全中始まる
いよいよ全中だ。
私達は会場に向かうバスに揺られていた。
「何だかワクワクするっスね!」
「黄瀬は初めてだからな。テツもか」
「…僕は緊張してます…!」
「黒ちんお菓子食べる〜?」
「紫原君、頭を撫でるの止めてください」
「だって撫でやすい位置にあるんだもんー」
「少しは緊張感があった方が良いのだよ」
緑間君の隣の赤司君は苦笑している。
私は隣の桃井さんに話しかけた。
『さつきちゃんは去年は来たの?』
「ううん、私も初めてだよー。去年は先輩が行ったから」
今年は彼女が帯同マネージャーだ。
そして私はサブマネージャー&トレーナーとして参加する。
真田コーチがマイクを手に取った。
「もうすぐ会場に着くな。会場に着いたらすぐに着替えて開会式だ。それから宿に向かう」
※※※
開会式が終わり、私は客席を立った。
ロビーでメンバーと合流する予定だったのだが…
「帝光だ」
「あの子も帝光生?」
「マネージャーかね?」
私のジャージは周りの人達の目を集めてしまっていた。
帝光ブランド恐るべし。
そして私の行く手に、軽薄を具現化した様な若い男が立ち塞がった。
「ねぇねぇ君マネージャーだろ? 帝光レギュラー選手達の事、教えてくれないかなー?」
話し方まで見た目通りだ。
私に取材してどうしようと言うのか?
『それなら直接彼等に訊くのが良いと思いますが?』
その男はチッチッと人差し指を立てて振った。
「彼等自身からじゃなくて、普段の彼等の素顔を知りたいわけ。ほら、面白い趣味があるとか意外な弱点とかさぁ。
メンバーの一人はモデルのキセリョじゃん? 付き合っている娘とかいるの?」
その男はボイスレコーダーを向けて来た。
確かにキセキ達は面白い人だらけだけど、生憎通りすがりの軽薄男にペラペラ喋る気にはなれない。
私は無言で横をすり抜けようとしたが、彼に腕を掴まれた。
『何をするの? 離してください!』
「無視しないでよー。そんなに嫌がらなくていいじゃん?」
男は私の腕をぐいぐいと締め付け引き摺った。
「彼等も取材陣に囲まれてるよ。君も協力くらいしてくれても良いと思うけどなぁ」
『痛い!! 放してっ!』
「嫌がっているのに、無理強いは良くないと思います!」
『黒子っ!!』
いつの間にか、黒子君が私の後ろに立っていた。
「おわぁっ!?? どこから湧いて出たテメー!??」
いつも弱い黒子君だけど、こんな時は凛々しくて頼りになりそう…な気がする。
「はぁ!? 取材の邪魔すんなよ!! って帝光ジャージ着てやがる!? いや冗談だろ、コスプレは引っ込んでろ!!」
コスプレだと思われてるんだ…?
私はよろけそうになったが、踏み止まる。
『彼はれっきとしたレギュラーよ!! 失礼な事言わないで!!』
「レギュ…!?? 嘘だろ!?」
「そうそう、俺らのチームメイトをバカにすんのは止めろよ?」
「どうせ下劣なゴシップでも期待してるんだろう。答える価値も無いのだよ」
青峰君は黒子君の肩に腕をかけ、緑間君は記者を睨んでいた。
中学生でも身長の高い彼等が凄むと、かなりの迫力がある。
さらに黄瀬君と紫原君が出て来て並び立つ。
「あんまりしつこいと女の子にモテないっスよ?」
「ねー、赤ちん、コイツ捻り潰していい?」
紫原君が振り向いた後ろから、赤司君が余裕ある足取りで出て来た。
「取材は公式にお受けしておりますから、そちらからどうぞ。マネージャーに乱暴しないでください。どこの記者ですか?」
彼の口調は柔らかだが、有無を言わさぬ迫力がある。
記者は怯み、私を解放して逃げ去った。
※※※
-黒子side-
リーグ初戦と二戦は問題なく勝ちました。
ただ、すごくプレッシャーがきつくて、試合に出てない僕も気疲れしてしまいました。
今はお風呂でゆっくりリラックスタイムです。
三年の後、二年が順番に入っています。
ここのお風呂は豪華で、露天風呂まであります。
今、赤司君だけはコーチと打ち合わせしているので、入るのが後になるそうです。
僕らは早速、露天風呂を満喫しています。
で、青峰君が黄瀬君を引き込み、何やら不穏な気配です。
「ちょ、青峰っち! 何やっているんスか!?」
「黄瀬! 女子大生が入ってんぞ!? 見に行こうぜ♪」
「見に行くって…ここ、混浴は無いっスよ?」
「そりゃおめー…見に行くっつったら覗きに決まってんだろ、おい紫原、ここ来て屈め!」
「えー、ヤダよ、面倒くさー」
紫原君はボーっとお湯に浸かっています。
流石にお菓子は持って来てないみたいです。
「…ま、まさか青峰っち、肩車してもらうつもりっスか!?」
緑間君はヒヨコの玩具を浴槽に浮かべています。
「青峰やめろ!! 破廉恥にも程があるのだよっ!!」
「そりゃ紫原っちの肩車なら良く見えるだろうけど…高過ぎで向こうからも丸見えになるんじゃないっスか!?」
「チッ! それもそうだな。おいテツ、ミスディレクション使え!」
「ミスディレクションはその為の技ではないのだよ!!!」
…緑間君が先に言ってくれて助かります。
どう使えと言うのでしょうか?
