If-帝光編(二年)


宣戦布告


次の日の昼休み、私は緑間君から音楽室に呼び出された。
二人きりの教室には緊張した空気が流れている。

緑間君は、落ち着かな気に眼鏡のブリッジに指先をかけ、重い口を開いた。

「…単刀直入に聞くが、名前は赤司と付き合っているのか?」
『それ…昨日の事だよね? 付き合ってなんていないよ。私だって、親の用事にただ付き合わされたら赤司君達がいたんだから』

「その割には、赤司の態度が…まるで俺を煽っているかの様なのだよ。名前は赤司の事を…その、どう思っているのだ?」

『どう…って? 主将としては』
「男としてどう思う?」

それ…以前にも似た様な事聞かれたな。
あの時と今とでは、赤司君も緑間君も私も色々と変わってしまった。

『男として…? まぁ…魅力的な人ではあるけど…』
「そうなのかっ!?」
『いやあの。別に恋愛感情とかそう言うのじゃないから! 誤解しないで!!』
「なら、その…つ、付き合いたいとか言う訳ではないのだな!?」
『う、うん…付き合うとかってのは無いよ』

彼は安心した様に息を吐いた。

「…名前。お前がどう思ってるかは兎も角、俺は赤司に負けるつもりはないのだよ。…こればかりは譲れん。どうしてもだ」
『真太郎…』

彼は真剣な瞳で私を見た。

…私は以前からずっと悩んでいる。
このまま緑間君に告白の返事をした方が良いのか?

私がこんな中途半端だから、赤司君は惑い、緑間君をやきもきさせるのだ。
私が留まっている理由は、まだ状況が読み切れないから。

でも、私に何が出来る訳でもないのなら、何をどうしようと大した影響はないかもしれない。
それなら…いっそ

私は息を深く吸い込んだ。
口を開きかけた所で昼休み終了のチャイムが鳴る。

「時間だ。…戻るぞ名前」

彼はそう言うなり私に近寄り、私の肩をギュッと抱いた。
私の心臓が勢い良く跳ねる。

『し、真太郎…っ!?』
「赤司と同じ事をしているだけだ。俺は名前を誰にも渡さん。お前に望まれる様に人事を尽くす」

彼はチャイムの余韻が消えてから名残惜しそうに手を離した。
だが二人で教室に戻るまで、私の心臓のドキドキは収まらなかった。


※※※


放課後、部活に向かう時に偶然黒子君と一緒になった。
青峰君との一件以来、彼はずっと元気がない。

『…黒子、バスケは…好き?』
「何ですか? いきなり」
『最近、部活中辛そうだなって』

彼は一瞬、視線を宙に彷徨わせ、俯いた。

「…最近は分からなくなりました。僕は何故ここにいるんだろう? って。もう、影として求められてないのに…
でも、まだバスケが好きな気持ちはあります。それが僕がここに留まる理由です」

黒子君は、漫画では「一時期バスケが嫌いになった」と言っていた。
今はまだそうなっていない。…まだ、何かあるのか…?

まだ―

…緑間君には悪いけど、今暫くはまだ様子を見ていたい。
彼は真面目な人だし、彼の気持ちは疑ってないけど…そのうちに彼の気持ちが私から離れるかもしれない。
恋にはタイミングとかあると思うし、取り返しのつかない事になるかもしれない。

これ以上は、恋を失う事も覚悟しなくてはならないかもしれない。

足を止めて考え込んだ私を、黒子君は小首を傾げて見ていた。


※※※


「もうすぐ体育祭だな、緑間」

更衣室で着替えていた時、赤司が俺に話しかけてきた。
赤司と俺とは図らずも恋のライバル同士になってしまったが、他の面では特に付き合いが変わる事はなかった。

どのみち今の赤司になってしまってからは、以前より話す事も減ってはいたが。

「ああ…そうだな」
「名前の事だが…彼女を体育祭のクラス対抗戦の勝負で賭けないか?」
「断るのだよ。苗字を賭けの対象に使うなど、俺は好かん」

赤司は鼻先で軽く笑った。

「自信が無いか? どの道名前は俺のものにするから、俺はどっちでも構わないが」
「…っ! 苗字は物ではない! 苗字の気持ちはどうなるのだよ!?」
「気持ち? 僕に向けさせれば別段問題ないだろう?」
「…っ!!」

