If-帝光編(二年)


星空に願いを


帝光中学校は、地区予選の初戦で快勝した。

桃井さんと一緒に、私は学食のキセキ達の席に来ていた。

「予選初戦無事突破、おめでとー!!」

しかし黒子君以外の彼等は、勝利したにも関わらずテンションが低かった。
彼等は去年もレギュラーで全中を優勝している。
まだ初戦に過ぎないし、勝つのは当たり前の帝光では今更なのかもしれない。

赤司君は、基本一試合で一人20点取る事を提案した。
青峰君は怠そうだ。

「あー…何か面倒くせーな」
「あれ? 何かノリ悪くないっスか? 青峰っち、むしろこーゆーのいつも燃えるじゃないっスか」
「だってよー、勝ってんなら良いだろ別に…」

青峰君は歯切れが悪い口調で言葉を濁した。最近、彼は以前の様な元気が無くなっていた。
私も黒子君も桃井さんも、それはずっと気にしていた。

赤司君は青峰君を見つめ、穏やかな口調で諭す。

「俺も決して好んで課す訳ではない。
だがはっきり言わせて貰えば、今言ったモチベーションの低下が特に目立つのはお前だ。
嫌ならばプレイで示せ。スコアラーが得点に執着しない様ではチームの士気にも関わる」

「…………」

青峰君は私をじっと見た。
私は意味が分からず、軽く首を傾げて彼を見返した。

「…わったよ。なら、最低20点以上として…30点以上取ったら、こいつとデートさせろよ」

…こいつって…?
青峰君の視線は私を向いてるみたいだけど…?

私は左右をきょろきょろ見回したら、青峰君は苦笑した。

「おめー、何きょどってんの?」
『デートって誰と?』
「だからおめーだっつってんの、名前」
『…は?』

デートって…えぇっ!?

私がポカンと口を開けたが、赤司君は軽く頷いた。

「良いだろう」
『ちょ、赤司君!?』
「おい赤司!」

緑間君が慌てて止めに入るが、赤司君は意に介してない。

「それで青峰のモチベーションが上がるなら。勿論部の為に協力してくれるよね? 苗字」
『あの…っ』

私は思わぬ話の成り行きに狼狽えてしまったが、緑間君が赤司君を制した。

「赤司、苗字にいくら何でも求め過ぎだ。苗字も気が進まぬなら無理する事は無いのだよ」
「緑間もモチベーションを上げる為に、彼女に協力して貰ったらどうだ?」
「ふざけるな! 俺はそんな事で…!」
「俺はふざけてなんかいないよ。キャプテンとして勝ちを追及してるだけだ」
「……」

緑間君は私に視線を合わせると、カチャリと眼鏡のブリッジを上げて更なる提案をした。

「なら、次の試合で一番に点を取った者が、と言う事でどうだ?」

…何だかさっき言った事とは逆に、さり気なくハードルを上げてるよ、この人。

青峰君はニヤリと笑った。

「へっ、面白そうじゃん?」
「ああ。俺は構わないよ」
「…別に俺もいいっスけどねー」

他の連中もそんなんで良いのか…?

『言い出した青峰君以外には、別に褒美でも何でもないよね、それw』

青峰君も物好きだね、と私が自嘲気味に言うと、黒子君は真顔で返した。

「そうでも無いと思いますよ?」
『へ?』
「俺は手作りケーキがいいな〜」

…ああそうか。デートでなくても、そんな希望の叶え方もあるんだな。
私も部の一員である以上は協力も吝かではない。

そして私は不承不承頷いたのだった。


※※※


次の帝光vs黒沼戦では、初っ端から激しい攻防を一進一退で繰り広げていた。…主に青峰君と緑間君で。

彼等の調子は良かったが、試合が進むにつれ、更に双方共動きにキレが増していった。

シュート回数は青峰君の方が多いが、緑間君はスリーで確実に点数を積み重ねている。
今の所、得点数はほぼ互角。

「緑間、てめーやるじゃねーか!」
「通常の二点より、三点ずつ得点した方が多いに決まっているのだよ。今日こそそれを証明するのだよ」
「確か前にもそんな事言ってましたよね」