青峰君が壁を調べている内に、何やら見えるポイントを発見した様です。
「お、丁度良い所に孔があるぜ! あっ、名前が入って来た」
「何だと…!!?」
「…名前って、思ったより良い身体してんじゃね? 色白ぇし、良い胸の形してんな。…先は薄茶がかったピンクだし」
「そこまで見えたんスか!? 青峰っちだけズルいっス!!」
「青峰っ!!!」
青峰君は真っ赤になって怒り出した緑間君を引き摺り込み、孔に顔を押し付けてます。
「ほらオメーも見てみろよw」
「止めるのだよ青峰っ…!! ……っ!???」
無理矢理覗かされた緑間君は目を大きく見開き、孔から視線を外し青峰君を睨みました。
「へっへーw そこ、丁度植え込みで見えないんだよな。残念でしたー!」
「青峰ぇっ…!!」
からかわれている緑間君の声が怒りに震えます。
あ、緑間君が青峰君を後ろからホールドしました!
青峰君がギブギブ言いながら腕を叩いています。
でも眼鏡かけてない緑間君は、植え込みが無くても見えないと思います…
あ、女子風呂から声がしました。
「ふぁー、露天風呂だぁ!」
『思ったより広いねー』
桃井さんと苗字さんの声です。
今まで暴れていた彼等はピタリと静まりました。
『他の人達が内風呂に戻っちゃったから、まるで貸し切りみたいね』
「男子風呂が騒がしかったとか言ってたね。…まさか」
明らかに僕達の事を指してます。
緑間君は青峰君をそっと解放し、青峰君は音を立てずにゆっくりと塀から遠ざかります。
「名前ちゃんって、色白くて肌綺麗だよねー」
『さつきちゃんの方こそ、その反則ボディ羨ましいよ』
「ちょっと触っていい?」
『えっ…あっ、ちょ…きゃっ!?』
「キャー柔らかーい! 気持ち良いー! 先っぽもサクランボみたいで可愛い!」
『あん! コラ揉むな! ずるいさつきちゃんばっかり! 私にも触らせろー!!』
「いやーん! くすぐったーい!」
女子風呂からは賑やかな笑い声と、お湯の跳ねる音が混じって聞こえてますが、男子風呂はシーンと静まり返りました。
「…いいなー混ざりたーい」
と紫原君は、のんびりとした口調で言ってますが、意味が分かっているのでしょうか?
「…くっ、やっべ…!」
「マジヤバいっス…!」
青峰君と黄瀬君は真っ赤になって、屈んで股を押さえています。
…あ! 緑間君は鼻を押さえた手の間から血が滴っています。
流石に刺激が強過ぎたでしょうか?