俺は思わず赤司を睨んでしまったが、赤司自身は涼しい顔をしている。

俺は、今まで出来るだけ全ての事に人事を尽くしている。
それなりに成果を出せたものもあった。
だが…どんなに努力したつもりでも、勉学でもバスケでも将棋でも―俺は赤司に一勝も出来た例がない。

俺の方が努力をしているなどと言うつもりはない。
赤司はきっと涼しい表情をしていても、きっと俺よりも更に努力をしているのだろうから。

恋愛では俺は先んじているつもりはあるが、実際は彼女からまだ応えを貰ってはいない。
これだけは、赤司に取られる訳にはいかないのだよ。

赤司は自信満々に見える。
実際、家族ぐるみで来られたら、俺はどうしても不利だ。
名前と赤司の様子では、幸いにも赤司はその手段を使う気はないみたいだが。…今のところは。

これだけの挑発をすると言う事は、何か…勝算でもあるのか?

「で、どうする? 名前を諦めるか? 尻尾を巻いて逃げるか?」
「…っっ、誰が諦めるものかっ!! 見損なうなよ、赤司!」

赤司は挑戦的にオッドアイを煌めかせた。

「そうでなくては面白くないな、真太郎。体育祭が楽しみだ」

俺は唇を噛み締め、拳を痛い程握り込んだ。


※※※


「……」

赤司君に引き続いて緑間君も珍しく足音荒く、更衣室を出て行きました。
彼らはヒートアップした余り、途中から入室した僕の存在に気が付かなかったみたいです。

何だか凄いやり取りを聞いてしまいました。
薄々感じてはいましたが、緑間君だけではなく、赤司君までいつの間にか苗字さんの事を好きになっていたのですね。

僕にとっては彼女はとても大切な友人で…時々僕に不思議な言葉をかけてくる…
薄っすらと憧れに近い気持ちを抱かせる人です。

彼女は緑間君の事が好きだと思ってましたから、それ以上に僕自身の気持ちを進める気はないですけど。
それにしても…自覚は無いだろうけど、罪な人です。

体育祭…ですか。
これはどう考えても、何か起こりそうですね。

「うぉっ!? 黒子!? …吃驚した!」

入って来て着替え出した部員に驚いた声をあげられ、物思いに耽っていた僕は我に返りました。

※※※

「……青峰! 青峰っ!!」

ざわついた教室の中、気持ちよく眠っていた俺の頭にいきなり衝撃が走った。
嫌々顔を上げると、緑間がしかめっ面しながら…最も緑間はしかめっ面が標準装備だけどよ、丸めたノートを手に持っていた。
こいつか。これで俺の安眠を妨害しやがったんだな。ったく、鬼畜眼鏡野郎が!

「ってーな! 何しやがる緑間!!」
「決まったのだよ」
「ああ!? ンだよ!?」

前に座っていた緑間は前の黒板に向けて顎をしゃくった。
俺は渋々その黒板を見やった。
確か今はLHRの時間だ。体育祭だか何だかの出る種目がどーたらこーたらやってた筈だ。

ま、俺も適当に決められたのをテキトーにやればいいんだろ。
体育は大概何でも出来るしな。…それにしてもねみぃ。

緑間は見るからにやる気満々で姿勢を正して座り、黒板を睨んでいる。
勉強も部活も体育も何でも真面目にようやるわ。

俺は生欠伸をしながら緑間を見やった。

それにしても、緑間何かスゲーな。怖えーくれぇピリピリしてやがる。
クラス対抗つっても、優勝クラスには特に何か褒美がある訳じゃねーのに。
内申が少し良くなるかもだが、俺にとってはどーでもいい。

