If-帝光編(二年)


宴の終わり


三年が抜けた分、二軍から十名程が一軍に昇格した。
最近は、ますます青峰君の調子が上がっていった。

紫原君も凄く速いスピンで周りを驚かせていた。
青峰君は1on1で止められなかった相手に苛立ちをぶつけていた。

不穏さを孕みながらも練習は続いていった。


『黒子、お疲れー』
「…お疲れ様です、苗字さん」

私はふと首を傾げた。

『どうしたの? 何か元気無いね?』
「…苗字さん。青峰君の事…どう思いますか?」
『どう…って? 最近、ますます凄くなってるなとは思うね。まだ伸びしろありそうだし。どこまで行っちゃうのかな?』
「僕は…怖いんです。青峰君が…遠くに行ってしまう様な気がして。全中以来、ちゃんと話せてないですし」

『話せてない?』
「別に何があった訳ではないですが。そう、調子も良く練習にも出ている。でも苛々している彼に何を言えば良いのか…分からないのです」

『うーん…彼の苛々はバスケでの周りとの落差が大き過ぎる事が原因だからなぁ。いっそ同等以上のライバルでも現れてくれればいいのだけど』
「それは…僕じゃ…どうにも」
『連れて来る、とか?』
「どこからですか?」
『アメリカとか』
「そんな所に伝手なんかないです。以前ハワイ合宿した時の相手とか? でも今それは現実的ではないですね」
『でも結局はそれしか…っと』

私は言いかけて、体育館を見た。

『あっ、確か今日は、私が体育館を閉める当番だった! 片付けに行くから。またね黒子!』
「はい。それではまた」

私は体育館の扉を開け、ひょいと覗いた。
緑間君が一人でシュート練習をしていた。

相変わらず熱心だなー…

彼はセンターラインに転がっているボールを拾い、その場でシュートした。

あれ?
…そう言えば以前、彼は青峰君との1on1でセンターラインからシュートしていた。
それ以来、部活でその離れ業を見なくなってはいたのだが。…今のは?

緑間君は私に気付き、振り向いた。

「名前、いたのか」
『もうすぐ最終下校時間になるよ? 私、片付けと閉めの当番だから』
「…ああ。もう終わるのだよ」
『今の…3P? 凄いね』
「見てたのか。青峰とやって以来、部活後にずっと練習していたのだよ。最近はほぼ入る様になった。ラッキーアイテムで補正しているしな」

青峰君や紫原君だけじゃなく、緑間君も凄い事になっている。

『恰好良いね! 努力する真太郎君って』
「ど、努力するのは当たり前なのだよ…! 終わったら送ってやるから一緒に帰るのだよ!」
『うん。ありがとう』

皆どんどんとバスケが上達していく。
青峰君と紫原君に続いて…緑間君も。

彼等が強くなる事は良い事の筈だ。…なのに。
何故、言い知れぬ不安が膨らんでいくのだろう?

彼等が…手の届かない人達になってしまう様で。

(僕は…怖いんです。青峰君が…遠くに行ってしまう様な気がして)

不意に黒子君の声が頭の中に蘇った。

※※※

次の日の練習が終わり、私が一人部室で日誌を書いていたら、赤司君が入って来た。

「やあ苗字。それ書き上がったら俺にマッサージをしてくれないか?」
『良いよ。もうすぐ終わるから待ってて』

日誌を書き上げ、ついでに赤司君にチェックをしてもらう。
お墨付きを貰い、片付けてからマッサージを始めた。

『赤司君、少し肩が凝ってるね』
「ああ。全中は終わったが、次は強豪校との練習試合が組まれたから、気が抜けなくてね」
『でも、皆強くなっているから帝光は負けないよ』
「ああ、そうだな」
『緑間君もね…シュートが凄くなってて。青峰君や紫原君みたいに急激に成長してるみたい』
「…緑間も、か…」

その時、赤司君の瞳が陰りを帯びた。

『うん。凄すぎて何か―』
「苗字?」

赤司君に声をかけられて、私は初めて自分の手が止まってしまっていた事に気が付いた。

『ああ、ご免ね』
「何か気がかりな事でもあるのかい?」
『…ああ、大した事じゃないの。赤司君の気を煩わせる事じゃ』
「苗字、俺はキャプテンだ。どんな些細な事でも部に関する悩みがあれば、話して欲しい。
マネージャーもれっきとした部の一員だからね。遠慮は無用だ」

部の一員…甘えちゃって良いのかな?

