牽牛の夢・織姫の夢
-緑間side-
夢の中で俺は誰かを待っていた。
『緑間君!』
呼ばれて振り向けば、不思議な衣装を身に着けた苗字が立っていた。
不思議な、と言うのは古代中国や日本で言う所の奈良時代風。
俺がそれを口に出すと、苗字はクスリと笑った。
『緑間君も同じ格好だよ。それ、とても似合っている』
言われて自らを見下ろせば、俺も同じ時代風の衣装を身に着けていた。
まあ細かい事は良いのだよ。
それよりもラッキーアイテムを所持してない方が気になる。
宙を彷徨った俺の手は、ふわりと優しく包み込まれた。
苗字の華奢な手が俺の手を捉える。
『行こう!』
どこに行くのか知らないままに、俺は微笑み彼女の手を取った。
途端に俺の手の中の柔らかな感触は消え去り、眼前に茫漠たる星の海が広がった。
「苗字っ!?」
「義務を果たさねば逢瀬は叶わぬ」
後ろから聞こえた声に驚いて振り向き、俺はそいつを見て息を飲んだ―
※※※
-名前side-
私はボーっとテレビを見ながら朝食を食べていた。
先日の赤司君達の件で母がやけに機嫌が良い。
でも期待されても困るから、他の子達と一緒に来ただけだと一応説明はしたけど、頭に入っているのかな?
テレビの番組は、おは朝をやっていた。
蟹座のお告げは「夢は警告、気を付けて…!」だった。
『…夢?』
何か夢見たっけ…?
朧気ながら緑間君が出て来た様な…? 気のせいかな?
小首を傾げて思い出していたら、突如洗面所での記憶が蘇った。
(このまま…動くな)
…あの妙な雰囲気は一体何だったんだ…?
それに夢でまで緑間君を見るとかもう重症だ。
私は家族の不審気な視線を他所に、熱くなる頬を誤魔化す様に紅茶を煽った。
実は私は勉強とは別に、秘かに進めている作業がある。
部活仲間と、緑間君の誕生日会をサプライズで開く為に必要な物だ。
彼の夢を見てしまったのは、そのせいかもしれない。
今日から期末試験が始まる。
※※※
学校に着き、教室に向かう途中で青峰君と会った。
互いに挨拶を交わした後、眠そうな青峰君が愚痴を零す。
「赤司の野郎が電話を寄越しやがった。赤点だけは死んでも取るなってよ。死んだらバスケ出来ねーじゃねーか!」
『そこ…? 赤司君は心配してるんだよ。エースが出れないと困るもんね』
「おめーは良いよな。ベンキョー出来んだからよ。テストの時だけで良いから、その頭取り換えてくれよ」
『やだよ! 試験の時もバスケとオッパイの事しか出て来ない頭なんて!』
「てめー、俺の事そんな風に思ってんのかよ!? …大体当たっているけどな!」
『当たっているんかい!?』
「青峰、苗字! 朝からふ、ふしだらなのだよ!」
後ろから聞こえた不機嫌な声に、私は跳ね上がる心臓を抑えつつ振り返った。
思い出すな! 平常心だ、平常心!
『緑間君、おはよう!』
「おはよう苗字。ラッキーアイテムは持って来てないのか?」
『炊飯器…だったよね? まだ家のは中身入ってたし』
「おめーはぶれねーなw」
「赤点取ると補習が合宿の日程に被るのだよ青峰。せいぜい頑張るのだな」
「ったく面倒臭え…」
緑間君に緊張してしまったけど、青峰君のお陰で何とか紛れそうだ。
テストが終わり、私は帰り支度を始めた。
さっさと帰って、勉強と…アレをやってしまいたい。
その時、緑間君に声をかけられた。
「苗字、図書館で一緒に勉強して行かないか?」
『…えっ!?』
ど、どうしよう?
図書館なら周りの目もあるし、彼は勉強には真面目だし、変な事にはならないとは思うけど…
でも二人きりを意識してしまうと、私の心臓がもたない。
きっと勉強どころではなくなってしまう。
『えっと…明日の教科書もノートも家にあるから』
「俺が持っている。一緒にやればいいだろう」
一緒に…?
