If-帝光編(二年)


修学旅行(前篇)


「これで全員揃ったな。では順序通りに乗り込め。他の人達に迷惑をかけないように!」

ここは東京駅。
先生の号令の下に、皆浮き浮きと新幹線に乗り込んだ。

これから修学旅行で京都に行く事になっている。
私は緑間君と青峰君と他男女二組、計七人のグループに加わっていた。

緑間君はおは朝のチェックに余念がない

「おい緑間! おめー荷物が多過ぎだろ!」
「仕方ないだろう。ラッキーアイテム候補なのだよ」
「へー、じゃ今日のラッキーアイテムは何だよ?」
「折り畳み傘なのだよ」
「うぁ。ふっつー!! つか、じゃこれ要らなくねーか?」
「これから要るかもしれないのだよ!!!」

彼等が騒いて先生に注意されるのを尻目に、私は何気なく車内の電光掲示板に目をやった。

あの体育祭の後、私は大変な目にあった。

「大切な人」

赤司君は実は黄瀬君以上に女性ファンが多い。
私は彼女等に問い正されたが、別に付き合っている訳でも何でもないから、と釈明に追われた。

赤司君にとって、バスケ部の部員全てが大切な人だと言う論法で、私は何とか彼女等に説明した。
彼女達は微妙にまだ納得してない風だったが、それでも一応引き下がってくれた。

『…あ!』
「どうした? 苗字」
『今流れたニュース、赤司グループのじゃない?』
「…ああ。産業スパイが技術漏洩したヤツだろう。今朝テレビでもやっていたな」
『大変だね、赤司君ちも』
「そうだな」

でもいくら近くに関係者がいるとしても、先端技術の漏洩事件などは今の赤司君や、ましてや私達には直接関係ない事なので、私の頭からはすぐに消えてしまった。

※※※

京都に着いた一日目は集団で観光した。
二日目は一日中グループ毎に自由行動になる。

「それで今日のコースは…」
「前に打ち合わせた通り、金閣寺から龍安寺と仁和寺と嵯峨野のコースだ」
「ったく面倒くせー。緑間が方角がどうとかって譲らねーし」
「そう言う青峰はどこだって良いと言っていたのだよ。決めるのも面倒だと…全く」
「だってかったりーじゃねーか」

「それで行くついでに俺は途中で土産物屋に立ち寄りたいのだよ」
『あの中に入ってなかったの?』
「…ああ。俺とした事が」

蟹座のラッキーアイテムが明らかになったのは昨日の午後。
昨日は集団行動の為、途中で抜けて買い物するのは許されなかった。
蟹座の運勢は普通なので、大丈夫…の筈っぽいが、トラブルに巻き込まれる可能性あり、との結果に緑間君が神経を尖らせていた。

一応ホテルにも土産物屋は入っていたが、該当の品は見付けられなかった。

「で? 何買うんだ?」
「和柄のリボン型バレッタ、なのだよ…」
「またえれーピンポイントじゃねーか?」
『おは朝だからねー』

「俺達は別に構わねーよ」
「私達も。丁度可愛いお土産欲しかったし」
「…ああ。すまない」

お土産物屋さんで該当するリボン型バレッタを見付けた彼はそれを二つ買った。

『…何で二つも買うの? 予備?』
「お前も付けるのだよ」
『いや、私の分は良いよ。だって運勢悪くないし』
「付けるのだよ!」
『……え』

緑間君は私が出した代金を受け取ろうとはしなかった。

「良いから後ろを向け」
『…は?』

彼の指が私の髪を軽く梳いた。
指が髪に触れる度にドキドキする。

「わー、緑間器用だね! 意外〜!」
「偶に妹のをやらされるのだよ」

彼はキッチリと私の髪の一部を後ろで束ね、バレッタを付けた

『…ありがとう。でもいいの?』
「元々そのつもりで買ったのだよ。お前の髪には緑色がよく似合う」

何となくくすぐったい気持ちを抱えつつ土産物屋を見回したら、軒先の台の下に隠される様に置かれた物が目に付いた。
小さめのぬいぐるみ…マスコットかな?

