If-帝光編(二年)


波乱の体育祭(前篇)


爽やかな秋晴れの空の下、帝光中学校の校庭には職員用のテントが並び、中央には体育着に身を包んだ生徒達が学年とクラス毎に分かれて整列していた。
其々のクラス毎に鉢巻は色分けしてある。

生徒会副会長としての赤司君の提案で、学年毎にクラスで対抗し点を競い合う事になった。
二年は7組まであるが、赤司君のいる1組の生徒達の顔が緊張で強張っていた。
赤司君は自分だけではなく、クラス全体で勝つ事を徹底させているみたいだ。

帝光中は元々運動系の強豪校で、学校側も力を入れている。
この提案には理事長がもろ手を上げて賛同したらしい。

生徒達に競わせ、運動能力向上に役立つと考えた様だ。

うちのクラスは3組だが、緑間君が特に熱心だった。
意外なのは、青峰君も渋々ながらも手を抜く事がなかった。
やはり基本的に運動が好きなんだなぁ。

「1組何だかガチ過ぎてやべぇってよ」
「運痴は個人競技から外されてんだって」
「道理でピリピリしてると思った。でも何でそんなにムキになってんだ?」

周りのクラスメイト達がひそひそと噂している。

整列と宣誓が終わり、生徒達は其々の持ち場に散った。
私もクラスの割り振られた場所に歩みを進める。

「やあ名前。調子はどうだい?」
『あ、赤司君、調子は普通かな』

赤司君は軽く笑みを閃かせた。

「そうか。どちらにしても賭けにはならないかもしれないが、3組には頑張って貰わないと面白くないからね。期待してるよ」

私は首を傾げて彼のオッドアイを見つめた。

『賭け…? 何の事? 何か賭けてるの? 誰と?』
「おや、真太郎から聞かなかったのか? 体育祭が学年毎クラス対抗になったろう?」
『あれ赤司君が進言したんだってね』
「そうだ。それで真太郎と個人的に賭けをした」
『ちょっと…それって周り巻き込んでない?』

迷惑な人達だと思っていたけど…何でこうも傍若無人なんだこの人は!?
好戦的な彼にげんなりとした私だが、次の台詞に耳を疑った。

「賭けの対象は君だ。名前」
『……は?』
「おや聞こえなかったのか? 真太郎と僕で君を賭けて勝負する事にしたんだ」

私は呆然とし固まった。


「ちょっと苗字さん、どうしたの?」

クラスメイト達が頭を抱えてしゃがみ込んだ私を心配して声をかけて来た。

『…いやあの、何と言うか…色々とゴメンなさい』
「何で苗字さんが謝るのw」

1組も大変な事になっているみたいだが、それも賭けが原因なのか。
賭けなどなくとも赤司君は勝利が当然な男だから、1組のプレッシャーは変わりないかもしれない。
でもプレッシャーがきつくなったとしたら、それはきっと私が原因なのだろう。

これは私も必死にならなければならない。自分の為に。

幸いながら、私達3組は運動得意な生徒が比較的多かった。
1組を抜いたり抜かれたりしながら順調に点数を積み重ねていく。

「あ、青峰君が出るよ!」
「短距離走ぶっちぎりだね! 頑張れー!!」

青峰君、最近まで怠そうにしていたのに、運動会の練習は割と真面目に出ていた。
今の彼はかなり集中している様に見える。

青峰君、まさか賭けの事知っていたりするのかな…?

そろそろ私の競技の番だ。私は立ち上がり、歩き出した。


※※※


私の出る競技は、男女混合障害物競走だ。
3組からは私と緑間君が出る。

『真太郎君、お世話になります』
「ああ。人事を尽くすのだよ」

私が障害物競走に出る事になった時に、男子から立候補してくれたのが彼だ。
運動苦手な私が足を引っ張ってしまうと思うと申し訳ない。

「…どうした? 顔色が悪いのだよ」
『ああ。自分なりに頑張るのは当然だけど…それでも足を引っ張っちゃうかも…って』
「ふん、そんな事か。名前が運痴なのは織り込み済みなのだよ。俺がいる。それでは不満か?」
『不満なんて…逆に感謝してるよ! 真太郎君となら百人力だもん。立候補してくれて嬉しかった』

彼は指を眼鏡のブリッジに当てて口の端を緩めた。

「ふっ」(お前と俺以外の男がペアになる所なんて見たくもないのだよ)
『…今、何て?』
「何でもない。俺が参加する以上は優勝以外は有り得ない。覚悟するのだな」
『微力を尽くします』

