キセキと寄り道
帝光祭が終わり、私達の生活は日常に戻った。
私は部活で桃井さんのデータの整理を手伝っていた。
『この間の青峰君、陽扇中との二軍の練習試合凄かったんだってね!』
「あ、うん。一人で50点も取っちゃってた」
『50点…!? 凄過ぎる。最早人類の域を超えてる…』
「あははw 名前ちゃん、それは言い過ぎだよー」
私は最近の青峰君を思い出して首を傾げた。
『そう言えば、最近青峰君絶好調だけど…それにしては元気が無い様な…?』
桃井さんは身を乗り出した。
「それね、名前ちゃんが最近ミドリンとこばかり行くからだよ!」
『は…!? 私!??』
驚いて聞き返した私に彼女は大きく頷く。
「青峰君拗ねてるんだよ!」
『…まさかー…』
「名前ちゃん、偶には青峰君の事も気にかけてあげてよ!」
『青峰君とは何だかんだで結構絡んでる筈だけど? クラスも一緒だし』
私の反論に、彼女はチッチッと立てた人差し指を振った。
「帝光祭の時、スタンプラリー終わったらミドリンと二人でいなくなっちゃったよね。
…折角、テツ君の取って置きの景色観れたのにな」
『…それは惜しい事をした…』
「でしょでしょ!? すっごく綺麗だったんだからぁ…!!」
桃井さんはチラッと私に視線を寄越すと、口に手を当て意味深に含み笑った。
「…で、ミドリンとはどこまで行ったの〜?」
『どこって…占星術研究会』
「そうじゃなくってー、告られたりとか付き合ったりとか!」
『してないしてない!』
「え〜〜〜!? 何でー!? あんなに二人共良い感じなのにー!?
文化祭みたいなイベントが切っ掛けで付き合うとか、よくあるじゃん!」
桃井さんは不満気に頬を膨らませた。
『そんな事言われても…w』
もう私は苦笑いする他ない。
帝光祭の昼食時の会話を思い出してしまったが、私は頭を振った。
告白…あれは違うよな…
最も、今マジに告白されても対応に困るけど。
やっぱりアレはカウントしない事にしよう…
作業が終わり、桃井さんは赤司君にデータを渡しに行った。
私は一足先に帰る事にする。
「名前ちゃん!」
『あ、あっちゃんとみっちゃんは終わったの!?』
「うん。片付け終わったから着替えてくる」
『お疲れー』
「またねー!」
今の所、一軍は順調で概ね平和だ。
時々彼等キセキ達は、ちょっとした事で衝突したりはするが、子犬がじゃれ合っている様な微笑ましいものだ。
そろそろ夏になる。
私はまだ明るい夕空を見上げた。
※※※
帰りにコンビニの前を通りがかった。
『…そう言えば、戦国武将シリーズの食玩が出てるって、日向さんが騒いでいたっけな…』
特に買うつもりは無いが、ちょっとした好奇心で覗いてみようと、そのコンビニに入る。
お菓子売り場で目的の物を見付け、矯めつ眇めつ眺めていたら、歩いて来た人とぶつかってしまった。
ぶつかったのは紫原君。彼はアイスキャンディーを咥えていた。
その後ろから黒子君がひょっこりと顔を出した。
「苗字さん、落としましたよ。…伊達政宗に興味があるのですか?」
『…えっ!? いや、私じゃなくて知人がね…』
私は食玩を棚に戻し、雑誌コーナーに回った。
黄色が青にファッション雑誌を見せていた。
「青峰っちー、これ俺が出ている号っス!」
「どれどれ…何だ、マイちゃん出てねーじゃんか、つまんねーな」
「当たり前っス! 俺が男向けのグラビア誌に出てどーするんスか!? …って綽名っち!?」
「どーせなら巨乳持って来いよ黄瀬。…よう、名前」
私は黄瀬君と青峰君に向かって足を進めた。
『何?皆で寄り道?』
