波乱の体育祭(後篇)
午後の応援イベントの後は再び競技が始まった。
玉入れでは緑間君が超活躍した。
球を集めて流れる様に投げ入れて行く。
彼は一つも外せず、全てのボールを投げ入れた。
でも私達のクラスは総合点で赤司君のクラス、1組にはまだ僅差で負けていた。
『次は借り物競走(男子)か…うちのクラスは…緑間君だね。続けざまで大変だ』
「今日のラッキーアイテムって何?」
『ダンベル』
「じゃ、借り物でダンベルが出ても安心だね!」
『そう上手く行くと良いけどね…』
私はクラスの女子達と一緒に席で見物していたが、内心では暢気にしていられなかった。
自分が賭けの対象になっているなど信じられない。
1組の人達には申し訳ないし、知ったらきっと皆は釈然としないだろう。
不意に応援席が騒ついた。
赤司君が悠然と選手の集合場所に歩みを進めていた。
彼のオーラは王者の風格のそれである。
『赤司君…始まってもいないのに、既にこの勝ってる雰囲気は何…?』
「キャー赤司様、頑張ってー!!」
「あんたどっちの応援してんのよ!?」
「だーってぇ…私、赤司様のファンなんだもん♪」
「苗字さんは当然緑間君よね!? 仲良いし」
『そうだね…』
「同じクラスだし当然! この際裏切り者は放っておいて」
「裏切り者って、ひどーい!」
空砲の音と同時に選手達が走り出し、中途で其々のコースで紙を拾い上げる。
「誰か鬘の人、貸してくださーい!」
「マジかよw」
「黄色いタオル持ってる人いませんかー!?」
「ひよこマスコット持ってる人ー!!」
『今年は中々難易度高そうね』
緑間君と赤司君を見ると、彼等は同時に紙を広げて思案顔をしていた。
何が当たったんだろう…?
彼等二人が同時に私の方を向き、視線が合った。
…何だか嫌な予感がする。
「ねぇ。緑間君と赤司様、こっちに向かっている様な気がするんだけど」
『えっ…まさかー?』
彼等は同時に互いを見交わし、先を争う様に私達の方に向かって走って来た!
何だか怖いんだけど!?
「あれ? 苗字さん、どーしたの?」
不意に立ち上がった私に不審気な視線を向けるクラスメイト達に、私は曖昧な笑みを返した。
『いや、ちょっと…トイレ?』
「何故疑問形w」
緑間君と赤司君が必死な形相でこちらに突進して来た。
付近の女生徒達からは黄色い歓声が上がる。
思わず後退り、列から離れ駆け出した私を、彼等は明らかに追って来る。
『借り物って…私かーーーっ!?』
一体、あの紙に何て書いてあったんだ!?
それも、よりによってあの二人のが!!
「苗字っ!! 待つのだよ、何故逃げるのだ!!?」
「いい度胸だね、名前。この僕から逃げられるとでも思っているのかい?」
当たり前だが、鈍足な私が俊足な彼等に敵う筈などなかった。
あっと言う間に彼等が私を左右から挟み、同時に腕を捕らえる。
彼等は私を挟んで睨み合った。
「手を離すんだ、真太郎」
「断る。苗字は3組のものだ」
赤司君は不敵に微笑んだ。
「俺のもの、とまだ言えない辺り、真太郎はまだ甘いね」
「何だと…?」
赤司君は軽い所作で私の腕を強く引き、不意を突かれた緑間君が体勢を崩し転んだ。
『緑間君っ!?』
「さあ来るんだ、名前」
赤司君は私の腕を引き駆け出そうとしたが、私が抵抗したので舌打ちし軽く睨んだ。
彼に睨まれるのは凄く怖いけど、自分が賭けの対象になっている今ではこちらも必死だ。
赤司君が私を再び強く引き寄せ、一瞬手を離し腕を伸ばした。
その時、私は彼が私を抱え上げるつもりだと悟った。
『真太郎っ!!』
私は赤司君の手を躱し緑間君に駆け寄ろうとしたが、一瞬早く赤司君が私の右手首を掴む。
緑間君も素早く身体を起こし、私の左手首を掴み、赤司君と同時にコースに向かい走り出した。
私は腕を両方とも彼等に取られて、身体が前につんのめながらも走り出す。
『うわ…わたっ!?』
「名前、遅いのだよ。速く足を動かせ転ぶぞ!」
「僕に逆らうとは…あとで名前には、たっぷりとお仕置きが必要だな」
何お仕置きて! 怖いんだけど!? つか二人とも鈍足に容赦ねーな!