俺は自分の名前が書かれている箇所をぼんやりと見た。

他短距離走やクラス対抗リレーのアンカーに勝手に決められていた。
緑間も玉入れと他、障害物競争、借り物競走などに決まったらしい。

…あー面倒なやっちゃな。

バスケやってもつまんねーし、他の運動もやる気起きねーわ。
俺はまた、パッタリと机に伏せ目を閉じた。

「…あ、男女混合騎馬戦とかねーの? マイちゃんが上に乗ってくれんなら、馬やりてー俺」

俺は小さな声で呟いたつもりだったが、緑間が心底呆れた様な顔して俺を見た。

退屈なLHR後、昼飯を買いに購買へ向かう。
俺は欠伸を連発しながら、ダラダラと廊下を歩いていた。

「あー、怠りぃ…面倒臭せーな、体育祭なんてよ。…フケるか」
「青峰君」

傍で懐かしい声がした。
あれ以来、テツとは全然話さなくなってた。

あれから、せいぜい一か月くれーしか経ってねーのに、随分長い事話してなかった様な気がすんな。

「ああ…」

久しぶり、とか言っても間抜けだし、気まずくて何と返して良いか分からない。
俺は曖昧に生返事をした。

気まずさから逃れる為に、俺はさり気無くそこを離れようとした。

「体育祭、青峰君はきっとクラスから期待されているのでしょうね?」
「…あ?」

バスケの話かと思ったら体育祭だと!? いきなり何言い出すんだコイツは。

「青峰君、脳筋ですし」
「誰が脳筋だコラ!」

あ、やべ! いつもの癖でつい返しちまった。

「クラスの期待なんざ知るかっつーの。緑間は矢鱈とやる気みてーだが、俺には関係ねーからな。リレーなんざかったりぃ。途中で抜けて昼寝選手権で優勝狙うわ」

テツは小首を傾げた。

「緑間君だけでは3組は不利ですね。ではやっぱり苗字さんは赤司君のものになりますか」
「は…!? 何でそこで名前と赤司が出るんだよ!??」
「緑間君と赤司君が苗字さん巡って体育祭勝負の賭けをしたんです」

「はあ!? ンだそれ!? 赤司も名前が好きなのかよ!? つか、あいつ等何勝手な事してやがんだ!?」
「以前、青峰君もしたじゃないですか?」
「あれは1on1の勝負だろ。体育祭はクラス対抗だろ。何勝手に周りを巻き込んでやがんだ! …で? 名前は知ってんのか、それ?」
「多分、知らないと思います」
「チッ!」

緑間も何やってやがんだ!?
名前が緑間のものになるのも腹立たしいが、赤司のものになるなんざ、考えたくもねぇ!
大体、赤司に勝てるヤツなんかいる筈がねえ…って……

「テツ、それマジか?」
「ええ。直接聞きましたから」

このままではマズイな。
緑間だけには任せておけねーじゃん。
でも名前が赤司の事好きとかだったらアホらしいし。

久しぶりにテツと話したら、これかよ…

俺は無性に頭を掻きむしりたくなった。

※※※

今日は体育館の一斉点検だとかで、部活が休みだった。
緑間君は委員会があるとかで、帰りが別々になった。

下駄箱の所で、青峰君と一緒になった。

「…よぉ名前」
『青峰君』
「今日は部活ねーのか? それともサボりか?」
『違うよっ! 今日は部活が休みなの!!』
「フーン…」

もう…彼にとって、部活のスケジュールは関心の外になっている様だ。

「じゃ、今日は暇なんだろ? ちょっと帰りに付き合わねーか?」
『何で暇って決めつけるのよ!?』
「決まりだな!」
『ちょっと…!』

いや確かに時間はあるけれども!!