選手達がスタート地点に集合すると、黄色い声援が一際大きく響き渡った。

「あ〜足を引っ張らないでよ、黄瀬ちん」
「紫原っちこそ、いい加減まいう棒仕舞って欲しいっス! 菓子屑が服に付いちゃうっス!」

『…男女混合じゃなかったっけ?』

何と5組は黄瀬&紫原でチームを組んでいた。

「それは…いいのか? 男女混合に男子同士はフェアではないだろう」

緑間君の困惑した呟きに黄瀬君が顔を顰めた。

「それはそうなんスけど…競技割り振ったらこれが残って、俺がじゃんけんで負けて出る事になったら、女の子達が立候補して収拾がつかなくなったんスよ。
それで俺が紫原っちを指名したんス。許可は取ってあるっスよ」

「負けないよーミドチン。勝ったら綽名ちん貰うからねー」
『はぁ!??』
「なっ…!? 紫原、お前もか!?」

「綽名ちんの手作りケーキ、やらねーもんね!」
『…はぁ。ぶれないね、紫原君は』
「黄瀬はどうなのだよ!?」

黄瀬君は意味あり気に私にちらりと視線を寄越した。

「赤司っちと緑間っち、面白い事してるっスよねー。どっちにしても負けるつもりはないっスよ?」
「黄瀬っ…!? 貴様!!」

面白い事…もしかして彼等も知っているのか?
挑戦的な彼の笑みに、私は顔を引き攣らせた。


スタート地点に着き、空砲の音と共に私達は走り出す。
初めはフラフープに二人して入り、同時に走る。

私は出来るだけ全速力を出すが、緑間君は私に合わせてくれる。
横から騒がしい声が聞こえて来た。

「ちょっ、紫原っち! 苦しいっス!!」
「黄瀬ちーん、邪魔ーどいてー」
「いや邪魔って!!? そっちこそスペース取り過ぎなんス!!」

フラフープ、男女で入る分にはまだしも、大柄な男子二人では中々にキツいらしい。
しかしぎゅうぎゅうになりながらも、俊足な彼等にはすぐ抜かされた。

『く…っ!』
「慌てるな名前。障害物競走なら挽回のチャンスはある」

次は段ボールキャタピラー。

二人で入り、バタバタと段ボールの中で這いずる。
5組の彼等は大きい身体のせいで、紫原君の半分近くが外に出てしまっている。
…あれは…良いのだろうか?

私達はタイミングを合わせて腕を動かす。
緑間君は適度なスピードで動かしてくれる。
隣の彼がとても頼もしい。

次はテニスラケットでのボール運びだ。

「名前、左腕を出せ」
『こう?』

彼は差し出した私の左腕を彼自身の右腕に絡ませ、手を合わせ指も絡めた。
そしてそれぞれ反対側にラケットを持ち、上下でテニスボールを挟む。
彼が下で私が上だ。

小声で掛け声を合わせながらボールを運んで行く。
今の時点では5組に抜かれ、1組とほぼ並びの3位だ。

密着してはいるが、その事に気を取られるとボールを落としかねない。
私は敢えて考えずにボールを持つ手に集中した。

「紫原っち! 力かけ過ぎ! 重いっス!!」
「ちゃんと押さえないとボール落ちるじゃんー」

傍から見ても気の毒な位に、黄瀬君の腕はプルプルと震えていた。

1組は一旦ボールを落とし私達は抜き、5組に迫っていく。
距離は少しずつ縮んでいった。

次は風船運び。
これは互いの胴体で風船を挟んで運ぶものだ。

「うう…これはやっぱり女子との方が良かったっス…」
「俺だってやだよー。今から綽名ちんと取り換えてー」
「それじゃ俺が緑間っちと組む事になるじゃないスか!? クラス分けの意味あるんスか!?」
「あーうるさ〜」

前の二人は真ん中に風船を挟み、渋々抱き合っていた。
ギャラリーから更に黄色い悲鳴が上がった。

緑間君は一瞬固まる。

「あ、あれを…やる、のか?」
『…緑間君』
「そ、そうだな。そうでもしないと途中で落としてしまう。…仕方ないのだよ。名前、来い」

彼は顔を真っ赤にしながら、風船を間に入れ、私を抱き寄せた。

風船を正面で挟みながら運ぶので横走りになる。
どうしてもスピードが出せないので、やや早歩き位にしかなれない。

風船が間に入っているので胴体は密着しないけど、互いの腕を相手の身体に抱き合う様に絡める。
彼の伝わる体温を感じ、私の心拍数が上がっていく。

でもそれにばかり気を取られる訳にはいかない。
私は敢えて意識を逸らし、風船の圧と足の動きを合わせるのに集中した。

そして私達はまだ彼等には追い付けていない。
次で最後。ここで抜かせなければ私達は負ける。

「ええ〜っ!?」

大きな声が前から聞こえて来た。

「やだよ〜俺」
「でも俺がやるのはキツイっス!」

何か揉めながらも、渋々黄瀬君が紫原君をおぶった。
次はどちらかがもう片割れを運ぶ、運ぶ方法は道具とか無しで自由、と言うものだった。

緑間君は軽く溜息を吐いた。

「確かにこれなら、男女の組み合わせの方が有利だな。名前、来い!」
『…え?』
「しっかり掴まっているのだよ!」

彼は私をひょいと横抱きに抱え、走り出した。

私は腕を緑間君の首に回し、背中と膝裏を支えられ抱き上げられた状態だ。
いつもの身長差が縮まる分、彼の顔が私に近い。
彼の頬はほんのり赤く染まっていた。私の頬も熱くなっている。

