修学旅行(中篇)
no.67 修学旅行 中篇
…それにしても、何で俺はわざわざこんな面倒な事やっているんだ…?
確かに只事ではない様子のこの女を放置してはおけなかったが。
この女、迷子にしてはどうも様子がおかしい。
まあ、ちょっとだけ愛読書の主人公の不二林檎に似ている、と思ってしまったからついな。
でもよく見れば、髪は林檎の方が長いしリボンの色も違う。
しかし帝光生とは。
帝光と言えばバスケ部の俺には忌々しい存在だ。
洛山バスケ部はレギュラー争いが熾烈で、今の俺にはとてもじゃねーがベンチですら手が届かねえ。
同学年の帝光生は、もうベンチ入りしているヤツがいると言うのに。
でもそれはこいつには何の関係も無い話だ。
それに気になる事もある。
さっき俺は車に乗った変な連中に声をかけられた。
探しているのは中学生の女。
容姿、制服の特徴が正にこいつと同じだ。
ここで土地勘の無い女を放って行くのは、どうにも後味が悪い事になりそうだ。
取り敢えず、駅か仲間と合流させるか交番にでも預けるか…
面倒は嫌いだが…仕方ない。
『あっ!?』
不意に女―苗字が声をあげた。
「どうした?」
『…冷たいお汁粉缶、落としちゃってた……』
何だ? たかだかお汁粉缶で何でそんなに落ち込んでる?
そういや昼飯前とか言ってたっけな。
「何だ、腹減ったのか。じゃどっかで飯でも食うか?」
『…は?』
何故、そんなきょとんとした顔をする?
「違うのか?」
『…いえ、お腹空いてたの、今気が付きました』
今気が付いたのか。それにしても変な女だ。
俺達は手近なイートインスペースのあるコンビニに入った。
※※※
彼は黛千尋と名乗った。
何となく不思議な感じの人だ。
私は以前読んだ漫画―時間が経ち過ぎて、部分的に記憶が若干薄れかけてはいるが、その中で彼の存在に思い当たる事はなかった。
メインキャラではないのだろうか?
それとも私が知らない登場人物か? 途中までしか読んでなかったからなぁ。
『小説がお好きなんですね?』
「ああ、まぁな。ラノベだが」
イートインスペースで私達は並んで座り、私はサンドイッチと野菜果物ジュースで当座の空腹を満たした。
幸いにして携帯の充電器があったので、私はそこに携帯電話を繋げた。
彼はリンゴジュースを脇に置き、文庫本を抱えている。
その姿は黒子を思い出させた。
何となく表情が乏しく、影が薄い所も似ている。
『ラノベ…私もファンタジーっぽい魔法使いや戦士の出て来る話は時々読みます』
「これもファンタジーだが」
タイトルは「時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。」だ。
読んだ事はある。
もう何編か出ている人気作のシリーズだ。
確か宇宙から来た機械人形の話だ。
宇宙ではないけど、私も自分が似た境遇だと思って入れ込んだ事がある。
「何が可笑しい?」
黛さんは不機嫌そうに眉根を寄せた。
私は知らず知らずのうちに、思い出し笑いをしていたらしい。
『ああ、それ面白かったですね』
「読んだのか?」
『はい。新刊出てたのですね。今度買わなきゃ』
自分が異世界から来て、ここの世界がバスケ漫画の中と同じなんて話など与太話としか思われないだろう。
「そうか。次からの展開が大きく変わるんだが」
『それは楽しみです』
充電中の私の携帯を立ち上げると電話の着信ランプが点いていた。
見たら何件も緑間君から着信が入っている。
私は黛さんに断りを入れ、緑間君に連絡した。
※※※
私と黛さんは意外と会話が盛り上がった。
彼はラノベが好きで色々読んでいた。雰囲気からは想像もつかないが。
彼は気難しく物静かなタイプだが、好きな事になると熱心に話す。
一方、私は何でも乱読するタイプだ。
突然、コンビニのドアが開いた。
「いた、苗字っ!!」
「まーったく、手間かけさせやがって。…つーか、おめーやけに汚れてんな?」
「一体、何があったのだよ?」
「あの…でこの人は?」
私は彼を紹介した。