彼等にぐいぐいと引っ張られ、つられた私の足は殆ど宙を飛んでいるかのように地面を蹴る。
私の視界に映るのは、ただ風を切る彼等の後姿だけ。
前の選手達を軽々と抜かし、私達が先頭を走った。
赤司君と緑間君、どっちが先なんだろうか?
周囲の声援に交じって悲鳴の様な声も聞こえる。
「何あれ、チクショー! マジ羨ましいんだけど!!」
「ああ赤司さまぁーーー!!」
「緑間君と赤司様と!? あの紙何て書いてあるのよぉー!!?」
私は内心で冷や汗だらだら状態だ。…両手に美少年達、は良いけど後でリンチに遭ったらどうしよう…??
借り物競走は、私達3組と1組で同時優勝した。
全ての選手達がゴールした後、係が其々のお題を読み上げた。
「3組のお題は…"最も仲の良い異性"」
何となく納得した風な空気が流れる。
緑間君自身があまり人付き合いの良い方ではないし、その中でも良く一緒にいる私は傍から見ても仲は良い方…かもしれない。
しかし問題はその後だ。
「1組のお題は…"大切な人"です!」
瞬間、辺りがどよめいた。
『……は? ってええーっ!??』
「なっ…!!」
「別に驚く事でもないだろう?名前。僕の気持ちは伝えた筈だが」
大切な人。
ニュアンス的にどうとでも取れなくもない。が、それは逆にその諸々を内包するとの解釈も出来る。
なんて厄介な言葉なんだ…
注目をやたら集めながら席に戻り、頭を抱え座り込んだ私の肩を青峰君が軽く叩いた。
「おい。今総合で俺達の方が負けてんだぞ? このままだとおめー…」
『うっ…!』
「今の借り物競走で赤司と同点1位だったろが。差を縮められてねーんだよ。あと少しな」
『次の競技は』
「リレーだな。そろそろ俺も行くか。1組は陸上部で固めてあるとさw アンカーはエースだと」
『そ…それって赤司君が…?』
「どーだろな? ヤツの事だ。クラス委員もやってるみてーだし、負ける布陣にはしねーだろーな」
『が、頑張ってね!』
「ま、テキトーになw」
もう出場選手達は全員集まっているが、青峰君はアンカーだからどーせ最後だし、と余裕の表情で手をひらひらと振ってゆっくりと歩いて行った。
赤司君は全ての面で、今まで負けた事が一度も無い。
勝つのが当然とは言っても、それまでの努力、能力、思考…全て勝利の為だけに集中し注力している。
彼は負ける賭けなどする筈が無いのだ。
私は両腕で自身を抱き、ぶるりと身を震わせた。
その時、肩に上着がかけられた。
緑間君が私を気がかりそうに覗き込んでいた。
『緑間君…』
「寒いのか? 俺のジャージを貸してやるのだよ」
『あ、ありがとう』
「浮かぬ顔だな。大丈夫か?」
『…あ、うん。3組は今、2位なの? あのリレーで最後だよね?』
「……名前…まさか、知っているのか?」
『私を赤司君と賭けている事なら、赤司君本人から聞いた』
緑間君は苦り切った表情で呟く。
「赤司が…」
『緑間君が言わなかったのは…私に配慮してくれたからでしょ?』
「……すまない」
『負けなければ良い話よね?』
「ああ。だが…」
彼は言い淀み、一旦言葉を切った。
「俺の知る限り、赤司は今まで一度も負けた事がないのだよ」
※※※
それにしても、まだスタートしてないのか?
