Rhapsody in Green


夏の災厄


そろそろ夏も始まる頃。
制服は夏服に変わり、学校ではプール開きが行われた。
でも、今日は私の学年は体育の授業は無い。
そんなある日の事だった。

緑間君が落ち着かない。
やたらとイライラしてるみたい。
そう言えば…
『真太郎君、今日の蟹座の運勢は最悪なのに、ラッキーアイテムは持ってないの?』

そう。
今日のラッキーアイテムは[水に浮く玩具]
確か朝は、アヒル型のおもちゃを手にしていたと思ったんだけど…

「…無くなったのだよ」
『無くなった!?…朝は持っていたよね?』
「ああ…探しているのだが、どうしても見付からないのだよ」

「真ちゃん、休み時間に机に置いて、少しの時間だけ席を離れたんだけど…戻った時には無かったんだ」
高尾君が、珍しくも深刻な表情で補足説明する。

『…そんな事で無くなったりするのかな…?』
……誰かが盗った?
玩具を??
誰が、何の為に???

「…真ちゃん、一年でエースだからな。三年でもベンチにすら入れない奴等もいる。妬まれているから…嫌がらせかもな?」

もし、誰かに盗られたのなら、そう簡単には見付からないだろう。

そんな私も、ラッキーアイテムを用意してなんてないのだけど。
持っていればシェア出来たのになー
私も少し後悔する。
最悪の運勢でも何とかなってはいるので、そんなに深刻に考えていないだけなんだけどね。

…でも緑間君は、何故かモロにおは朝の占いが当たる傾向がある。…危険な位に。

※※※

-放課後-

私は緑間君と手分けをして、学校中を探し回った。
緑間君は、我儘一日分を使い切ってまで探していた。

でも、ラッキーアイテムは見付からない。
私は、緑間君に部活に戻る様に勧めた。
『後は私が探しておくよ。真太郎君は部活に戻って?』
「しかし、名前…」
心配そうに私を見た。

「なら、あと10分…探しても見付からなかったら、名前に頼んで戻ろう。…すまないのだよ」
『じゃあ、私は校庭の裏の方を探すね』
「俺は、校舎をもう一回見てみるのだよ」

私は、緑間君と別れた後、校舎の2階の渡り廊下の窓から、何気なく裏庭を見下ろした。

『…ん?』
裏庭にあるプールの水面が、キラキラと太陽光を反射していて、目に眩しい。
でも、私はそこに微かな違和感を感じた。

目をこすって、もう一回目を凝らす。

何か浮いている。
何か…黄色い小さな物体が。

『…あれって、もしかして…?』
私は駆け出した。

※※※

プールに到着する。
私は、プールの真ん中に浮いている物体を確認した。
やはり、アヒルの玩具のラッキーアイテムだ。
誰かが放り込んだのだろう。
急遽、緑間君にメールで連絡を入れる。

そして、はた!と、ある事に気付いて途方に暮れる。
私…水着持って来てない…

『どうしよう…?』

借りられる相手もいない。
浮いているのは真ん中だから、道具使って手繰り寄せる事も出来ない。

そのまま入ると、制服がびしょ濡れになる。
下着濡らしたりしたら、着て帰れない。それは避けたい。

私は周りを見渡した。
『…誰もいない…』
私は、女子更衣室に駆け込んだ。

スポーツタオルが数枚置いてあった。
水泳部のかな?
『すみません。お借りします』
私は呟いて、服を脱いだ。下着も取り去って裸になる。
さすがに誰もいなくても、外で裸はマズい。

私は、スポーツタオルを腰と胸に巻いて、しっかりと結んだ。

そして、そのままプールに入る。
外は軽く汗ばむ位に暑いのに、水は思ったより冷たかった。
私は、タオルが解けないか気にしながら、ゆっくりと足を進める。

真ん中に到着して、私はアヒルの玩具を掴んだ。
その瞬間、足が攣った。
『痛っっ!!?』
しまった!
少し入るだけだからと軽く見て、準備運動を怠った事を後悔した。

プールのコースロープは仕舞われている。
掴まれる物がどこにもない。
足が痛くて動かない。泳げない。

私は痛みに耐えかねて、アイテムを掴んだまま水の中に沈んだ。
プールの中央は、少し深めになっている。
私の身長はギリギリだった。
このままでは、溺れてしまう。

「名前!!!」
緑間君の声が聞こえた…様な気がした。

次の瞬間には、私は、ジャージにTシャツ姿のままびしょ濡れになった緑間君に、プールの中で抱え上げられていた。

「名前、大丈夫か!?」
『足攣った…痛い』
言いながら、私は腰巻を捲れない様に腿の上で抑え、アヒルの玩具を抱えていた。

プールの縁に引き上げられた私は、アヒルの玩具を彼に渡した。

緑間君は、自身がびしょ濡れなのに、先に私にタオルを被せた。
「お前は何て無茶をしているのだよ!?」
緑間君に怒られた。

何で探し物を見付けられたのに、私は怒られているんだろう?

