If-帝光編(二年)


告白


-緑間side-

もう全中は終わり、夏休みもあと数日を数える程になった。
朝、俺はいつもの通りにテレビを点け、リビングの定位置に陣取る。

《今日の蟹座の恋愛運は絶好調! 好きな異性にガンガンアタックして!! 相手の気持ちに沿う事を忘れなければ大成功間違い無し!》

蟹座は一位、恋愛運も大吉か。

かねてからの懸案事項の全中は優勝した。タイミングも申し分ない。
なら、実行に移すのは今日しかないな。

俺は決心し携帯を手に取った。


-名前side-

緑間君に呼び出された私は慌てて身支度をして、自分の姿を鏡で確認してから急いで家を飛び出した。
今日はレースとビーズ付きのキャミソールとフレアスカートに薄いカーディガンを羽織り、緑間君から貰ったネックレスを着けている。
待ち合わせ場所の駅前広場で、私は相手の姿を探そうと辺りを見回した。

「苗字さん」
『うわっ黒子!? 吃驚したー!』
「すみません。苗字さんの姿が見えたのでつい。お買い物ですか?」
『…え゛、あ…っと?』

それがよく分からないんだよなー…

私が曖昧に笑うと黒子君は不思議そうに首を傾げた。
と、不意に後ろが騒がしくなった。

「何やってんのか教えてくれてもいいじゃないっスかー?」
「だから何で一々人の用事に首を突っ込んで来るのだよ!!?」

聞き慣れた声に振り向くと、緑間君と黄瀬君が言い合いしていた。
それにしても目立ち過ぎだぞ君達。

「黄瀬君、緑間君」

黒子君の声に二人は其々の反応を見せた。
黄瀬君は嬉々として私達の名を呼び、緑間君はしまった! と言った態で顔を引き攣らせた。

『緑間君、黄瀬君も一緒?』
「あ、俺は撮影の帰りで…偶然緑間っちを見かけて声をかけたんス。黒子っちと綽名っちは…デートっスか?」

途端に黒子君は軽く顔を顰めた。

「違いますよ。緑間君が睨むから軽率な発言はしないでください。こっちも偶々です」
「俺は別に睨んでなどいないのだよ!」
「緑間っちのしかめっ面は標準装備っスよ、ねー綽名っち!」

黄瀬君は女の子達を悩殺する眩しい笑みを浮かべているが、うっかり同意も出来ない。
あれは絶対に悪魔の笑みに違いない。

でも彼等は私と緑間君が待ち合わせをしていると知ると、引き際は早かった。

「それは…お邪魔ですね。すみませんでした」
「じゃあ俺も用事があるんで!」

やけにあっさりと去って行く彼等を私は小首を傾げつつ見送ったが、彼等が人混みに紛れると見えなくなった。

「…苗字、待たせたな」
『ううん、大丈夫だよ? いきなり呼び出されたから吃驚したけど、どうしたの?』
「そ、それは…おいおい話すのだよ」

私は、いきなり呼び出されたは良いが、肝心の用事は聞いていない。
買い物にでも付き合えと言うならそう告げるだろう。
しかし言葉を濁すとは彼らしくもない。何か言い難い…重要な事なのだろうか?

緑間君はラッキーアイテムの鮮やかなオレンジ色の薄いストールを持っている。

『じゃあどこに行くの?』
「そうだな。では以前行った公園にでも行くか」
『えっと…それって』

緑間君は眼鏡のブリッジを押さえると、私の首元を指した。

「お前の誕生日に行った公園…だ。それ、してくれていたのだな」
『気に入ってるけど中々着けて行く機会が無いし。ふふ、また虹が見れるといいな』


-黒子side-

「行ったっスね」
「行きましたね」

黄瀬君はそのまま退散するのかと思っていたら、にっこりと悪戯っぽい笑みを浮かべて僕の腕を引っ張りました。

「じゃあ、俺達も行くっスよ!」
「どこへ?」
「緑間っち達を尾行するんスよ!」
「死んでください」
「酷っ!! 黒子っちは気にならないんスか!? あれ、絶対緑間っち達はデートっしょ!?」
「なら尚更じゃないですか。人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて〜(以下略)って」

黄瀬君は指をチッチッと振ってます。

「いいっスか!? 青峰っちとの1on1事件以降、緑間っちはまだ綽名っちに告ってないっスよね?」
「そうでしょうね。…多分」
「今日のおは朝占い、蟹座の運勢聞いたっスか? 何と恋愛運が絶好調なんスよ!
今日、もしかしたら見れるかもしれないっスよ!? 緑間っちのアレが!!」

「…黄瀬君まで、おは朝占いをチェックしているのですか?」
「そんな胡乱な目で見ないで欲しいっス!!」

その時、女の子達の声が聞こえました。

「あっキセリョじゃん!」
「握手してもらえるかな?」
「サイン帳持ってくれば良かった〜!」

途端に彼は「やべっ!」と呟き、僕の手を掴んで走り出しました。
僕一人ならまだしも、こんなに目立つ人と尾行は無理だと思います。

何とか彼女等を撒き、物陰に隠れた黄瀬君は僕を表に立たせました。
何だか失礼な気がするのは気のせいでしょうか?