「おめーもかよ?」
そこに別の足音が加わる。
「アイス買ったから出るのだよ…苗字?」
『緑間君も居たんだー?』
黄瀬君はポンと両手を打ち付けた。
「そうだ、綽名っちも俺達と一緒に、アイス食ってかねーっスか?」
「…黄瀬、それには一つ問題があるのだよ」
緑間君はアイスの箱を掲げて見せた。
そこには、大きい字で"五本入り"とあった。
「苗字がもう一足早ければ六本入りを買ったものを…
既に会計を済ませてしまったのだよ」
「戻して返金して貰って買い直せばいいっス」
「無理だ。…既に紫原が開けて一本持って行った」
「あちゃー…」
『ああ、私に構わないで食べて。ちょっと寄っただけだし』
「俺の分を半分やるのだよ」
『良いって。まだ私お腹も空いてないし。皆は激しい運動しているんだから糖分摂らなきゃ』
「…何かすいませんっス…」
私が居ては気兼ねする子は食べ難いかもしれないな、と彼等から離れて一人で店内を見て回る事にした。
そして、彼らが食べ終わる頃合いを見計らって出ようと、飲料コーナーに足を向けた。
五分ちょっと経った頃、私は店を出た。
計算通り、彼等は大方食べ終わっていた。
「苗字、これをやるのだよ」
緑間君が私に食べ終わったアイスキャンディーの棒をくれた。
『…は?』
私は意味が分からず首を傾げる。
…何だか、これに似た何かを以前見た気がする…?
ふと思い付いて棒を裏返すと"あたり"の文字が付いていた。
『あ!?』
「当たってるっス!」
そうだ、前に桃井さんが黒子君に惚れた切っ掛けがこれだった筈。
全くと言っていい程、同じシチュエーションだ。
『珍しい! 当たるなんて凄いね、ありがとう!』
「…今日の蟹座の運勢は一番、ラッキーアイテムはアイスキャンディーだ。早く替えて来るのだよ」
何故か緑間君が少し顔を赤らめ、そわそわしている。
…どうしたんくだろう?
彼等の駄弁りに私も交じり、替えて貰ったアイスキャンディーを齧りながら話に加わる。
冷たくて爽やかな甘味が、舌の上で転がり溶けて消える。
そんな私を緑間君は、じっと見ていた。
私は彼にアイスを差し出す。
『食べる?』
「…いや、俺は」
「なら俺が貰うぜ♪」
私が持ったままのアイスキャンディーを青峰君が一口齧った。
『ちょっと青峰君!?』
「ん、うめ」
この場合、真っ先に飛んできそうな紫原君は既にまいう棒を口に入れていた。
『もう…一口が大きいよー…』
私が文句を言いつつアイスキャンディーを口に入れようとしたら、緑間君が私の手首を不意に掴んだ。
突然触れられたので、ドキリとする。
『緑間君!?』
「……やっぱり一口貰うぞ」
緑間君は、私の手首を掴んだまま、彼自身の口元に持って行く。
そして青峰君が齧った所を一口齧り、手を離した。
…何なんだろう…? 緑間君って、そんな事しそうにないのに…?
私は首を傾げてつつ緑間君を見上げた。
彼の頬は薄らと赤くなっている。
それを見た青峰君は不満気に顔を顰めた。
「何で名前は俺には文句言うくせに、緑間には言わねーんだよ!?」
『だって、これくれたのは緑間君だもん』
私はアイスの先をぺろりと舐めた。
ふと黄瀬君と目が合うと、彼は悪戯っぽく笑った。
「それ、綽名っちと緑間っちで間接キッスっすねw」
『ぐっ!?』
「んなっ!?」
緑間君は真っ赤になって固まった。
私も意識してしまい思わず頬が熱くなったが、無視してアイスを齧った。
しかしアイスの冷たさにも関わらず、私の頬は冷める事はなかった。
しかも味が分からなくなってしまっていた。
折角のアイスなのに…! 黄瀬君のバカ!