「単純だからこそ真理なのだよ。今日は蟹座が一位、乙女座に対して有利だ。ラッキーアイテムは柄パンなのだよ」
「道理で…ラッキーアイテム、ベンチに無いと思ったっス。もしかして穿いてるんスか…?」
「当然だ。俺は人事を尽くす!」

ドヤ顔で言う事か、それ。

「ベンチに剥き出しで置いてあるよりはマシですよね」
「帝光のベンチに柄パン…そんな意味分かんない事で、女の子達に引かれてしまうのは嫌過ぎっス…」

公式試合中だと言うのに、彼等は緊張感の無いやり取りをしている。…柄パンて。


第四Q、もう緑間君と青峰君の得点は、疾うに20点どころか30点を超えていた。
既に試合では帝光が余裕で勝ってはいるけど、こっちの方の得点はどうなるんだろう…?

私は記録したスコアに目を向けた。
今は緑間君が青峰君に対して一点だけ得点数で負けてる。

もうすぐ試合が終わる。残り一分を切った。

試合を注視しながらクリップボードを掴んだ私の手に、知らず知らずに力が入る。
このまま青峰君が逃げ切るかと思えた時、飛んできたボールに身体を合わせて構えた黒子君に緑間君が叫んだ。

「寄越せ! 黒子っ!!」

黒子君と青峰君とは距離と幾人かに隔てられている。
緑間君が立っていたのは3Pラインを少し超えた辺りで、黒子君の位置とは比較的近かった。
緑間君の気迫に釣られた様に、黒子君が弾いたそのボールは緑間君の手に収まった。

緑間君が高々とボールを放るのと、試合終了のブザーが鳴ったのは同時だった。
そのボールは正確無比にリングをかすりもせず潜り―会場中が大歓声に包み込まれた。

『緑間君が…勝っ…た!?』

私は暫しボーっとしていたが、ある事に思い至り、ドキリとする。

…え? こうなるともしかして…デートする相手って。

試合後の挨拶を終えた選手達がベンチに戻って来る。
私とすれ違いざまに、緑間君は軽く私の肩を叩いた。

「俺はお前に、この後の事を強制するつもりはない。ただ、苗字が褒賞みたいになっているのが許せないだけなのだよ」
『…!!』

青峰君は私に直接的な好意を示してくれてる。
それはとても有難い事だけど。…でも緑間君は私を守ろうとしてくれてる。

私は緑間君の腕を掴み引き止め、小声で呟く様に言った。

『…私、行きたいから、緑間君の…希望の行先を決めて?』
「……!!」

私が彼を見上げると、緑間君は驚いた様に目を瞠っていた。


※※※


次の日、教室で緑間君と会った時、彼は私を呼び止めた。

「苗字。お前の都合が良ければ、今週末の休日の昼に行く。これで…良いか?」

そのチケットはプラネタリウムの前売り券だった。
何て言うか…とても緑間君らしいチョイスだ。

彼の差し出したチケットは、小刻みに震えていた。

私はそのチケットを受け取り、楽しみだね、と微笑んで見せた。
緑間君は赤らんだ顔を隠す様に、眼鏡のブリッジに指を当てた。


※※※


えーと…もしかして、これって…初デート!?

私は柄にもなく、鏡の前で一人ファッションショーをしていた。

以前にも一緒に歩いたりとかは何度もした事あるけど、二人きりでデートとして出かけた訳では無かった。
…って、何意識しまくってるんだ私!??