『何これ…?』
「変な形だよな。ちょっと鳥っぽい。…ぬいぐるみ?」
「鳥にしては…足が三本ある?」
「足が三本ある鳥なら八咫烏ではないか?」
『八咫烏なら黒いと思うんだけど、これ赤いしw』

何となくそれを眺めている内に、私は既視感に囚われた。
誰かを彷彿とさせるな…

「ヤタガラスってあれかよ、サッカーの」
「古事記では神武天皇の東征の時に道案内に遣わされた鳥だ。だがこの色は…古代中国の説話に出て来る赤烏(せきう)、かもしれん」
『赤烏…?』
「太陽の中にいる三本足のカラス、太陽そのものの象徴だ」
「すげー詳しいな緑間。でも何でそんな物がここに?」
「そこまでは知らん」
「何だ、使えねーな。眼鏡のくせに」
「何だと…!!? 眼鏡は関係ないのだよ!!!」
『ちょっと青峰君…!』

青峰君のとんでもない言いがかりは緑間君を激昂させた。
それで私が軽く窘めようと間に入ったが、彼等は同時に変な顔をして黙り込んだ。

『…二人ともどうしたの?』
「いや、おめー…それ」
「買うのか?」
『……へ?』

私はその赤い八咫烏(赤烏?)を抱えていた。

『いや、ずっと見てたら何だか可愛いなー…って』
「そうか? 何だか目が開き気味で怖えっつーか。目の色も微妙に左右違えし」
「何となく見た事ある様な気がするのだよ。誰かに似てると言うか」
「緑間。…それ以上追及したらヤバくね?」
「そ、そうだな…」

微妙な表情の彼等を尻目に、私はそれをレジに持って行ったが、店の人は首を傾げた。

「これ…うちの商品ですか?」
『ええ。そこにありましたよ』
「何だろう? タグも無いし。以前ワゴンセールした売れ残りですかね?」
『え? でおいくらで?』
「分からないし良いよ。おまけで持って行って」
『いいんですか!?』
「そこにあっても在庫になって困るからねー」
『ありがとうございます!』

赤烏GET!

『よし、これから君は"せーちゃん"だ!』
「…せーちゃん、だと?」
『うん、赤烏の"せーちゃん"』
「せーちゃん…なぁ?」
「その、名前なのだが」
「え? 何か可笑しい?」
「いや…可笑しい訳ではないが」
「緑間…それ以上突っ込まねー方が良いと思うぞ」
「そ、そうだな…」

さっきと似た様なやり取りに私は首を傾げた。

※※※

土産物屋を離れ、バス停に向かって歩いていると不意に声をかけられた。
ちょっと柄の悪そうな男性二人組だ。

「すみません。君、ちょっと道を聞きたいんだけど」
『はぁ。どちらに向かわれるおつもりですか?』
「俺達、大仏観に行きたいんだよねー。案内してくれると嬉しいなぁ」
『…は??』

大仏って…京都にあったっけ??

『奈良になら大仏がありますが?』
「えっ、あ!? そうなの? 京都には無いの!?」
「バカ! てめ何間違えてやがんだ!!」

青峰君と緑間君が私を挟む様に立ち塞がった。

「かつてはあったが、今は無いのだよ」
『あったの!?』
「昭和48年に火事で焼失した。方広寺にな」
「そ、そうか! なら銀閣寺へは!?」
「銀閣寺は方角違いだ。方広寺もな。案内は無理だ」
「道案内よりタクシーの方が早えぜ」

慌てた様に彼等は去って行った。
…あれは一体何だったんだろう…??

金閣寺を拝観し、龍安寺に向かって歩き出し始めた時、私は勢い良く走って来た人とぶつかった。
ぶつかった時に青峰君にぐいと肩を引かれ、私はたたらを踏んだ。

同時にべちゃりと私の足先に緑色の物が落ちた。

「…チッ! あ、すんませーん」

ちょっとチャラい男性がソフトクリームのコーンを持っていた。
…さっき、舌打ちが聞こえた様な気がしたけど、気のせいかな?

青峰君が肩を引いてくれなければ、私にその抹茶ソフトクリームが付く所だった。
ラッキーアイテム、持ってて良かった…

「おめー…何だか今日は変な目にばっか遭ってんな」
『そ、そうかな…?』
「トラブルに巻き込まれる可能性あり…全くおは朝はこれだから侮れん」
『まあでも、ラッキーアイテムあるから心配は要らないよね。てか緑間君も蟹座じゃん!』
「そうだ。お互いに気を付けるのだよ」