一つの教科書を頭を近付けて一緒に覗き込んで…!??
そんな事したら顔が近付いたりして更に意識しちゃうじゃんか…!!
『ごめん! 家で一人で勉強したいの!』
「…そうか。無理に引き止めて悪かったな」
『ううん。誘ってくれたのは嬉しかった。じゃあね!』
「…ああ」
断った時、彼が傷付いた様に悲し気に眉を顰めていた。
その表情を見た時、私の胸の奥にチクリと痛みが走った。
…一緒にいたいけど…やらなきゃならない事があるから。
私は未練を振り切る様に、足早に教室を出て行った。
家で、私は早々と勉強を終えると、早速作業に取りかかった。
まだ半ば位までしか進んでいない。
早くしないと間に合わなくなる。
夜22:30頃に傍らに置いていた携帯が鳴り響いた。
私はビクリと飛び上がり、危うく手の中の物を落としそうになった。
緑間君からだ。
『…どうしたの?』
「明日は物理と化学と英語だな。苗字の事だから、まだ勉強しているのだろう?
だが、そろそろ寝た方がいい」
『うん。支度は終わっているよ。今日はご免ね? 折角誘ってくれたのに』
「いや…苗字」
暫く間があった。…どうしたんだろう?
『緑間君?』
「…おは朝をちゃんとチェックするのだよ。ではな…おやすみ」
電話先の柔らかで低い声に、どうしようもなく胸がときめいてしまう。
『おやすみなさい。明日ね』
「…ああ」
明日、と言える今がとても幸せな事だと思いながら、私は眠い目を擦り作業を続けた。
※※※
次の日、枕元に置いた携帯が鳴り出した。
『…ん〜あと五分…』
目覚ましアラームの音じゃない、着信音だ。
私はイヤイヤながら寝惚け眼を開いた。
『…はい』
「おはよう苗字。まだ寝ていたのか?」
『ふぇ? 何で緑間君…?』
「準備は出来ているのだろう? おは朝の時間に間に合う様に支度するのだよ!」
電話を切って、私は首を傾げた。
今まで、彼からモーニングコールまでされた事なんてなかった。
彼がここまで私に世話を焼く意味が分からない。
定期考査で心配なのは、むしろ青峰君や黄瀬君だ。
私はいつも成績上位者だし、緑間君と並ぶ事もある。赤司君には敵わないけど。
今日の蟹座のラッキーアイテムはサングラスだ。
やはり試験中置いとくには、無駄に怪しい代物だ。
もうちょっとおは朝も、試験中の学生の事を考えて欲しいものである。
緑間君は教室で待ち構えていた様にサングラスを二つ手にしていた。
「持って来たか?」
『一応ね』
私は兄から借りたグラスを掲げた。
だが緑間君は不満気に鼻を鳴らした。
「それは所謂ファッショングラスと言う代物だ。
色が付いているだけで紫外線を遮る機能は果さないのだよ」
彼は私にサングラスを寄越した。
『随分と細かいのね』
「ラッキーアイテムは正確に用意する物なのだよ。これを使え」
かくして私の机の上にはファッショングラスとサングラスが並んでいる、ある意味、緑間君の机の上より珍妙な光景になってしまった。
今日も無事に試験が終わった。
彼にお礼を言ってサングラスを返した時、彼は私をじっと見詰めた。
「苗字」
私は恥ずかしくて視線を外し、俯いた。
彼は私の手首をそっと掴んだ。
『な、何!?』
「これをやるのだよ」
彼は私の手の平に鉛筆を一本落とし込んだ。
『!?』
「俺特製の湯島天神のコロコロ鉛筆だ」
『…あ、ありがとう?』
「人事を尽くせ。では、な」
私は何が何やら分からぬままに、ぼんやりと去る緑間君の背中を見送った。
「…それ、苗字さんも貰ったんですね」
いきなり背後から黒子君が出現した。
『わっっ!!?? 吃驚した!』
「すみません。それは苗字さんに必要無いと思ってました。