黄瀬君はしゃがんで荷物をがさごそ漁っています。

「出来た! これで俺だと分からないっス!」

僕は思わず振り向き―言葉を失いました。
黄瀬君は黒い長髪のドレッドヘアの鬘にサングラスをかけていました。

「……一瞬、誰かと思いました」
「仕事関係の人から貰った物っス! これで変装も完璧っしょ? じゃあ行くっスよ、黒子っち!!」

これはこれで一緒に歩くのイヤです。

「先行っててください」
「何でっスかー!??」


※※※

-名前side-


広い公園の一角に私は連れて来られた。
噴水は少し離れた所でキラキラと水を噴き上げている。
夏の焼ける様な日差しは、頭上にある高架歩道によって遮られていた。

「…ふう。とんだ邪魔が入ったのだよ」

私は緑間君に向き直った。

『いきなり"大事な話がある"って言うから吃驚して来たけど…どうしたの?』

緑間君は何故か落ち着き無くそわそわしている。

「そ、それは…だな………っ、その…」
『うん?』

彼はラッキーアイテムのストールを握り締め、私の顔をじっと見つめた。

これは…凄く重要な事を言おうとしている?

私も彼の言葉を聞き逃さない様に、息を詰めて彼を見上げた。
二人の間の空気がピンと張り詰める。

彼は眼鏡のブリッジを上げ、一瞬目を閉じ深く息を吸うと、決意したかの様に口を開いた。


※※※

-黒子side-


僕達は苗字さん達を見失いましたが、何とか公園に行った事を突き止めました。
苗字さんは兎も角、緑間君は目立ちますからね。

でも、人に聞くのは思った以上に苦労しました。
僕では中々気付いて貰えず、ドレッドヘア+サングラス姿の黄瀬君では怪しまれ…変装を解くわけにはいきませんし。

黄瀬君は公園の上の高架歩道の手摺から身を乗り出し、下を覗き込みました。

「あ、いたっス! 真下!!」

その時不意に強い風が吹き、煽られた黄瀬君は一瞬バランスを崩して落ちそうになり、ズルリと鬘がずれました。

「うわ…っ!?」
「危ないっ!!」

僕は慌てて黄瀬君のシャツの端を掴み、力いっぱい引き戻します。

「どあっ!?」

黄瀬君は勢い余って僕と一緒に尻餅を突きましたが、気付いたら彼の頭がいつもの色に戻っていました。
彼は軽くなった頭に手をやり、叫びました。

「鬘が…無いっス!!?」

…もしかして、さっきので落としてしまったのでしょうか?
僕達は恐る恐る下を覗き込みました。


-名前side-


張り詰めた空気の中、私達は向かい合って立っていた。
私はごくりと喉を鳴らす。

「―苗字…俺は」

バサッ!!

不意に落ちて来た黒い物体は、緑間君の言葉を遮り彼の頭部を覆った。
何が起きたか分からず、私と緑間君はポカンとして立ち尽くす。

緑間君の髪が一瞬にして黒い長髪ドレッドヘアと化していた。

「…っ!???」
『ぶはっ!?』
これは吹き出すなと言う方が無理だ。

「苗字…?」
『ぷくくくっ…それ、やめっ…似合わない…っつか無理っ! 駄目だ、笑い死ぬ…!!』

緑間君は頭に嵌った物を毟り取った。
私は笑い過ぎで息も絶え絶えだ。

「何なのだよ、これはっ!!??」
『くくっ…鬘、みたいね? でも何で…??』

「あー、緑間っち! それ、俺がうっかり落としちゃって―悪かったっス!」

今までのシリアスな空気を見事にぶち壊した張本人は黄瀬君らしい。
今の彼はサングラスをかけている。

緑間君は蟀谷に青筋を立て、ふるふると拳を震わせていた。

「黄瀬っ…貴様は!!」
『つか、何でまたこんな所で会うのよ?』
「いやー、散歩してたら偶然っスね」
『こんなレゲエみたいな頭で散歩!?』
「俺だと分からないっしょ? 有名人は辛いっス」
「そんな偶然、ある訳ないのだよ!!」
「それがあるんスよ、ね? 黒子っち…ってあれ!? 黒子っちはどこっスか!??」

黒子君もいたのか…さては―逃げたな?

