If-帝光編(二年)


青峰の憂鬱


あれから、帝光は順調に地区予選を勝ち上がっていた。

緑間君が制してくれた事もあり、あれから私が賞品にされる事は無くなっていた。

今日は桃井さんが帯同している。公式試合に帯同出来るマネージャーは一人のみ。
私は客席から試合を観ていた。

私は全員の得点を一応チェックしていたが、今回は一人20点以上は取っても30点越えは出ない様だった。
最初の青峰君の出した条件を満たしてないので、該当者無しでいいのかな?

私は安堵の溜息を吐いた。

…それにしても、今回の相手は、やる気を無くしているみたい。
既に挽回不可能な位の大量の点差を付けられているから無理もないけど…

それに比例する様に、青峰君の動きは荒くなっていった。
それでも確実に点を入れ続けているのは凄いと思う。

これで今回の試合は間違いなく帝光が勝利するだろう。

※※※

「青峰君が休み…? 風邪か何かですか?」
『風邪の方が尻尾を巻いて逃げ出しそうなのにね』

黄瀬君が電話しても繋がらないらしい。
誰も理由を聞いてなかった。…桃井さんですら。

…どうしたんだろう?


次の日、私と緑間君は教室で青峰君を問い詰めたら、青峰君は面倒そうに顔を顰めた。

「煩せーな。ただのサボりだよ! 別にどーでも良いだろ」

投げやりで不真面目な回答に、緑間君の表情は険しくなり眉を跳ね上げた。

「サボり…!? 青峰お前、何を言ってるのか分かってるのか!!??」
『何で…? 具合でも悪いの…?』
「別に…そんなんじゃねーよ」
「なら今日はちゃんと出ろ。予選も終わってないのに、これでは先が思いやられるのだよ!」
「へいへい…わーったよ!」

《青峰大輝君、職員室まで来てください》

私達の会話は突然の放送によって打ち切られる。

「だから言わんこっちゃないのだよ」

緑間君は溜息を吐いた。
青峰君は煩わしそうに舌打ちし、足音荒く教室を出て行った。

私の内心で不安が膨れていった。

これは…予兆ではないか?
もしかして…私が恐れていた事が始まっているのか?

今の青峰君の態度は、私の知ってる高校のあの頃とよく似ている―

※※※

その日は青峰君は練習に出た。真田コーチには、かなり怒られたみたいだ。
彼は罰として校庭を十周走っていた。

「ふーあちぃ…」
『お疲れー』

校庭の水道で頭から水を被っていた彼に、私はタオルとドリンクを差し出す。

「わり、名前」
『……』

彼はタオルを首にかけ手洗い場の縁に座り、ドリンクをがぶ飲みした。
青峰君が顔を上げた瞬間を狙い澄まし、私は彼の額にデコピンをかます。

「ってーなっ!? 何しやがる!??」
『元気じゃん?』
「…っち、 何なんだよ、てめーはよ!?」
『青峰君休んだ原因を部で当てっこしたんだけど。私はどぶに嵌ったのに一票入れたw』

「…はあ!? 俺をダシにして遊ぶなっ!! 道理で連中に微妙に笑われていると思ったわ!!」
『だって珍しいじゃん? 拾い食いして腹を壊したつー意見もあったよw あ、これは緑間君だけど』
「…アイツぜってーコロす」

話が物騒になって来たな。
そう言えば重要な事忘れてた…!

『あ、青峰君! 早く戻らないと、赤司君が青峰君にだけミニゲーム無しで基礎練倍にするってよ』
「ゲッ!? てめー、それを早く言えーーー!!!」

私を追い抜かして、慌てて青峰君は体育館に走り込む。
その時、青峰君の呟いた声は、あまりに小さかったので私には聞こえなかった。

「こんな時に限って、お節介なんだよ、おめーはよ…」

※※※

次の日の放課後、私と緑間君は掃除当番のゴミを捨てて戻る途中、廊下で青峰君とすれ違った。
私達に目もくれずに歩み去る青峰君の後ろ姿に、違和感を覚えた私は首を傾げる。

『…あれ?』
「青峰は当番ではないのに、まだ体育館に行ってないのか」
『ここって、体育館に行くルートではない、よね?』
「むしろ反対側なのだよ」
『緑間君、これ、教室までよろしく! 赤司君に遅れるかもと言っておいて!』
「あ、おい待て! 苗字!?」

私は緑間君に空のゴミ箱を押し付け、青峰君の後を追いかけた。
そして、そのまま青峰君の後を付けて屋上まで来てしまった。

『…どこに行ったんだろ?』

私は屋上を見渡したが誰も居なかった。
間違いなく、ここだと思ったんだけどなぁ…?