『真太郎…せっかくアイテムを見付けたのに、そんなに怒る事ないじゃないの!』
「水着も無いのに、そんな恰好で!…誰か他の男に見付かったら、どうするつもりだったのだよ!?」
『だから念の為に、タオル巻いてるし』
「こんなのはすぐに解けるのだよ!」
『しっかり結んだから、大丈夫だって!』

ほら、と私は挑戦的に胸を反らせた。
緑間君はそんな私を、大きめのタオルでぐるぐる巻きにした。
「準備運動はちゃんとしたのか?」
『うっっ!』
痛い所を突かれた。

「そんなだから足を攣るのだよ。俺が来なかったら、どうするつもりだったのだよ!?」
『………』
私は一言も返せない。

「お前はそんな無茶をせずに、俺に場所を教えてくれるだけで良かったのだよ…」
緑間君はため息を吐いた。

「…早くシャワー浴びて着替えて来るのだよ」

私はシャワー室に追い立てられる様にして入った。
まるでこれでは…
『反って手間かけさせちゃったみたい…』

困ってる緑間君の力になりたかった…でも。

自分が見付けたからって、浮ついた気持ちで注意を怠った。
おまけに自分だけではなくて、緑間君もずぶぬれにさせてしまった。
これでは、すぐに部活に行くどころではないだろう。

落ち込んで、自分の情けなさに涙が出て来た。

どんなに前世の記憶があったって、今の高校生よりほんの少しだけ大人の経験したからって、私はいつまでも記憶年数相当に成長しているとは思えない。
いつまでも、お馬鹿な子供のまま。

シャワーのお湯が、溢れる涙を洗い流して行く。
暫く私は、ぼーっとお湯に打たれ続けていた。

どれ位の時間が経ったのか。
外から緑間君の声が聞こえた。

「名前!!どうした?大丈夫か!?」

私は我に返った。
『大じょ…』
言いかけたが、声がどうしようもなく涙声になってしまっている。
こんな…泣いてるのがバレたら、余計に心配をかけさせてしまうだろう。

すぐに返事が無かった事に焦ったらしい。
「名前!!開けるぞ!」
緑間君はシャワー室の扉を開けて、バスタオルを持って飛び込んで来た。

『…えっっ!?ちょ…!』
驚いて振り向いた私は、彼が眼鏡を外していた事に気付いた。
飛沫がかかるのを嫌ったのか、それとも、異性の裸を出来るだけ見ない様にとの配慮なのか。

そのまま緑間君は、持っていたバスタオルで私を包み、手探りでシャワーの栓を止めた。

『……』
私は俯いて立ったまま、声を出せなかった。

緑間君は、そのまま私を後ろから抱きしめた。
濡れたタオル越しに、彼の体温が伝わって来る。

「…俺のラッキーアイテムの為に、お前に何かあってはならないのだよ…」
『…ごめんなさい…』

私は、彼の優しさと温かさに気持ちが溶かされていく心地で、気が付いたらぽろぽろと涙を零していた。

「…名前が無事で良かったのだよ…」
回された腕に力がこもるのを感じた。

「………」

首の後ろに微かに緑間君の息がかかる。
何か呟いているみたいだけど、至近距離にも関わらず、何も聞こえなかった。

『……!!!』

改めて考えると、裸でタオル一枚越しに抱きしめられている今の状況って…堪らなく恥ずかしいんですけどっ!?
私は真っ赤になった。

しかも、まだ彼氏彼女じゃないんだしっっ!
って!?[まだ]って何だよ!?
いつかは、カレカノになるつもりなのかっ!?
内心で、セルフ突っ込みしている私は、相当テンパっている。

「…名前」
後ろで緑間君は、甘える様に、私の首筋に顔を埋めた。

振り向いた私と、至近距離で目が合う。

そのまま、お互いに引き寄せられる様に、顔を更に近づける。
もう唇に、お互いの息がかかる距離。

私は甘い感情に任せるままに、自然に目を閉じた。

「真ちゃんっっ!!!??」

バンッ!!
派手な音を立てて、突然扉が開いた。

緑間君は弾けた様に、私を離して後ろを向いた。
私は、彼の身体の陰になって、高尾君からは見えない。
…鷹の目を使ったら見えてしまうかもだけど。

「…何なのだよ、高尾」
「何なのだよ、じゃねーよ!プールで見付かったっつーメール寄越してから、どんだけ時間が経ったと思っているのさ!?
携帯鳴らしても全然出ねーしさ、探しちゃったよ!何で女子シャワー室にいるのさ!?誰もいないからいいけど!!」

「……携帯持って、シャワー室の中に入る訳にはいかないだろう」
「ったく…先輩達が、轢くだのうるせーから、早く行こうぜ?ラッキーアイテム見付かったんだろ?」
「…ああ…急ぐのだよ」
と言いつつ、高尾君を軽く押し出す様に、緑間君はシャワー室を出て行く。
「ったく…誰のせいだよwww」
賑やかな二人が出て行った後は、一人静寂に包まれた。

残された私は、床にへたり込んだ。

吃驚したー…
心臓がまだバクバク言ってる。

…それにしても、今のは何なの?

※※※

私はその後、着替えて帰宅した。
その夜、緑間君から電話がかかって来た。

《名前か。無事に帰れたのだな?》
『…うん』
電話越しに声を聞いただけなのに、さっきの甘い感覚が生々しく甦って来て、ぞくっと身を震わせた。

《あの状態の、お前を置いて出て行って、すまなかったのだよ。
…高尾に、あの時のお前を見せたくなかったのだよ。》

…何だかさらりと独占欲の塊のような、甘い言葉を言われている様な気がする…
これ、天然で言ってるなら、とんでもないタラシだけど。
ツンデレの天然タラシなんて最強生物だな、オイ。

『ううん。気にしないで。…こちらこそ、反って手間かけさせちゃって、ごめんね?』

《最悪の今日が無事に済んだのは、ラッキーアイテムを見付けてくれたお前のお陰なのだよ…ありがとう。》

今日は蟹座にとって、最悪の日だけど。
パンドラの箱の様に、開けたら災厄の後に残っていたのは…とても大切なものだったのかもしれない。


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