※※※

龍安寺、仁和寺の見学を終え、私達は境内の土産物屋に立ち寄った。
緑間君は買い物をし会計に並び、青峰君はトイレに行くと言い、その場からはいなくなった。

私は同行している残りのメンバーに断り、境内の外の通りの向かいにある自販機でジュースを買う事にした。
辺りはかなり観光客が多い。

自販機で自分のジュースを選んでいる時に、冷たいお汁粉まであるのに気が付いた。
ささやかだけどバレッタのお礼に、これも買って行く事にする。

先にお汁粉缶を手にした時、後ろから声をかけられた。

「すみません。ちょっと道を聞きたいのですけど」

今日はやたらと道を聞かれる日だなー

後ろに向き直ると、白いミニバンが後部ドアを開けて止まっていた。

『あの、私も観光客でそんなに道分かる訳ではないですが』
「この地図の、ここに行きたいんだけど?」

私は首を傾げつつ、その車に近寄った。

『!?』

不意に後部座席の奥から手が伸びて私の腕を掴み、一気に車に引きずり込まれた。

「出せ!」
『何するの!? 放して!!』

車のドアが閉まり、一気に走り出した。
隣の男が私の身体をまさぐった。
私は悲鳴を上げ、男の手を振り払う。

『やだー!! 触るな変態! 痴漢っ!!』
「お前持ってんだろ、出せ!」

何が!?
こんな…まだ緑間君に何もされてないのに、こんな男なんか…!! 絶対に嫌!!

男が私の身体から手を離し私のバッグに手を伸ばした隙に、私は男の足を思いっきり踏みつけた。

「痛えー! このアマ!!」

私はドアのロックを外し開けて、外に身を躍らせた。

※※※

外に転がり出た私は、辺りを見回す余裕もなく必死に走った。
なるべく車の通れない狭い路地を選んでただ走る。

ここは一体どこだろう…?
皆とも逸れてしまった。

暫く走った後、息を切らしながら追手が来ないのを確認して、私は漸く歩調を緩めた。

ここ…どこ?
私は鞄から携帯を取り出すが、電池切れになっていた。

『そんなぁ…』

そういえば充電池持って来るの忘れてた。

私は思わずその場にへたり込んだ。
ここがどこかも分からない。
電話で連絡も出来ない。
おまけに変な連中に拐われて…きっと逃げた私を探しているだろう。

…どうしよう? 公衆電話を探して皆に連絡して…警察か交番にでも…

「おい」
『きゃあっ!!』

誰もいないと思っていたのに、急に声をかけられた私は跳び上がった。

その人は私の目の前にいた。
何で今まで気が付かなかったんだろう?

その男はさっきの男達とは明らかに違う。
私は緊張を少し解いて息を吐いた。

彼は薄いグレーのジャケットに濃いブルーグレーのシャツ、黒いネクタイの制服を着ていた。
年は私の少し上位の高校生だろうか?

彼の髪と瞳はグレーだが、灰崎君とは全然雰囲気が違う。
彼の顔は整ってはいるが、瞳に生気が無かった。
でも何となく誰かを彷彿とさせる。

私がボーっと見ていたら、彼は不機嫌そうに顔を顰めた。

「お前、転んだのか? にしてもひでー有様だな」
『…へ?』

改めてよく見ると、私の制服は汚れ、腕と足には痣と擦り傷が所々に出来ているのに気が付いた。
そして気が付いたら、少し痛みが出て来た。
でも幸いにも骨折や捻挫はしていないみたいだ。

「早く病院にでも行って手当してもらえ」
『あの、私…修学旅行で来ていて…グループから逸れてしまって』

「…あ?」
『携帯も電池切れで…ここ、どこですか?』
「…チッ、兎に角、何処行くつもりだったんだ?」

面倒そうに舌打ちした彼に私は首を竦めた。

『これからお昼食べて…仁和寺から嵯峨野へと』
「仁和寺からは嵐電で行くのか?」
『ラン…?』
「嵐山電鉄、なら妙心寺か宇多野辺りか」
『多分…電車でだと…思います』
「ならそこまで案内してやる。付いて来い」
『…! あ、ありがとうございます!』

それでも私を放って行かない辺り、見かけよりも親切な人なのだろう。

『あの、私は苗字名前と言います。東京の帝光中学校、2年生です』
「……俺は黛千尋。洛山高校一年だ」

彼は一瞬、微かに顔を顰めた。
私…何か失礼な事言ったかな?

黛…千尋。知らない名前だ。でも洛山…って。

「何してる? 置いてくぞ」
『あっ、す、すみません!』

私は自分の思念を振り払い、彼の後を追い歩き出した。


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