黒子君はそんな私達をじっと見た。
「苗字さんも緑間君も顔が赤いです」
「キスはソーダ味っスか?」
「余計な事を言うな黄瀬、黒子!!」
皆の視線にいたたまれなくなった私は、周りを見回し顔を顰める。
『…そんなに見られてると、食べ辛いんだけど?』
私は露骨に黄瀬君に背を向けた。
「……ぷっ」
黄瀬君はクスクス笑い出した。
一体何が可笑しいだっての!
私はチラリと首だけ後ろに向けて彼を睨みつけたが、如何せん頬が赤いままでは迫力に欠ける事甚だしい。
ついに黄瀬君は声を立てて笑い出した。
『何笑ってるのよ!?』
「いや、綽名っちが可愛いくて…つい」
黄瀬君は、緑間君と青峰君に同時に後頭部をど突かれて悲鳴を上げた。
「何するんスか!?? 青峰っち、緑間っち!!??」
「黄瀬は余計な事を言い過ぎるのだよ!」
「名前を口説いてんじゃねーぞ、黄瀬!」
「…黄瀬君は苗字さんをからかい過ぎです」
「黒子っちまで!??」
紫原君が何本目かのまいう棒の小袋を開けながら、のんびりとした口調でとんでもない事を言い始める。
「つーかさー、そのアイス、峰ちんの後に食べたのがミドチンでしょ? それも間接キ…」
全て言い終らない内に言わんとする内容を察した青峰君が叫び、緑間君は口を押えて慌ててコンビニに駆け込んだ。
※※※
アイスを食べた後、私は赤司君を除いたキセキ達と賑やかな帰路を辿っていた。
『最近、皆…特に君達レギュラーは調子が良いよね!』
「そうっス! 特に青峰っちと緑間っちと紫原っちがヤバい位絶好調っス!」
「最近、力が湧いてしょうがないんだよねー。その分お腹空くけど」
「当然だ。俺は人事を尽くしているからなのだよ」
「………」
青峰君は会話に加わる事も無く、何となく元気がない。
『…青峰君?』
私は彼に近寄り、そっと腕に触れた。
青峰君はびくりと肩を揺らす。
「あ…ああ、悪りぃ」
『……大丈夫?』
「俺ぁ別にどこも悪くねえよ。…ったく、余計な気遣いすんな」
青峰君は私を見下ろし目を細め、クシャリと私の髪を撫でた。
彼の不器用な優しい手付きが心地良くて、私も目を細める。
「…青峰が静かなどと…鬼の霍乱なのだよ」
緑間君は、私の肩に手を置き、さり気なく引き寄せた。
青峰君は対抗する様に、私の手をギュッと握り締める。
見上げたら、私の頭上で彼等は静かに睨み合っていた。
…私は一体、どうしたら。
紫原君は素知らぬ顔で、お菓子を食べながら歩いている。
「峰ちんが静かなんて不気味〜」
「てめーら言いたい放題だなオイ!」
視線の対決は、黄瀬君の声で断ち切られた。
「そう言えば、今月何があるか知ってるっスか?」
「全中の予選があるのだよ」
「それ、ワクワクするっスねって…それもっスけど、 もうすぐ俺の誕生日っス!!」
「誰も聞いてねーよw」
「酷い、青峰っち!!」
「鰻屋で誕生会してやるのだよ」
「嫌がらせっスか!? それ!!?」
彼等の手は私から離れ、私は人知れず息を吐いた。
「あーもう! 公式試合デビューなんてうずうずするっス! 青峰っち、あの角まで競争するっス!」
「おっ、やんのか黄瀬!?」
「勝った方がジュース奢るっス!」
「後悔すんなよ!」
彼等は鞄を担ぎ、全速力で走り出した。…楽しそう。
緑間君は呆れて溜息を吐いた。
「全く、無駄に元気な奴等なのだよ」
「ほんっと、よくやるよね〜」
「でも、あの方が青峰君らしいです」
いつものノリに戻って、かけ出す青峰君の表情からは、さっきの憂いは消え失せている。
私と黒子君は顔を見合わせて笑った。
全中予選が、もうすぐ始まろうとしていた。