キセキと勉強会(その2)
緑間君に背負われて帰宅した丁度その時、同じく帰宅した家族と出くわしてしまった。
父と兄は礼儀正しい緑間君を気に入った様だったが、母は不機嫌になっていた。
…ああもう、面倒臭いったら…!
休み時間、私は今日何度目かの溜息を吐いた。
だがそれとは別に、とんでもない爆弾が投下された。
「苗字さん、赤司君と付き合ってるって本当っ!?」
『は…?』
誰が誰と付き合ってるって?
『…………ええーーーーっ!!!!????』
口を開けたまま固まって反応も出来なくなった私に、クラスメイトの女子達は詰め寄った。
「これ学校中に拡散されてるよ!? デート中の激写!!」
目の前に突き付けられた携帯画像には、仲睦まじく寄り添っている風にしか見えない昨日の赤司君と私が写し出されていた。
私は慌てて違うと弁明するが、写真の効果は絶大で中々信じて貰えない。
と同時に教室の後ろの扉が荒々しく開かれる。
「苗字名前さんっている?」
三年の先輩方が固まって教室内を睨み回し、私と視線が合ってしまった。
『…っ!!?』
「ああ貴女よ。ちょっと話があるから来てくれる?」
―詰んだ。
『…はぁ』
兎に角、付き合って無いと事情を説明し、何とか先輩方にはお引き取り願った。
今日からは期末テスト一週間前なので、基本部活は無い筈だ。
疲れたから、今日はさっさと帰ってしまおう。
その時、携帯に着信があるのに気が付く。
赤司君からだ。
〔放課後、ミーティングルームに集まる様に〕
※※※
『…で、何故こうなるんだーーー!???』
「それはお前が籤で負けたからなのだよ、バカめ」
ラッキーアイテムを持たないからだ、等と相変わらず斜め上な説教を始める緑間君。
「すまない、苗字。やっぱり俺の家でやれば良かったかな?」
「名前ん家も結構デケぇよな。赤司ん家程じゃねーけどよ」
「緑間っちの家と同じ位っスかね?」
「綽名ちん、お菓子作ってー」
「紫原君、今日は勉強会ですよ?」
「名前ちゃん、いきなりお邪魔しても大丈夫なの?」
『一応知らせて許可は取ったよ。今日は母は友達と観劇とディナー、兄は大学サークルのコンパ、父は地方出張だから夜まで誰もいないけどね』
そう。今、私は自宅前にいる。
しかもキセキ達を全員引き連れていた。
これと言うのも…青峰君のせいだ!
彼が偶には別の場所でやってみよーぜ、と言い始め、籤引きで決めた結果、家になってしまった…
日帰りなのがせめてもの救いだけど。
私は彼等をリビングに案内する。
成績優秀者は青峰君と黄瀬君の勉強を見つつ、自分達の勉強もするスタンスだ。
青峰君はすぐに勉強に飽き、探検をしたそうにしては緑間君や赤司君に睨まれていた。
「名前、おめーの部屋見せろよ!」
「ダメだよ大ちゃん! 女の子の部屋になんて入ったら!」
「何でだ? さつきの部屋には俺、しょっちゅう入ってんぞ?」
「女の子には見せたく無い物もあるの! それに大ちゃんは、いつも漫画とか散らかして片付けないよね!?」
…別に期待される様な色気のあるモノなんて無いけどなー
『言っておくけどエロ本なんて無いからね?』
「何言ってんスか!?? あったらドン引きっスよ!?」
「お前等は一体、何の話をしているのだよ!?」
脱線してしまった状態を赤司君は冷徹に引き戻した。
「青峰、そろそろ次のページに移ろうか? この連立方程式を解いて」
「…チッ。わーったよ! って…何で式にバツが付いているんだ?」
「青峰君、それはバツじゃなく、エックスですよ!」
「そこから説明が必要なの〜? じゃあこっちの記号(Y)は〜?」
「……フトモモ?」
「大ちゃんサイテー」
うちのエース、マジで大丈夫なのか…?