『…黒子君が最近、青峰君とあまり話せてないって言ってた。
緑間君も…皆凄くなっていくのは、とても部には良い事だと思うのだけど…でも何だかそれが怖くて』
「…怖い?」
『皆が遠くに行ってしまうような…近くにいても、心が離れてしまう様な…
勿論この部は、仲が良いだけの部活ではいけないのだけども…ってゴメンね、こんな』

「苗字」

不意に赤司君が身体を起こした。

『赤司君?』

彼は私の手首を軽く掴んだ。赤い瞳が真剣さを帯びる。

「緑間は心配要らないだろう。…苗字が付いていれば」
『え!? それ、どう言う…?』
「…青峰、紫原。…そして今度は緑間、か。…で次は?」
『え?』
「黄瀬…か? 俺は?」
『赤司君?』

赤司君は自嘲気味に口の端を歪めた。

「何故、俺はまだなんだ?」
『どうしたの?』

彼は我に返った様に私を見つめた。

「ああ苗字、すまない。俺とした事が…」

赤司君も、他人に言えない悩みを抱えているのか。
幾ら優秀でも、まだ彼も中学二年生だ。
負ける事が許されないこの帝光中学校のバスケ部一軍のキャプテン。

彼の家も国内有数の名家で、彼に帝王学を叩き込んでいると言う。
彼自身も優秀故に周りの期待に全て応えてしまうし、能力もある。
だから更に周りは彼に要求し、彼も出来てしまう。失敗は許されない。

彼は誰よりも優秀で当然なのだ。

そんな状況、私だったらとても耐えられない。
私は赤司君に向き直った。

『…赤司君。赤司君も悩みがあるなら、話して欲しいよ。
そりゃ貴方はキャプテンで、私は一介のマネージャー…話せない事もあるだろうし、力になれるとは限らない。
けど人に話す事で、気が軽くなるかもしれない。私も部の一員と言ってくれた赤司君の、力に少しでもなりたい』

赤司君は目を軽く見開き、目を伏せた。

「ありがとう。そうだな、独り言だとでも思って聞いてくれればいい。
…苗字が怖いと言ったそれだが、俺も実は気になっていた。
帝光バスケ部一軍は中学最強と言っていい。…だがそれに俺は含まれるのか?
青峰、紫原、緑間が能力に突出していく中で、俺はそのままなの…か?」

そのままって。今のままでも十分に強いのに。

『赤司君は…彼等みたいになりたいの?』
「いいや。それ以上にならなければならないんだ。そうでなければ俺は―いつか…」

赤司君はフッと口許だけで笑った。

「こんな益体も無い。自分で思う以上に俺は…弱いのだろうな」
『そんな事ないよ! 自分の弱さを見せられるのも強さだよ!』
「強さ―か。君の言葉、父が聞いたらどう言うかな?」
『貴方のお父様が何と言おうと、赤司君は強いよ…!』
「…苗字」

彼は私を引き寄せると、抱き締めて肩に顔を埋めた。

『あ、赤司君?』
「すまない苗字。…暫くこのままでいてくれないか?」
『…大丈夫?』
「ああ。…こんな所、緑間には見せられないな…」

すがる様な抱擁に私はどうしていいか分からず、片手を彼の背に回し頭を撫でた。

※※※

練習試合の次の日、私と桃井さんで洗濯物を畳んでいた。
彼女は何だか元気がないみたいだ。

『どうしたの? 具合でも悪いなら、ここやっておくから早く帰った方がいいよ?』
「ううん、そうじゃないんだけど。昨日の練習試合ね、ムッ君凄くて…」

大活躍したはいいけど、しばしば赤司君の指示を無視してプレイしていたらしい。

…ヤバいな。
不安が私の心を急速に侵食していく。

赤司君も今、ナイーブになっている。
その出来事は彼のプライドを傷付けたに違いない。

「私、テツ君に、皆バスケが大好きで、これからも仲良くずっと一緒にやっていくよね? って聞いちゃったの。
勿論テツ君は、ずっと一緒です、って言ってくれたんだけど…」