「一々俺の邪魔をして…今日ばかりは許せん!」
「え゛…っ、緑間っち?」
「覚悟するのだよ!!」
「うわー!? 助けて綽名っち!!」
『ちょ、何で私が!?』

黄瀬君は私を盾にぐるぐると走り回り、緑間君は更に怒って追いかけ回す。

「綽名っち、ゴメン!!」
『…は? わわっ!?』
「苗字っ!!」

黄瀬君は私の背を軽く押した。
私は、よろけて緑間君の正面から飛び込む形になってしまった。

緑間君が私を受け止めている隙に、黄瀬君は逃げ去っていた。


※※※


私は怒り心頭の緑間君を宥めた。
今は切り換えて一休みするべく、公園から少し離れた神社の参道にある和風甘味屋さんにいる。

私達は外に設えたベンチに座った。
大きな木陰で日が遮られ、時々吹き渡る風が涼しい。
緑間君は冷やし汁粉、私は抹茶金時アイスを食べていた。

『ここの神社の夏祭りって結構大きいんだってね』
「ああ。そう言えば皆来てたな。苗字は家族と旅行だったか?」
『そう! さつきちゃん大変だったみたいね。でも皆浴衣着てたって。いいなぁ。見たかったー!』

緑間君は、ふっと柔らかな笑みを零した。

「来年空けておけ。浴衣を用意してな」
『うん、そうする! 楽しみだね』

きっと緑間君の浴衣姿は格好良くて似合うんだろうなぁ。
蝉時雨の中、私は来年の夏に弾んだ気持ちを向けた。

「…ん?」

緑間君は訝し気に辺りを見回した。

『どうしたの?』
「いや…今日のラッキーアイテムのストールが見当たらないのだよ」
『確か、そこのベンチに置いていたよね?』
「ああ。確かにここに…」
『その辺りに落ちてたりとか?』

私もベンチ周りを見たが、どこにも落ちてはいなかった。

『…風に飛ばされた?』
「だが今は、そんなに強い風は吹いてないのだよ」
『変ね。でも今日は蟹座は運勢良いし、試合がある訳じゃないし、危険とかはないのでしょう?』
「しかし今日は無いと困るのだよ」

困るって何でだ?

緑間君がラッキーアイテムに拘るのは、いつもの事だ。
けど彼は「よりによってこんな時に…!」と忌々しそうに呟いている。

あまりにも彼が困っているみたいだから、私は食べた後に手分けして探そうと提案した。


神社の参道から境内まで歩いたが、かなり広い。
末社の奥の片隅に、鮮やかなオレンジ色が植え込みの端から覗いていた。

『あっ、あれ!?』
私は駆け出した。
それにしても、随分と離れた場所まで飛ばされたものである。

引き出そうとしたら、何か重い抵抗がある。
私は茂みを覗き込んだ。

「ニャー…」

ストールの上に猫が座っていた。しかも一匹ではない。
親猫と子猫が数匹固まっていた。

『あー…これは…困ったな』
私は溜息を吐いた。

-緑間side-

俺が拝殿を一巡りした時に、苗字が走り戻って来た。

『あったよー! 少し泥で汚れちゃったけど』

俺はその時、彼女の異変に気付き、首を傾げた。

「…その手の傷はどうかしたのか?」
『ああ、まぁちょっとね…かすり傷だし』
「それに肩が丸出しだ。カーディガンは?」
『暑いから脱いじゃった』
「苗字! 何があったか話すのだよ!」

始めは彼女は口を濁していたが、俺が鋭く問い詰めたら渋々話し出した。

「…猫、だと…?」
『それ、気に入ったみたいで中々放してくれなかったんで、代わりに…ね』

彼女は苦笑いしている。

「全く…そこまでする事じゃないだろう!」
『でも大切なラッキーアイテムでしょ?』
「…苗字」

俺は彼女の肩にふわりとストールを掛けた。

「貸してやる。今日はそれを付けておけ」
『え、でも…これ』

彼女は戸惑った様に俺を見上げた。
俺は、こみ上げてくる感情の赴くままに彼女を引き寄せ、屈んで抱き締めた。

『わ…っ!?』
「全くお前はバカなのだよ。そこまで傷だらけになって、上着まで失くして…俺を呼べば良かったろう」
『でも緑間君って猫嫌いでしょ? それに凄く困っていたみたいだし』

俺の為に…自分を顧みずに。
こいつは初めからそうだった。

そんな苗字が愛おしい。離したくない。
俺は彼女を閉じ込めたまま腕に力を込めた。

「…苗字…」
『緑間君…?』

俺は意を決し、言葉を紡ぐ。

「好き…だ。俺はお前の事が…好き、なのだよ…!」

俺の腕の中で、彼女が目を見開き息を飲んだ。


page / index

|



ALICE+