私達が不審気な視線をコースに投げかけた時だった。
慌てた様に、男子クラスメイトが走って来た。
「どうしたのだよ?」
「おい緑間っ! ヤベーよ、うちの降谷さっきから足痛めてたみたいで出場不可だとよ」
「降谷? サッカー部のか」
「おう。今、急遽代り探してんだけど…足の速いヤツで出られるのがもう―」
緑間君が立ち上がった。
「俺が行く」
「緑間!? お前ならバスケ部一軍で足速えし心強えけど…でも大丈夫か? さっき出たばかりだろ」
「舐めるな。あれ位どうって事はないのだよ」
「じゃ俺、係に交代伝えて来るわ」
『…真太郎君』
私が思わず声をかけると、彼は僅かに微笑んだ。
「心配するな名前。今日の蟹座は一位だ。ラッキーアイテムも持っている。俺はお前を守る為に人事を尽くす」
『……っ!』
「では行ってくる。応援を頼む」
『うん…!頑張って!』
彼は私を安心させる様に、軽く微笑み踵を返した。
リレーは白熱した。
1組が3組を僅かにリードし、トップを争っていた。
私は手に汗握りながら必死に応援した。
『あっ!?』
3組の選手が転んだ。
みるみるうちに1組に引き離され、他クラスの選手達にまで追い抜かれる。
私の目の前が真っ暗になった。
もう―駄目、なの…?
3組の選手達が懸命に走る。が、中々遅れを取り戻す事が出来ない。
あと二人残すのみになった。
次の選手が緑間君だ。
『緑間君ーーー! 頑張ってーーー!!!』
私はあらん限りの声を出し応援する。
今の私に出来るのは、これしかないから。
緑間君はスピードを上げ、次々と選手達を追い抜いて行った。
彼の頼もしさに私の目頭が熱くなり、視界が涙に霞む。
(俺はお前を守る為に人事を尽くす)
もっと…彼の勇姿を見ていたいのに、涙でぼやけてしまうなんて。
『真太郎君ーーーっっ!!!』
1組の選手にぎりぎり追いすがる直前に次の選手に交代した。次―最後は青峰君だ。
『青峰君!!』
叫んだ一瞬、私と青峰君の瞳が交錯する。
(見てろよ)と言わんがばかりに、彼は目に強い光を湛え不敵に口の端を緩め、バトンを受け取った。
1組の選手はスピードを上げた。さすが陸上部のエースだけはある。
目を瞠るスピードだった。
みるみる内に青峰君が肉迫し追い着き並走して行く。
『…す、凄い』
「流石だな大輝は」
いつの間にか赤司君が私の横に立っていた。
『赤司君…』
「練習サボっているとはとても思えないね。憎らしい程のスピードだ」
『何で…?』
「どこで見ようと僕の勝手だろう? 君と一緒に結末を観るのも一興だと思ってね。このリレーで同点か1組が勝てば、君は僕のものになる」
『…っ! 私は誰のものにもならないよ!』
「僕は負けを知らない。だがこればかりは…多少の不利を感じているからね。だが負けるわけにはいかない」
『賭けでなんて私を好きに出来ると思わないで』
「ああ。だが強力なライバルを掣肘するには十分有効だ。そうは思わないか?」
最後の選手達は既に2周目に入っていた。
青峰君が1組の選手と抜きつ抜かれつし走り続けていたが、最後のコーナーで更にスピードを上げた。
同時に1組の選手もスピードを上げる。
私は祈る様に両手を組み合わせた。
青峰君…!!
確かに最近の彼は覇気が無く、部活もサボってばかりいる。
でも、彼の中には本来の負けん気が燻っている…と思う。
バスケではないけど、"俺に勝てるのは俺だけだ"との言葉を逆に信じてしまいたくなる。
『青峰君、勝ってーーー!!』
私が思い切り声を振り絞ると同時に、彼はグンと更にスピードを上げゴール直前で追い抜かし、一足早くテープを切った。
『…勝っ…た?』
私は力が抜け、へなへなとへたり込んだ。
私の位置からだと赤司君の表情は見えない。
「……これだと総合が同点になるな。賭けはお預け、か…」
苦々し気な赤司君の呟きだけが聞こえた。
『赤司、君…』
彼は振り返りざまに私の頬を撫で、微笑んだ。
「今回は残念だな名前。だが僕はまだ諦めるつもりはない。覚悟しておくんだな」
彼の去る後ろ姿を私は呆然と見送った。