そのテツ君は、一時期バスケが大嫌いになった。
帝光の皆のせいで。

「テツ君も青峰君の事どうしていいか分からないって言ってた。私も…大ちゃんとずっと話せてないんだ」
『事は青峰君だけじゃなくなったね。紫原君は天然なだけにストレートだから』
「ムッ君の急成長が…怖くて。テツ君も同じ事言ってたの」
『うん。強くなるのは良い事…なんだけど。でも…怖いね』

漠然と全てが良くない方向に向かっている様な気がする。
具体的な手が打てればいいのだけど。

こうなると、白金監督が抜けてしまったのが痛い。
真田監督に相談した方が良いのかも。

※※※

全てが暗雲に閉ざされ、前も後ろも見えなくて、足も捕われたかの様に動かせない。
助けを求めて叫んでも、誰も応えない。

朝、私は悪夢にうなされて飛び起きた。
見渡せば、いつもの自分の部屋で、私は息を吐いた。

『何だか思い出せないけど、イヤな夢を見たな…』

そのせいか少し身体が怠い。微妙に寒気もする。
季節の移り変わりのせいかな?

ずっと微妙に体調が良くはないが、休む程具合が悪いわけでもないので、私は放課後、いつもの様に部活に出た。

「っざけんなよ!!」

練習中に突然、青峰君の怒声が響いた。
1on1の相手は、全中後に一軍に上がって来た子だ。
彼は毎回、青峰君に抜かれている。…と言っても、青峰君を止められる人はそうそういない。

苛立つ青峰君に、彼は更に火に油を注ぐ。

「やってるよ…! 青峰君が凄過ぎるんだって…! 君を止められる奴なんていっこないよ…ハハッ…」

青峰君は「くそがっ! やってられっか!」と、吐き捨てて出て行ってしまった。

真田監督は練習を指示した後、青峰君を追って行ってしまった。
監督に相談しようと思っていた矢先に…
内心で頭を抱えていたら、黒子君に赤司君が話しかけ、黒子君が体育館を出て行くのが見えた。

暫くしてから、真田監督が戻って来た。
練習が終わった時に、彼は全員を集めた。
その時の言葉には、部の全員が耳を疑った。

「青峰は練習に出ようが出まいが試合には出す事にする」

赤司君が確認する。

「それを青峰に?」
「ああ言った。勝つには青峰の力が必要だ。何があっても試合に勝てば不問にする」
「……っ!」

『何でそんな事言ったのですか!? そんな特別扱い、青峰君の為になりません!』

気が付いたら、私は思わず監督に詰め寄っていた。

「苗字!?」
「青峰君、バスケが大好きなの知ってるでしょ!? 何で彼の事を信じられないの!?」
「これは我が校の方針だ! 逆らうなら退部処分にするぞ、苗字!」

私が退部になったら、母に学校を辞めさせられるかもしれない。
でも私は止められない、それでもいい、と思った。
このままだと…黒子君の絶望する未来に繋がってしまう…!!

『監督っ! 青峰君は…!』
「苗字! 出過ぎた真似をするな!」

鞭の様に鋭い赤司君の声に、私はびくりと身体を震わせた。

『赤司君…』

見回すと、緑間君、黄瀬君、桃井さんは心配そうに私を見ていた。
主将の赤司君すら異を唱えていないのに、私の意見など聞かれる筈もない。
私は気持ちを堪え、監督に頭を下げた。

『…申し訳ありませんでした』

ああ。頭がガンガンする。
監督に相談するにも遅過ぎた。

雨が少し前から降り出した。黒子君も青峰君もまだ戻っては来ない。
彼等は傘もタオルも持ってない筈。

私は赤司君に許可を取り、監督に青峰君の居場所を聞いて、傘とタオルを二つずつ持って走り出た。

雨は少しずつ強さを増していった。


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