後ろを振り向いたら梯子が見えた。
何となくデジャヴを感じた私は上を振り仰いだ。

…もしかして。

梯子を上って行ったら、やっぱり彼はいた。

『あららー、またサボり?』

青峰君はゴロリと横になっていて、迷惑そうに顔を顰めた。

「何だよ名前。おめーもサボりか?」
『私は部活に行くけど。偶々ここに立ち寄っただけよ』
「部活に行く途中で偶々立ち寄る場所じゃねーだろ」

私はコンクリートの床に座り込んだ。
日に照らされたコンクリートの上は熱く、お世辞にも居心地が良いとは思えなかった。

『青峰君、こんな所で寝てたら焦げるよ。これ以上ガングロになると、真っ黒くろすけになっちゃうよ。体育館で涼んだ方が良くない?』
「おめーはアホか。体育館でなんか涼めるかよ。練習で汗まみれになるだろうが」

『バスケが好きで喜んで汗まみれになっていた人とは思えない発言だね。一体、どうしちゃったの?』
「あー…今日は怠くて何となく休みてー気分なんだ」

『鬼の霍乱?』
「鬼のタクアンて何だ? 意味分かんねー」
『タクアンじゃねー! か・く・ら・ん!! 青峰君も人間なんだって事!』

「ああ!? どーゆー意味だ!?」
『じゃあ私は行くから。青峰君は蜂にお尻を刺されたので、お休みしますって、コーチと赤司君に伝えてあげるね!』
「待てコラ」

下りようとしたら、私は腕を掴まれた。

「もうちょっとマシな理由はねーのか?」
『じゃあ恋煩いで』
「こ…っ!?」
『ちょ、何故そこで赤くなるの!?』
「う、煩せえっ!!」

私は戻り座り直した。

『嫌なら本当の訳を話そうか、少年?』
「ったくっ…何なんだ!? てめーはよ…」

青峰君は脱力した様に座り込み、俯いてぽつぽつと話し出した。

「…俺が頑張って練習して上手くなってもよ、周りが同じくれえ上手くなるわけじゃねーんだよな」
『人にはそれぞれ能力や得手不得手も違うしね』

「俺だけが上手くなっても、周りが付いて来れねーんじゃ、バスケしても面白くねーんだよ。
だから練習したくなくなった。これ以上、上手くなっても差が開くだけで、つまんねーからな」

これを拗らせた結果がアレか。
私は前世での記憶を懸命に掘り起こした。

『…でも世界は広いしさ、もっと上手い人が出て来るかもしれないじゃん?』
「それはその時に考えるぜ」
『むー…』

ぼんやりと記憶にある黒子君の台詞と、一部似た様な事を言ってみたんだけどな…
やはり選手ではない私では説得力に欠けるらしい。軽くいなされてしまった。

青峰君は身を起こし、私をじっと見つめた。

「…おめーさ、緑間の事が好き、なんだろ?」
『えっ…!??』

何をいきなり言い出すんだ!? この男は!???

「図星か。真っ赤だな」
『ちょ、』
「奴とのデートはどーだったんだ?」
『何で出し抜けに、そんな事訊くの!?』
「そんなん決まってんだろ。名前おめー、気付かなかったとは言わせねぇ」

青峰君は私に身体を近付け、私の左右に腕を突いて身を乗り出す。
いきなり顔が近付き、驚いた私は少しだけ頭を後ろに反らした。

青峰君は眼光鋭く目を細めた。
私は肉食獣に捕われた様な錯覚に陥り、身を固くし目を逸らす。

『何っ…!?』
「名前、緑間なんか止めて…俺と付き合えよ」

私は一瞬、頭が真っ白になってしまった。

『……は!?? えっ…!!??』
「おめー、俺の気持ち知ってて知らん振りしてたんだろ?」

私は彼の追求にぎくりとした。

『…っ!? 青峰君、性質の悪い冗談は…!』
「冗談…? おめーは酷ぇ奴だな」

そして彼は真顔で、更に私に顔を近付けた。
私は慌てて座ったまま後退る。

座った姿勢のまま上から迫られている状態なので、立ち上がって逃げる事は出来ない。
しかしそこは狭い階段室の上で柵などある筈もなく、後退りながら後ろに突いた私の手は空を切り、バランスを崩した。

『きゃっ…!?』
落ちる…っ!!?