5組の彼等は、身体の大きさで考えるなら紫原君が黄瀬君をおぶった方が絶対楽な筈だが、かなり紫原君が嫌がったらしく、黄瀬君がおぶりヨタヨタと走っていた。
そこへ緑間君がぐんぐんとスピードを上げて追い抜いて行く。

「黄瀬ちん遅ーい! ミドチンに抜かされたじゃーん!」
「紫っちが重過ぎるんスよっ!! だから紫っちが俺を背負えばまだマシって言ったのに!」
「それ嫌だしー。元々頼んだのは黄瀬ちんの方じゃん。頑張れー(棒)」
「超他人事っ!?」

「緑間っち、今からでも相方取り換えないっスか?」
「だが断る、のだよっ!!」
「俺も綽名っちなら女子と組んでも良かったっス…」

それ以前にクラスが違うがな…

緑間君はギラリと黄瀬君を睨んだ。

「ふん、苗字は、お前などにやるつもりはないのだよ!」

障害物競走は、私達3組が1位になった。


※※※


一通り午前中の競技が終わり、昼休みの時間になった。
私は辺りを見回しつつ、どこで昼食を取ろうかと考え歩いていたら、いきなり腕を取られた。

『真太郎君?』
「名前、昼食はどうする? 決まってなければ、俺と一緒に食べるのだよ」

私は場所を見付け、彼と一緒に座った。

「おー名前じゃん」

青峰君が遠慮なしにドカリと私の隣に座った。
彼は緑間君の刺す様な視線にも動じない。

「別にいいだろ、昼飯くれーよ」
「僕も交ざって良いかな?」
「綽名ちーん、俺もー」

あっと言う間に、私は緑間君、青峰君、赤司君、紫原君に囲まれてしまった。
黄瀬君は遠目に女子達に囲まれているのが見え、黒子君はさつきちゃんに声をかけられているのが遠目に見えた。

『何か、このメンバーで集まるのは久しぶりだね』
「そうだな」

青峰君が私のおかずに箸を伸ばした。

「おい名前、その肉巻き美味そうだな」
「青峰っ! 苗字のを勝手に取るのは止めろ」
「良いだろ別に。代わりにこのピーマンやるからよ」
「それは等価交換ではないのだよ! 肉物取るなら、肉物と取り換えるべきなのだよ!」
「ったく、一々うるせーな。ならこのミートボールやるぜ、ほら」

赤司君はお重を広げていた。彼の家のシェフが作ったらしい。

『赤司君のは豪華だね』
「そうかい? 君の方が美味しそうだけどね。僕の帆立チーズ入り厚焼き玉子と君の豆腐しんじょと取り換えてくれないかい?」
『…赤司君のは卵焼きですら豪華なのね…』

紫原君はお弁当箱以外にも大きな袋を抱えていた。

『紫原君のその袋は何?』
「えー? 食後のデザート〜」
『うぁ。ぶれないな…』
「デザートの方がどう見てもメインにしか見えないのだよ」
「良く分かったねミドチン。俺こっちの方が主食〜♪」

紫原君が「食べる?」と言いながら、私にポッキーを一本差し出したが、それを青峰君が横から奪う。
彼は青峰君を不満気に睨みつけた。

「峰ちん、それ綽名ちんのー!」
「お、そうか? なら名前も食うか? ほれよw」

青峰君はポッキーの片側を咥え、出てる方をこちらに向けた。
もしかしてそのまま咥えろと? いくら何でも恥ずかし過ぎる。

『いやあの…』
「遠慮しなくて良いぜ?」

その時、赤司君の腕が伸び、青峰君の咥えたポッキーの片側半分を折り取った。

「てめ、赤司! 何をしやがる!?」
「敦、これ返すよ。半分になったが」

「もぉーしょうがないなぁ〜 綽名ちんには、こっちの新しい方あげるねー」
『ありがとう』
「代わりに今度ケーキ焼いて来てね〜」
「海老で鯛を釣るつもりか? 全く…ちゃっかりしているのだよ」
「ポッキーで綽名ちんのケーキの一本釣り〜」

こうしていると、以前に戻ったような錯覚に陥る。
でも彼等は、もう彼等だけで集まる事は部活でもなくなっていたし、今だって全員がいる訳ではない。

同じ様に見えても、確実に変化が訪れていた。


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