その時からりと戸が開いて、内風呂から赤司君が出て来て不思議そうに首を傾げました。
「やぁ皆。…どうしたんだい?」
※※※
-名前side-
お風呂から出たらメンバーにマッサージするようにと言われ、私は片っ端からマッサージをしていた。
流石に、試合に出た十名以上を続けてやるのはしんどい。
しかし三年生はいつも通りだが、キセキ達の様子がどうにも変だ。
黒子君は挙動不審、紫原君はアイスを手にして、溶かしたままボーっとしている。
赤司君もさり気なく視線を逸らしている。
緑間君は「のぼせたのだよ」と、鼻に綿を詰め込みベンチに寝ていた。
『緑間君、大丈夫?』
「…大した事はない。……だが苗字」
彼は顔を顰め、鼻を押さえた。
「公共の風呂で、あの様な悪ふざけをするな! いくら同性同士でも破廉恥なのだよ!!」
『風呂…って、まさか聞いていたの!?』
恥ずかしさに、みるみる私の頬が熱くなる。
「あれだけ大声なら、イヤでも響いて聞こえるのだよ!」
黄瀬君と青峰君は、私の顔を見るなり真っ赤になった。
私は彼等に恐る恐る訊いてみた。
『もしかして…さつきちゃんとの"アレ"聞こえてた?』
「…聞こえてたなんてもんじゃねーぜ、生殺しかよ! くっそ、やっぱ紫原に肩車させれば良かった…っ!」
『ちょっとちょっと…!』
「おかげで男子風呂はエライ事になったっス…」
『えっ?』
私が首を傾げると、青峰君は黄瀬君を後ろから蹴飛ばした。
「余計な事言うな黄瀬!」
「わー! すんませんっス!! 男だけの秘密っス!!」
…何があったんだろう?
『それって…?』
「苗字、三年が終わったら俺達のマッサージも頼むよ」
『あっ、はい!』
赤司君にサラリと阻止されてしまい、結局それ以上の追及は出来なかった。
※※※
私は今、青峰君の身体をマッサージしている。
『…いつもよりガチガチだね』
「流石にプレッシャーで緊張しちまったからな。いつも以上に疲れたぜ」
『皆、筋肉が固くなってたよ』
「まぁな…でも俺、結構楽しみにしてんだ」
青峰君は不敵に笑った。
『ふふっ、らしくなったね』
「今日な、上崎中のヤツに会ったんだ。アイツとは去年、かなりやり合った。今年も楽しみだぜ」
『上崎中って…? 確か明日の―』
「一回戦で当たるだろ! 俺、PFの井上に負けねーよ、って言って来た。早く奴と勝負してーな! ワクワクすっぜ…!」
以前、彼は周りのやる気を奪ってしまうと悩んでいた。
今は黒子君が引き戻してくれて、楽しそうにしているけど…結果的に彼がグレてしまうのを私は知っている。
きっと…これは一筋縄ではいかないのだろう。
でも今は、楽しそうに話す彼に変わらないで欲しい、このままの彼でいてほしい、と心の底から願った。
※※※
私はマッサージを終えた後、桃井さんのスカウティングの手伝いをしている。
と言っても、殆どの作業は終えていたので、最終確認を一緒にしているだけだ。
今は上崎中と帝光中の去年のDVDを見返していた。
『この人が井上さん? …へえ。確かにいい勝負だね!』
「そうね。…でも上崎中にはまず負けないと思う」
『彼等も当然成長はしてるだろうけど、青峰君や他メンバーの伸びっぷりヤバいもんね』
「…うん、そうなのよ。私の分析によると、彼等は伸びても帝光にはきっと敵わない」
その時ドアがノックされた。
「あれミドリン?」
「すまない桃井。苗字、デスクライトはあるか?」
『ううん。何故?』
「なら明日これを持って行くのだよ」
彼は私にデスクライトを渡した。
『…これは?』
「蟹座のラッキーアイテムだ。俺のは既にある。これはお前の分だ」
『どこから持って来たのよ…?』
つか、これを会場に持って行けと申すか?
私は途方に暮れたまま、デスクライトを抱えて彼を見上げる。
「明日もまた人事を尽くすのだよ。…お休み、苗字」
『……っ!』
ふわりと微笑んだ彼があまりにも綺麗で、私は思わず見惚れてしまった。
私は彼が去って行くのをぼーっと見詰めた。
そして桃井さんに肘で突かれて、やっと我に返る。
「ふふ〜ん?」
『な、何っ!?』
「ミドリンと良い感じだねー? …もしかして付き合っちゃったりしてるの?」
『つ、付き合ってないよ!』
「本当? 良い感じなのになー? ミドリンも名前ちゃんには、あんなに優しく笑うんだねー?」
傍から見たら、そんな風に見えるのかな?
「わざわざラッキーアイテム持って来てくれるなんて、ミドリンもやるじゃない?」
『何だかんだ言って優しいよね、緑間君』
「名前ちゃんも満更じゃなさそうね」
『いやあの』
「まだ夜は長いよ? ちゃんと話聞かせてもらうからね?」
彼女からの質問攻めを何とか躱そうと、私は黒子君の方に話を転じたが、この作戦は失敗だったかもしれない。
更にエキサイトした彼女とのガールズトークは夜半まで続いてしまった。