真夏の夜の夢・四夜目-1-
緑間君の後ろ姿が見える。
『真太郎君!』
私はありったけの声で呼んでいるのに、緑間君には私の声が届かない。
彼は振り向きもせず、歩き去って行く。
私は全速力で走って追いかけているのに、いつまで走っても追いつけない。
緑間君の背中がどんどん遠ざかって行く。
『待って!…置いてかないで…!!』
目が覚めた。外は明るくなっていた。
『夢…?』
私は泣いていた。
涙が枕を濡らしていた。
背中の痛みは湿布のおかげか、かなり軽減していた。
鏡を見ながら身支度を整える。
目が腫れている。
『うう…酷い顔…』
朝食の支度をする為に、台所に向かうと、廊下で緑間君とバッタリ出会った。
き…気まずい。
『お、おはよう…』
「…ああ…おはよう」
挨拶は一応返してくれたが、目を合わせてもくれない…
仕方ないか。…昨日の今日だものね。
※※※
「よう。昨日は悪かったな。大丈夫だったか?」
今朝のご飯のお手伝いは、火神君らしい。
『うん。背中の打ち身はかなり楽になったよ』
「なら、良かった!…今日のメニューは何だ?」
『ジャーマンポテトとココっトとミネストローネスープ…』
「よっしゃ!任せろ!!…つか、洋風だけどワールドワイドな献立だな、それw」
『ドイツとフランスとイタリア…www確かに〜w全部纏めてユーロ風ね!』
緑間君は、おは朝を観に、テレビのある食堂に来た。
ふと彼に見られている気がしたが、緑間君を見ると、彼はテレビを観ていて、私の方には顔を向けもしなかった。
心がチクリと痛む。
そんなに私達の気持ちは離れてしまったのだろうか?
「ふぁー、地獄の合宿も今日で終わりかー…」
ジャガイモを剥きながらの火神君の言葉に、私は我に返った。
そう言えば、誠凛は今日までなんだっけ。
何だか不思議な気分だ。
たった三日間一緒にいただけなのに、すっかり慣れちゃって…まるでこっちが日常みたい。
誠凛の皆と離れると思うと、それも少し寂しい。
…けど、今度会う時は、きっと対戦相手としてなんだろうな。
※※※
朝食が終わったら、誠凛は砂浜練習、秀徳は体育館での練習になる。
誠凛は午前中の練習を終えたら、そのまま帰る予定らしい。
黒子君は、緑間君を呼び止めた。
「ありがとうございました」
「ふざけるな。礼を言われる筋合いはない。火神にしても…跳ぶだけならノミでも出来る。
バカすぎて懲らしめただけなのだよ。…俺が倒すまで負けるな」
「…はい!」
「それと…苗字さん」
『黒子君?』
「ご飯、ありがとうございました!とても美味しかったです」
『そう言って貰えると嬉しいな。誠凛の人達にも手伝って貰って助かったし。頑張って作った甲斐があったよ。こちらこそありがとうね』
私は嬉しくなって、微笑んだ。
落ち込んでいる時に、嬉しい言葉を貰うと、心がぽかぽかしてきて癒される。
それから黒子君は、私の耳に口を寄せると、そっと囁いた。
「緑間君と、よく話し合って仲直りしてくださいね!」
『えっ!?』
「僕の目から見ても分かりますよ。…喧嘩したのでしょう?…原因は火神君ですか?」
『喧嘩っつー程のものではないんだけど…』
「…なら、尚更悪いです。原因ははっきりさせておいた方が、後々のわだかまりがなくなると思います」
確かに…このままではイヤだ。
…でも、どうしたら…?
※※※
私は緑間君のプレイを見ていた。
何故か、今日の彼の動きは、精彩を欠いている様に見えた。
動きに、いつもの様なキレがない。
「真ちゃん…どーしたの? 今日はミス多いんじゃね?」
「…たまたま調子が悪い時もあるのだよ!」
「フーン…?昨日の夜、名前ちゃんと何かあったっしょ?」
「勘ぐるな。何もないのだよ!」
「…へー…その割には、今朝の名前ちゃん…目が泣き腫らしたみたいに赤かったけど…?
真ちゃんも寝付き悪かったみたいだし?」
「………」
「何かあったかは知んないけどさー、名前ちゃんと話し合って仲直りした方が良いと思うよ?
ああ見えて、名前ちゃんは結構寛容だし、動じないし…」
「……俺は、名前に拒否られたのだよ!」
「ええっっ!!?……マジ!?」
「…顔を洗ってくる」
緑間君は、外の水道まで出て行った。
私は、緑間君を追いかけて行く。
緑間君は下を向いていて、水滴を滴らせている。
『真太郎君…』
「何か用か」
緑間君は、タオルを頭から被って顔を拭いた。
『…昨日の事は…ごめんね』
「何故、名前が謝るのだよ。お前に乱暴したのは俺だ」
『あの…』
「謝るな。…俺がイヤだったんだろう…?」
そう苦しげに言うと、緑間君は私から目を背けて、足早に体育館に入って行った。
私は、それ以上声をかける事が出来なかった。
…どうしよう…?
上手く気持ちを伝える事が出来ない。
私は、言葉を失って立ち尽くした。