『黛さん。洛山高校一年生。迷ってた所、助けてもらったんだ』
緑間君が進み出た。
「苗字が世話になりました」
「ああ、お前の仲間か?」
『はい。あの、緑間君…』
「苗字、班行動で勝手な事をするな! お前がどれだけ周りに迷惑をかけたか、分かっているのか!?」
『……ごめんなさい』
確かに不可抗力ではあったが、私が皆に迷惑かけた事には違いない。
私はしゅんと項垂れた。
青峰君は鼻を鳴らした。
「緑間が滅茶苦茶テンパってて電話受けた途端に走り出したんだぜ、俺達に説明も無しでよ。それでここに着いて急に不機嫌になりやがった。
やっと見付けたと思ったら名前は知らねー野郎と盛り上がってるしなー。ったく他人の気持ちも知らねーでよー」
『…う。ご、ごめんね』
黛さんが割って入った。
「とにかく合流出来たんだから良かっただろ。こいつは怪我してる。責めてる暇があるんなら早く手当してやるんだな」
「怪我!? どこだ!? 早く診せるのだよ!」
『腕と足に。でも軽い傷だから』
「救急キットならあるのだよ」
「迷った上に転んだのか? にしてもドジだなおめー」
呆れた様子の青峰君に黛さんは静かに返す。
「…ただの迷子じゃねーだろ、こいつは」
「どーゆー意味だよ?」
黛さんは軽く目配せをした。
青峰君は弾かれた様に顔を上げ、外を窺う。
「どうしたのだよ、青峰…」
「しっ! 静かにしろ」
彼等のただならぬ様子に緑間君も鋭く表情を引き締める。
青峰君は緑間君と黛さんとで何やらひそひそと小声で話し始めた。
暫くして相談が纏まり、緑間君が班全員に告げた。
「班を分ける事にした。俺と青峰と苗字は別行動する。他は当初の予定通り嵯峨野を周れ」
『えっ…!?』
「どうして?」
「苗字のこの有様では、そのまま見学を続行する訳にはいかないのだよ。手当もせねばならんし、事によっては病院に連れて行くかもしれん。
が、一人のアクシデントで全員に影響が出るのを避けたいのだよ」
「んで、今の名前を一人別にするのも危ねーし。また転ぶかもしんねーだろ?」
私が転ばない様に二人に付いていて貰うみたいなこの言い草は何…?
手当なんて後でも平気だし。
私が抗議の声を上げようとしたら、青峰君の手で口を塞がれ強引に引き寄せられた。
「いーから、おめーは黙って俺達に付いて来りゃ良いんだよ!」
(まだこの辺りにおめーを捜しているっぽい変な連中がいるんだ。大人しくしとけ)
耳元で囁かれた物騒な台詞に私は凍り付いた。
※※※
黛さんと別れた後二手に分かれた私達は、追手を撒きながら歩いていたが、気が付いたら太秦にいた。
「さて…で、これからどーすんだよ? ただ逃げてるだけじゃ性に合わねえ」
「ここは太秦…か。そうだな、折角の自由時間だ。すぐそこに丁度良い見学場所があるのだよ」
『広隆寺か…映画村?』
「お、良いじゃねーか、映画村! ぜってー映画村だ! 決まり!!」
青峰君は広隆寺には興味が全く無いんだろうな…
緑間君は苦笑してるし。
私達は映画村に向かった。
チケットを買い中に入ると、中はまるで時代劇の舞台そのものだった。
『あっ、あれよく時代劇で見るやつ! 控えい! 将軍様の御前であるぞ!!』
「この桜吹雪が目にへいらねーか!」
「…事態が分かっているのか? お前ら…」
まだ追手が来るかもしれないのだぞ、と文句言われて首を竦めてしまうが、このロケーションでテンションが上がらない訳がなかった。
平日のせいか、映画村はそんなに混んではいない。
でも何故か私は通りすがりの人達の注目を集めている様な気がする…
…何で? 背の高いイケメン二人といるからかな?
私が独り言の様にその疑問を口にすると、緑間君は顔を顰めた。
「その…お前の姿では注目されるに決まっているのだよ」
傷の手当をしたとは言え、私の所々泥で汚れた制服と絆創膏やガーゼを手足に貼り付けた姿はどうしても目立ってしまう。
ふと辺りを見回すと、壁のポスターが目に入った。
(衣装貸し出しサービス! 無料期間中!)
