If-帝光編(二年)


ひび割れた歯車


次の朝、私は部屋のテレビを点け、欠伸を噛み殺しながら、おは朝を観ていた。
昨夜のガールズトークは深夜にまで及び、私はやや寝不足気味だ。
桃井さんは洗面所で身支度している。

『蟹座は三位か…』
《今日の最下位は乙女座のあなた! がっかりする事が起こるかも!?
ラッキーアイテムのフライパンで不運をぶっ飛ばせ!! では今日も元気に行きましょう〜!》

乙女座は…青峰君だ。

食堂に行ったら、フライパンとデスクライト持った緑間君が青峰君に話しかけていた。

「青峰、今日はこれを持ってろ」
「あん? 何だこりゃ?」
「見て分らないのかバカめ。フライパンなのだよ。ホテルの厨房から借りて来たのだよ」
「はぁ!? ふざっけんなよ!! こんなん持って行けっか!!」
「今日の乙女座は最悪の運勢なのだよ」
「俺は占いなんざ信じねぇ」

私と桃井さんは彼等の元に向かった。

「二人共、何揉めてるのー?」
『フライパン位持って行けば良いじゃん?』
「テメェ名前! おめぇまで緑間の肩を持つのかよ!? こんなん持って行ったら、井上達に笑われんだろ!」
『でも青峰君の…わっ!?』

彼は私の腕を掴んで引き寄せ、私の耳に口を寄せて囁いた。

「俺がおめぇに、占いが悪いくれぇ屁でもねぇって事を見せてやんよ。緑間はこれ返しとけ!」
「むっ…!? フライパンを投げるな! 危ないのだよ!!」
「るっせ、占いならテメェだけでやりやがれ!」

※※※

私は上崎中の試合を客席から観ていた。
大方は、昨夜の桃井さんのスカウティング通りに進んでいた。
帝光中は予想通り…いや、予想以上の活躍をしていた。
だが上崎中の選手達のモチベーションが目に見えて落ちていき、仕舞いにはボールを追う事すら放棄してしまった。

淡々と帝光の選手達が一方的にひたすら点を積み重ねる。
会場には白けた空気が漂い始めた。

今まで帝光との力の差に絶望して投げやりになった他校チームはあった。
だがそれは地区予選の話で、全国区でここまで露骨な試合放棄されたのは初めてだった。

私は先日の青峰君の嬉しそうな表情を思い出した。

青峰君、あんなに上崎中との試合を楽しみにしていたのに…
あの未来は変えられないの…?

黒子君の拳に青峰君は拳を合わさず、何かを話して背を向けた。

試合は169vs81で帝光中が圧勝した。

私は席を立ち、重い足取りで彼等の控室に向かう。
廊下で上崎中の選手達と行き会った。
彼等は皆、重苦しい中に無気力と諦めが混ざった様な表情をしていた。

彼等とすれ違った時、私の爪先が軽い何かを蹴った。

『……?』

拾い上げてみたら、それはスポーツタオルだった。
彼等の落し物かもしれない。

私は彼等の背中に声をかけた。
彼等は振り向き、私のジャージに目を止めると顔を露骨に顰めた。

「あんた、帝光の…!?」
「俺達に何の用だ? わざわざ笑いにでも来たのかよ!?」
『そうじゃなくて…これ、落としましたよ?』
「…ああ」

彼等は私の手から乱暴にタオルを引っ手繰り、手を離すのが一瞬遅れた私は、引っ張られ体勢を崩して転んでしまった。

『きゃっ!?』

彼等は決まり悪げに顔を顰め、捨て台詞を吐いた。

「チッ、ドンくせぇ女!」
「さっさと手ぇ離さねーからだ」
「行こうぜ」

「…待てよ!」

低い凍り付く様な声に、彼等は足を止める。
仁王立ちになった青峰君が彼等を睨みつけていた。

「あ、青峰っ…!?」
「テメーら!! コイツに何してんだ?」
「俺達は何もしてねーよ!! コイツが勝手に転んだだけだろ」
「待てよ、また逃げんのか!?」
「ああそうだよ!! オメーみてーな化けモン相手じゃ、こっちの身がもたねーよ!」
「井上…てめぇ!」