まぁ…でも、彼は真面目タイプだから、あまり行き過ぎた服装では引かれてしまうだろう。
清楚で適度に品があり、でもあまり堅苦しくなり過ぎない―

『あっ、そろそろ時間だ!』

彼みたいなタイプは、ファッション以上に遅刻は大厳禁だ!
私は慌てて支度を済ませて飛び出した。

緑間君は既に待ち合わせ場所にいた。
私が来たのは時間きっかり。…間に合って良かった。

彼は紺とグレーの縦ラインの入ったV襟Tシャツにベージュのスラックス。
恰好良く爽やかに決まっている。
いつも彼の制服又は練習着かユニフォームを見ている私には、とても新鮮だった。

私は、シンプルな水色のAラインのワンピースに白いレースのボレロだ。

彼は私を見て一瞬固まった後、眼鏡のブリッジに指を当てると「それ…似合っているのだよ」と呟いた。
悩んだ甲斐はあったかな?

「…俺はこの様な事は初めてだから、何を話したらいいのか分からんのだよ」
『何でも良いんじゃないの? 互いのコミュニケートが取れれば。いつもの友人と遊びに行く延長線上で』
「そうなのか?」

『私達は友人だし、お互いの事をもっと知る切っ掛けくらいに考えれば』
「分かった…では、苗字の趣味は? ピアノ以外の」
『絵を描く事とお菓子を作る事。緑間君は?」

「俺はクラシック音楽鑑賞と将棋。お前の得意教科は?」
『私もクラシック好きだよ。得意教科は歴史と美術…緑間君は生物と化学、だよね?』
「ああ。ではお前の好きな食べ物は?」

『って、何だこれは!? お見合いかっ!!!??』
「苗字の事を、よく知る為に訊いているのだよ」
『…ホント、良くも悪くも真直ぐだよね、緑間君って…』

プラネタリウムに着いて、中に入った。
休日だし、かなりの盛況ぶりだ。

「今日の蟹座のラッキープレイスはプラネタリウムなのだよ」
『そして今日の蟹座のラッキーアイテムは双眼鏡…結構微妙だよね。
…まぁ天体望遠鏡よりはマシか』

しかし場違いで勘違いしている様に見られたのか、他の客達にヒソヒソクスクスされてしまうのが切ない。
いつもの事だし、緑間君は一々気にしてはいないけど。

映し出された満点の星空の中、解説者の声が響く。

《蟹座の星は四等星から五等星の暗い星で、蟹座の中心に見えるのはM44・プレセぺ星団と呼ばれる散開星団です。
古来の中国では積尺気(せきしき)と呼ばれ―古代ギリシアでは…》

子供の頃、ギリシア神話の本を読んだ。
他の星座の話は、哀しくも美しかったり英雄譚を彩る話等、様々で…
だが、わくわくしながら開いた自分の蟹座のページには"踏み潰された化け物蟹"と書かれていた。

英雄ヘラクレスに一瞥すらされず、倒すどころか踏み潰されて終わった化け物の星座。

子供心にかなりショックを受けたっけ。…でも。
今は緑間君と同じで良かった、と思うよ。

私は星空の中で目を瞑った。
解説の声が聞こえて来る。

「…苗字、寝た…のか?」

緑間君の低い声が聞こえる。
起きてる、と答えようかと思ったけど、彼の声が心地良くて、私はそのまま微睡んでいた。

彼は反対側の私の肩を抱き、軽く自身に引き寄せる。
私はされるがままに頭を彼にもたせかけた。

「…これは偽の空だが、いつか…お前と一緒に本物の星空を見に行きたいのだよ」

彼は低く囁き、私の頭を優しく撫でる。

『……』

もう少し彼の温かさを感じていたくて、私はそのまま寝たふりを決め込んだが、心臓はドキドキと早鐘を打っていた。
そっと微かに目を開いたら、満天の星空が目に入る。

今は応えられないけど、私もいつか―その願いを叶えたい。

でも今は…この幸せな時間が少しでも長く続きます様に。


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