『ねえ、あれ…使わしてもらおうか?』
この中だけでも悪目立ちしなくなれば、追手もやり過ごせるかもしれない。
※※※
私と彼等が着替えて集合すると、青峰君は不満気に鼻を鳴らした。
「何でぇ、おめーどーせなら花魁にでもなればいいのによ。つまんねえ」
『それじゃ、いざって言う時逃げられないじゃん。和服動きにくいんだから』
「俺達が守ってやるっつーてんだろ? な、緑間!」
「な、何なのだよ!?」
いきなり振られた緑間君は狼狽えてる。
「おめーも名前の花魁姿見て―だろ?」
「お…花魁…俺はどちらかと言うと姫姿か町娘が」
「姫も花魁も似たよーなもんだろが」
「大違いなのだよ!!」
『今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ?』
私が選んだのは忍者衣装。
くノ一にしてはやや派手な色使いではあるが、ここでは他の観光客も着ていて普通に溶け込むので問題はないだろう。
髪型もポニーテールに変えたし、一見してすぐに見分けが付かなくなると良いんだけど。
青峰君は着流しの浪人風、緑間君は袴を穿いた武士姿。
どっちも似合っていて格好良い。
私達は再び村内を歩き出した。
長屋では青峰君が悪ふざけで傘を貼るポーズをしたり、緑間君が畳の上で真面目くさって正座してたりするのが妙に嵌って私が大喜びで写真を撮ったり。
通りを歩いていると怪獣の鳴き声が聞こえ、傍の堀の中から首の長い怪獣が目を光らせて水の中から首を出した。
『な、何で江戸の風景の中で怪獣がいるのよ…?』
「おめー、知らねーのか? こいつはエドッシーっつー未確認謎生命体だぞw」
『え、エドッシー??』
「…要するに、ここではマスコット的な存在なんだろう。ラッキーアイテムになるかもしれんから要チェックなのだよ」
『マスコット…』
いくら何でもそんな…いや、おは朝ならあるかもしれない。
「おい名前、手裏剣道場があるぞ♪」
『あるね』
「やらねーの?」
『えっ?』
「おめー、くノ一だろw」
『……』
だから装束だけだってば!
余りにも青峰君から期待に満ちた瞳を向けられたものだから、そのままスルーする事が出来なくなってしまった。
最近、無気力になっていた彼が少しだが元の面影が出たのが嬉しくて、つい私も調子に乗ってしまう。
『よっしゃ!!」
立てかけている畳に幾つかの的が貼り付けられている。
私は手前の台にぬいぐるみのせーちゃんを置き、勢いを付けて思い切り腕を振りかぶった。
「うわっ!!!!」
『…あれ?』
投げたは良いが、どこにも手裏剣が刺さっていない。
と同時に後ろから男性の大きな悲鳴が聞こえた。
嫌な予感がして恐々振り向く。
「どこ投げてやがる!? 危うく刺さる所だったんだぞ!!」
『す、すみません…』
「どうやって投げたら後ろに行くのだよ…??」
それは私が聞きたい。
私の後ろ側はそのまま通りに面していて板壁なのだが、その男性の顔と思しき高さの板壁に、私の投げた筈の手裏剣が刺さっていた。
「運痴にしても程があるだろww」
「ノールックで投げるとは…」
バスケと一緒にするな。
私は謝った後、その男性の顔に見覚えがあり首を傾げた。
記憶を探ると同時に私の頭の中で警鐘が鳴る。
その壮年の男性は、私のぬいぐるみをじっと見詰めていた。
「そのぬいぐるみは…! いたぞ!! こっちだ!!」
その男は私を車で攫った一味だ。
思い出したと同時に男は叫び、私に掴みかかった。
私に男の手がかかる瞬間、男は横に吹っ飛び、板塀に全身を打ち付け動かなくなった。
『…えっ!?』
「チッ! もう中にまで入り込んでいやがった!」
吹っ飛ばしたのは青峰君だ。
「逃げるのだよ、苗字!」
私は咄嗟にぬいぐるみを掴み緑間君と青峰君に手を引かれ、そこから走り出した。