人いるみたいだと。…確証は無いから断言までは出来ないが」
『二人…いる? それってまるで…二重人格みたいね?』
「例え赤司がそうであろうと、今の人格のままなら別に問題は無いが…」
『二重人格が起こるには、それなりの訳があるよね…? 例えば周りとの軋轢、とか』
「…軋轢か。あるかもしれんな。赤司は完璧であろうとする。…が、本来完璧な人間などは存在出来るものではない」
『赤司君は良い人だけど、その緊張感が少し苦手…なのかも?』
でも私が彼を苦手に感じてしまう訳は、それだけでは無かった。
『……赤司君の家から戻って以来、親が変に期待しちゃってね、赤司君との事、せっつくから困っているんだ。
赤司君にも迷惑になるからって、いつも牽制しているんだけど。私なんかに何を期待しているんだろ』
緑間君は真剣な表情で、私の愚痴を聞いていた。
「…なら苗字、いっそ俺と付き合う、か…?」
口調はさり気ないけど、とんでもない爆弾発言に、私は飲んでたお茶を危うく噴き出しそうになった。
『ぐっ…!げほごほげほっ…!!』
緑間君は慌てて席を立ち、私の背を擦ってくれる。
『…き、気管に入った…っ…!』
「大丈夫か?」
『ちょ、付き合う…って!?』
私は涙目で緑間君を見上げる。緑間君は顔を赤らめ狼狽えた。
「ふ、深い意味は無いのだよっ!! 苗字の親への牽制になると思っただけなのだよっ…!!」
何だ…吃驚した。
告白かと思って、心臓がバクバクしてしまった。
私は漸く息を整え、残念な気持ちを振り払う様に頭を振った。
『そんなので付き合うって…緑間君に悪いよ。盾になってくれようとする気持ちは嬉しいけど』
「……そうか」
緑間君が意気消沈したかの様に見えた。
つい軽く流してしまったけど、まさか…今のって本気じゃ…無いよな?
緑間君が向けた綺麗な瞳に私はドキリとした。
「…まあいい。何かあったら俺に言うのだよ。相談位なら乗ってやる」
『ありがとう。頼りにしてるよ』
私は来たる日への不安を押し隠して微笑んだ。
いくら未来の一部を知っていても、私一人では手に負えないかもしれない。
心を打ち明ける事が出来る味方は、一人でも多い方がいい。
「まだ今は…な。この程度にしといてやるのだよ」
私は緑間君が呟いた微かな声までは聞こえず、食事を終えてご馳走様と手を合わせた。