井上君に掴みかかろうとした青峰君の腕に、私はしがみ付いた。

『ダメだよ!! 暴力振るったら、試合に出られなくなっちゃうよ!!』
「名前…」
『さっきのは私がドジっただけだから、ね?』

青峰君は私を暫くじっと見ると、やおら手を私の頭に乗せ、勢い良く髪をぐちゃぐちゃに掻き回す。

『ちょっと、青峰君っ!?』
「…怪我、してねーな?」
『それは大丈夫!』
「ふん、そうかよ。なら俺は行くぜ」
『えっ、どこに? 次の試合もうすぐじゃ?』
「野暮用。試合には戻る」

私は青峰君の背中を見送りながら、言い知れぬ不安が心を浸していくのを感じた。

確かに、原作通りに彼は変化しつつある。
これから何があるのだろう?

次の試合は30分程後だった。
全中の試合スケジュールはタイトだ。

相手は矢野工業。
青峰君は投げやりにすら見える荒いプレイをしたが、一人で40点もの点を入れた。
でもその表情には笑みは無く、冷たい凄味を宿していた。

『青峰君…』

私は痛ましい思いで試合を見やる。
誰よりもバスケが好きな彼が、あんな試合をするなんて。

そして黒子君もまた、調子を崩していた。
連携が崩れ、しばしばミスを連発している。

不穏さを孕みながらも50点以上の大差を付けて帝光が勝利した。

※※※

宿舎に戻ったが、帝光は勝利したにも関わらず、メンバーの間には微妙な空気が流れていた。
青峰君はピリピリとして不機嫌に押し黙り、黒子君は打ち沈んでいた。

監督が、彼等には励まし慰め等はせずに普通に接する様に、との通達を出したので、表面上は皆何事も無かったかの様に振る舞っている。

「宜しく頼むのだよ、苗字」
『そこにうつ伏せになってね、緑間君』

私は宿舎で彼等のマッサージをしていた。
後は緑間君と青峰君とで最後だ。

流石に連日一日二回戦が続いているので、彼等の疲労もピークに達している。

『後は準決勝と決勝戦だね』
「そうだな」
『…監督は、ああ言ってたけど、青峰君と黒子…そのままにしてていいのかな?』

緑間君は暫し考えてから口を開いた。

「……あれは当人達の問題で、本質的に解決するのは少なくとも今は無理なのだよ。
傍のお節介でどうにかなるものじゃないし、監督の言う様に逆効果になりかねん。
監督には考えがあるらしいから、それに任せた方がいいだろう」
『…それもそうね』

でも未来の彼等はああなってしまう。
白金監督でも上手く行かなかったのか…?

私の知ってる未来は結末だけだ。

青峰君はバスケに絶望し、他のキセキ達もチームプレイをせず勝利至上主義に走り、黒子君はバスケから一時離れた。

私が知っているそこに至る道は、あちこちが欠けたジグソーパズルの様な虫食いの穴だらけ。
徐々に埋まっているけど、きっと、まだそれは始まったばかりなんだろう。

未来の一部を知っていても、私には何も出来ないのだろうか?

「苗字? 疲れたか?」
『ううん、そうじゃない』
「そうか。…奴等の事であまり思い悩むな」

緑間君は優しい。
私に対して、そうとは知らなくても何かを感じ取っているみたいだ。

私は頭を軽く振って意識を切り替えた。
今は彼の疲れを少しでも癒す事が私の仕事だ。

私は彼の腕を解し、引き締まった逞しい肩をゆっくりと揉んだ。
そして彼の腰に股がり、背中のツボを順に押していく。

『どこか痛い所とかは無い?』
「大丈夫だ。寧ろ気持ち良い位なの…だ、よ…」
『緑間君?』
「………」

彼の声が途絶えた。
私は上から彼の顔を覗き込む。

「すー…」

彼は、そのまま寝落ちしていた。

『ふふ…お疲れ』

私は微笑み、愛しい気持ちを込めて、彼の頭をそっと撫でた。
綺麗なサラリとした髪が、私の指に絡み滑っていく。

マッサージは専用室でやっているが、その時ドアがほんの少しだけ開いていた。
私が気が付いた時には、遠ざかる走る足音が聞こえたが。緑間君の寝息を聞きながら暫く待っても、青峰君は来なかった。

