Rhapsody in Green


すれ違う視線


-緑間side-

俺は最近、名前と目が合わせる事が出来なくなっていた。

何故なら、彼女と目を合わせる度に、心臓が煩く鳴り出すからなのだよ。
脈拍が異常に早くなり、心拍数が上がり、体温が上昇する。
緊張して上手く自分がコントロール出来なくなる。
…まるで、自分が自分で無くなったみたいなのだよ。

そのくせ、彼女の視線がこちらに向いていない時は、つい吸い寄せられる様に見てしまう。

友人と話している時の笑顔、本を読んでいる時の真剣な表情、ぼんやりと考え事している時、落書きをしている楽しげな表情…
どの表情も可愛らしく、俺を惹き付けて止まない。

名前を見る度に、抱きしめた時の彼女の温もりや匂いを思い出してしまう。
それが恥ずかしくて堪らなかった。

医学書を見たが、この自分の症状が、風邪などの病気が原因ではないのは明らかだ。

……なら、自分でも信じがたいが、導き出される答えは一つしか思い当たらないのだよ。
…セロトニンとドーパミンとPEA(フェニルエチルアミン)の過剰分泌…になる心理状態…だと…!?…この俺が。
一言で言えば、所謂[恋の病]と言われる症状だ。

俺は頭を抱えたくなった。

彼女は俺の斜め前の席だから、その気になれば、授業中はいつでも見つめる事が出来る。
…でも、俺は授業中にあまり浮つく訳にはいかない。
人事を尽くさねばならないからな。

でも、黒板に目をやれば、そのまま彼女の後ろ姿が目に入る。
彼女は授業中は髪を一纏めにしているから、白いうなじに視線が自然に引き寄せられる。

些か俺は見つめ過ぎたのかもしれない。

名前はいきなり振り向いた。
彼女を見つめていた俺と、名前との視線が真っ向から絡み合う。

…気付かれた!?

俺は心臓が跳ね上がった。
俺は高鳴る心臓を宥めながら、今更の様に視線をノートに戻す。
顔に熱が集まっているのが自分でも分かる。
俺は、彼女の視線を感じつつも、顔を上げられなかった。

名前は振り返ってしまったので、教師に注意されていた。
俺は内心で彼女に謝りたいと思った。

きっと、半分は俺のせいなんだろうから。

名前を直撃したチョークは、俺の足下に転がっていた。
教師はそれを持って問題を解けと命令していたから、俺はそのチョークを拾い上げようとした。
彼女も腕を伸ばして拾い上げようとしていた。

名前と俺との指が触れ合った。

一瞬だけの感触に、甘い感覚が全身を貫き、俺の指がびくりと震えた。
また心臓が暴れ出す。

俺は慌てて手を引っ込めた。
恥ずかしくて、彼女の顔を見る事が出来なかった。

※※※

休み時間、俺は一旦教室を出た。
まずは俺は、一人で落ち着く場所が欲しかったからだ。

中庭に面した廊下の窓を開けて、ゆっくり深呼吸をしたら漸く落ち着く事が出来た。

「おい、緑間じゃないか?」
宮地先輩と大坪先輩…

「どうしたんだ?惚けた顔をして。轢くぞ」
……自分は、そんなに惚けた顔をしていたのだろうか?
「ただの気分転換です」
俺は、ずれてもいない眼鏡を直しながら言った。

「先輩達こそ、機嫌がいいですね」
「ああ、俺はマミリン、宮地は、みゆみゆのサイン入りポスターが当たったんだ♪」
「それは…おめでとうございます」

「へえ、緑間の事だから、"くだらん!"とか言うのかと思った!」
ファンと実際の恋は全然違うだろうが…それでも。

「…嬉しい気持ちは分かりますから」

二人は、ぽかんとした顔で俺を見た。
全く…何なのだよ?

「……緑間、お前、熱でもあるんじゃないのか?」
宮地先輩は、怪訝な顔をして失礼な事を言う。
大坪先輩は、俺を見て不思議そうな顔をした。
「……そう言えば、さっきから気になっているんだが。お前、今日のラッキーアイテムは持っているのか?」

ラッキーアイテム……?

俺は両手を見た。
今日のラッキーアイテム……

俺は息を飲んだ。
何てことだ!!!

「き、教室に置き忘れて来たのだよーっっっ!!!!」
俺の叫び声が廊下に響いた。

「おーい、緑間……?」
「大丈夫…じゃねーよな…?どーしたんだ、あいつは?」
後から先輩達の声が聞こえて来たが、俺は返答する余裕も無く、急いで教室に向かった。

※※※

俺は、慌てて教室に戻った。

名前が机に突っ伏していた。
隣の席の高尾が、そんな彼女の頭を撫でている。
彼女は、寛いだ表情で気持ち良さそうにしている。

俺はそれを眺めている内に、無性に腹立たしくなってきた。
彼女の席に近寄ると、高尾の手首を掴んでしまった。
高尾は、そんな俺の反応を楽しむかの様な視線を寄越した。
「真ちゃんお帰りーって。…何で俺の手を掴んでんの?」

俺は高尾に返答せず、名前の頭を撫でた。
この感情は自分でも分かる。…俺は高尾に嫉妬したんだ。

名前を俺だけのものにしたい。
俺以外の誰の手にも触れさせたくはない。

名前は、そんな俺を不思議そうな表情でぼうっと見つめている。
そんな名前が愛しくて、俺は柔らかく笑み、彼女の頭を撫で続けた。

高尾が何か言いたげに俺の事を見ているが、知ったことか。
例え冷やかされようと、からかわれようと、俺は彼女に触れる事は止められない。

…名前がそれを許してくれる限りは。


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