下は屋上で高さはせいぜい三メートル弱だが、その高さでコンクリートに頭を打ち付ければタダでは済まない。

『……っ!!?』
「おーっと、危ねー!」

瞬間、私は青峰君に抱き締められる様に支えられていた。
私は落ちる恐怖に耐えかねて彼の肩に顔を埋め、背に腕を回してしがみついた。

「…全く無茶なヤツだぜ。ま、そんな所が俺は結構気に入ってんだがな」

青峰君は腕に力を込め、私に密着する様に抱き締めた。
そして私の耳に口を寄せ、ぽつりぽつりと語り出した。

「名前…練習試合の時、俺、絶好調だったんだぜ。誰も俺に追いつけなくてよ。
もう俺、敵無しじゃね?って。でも対戦校の奴等、誰もボール追わねーんだぜ?
諦めて動かなくなった奴等相手に、一人で点を入れても何が楽しいんだよ!?」

『…青…峰君』
「俺…バスケはしてーよ。それは今でも変わらねえ。
でも俺は周りのやる気を奪っちまう。俺は…どうしたら良いんだろうな?」

彼は寂しそうに笑った。

(俺を倒せるのは俺だけだ)

彼は、ああなってしまうのだろうか?
でも今の青峰君は…まだ、苦しんでいる。
私に何か出来るんだろうか?

彼が真に欲するのは好敵手。
それが満たせるのは―私じゃない。

私では力になれないのは分かっている。けど今の彼を突き放してはいけない。

緑間君の事が頭を過ったが、私はそれを振り払う様に瞳を閉じた。
今はきっと、青峰君は重大な岐路に差し掛かっている。
私は一体、どうしたら…?

「…名前…っ」
『青峰く…』

青峰君は私に顔を近付けた。
互いの唇が触れそうになったが、私は頭が真っ白になり動けなかった。
が、その時。

「苗字っ!!」

私の意識を貫いた声に、私は一瞬で我に返る。

どんっ!!

気が付いたら、私は青峰君を突き飛ばしていた。
支えが無くなった私の身体は宙に浮き、一気に背中から落下した。

一瞬、時間が止まった様に全てがスローモーションに見えた。
青峰君が青ざめて私の名を叫ぶ。

…ああ、私は…彼の言う通り、酷いヤツだ。
こんな―簡単に、縋って来た彼を突き放すなんて。

『ごめ…っ』

今更彼に何を謝罪するのか、そんな事を考える暇もなく涙が溢れた。

私はコンクリートの床に叩きつけられる衝撃を覚悟し目を瞑った。
しかし固い衝撃はなく、柔らかいものにぶつかった感触に驚き目を開けた。

「…一体何をやっているのだよ、お前達は…?」

私を抱き止めたのは緑間君だった。

緑間君は茫然としてる私を抱き抱えたまま、屋上から出て行こうとした。

「おい、ちょっと待てよ緑間!」

青峰君は梯子を下り、途中から身軽に飛び降りた。

「名前との話は、まだ終わってねえ!」
「部をサボってまで何の話をするのだよ青峰。お前の身勝手に苗字を巻き込むな!」

緑間君は私を下ろした。

「行くぞ苗字。全中前の大切な時期に遅れる訳にはいかないのだよ。青峰、お前もだ!」
「…チッ!」
『あ、青峰君っ…!』

私は後ろを振り向くが、緑間君が私の腕を掴み、半ば強引に引いて行く。
青峰君は私を見つめたまま立ち尽くしていた。

階段を下りながら緑間君が呟いた。

「苗字。…お前は…青峰の事を…」
『…え?』
「……何でもない、の…だよ」

緑間君は私の腕を離して俯き、大きな背を向けた。


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