『どうしよう? 遅いなぁ…携帯取りに戻って呼んだ方が良いかな?』
「……ん」

緑間君が目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。

「俺は…眠っていたのか?」
『少し。10分位だよ。良く眠っていたね?』
「ああ…苗字の手が気持ち良くてな」
『……っ!?』

私は、まじまじと自分の手の平を見て緑間君に視線を移した。
彼はふっと微笑んだ。

「お陰で楽になった。…ところで青峰は?」
『まだ来てないよ』
「あいつは一体何をやっているのだよ…?」

そして最後の番の青峰君は、とうとう姿を現さなかった。

※※※

最終日の準決勝も勝ち進んだ。
青峰君は今度は一人で51点も得点した。

青峰君はますます凄みを帯びて来た。
次はいよいよ決勝、相手は鎌田西中だ。

私は一人、自販機で買った飲み物を持ってロビーを歩いている。

『…あ』

私は向こうから来た二人組を見付けた。
少しつり目気味の少年達は同じ顔をしていた。
彼等は鎌田西中のユニフォームを着ている。次の相手校の選手達だ。

『双子…?』

私が彼等に気を取られて立ち止まった時、後ろから来た人が私の背に軽くぶつかり、その拍子に私はペットボトルを落としてしまった。
ペットボトルは双子達の足元まで転がって行く。

その時、双子の一人がペットボトルを踏み、体勢を崩した。

「うおっ!?」

咄嗟に彼は、くるりと後ろ向きに転がり一回転すると、何事も無かったかの様に立ち上がった。見事な受け身だ。
私は慌てて駆け寄った。

『す、すみません! お怪我はありませんか?』
「大丈夫。はいこれ君のだろ?」
『ありがとうございます』

もう一人も声をかけて来た。

「君、帝光のマネ?」
『はい』
「ふーん。…まぁお互い、頑張ろーぜ?」
『はい、宜しくお願いします!』

いよいよ決勝戦だ。
帝光は危な気無く着実に点を積み重ねていく。
いつもと同じ様に勝利すると思っていた。…この時までは。

さっきの双子もレギュラーで出ていた。
彼等は桃井さんのスカウティングでもデータが無かった。

『…またファウル!?』

黄瀬君や青峰君が次々と双子達にファウルを取られていく。
赤司君や緑間君は慎重なプレイでファウルを避けているが、そのせいで思い切った動きが封じられていた。

今大会、初めて帝光が追う展開となった。
まだ前半戦なのに青峰君は4ファウル、黄瀬君は3ファウルも取られてしまっていた。

あの双子…もしかして。

もうすぐインターバルだ。私は静かに席を立ち、控室に向かった。

私は桃井さんに先程ロビーで起きた出来事を告げた。
彼女は頷いた。

「やっぱり? 私も調べたんだけど、名前ちゃんの証言は私の情報を裏付けてるわ。監督に報告してくる!」

私が控室を出ようとした時、青峰君と黒子君が連れ立って戻って来た。
吹っ切れた彼等の表情を見た私は、帝光の勝利を確信した。

帝光はその後逆転し、93vs46で鎌田西を下した。

『優勝だ…良かった…!』

私は、其々のやり方で優勝の喜びに沸く彼等を観客席から見下ろしていた。
青峰君が虹村先輩に頭を荒っぽく撫でられ、メンバーの輪に加わる。
緑間君は控えめに拳を上げ、青峰君は黄瀬君と手の平を打ち合せていた。

微妙に危なっかしいけど、まだ大丈夫。

閉会式と表彰式を終えたすぐ後、私達は帰りのバスに乗り込んだ。
皆疲れて爆睡していた。

私もとろとろと目を閉じたら、色とりどりの歯車が噛み合い、回っているのが見えた。
私は一つの軋みながらも回っている大きな青い歯車を見上げた。

まだ、大丈夫だよ…ね?
お願いだから変わらないで…

私は祈りに似た思いで呟いた。


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