暫く勉強した後、私は夕食を作ると告げて中座した。
私の後から手伝うと称して、緑間君と桃井さんがついて来る。
……ん? 待てよ…??? このメンバーって…
『今日のメニューはハヤシライスとサラダなんだけど…』
彼等の参戦によって、キッチンは阿鼻叫喚の修羅場と化した。
桃井さんはいきなりハヤシライスのルーをそのままフライパンで火にかけ出す。
慌てて止めに入る私の後ろでは、緑間君がジャガイモを手に取った。
おい、そこで何故火を点ける!?
『緑間君、ジャガイモにフォーク突き刺して炙らないでっ!!?』
「…む? しかし、βデンプンをαにしないと食用には適さないのだよ」
『理屈は合ってるけど、方法が違うよ!』
流石に一人で超弩級料理音痴を二人も相手にするのは無謀だ。
成す術も無く、私が白旗を上げようとした時、赤い髪の助け手が現れた。
「俺が手伝おう。桃井と緑間は勉強を見てやってくれ」
赤司君が神に見える…! って、料理出来るの?
私の視線に気が付いた彼は、笑みを零した。
「これでも一応、家庭科の基礎位は出来るつもりだ」
-緑間side-
…はぁ。こんな事なら料理をきちんと習っておくべきだったな。
体よく台所を追い出された俺は、エプロンを着けた赤司と一緒に台所に立つ苗字を見やった。
苗字は赤司を苦手にしていたみたいだが、こうして見ると仲睦まじい兄妹か恋人同士みたいだ。
青峰も彼等を見て鼻を鳴らす。
「マジ赤司って、出来ねぇ事ねーみてーだよな」
「苦手なのはお笑いくらいなのだよ」
俺は内心の不安と苛立ちを隠し、黄瀬の横に座る。
青峰の勉強は桃井と黒子に任せた。
「でもああしてるの見ると、まるで夫婦みたいっスねw」
ドゴッ!!
俺と青峰で同時に黄瀬の後頭部をド突いてしまい、黄瀬が半泣きで抗議する。
全く、コイツには「口は禍の元」と言う諺を教えてやらねばいかんな!
「ミドチン、夕飯のメニュー何ー?」
紫原が菓子を食べながら教科書を捲ってた手を止め俺に訊く。
「ハヤシライスとサラダなのだよ」
「あ〜?」
何故か紫原は不機嫌に顔を顰め、のっそりと立ち上がった。
「俺も手伝う〜」
-名前side-
赤司君はエプロンを着けていても麗しい。
優雅な手付きでサラダを拵えてくれてる。
「苗字、これで良いかい?」
『はい。盛り付けまで優雅ですね…って、いつの間に豆腐サラダに?』
「俺の好みだが。市販品でもこのクラスだと中々だな」
一方、手伝いに入ってくれた紫原君は、
「これ、要らないよね〜」
剥いて乱切りにした人参をシンクコーナーに落とそうとしていた。
私は慌てて彼の手を掴んで止めた。
『ギャー!!! や〜め〜て〜!!!』
「人参入れるなんて鬼畜だよ綽名ちん」
『普通サラダやハヤシライスには入れるでしょ?』
「ハヤシライスに人参は邪道〜」
ただ嫌いなだけだろうが!
…紫原君が手伝いに来た訳が分かった。
「紫原、好き嫌いは良くないよ」と赤司君が窘める。
空気が不穏な色を帯び始めた。
「はぁ〜? なら赤ちん、ワカメ入りサラダにしちゃうよー?」
「…紫原、良い度胸だな?…俺に逆らうのか?」
「いくら赤ちんでも…捻りつぶすよ?」
ひいぃ〜!! 料理中に包丁とキッチン鋏持って睨み合うの止めてー!!
私が引いていると、見かねた緑間君が入って来た。
「紫原、苗字を困らすのは止めるのだよ」
「何で赤ちんじゃなくて俺にだけー!?」
紫原君は唇を尖らせて抗議する。
「さっきまで綽名ちん困らせていたのはミドチンじゃん。
ねー綽名ちん、ミドチンのハヤシライスに納豆入れて良い〜?」
「何で納豆まであるのだよ…!!?」
『それ…家のストック…』
「好き嫌いは良くないよね〜?」
「ハヤシライスに入れる物ではないだろう!?」
「なら納豆サラダ〜」
「有り得ないのだよ!!」
紫原君は納豆のパック片手に、緑間君と睨み合う。
『ちょっと二人共…っ!?』
私は止めようと割り込んだが、躓いて二人の間に倒れ込んだ。
緑間君と紫原君が同時に手を出そうと動いた。
メキッ!