微妙に釈然としないながらも、あの事件以来、私は青峰君とあまり話していないのに気が付いた。
赤司君との事があまりにも衝撃的過ぎて、そっちの方に意識を取られがちだったから。

あと、最近の青峰君が、他人を寄せ付けない雰囲気になったので、何となく声をかけ辛くなった。
でも彼から声をかけて来てくれたんだ。ここで話しておくのも良い機会かもしれない。

『アイス奢ってくれるなら行く♪』
「はぁ!? てめ、ふざけんな!」
『えぇ〜〜〜!?』
「今月の小遣いピンチなんだよっ!」

こんな他愛の無いやり取りしてると、以前の彼に戻った様な錯覚に陥る。

私は彼と歩調を合わせて歩き出した。

近くにある大きな公園に入り、木陰のベンチに腰をかけた。
青峰君も私の隣りに腰を下ろした。

『クラス同じだから毎日顔を合わせているけど、こうして話すのは久しぶりだね』
「おう…」
『そう言えば、この間は世話かけてごめんね。青峰君のお母様にもちゃんとお礼してないし』
「んなのはいいんだよ。あの時の事を蒸し返されっと怒られんのは俺の方だからな」

暫し沈黙が訪れる。

公園の遊歩道を挟んだ向かいには、バスケコートが設えてある。
元気の良い子供たちが楽しそうにバスケをしていた。

それを私達は何となくぼんやりと見ていた。

以前の彼は、あの子供達と同じ様な瞳で生き生きとバスケしていたのに。

『で、どうしたの?』
「…あ? ああ…」

彼にしては、いつになく歯切れが悪い。
首を傾げた私を見て、彼は躊躇いつつ口を開いた。

「おめーさ、赤司に気があんの?」
『…は!? 何でっ!?』
「何でもいいだろ。あんのかよ」
『赤司君は…凄い人だと思うし、主将として頑張ってて尊敬しているけど、気があるとかそんなんじゃないよ』
「なら良いけどよ」

緑間君だけじゃなくて、最近部活に出てない青峰君にまで覚られる程、赤司君の態度は露骨なんだろうか?

『でも何故そんな事訊くの?』
「別に…訊いただけだ。無いなら良いんだ」
『もし、あったら…? 何かするの?』
「は? 何もしねーよ。するわきゃねーだろ」

彼は急に不機嫌な口調になった。
そのまま、また沈黙が続き、気まずい雰囲気になる。

その時、コートの入り口からバスケボールが転がり出て来た。
ボールは、私の足元で止まり、私はボールを拾い上げた。

「すみませーん!」

私はコートから出て来た子供にボールを投げた…筈だったが、手を滑らせ、重い衝撃が頭を伝った。

『あいたっ!』

ボールは転々と私の後ろを転がり、私は頭を抱えてしゃがみ込む。

「おめー…何やってんのw」

青峰君は苦笑しながらボールを拾い、軽くドリブルしながら走りボールを高く投げ上げた。
ボールはコートの外からフェンスを越え、ゴールに入りネットを揺らした。

「ほらよ、返したぜ」
「わー…すげー!」

子供達は大騒ぎしている。
涙目の私に青峰君は吹き出し、私の髪をぐしゃぐしゃと乱暴な手つきでかき回した。

「おめー…頭、大丈夫か?」
『…!? その言い方っ!』
「少したん瘤出来てんぞ。頭冷やせ」
『だからその言い方!』

水で冷やしたハンカチを当てている私に、彼は軽く笑って憎まれ口を叩く。

「体育祭あんのに、そんなんで大丈夫かよ?w 足引っ張んじゃねーぞ名前!」
『体育苦手な私にそんな高度な事求めないで』

げんなりした表情の私に彼は苦笑する。

「…ま、俺がいるからな。…好きにさせねーよ、アイツには)

彼の呟きは途中から口の中に消えた。

『何?』
「別に…大した事じゃねーよ。帰るぞ名前」
『待ってよー』

空は茜色に雲が輝き、木々の枝を揺らして秋風が吹き抜けていった。


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