最近の緑間君は些か苗字さんに対して過保護ですよね」
過保護…? そうかもしれない。
でも何故そうなっているのかが分からない。
「このテストが終わったら、すぐ買い物に行かなければなりませんね。…で、準備は進んでいますか?」
『かなり進んだけど、まだ残ってるね。四分の一位かな?』
「大変そうですね」
『細かい作業は別に嫌いじゃないから。出来上がりを考えたら楽しみだし』
「僕も楽しみです」
私のやっているのは根気のいる作業だ。
テスト勉強と両立させるのは大変だけど…
それでも、この様に楽しみにしてくれてる人がいる。
緑間君も喜んでくれると良いな。
赤司君立案の、緑間君の誕生日を祝うサプライズ計画は着々と進行していた。
※※※
次の朝、試験は漸く最終日。
私は眠い目をこすりつつ、教室に足を踏み入れる。
「おはよう、苗字」
『…ふぁ…っ、おはよう緑間君。モーニングコールありがとね』
実は完成間近だったので、ついつい夜更かしして作業し、気が付いたら夜中の3:00を超えていた。
緑間君からのコールが無かったら、目覚ましが鳴っても寝ていたかもしれない。
今日のラッキーアイテムは確か目覚まし時計だっけ。
私は目覚まし時計を取り出し机の上に置いたが、それを見た緑間君は怪訝そうに眉を顰めた。
「何故、短針が無いのだよ?」
『……へ?』
よくよく見ると、短針が外れてアクリルカバーの下に落ちていた。
そういや、寝惚けながら止めた時にサイドチェストから落っことしたな…
今日のおは朝のお告げは「蟹座、とんだポカに注意!」だった。
今日のテストは一応得意な国語と古文と歴史だ。
眠いけど大丈夫だろう…きっと。
二時間目のテストまでは何とか熟せた。
あと一つだけで定期考査は終わる。
気を抜いたら眠ってしまいそうな頭を何とか叱咤しつつ、解答欄を必死に埋めた。
得意だから答えは分かるけど…やたらと解答欄の数が多い。
最後の一問を埋め終り、私はそのまま寝落ちした。
私は妙な古代風の服を着て座っていた。
その目の前には赤点のテスト用紙。名前欄には私の名。
『何で!?』
「人事を尽くさぬからだ」
突然の声に驚いて顔を上げれば、同じ様な古代服に身を包んだ緑間君が立っていた。
『緑間君…!?』
「このままでは俺達は引き裂かれてしまう。早く戻れ苗字」
『待って…!!』
私の伸ばした手は空を掴み、緑間君の姿は闇に融ける様に消え去った。
残るは一面の星の海。
私は成す術も無く立ち竦んだ―
ジリリリリリ…
私の意識を引き戻したのは、ベルの音だった。
目の前には解答用紙。
『…は!? 試験終わり!?』
私はキョロキョロと辺りを見回した。
「こら緑間!」
「すみません。スヌーズがかかっていて…」
鳴っていたのは緑間君の目覚まし時計だった。
まだ終わり時間まで20分位はある。
私は寝惚けた頭で解答欄を見返し……
『げっ!?』
とんでもないポカに気付き、慌てて書き直し始めた。
「『…はーーーっ、終わったー!!』」
私と青峰君は同時に盛大な溜息を吐いた。
青峰君は後ろで時計が鳴っていても熟睡していた。流石だ。
『緑間君、ありがとね!』
「…? 何が、なのだよ?」
『そのラッキーアイテムの目覚まし時計! おは朝って凄いねー!
それで起こされなかったら、解答欄が一つずつずれていたのに気が付かなかったよ』
「なっ…!??」
『ギリギリで何とか間に合ったかなー』
「だから言わんこっちゃないのだよ…!! 聞いているのか苗字っ!!」
私は緑間君に説教されてしまった。
それを見ていた青峰君は苦笑混じりに論評する。
「何かよー、名前って結構危なっかしい所あるよな。
緑間が世話焼きたくなるのが分かるよーな気がするぜ」