…何、今の音?
「苗字、大丈夫か?」
『…は、はい…すみません』
私は赤司君に正面から抱き止められていた。
そして私が彼等の方を振り向いたら、緑間君の頭に納豆パックが逆さに乗っていた。
「あ。ごめ〜ん…ミドチン」
さっきの軽い破砕音は、納豆パックが割れた音だったらしい。
紫原君が納豆パックを退けたら、破れた容器から納豆が糸を引いて緑間君の頭を伝い流れ落ちた。
※※※
緑間君は今、シャワーを浴びている。
シャツの肩にも少し納豆が付いてしまったので、私は兄のシャツを替えに持って来た。
洗面所のドアを開けた私は、あろう事か着替え中の緑間君と鉢合わせをしてしまい、驚いた拍子に足を前に滑らせた。
『わっ!? ご、ご免!!』
「おい…!?」
私は仰け反って倒れそうになる。
緑間君は咄嗟に左手を私の肩に回し身体を支え、右手を壁に突き体勢を整えた。
「お前は全く、そそっかしいのだよ…!」
『あ、あのっ、兄のだけど着替え持ってき…!?』
顔を上げた私は、眼鏡を外し濡れ髪で上半身裸の彼と、間近で目を合わせてしまった。
や…やばい…!
何か凄くイケナイものを見てしまった気分だ。
驚いた私は、危うく頭を後ろの閉めたドアに打ち付けそうになる。
緑間君は慌てて、庇う様に私の後頭部に手を当て抱き込んだ。
「バカ者! 何をやってるのだよ!?」
『…み、緑間君…っ』
私の頭は屈んだ彼の胸にギュッと押し付けられた。
私の耳に彼の速い鼓動が打ち付けて来る。
私は顔に熱が上がっていくのを感じた。心臓がバクバクと激しく脈打ってる。
「大丈夫か苗字、頭でも打ったか?」
『……っ』
「苗字…?」
彼は軽く首を傾げ、私の顔を覗き込んだ。
普段では見られない彼のその姿は、ぞくぞくする様な色気を纏っている。
私は呪縛にかかった様に動けなかった。
「顔が赤い…な」
『…緑間君、離し…て』
彼の瞳がスッと細まり、獲物を狙う様な鋭い光を湛えた。
「イヤなのだよ」
『……!!?』
私は動揺して目を見開いた。
彼は左手をゆっくりと私の頬に滑らせ、互いの息がかかる程近く顔を寄せた。
「…苗字…」
『緑間く…』
「このまま…動くな」
彼の低い声と甘い雰囲気に意識を絡め取られそうになり、私はギュッと目を瞑った。
その時、外から聞こえた青峰君の大声が、緑間君の動きを止めた。
「おい名前、おめーの母ちゃん帰って来たぜー!」
※※※
私は急いでリビングに戻った。
まだ先程の余韻で頬が熱い。…周りにバレたらどうしよう?
母は来客達を見て呆然としていた。
そういや勉強しに友人達が来る、としか言ってなかったっけ。
「…うっす」
青峰君に母がたじろいでいた。
そんな青峰君を窘め、桃井さんは彼に頭を下げさせ一緒に挨拶した。
黒子君のご挨拶には、母が悲鳴を上げていた。
紫原君と着替えた緑間君が挨拶を済ませ、続けて黄瀬君が如才ない笑顔で進み出る。
母は少し小首を傾げたが、キセリョと分かると目を丸くした。
「名前、友達って…モデルの子なの!?」
『うん。だからバスケ部の友達!』
「…バスケ部?」
最後に赤司君が出て来て、完璧な笑顔で挨拶した。
「こんばんは。お邪魔してすみません。赤司征十郎です」
あ、母が固まった。