真夏の夜の夢・四夜目-2-
「今日の買い出しの手伝いは…」
中谷監督が一軍の選手を見渡す。
すかさず高尾君が手を上げた。
「はい、はーいっっ!!オレ、行きまーす!!」
「…高尾か。じゃ、行って来い」
「あざっす!!」
高尾君が、買い物の手伝いに立候補した訳は、何となく察しがついていた。
彼は一見お調子者だが、実は周りを良く見ている。
私と緑間君の様子がおかしい事に、とうに気が付いていたんだろう。
「真ちゃん、名前ちゃんに拒否られた、って言ってたぜ?…昨日、何かあったんだろ?」
『…うん。…拒否った…って事になる…のかな…?状況が悪かったんだけど…』
「名前ちゃん…真ちゃんのこと、どう思ってんの?」
『…どう…って…』
大好き。
この一言が伝えられたら、どんなに良いか…
「名前ちゃん…泣いてんの?」
『…え…?』
気が付かない内に、私は涙をぽろぽろと落としていた。
『私…泣いてる…?』
頬を伝う涙に手をやれば、指に透明な雫が伝わる。
「しょーがねーなぁ…」
高尾君は嘆息すると、私をしっかりと抱きしめた。
「俺の胸で良けりゃ貸してやるから、な。名前、泣くだけ泣いて、すっきりしろよ?」
高尾君は、私が泣き止むまで、優しく私の頭を撫でてくれた。
彼の温かさが、私の気持ちを優しく解していく。
私は声を殺して、彼の腕の中で思いっきり泣いた。
「全く…何やってんだよ…?これは真ちゃんの役割だろ…?」
高尾君の呟きは小さくて、私の耳には届かなかった。
思いっきり泣いて、私はようやく落ち着いた。
『…ごめんね。和成君…私、甘えちゃって…』
「いいって!俺も久々の役得だし?」
『黒子君にもね、真太郎君と話し合った方がいいって言われたの』
「あー、黒子がねぇ…でも、俺も同意見だな。言いたい事は、包み隠さず言っちゃってさ、もしそれで玉砕したら、骨くらいは拾ってやっからw」
『骨って…w』
「はは!…俺の胸なら名前ちゃんの為に空けておくから、いつでも借りに来なよ!?今なら、リース代はロハにしとくぜww」
『ありがとう、和成君!』
「やっぱ名前ちゃんは、笑った顔の方が良いぜ! 大丈夫!可愛いんだから、自信を持ちな!」
高尾君は、私の髪をわしゃわしゃと撫でた。
高尾君と笑っていたら、不思議と不安な気持ちは消えていった。
そうだ、真太郎君と胸襟開いて話し合おう。
それでどんな辛い結末を迎えても、私はそれを受け入れる勇気を持って、前に進もう。
私は決心して、緑間君に呼び出しのメールを送った。
※※※
(最終幕)
夜の海岸には、他には誰もいない。
静かに打ち寄せる波以外は、月明かりが私達二人を照らし出すだけ。
『来て…くれて、ありがとう。真太郎君』
「わざわざ呼び出して何の用だ?…明日も早い。手短に済ませるのだよ」
『昨夜の事だけど…』
「…それはもう、謝ったのだよ。名前は火神を選んだなら、俺がとやかく言える事ではないのだよ。好きにするといい」
言い捨てて、緑間君は踵を返した。
このままでは、また同じ展開にしかならない。
私は、咄嗟に緑間君の右腕を掴んで、力一杯後ろに引いた。
『だから、違うって言ってるでしょ!?』
緑間君は不意を突かれ、完全にバランスを崩した。
それでも体勢を崩しざまに、彼は半身を捻り、身体をこちらに向ける。
私は、彼の首に両腕を回し、二人一緒に、波打ち際に倒れ込んだ。
「なっ…!?」
緑間君の顔が、すぐそばにある。
下に倒れ込んだ私は、緑間君に口付けた。
『…んっ…!』
上に乗ってる緑間君の目が驚愕に見開いている。
私の背中が海水に濡れてしまったが、もうそんな事は気にならなかった。
私は、舌で緑間君の唇をペロッと舐めると、悪戯っぽく笑った。
『これでおあいこね』
「おあいこって、お前…!?」
緑間君は、夜目にも分かる位、真っ赤になった。
何で真っ赤になるかな?…自分だってやったくせに。
私は彼を解放して、身体を起こした。
波のぎりぎり届かない砂浜の上に、互いに向かい合って座る。
「名前は、俺の事を拒絶したのではないのか?」
『…あの時の真太郎君の剣幕が怖かったから、反射的に拒絶しちゃったの。…真太郎君のキスがイヤだって事じゃないよ』
「……あれは、名前が火神に押し倒されていると思って、カッとなったのだよ。火神には抵抗しないのに…俺のはイヤなのかと」
『背中が痛くて、すぐに動けなかったんだってば』
「背中は大丈夫なのか?」
『今は、もう痛くないよ』
「…そうか…なら、良かったのだよ」
緑間君は、少し安心した様に息を吐いた。
私は一旦深呼吸をして、真直ぐに緑間君の目を見た。今なら言える。
『真太郎君。私は真太郎君のこと…!』
緑間君は、言いかけた私の言葉を遮った。
「いや、いい。こう言う事は、やはり男の方から言うべきなのだよ」
彼は一呼吸置いて、眼鏡を直してから、私の目を真直ぐに見つめた。
「……名前、俺は、お前のことが好きだ」
『………!!!』
ずっと欲しかった言葉。
こんな形で聞けるとは思ってなかった。
嬉しくて、とても嬉しくて…心が震えた。
目頭が熱くなって、視界が霞んでいく。
『私も…真太郎君のことが大好き!』
やっと言えた。
言いたくても言えなくて、心の底にずっと封印していた言葉。
「名前…」
緑間君は、私を熱くも優しい瞳で見つめる。
彼と視線が絡み合うと、ドキドキして、甘い気持ちでいっぱいになる。
あれ?
私は、彼と見つめ合ってる内に、急にすごく恥ずかしくなった。
顔が熱くなってきたのが分かる。
私は、立ち上がり、顔を片手で覆って駆け出す。
「名前!?どこへ行くつもりなのだよ!?」
『やっっ!見ないで!!恥ずかしいから!!』
緑間君は私を追いかけて来る。
俊足の彼は、難なく私を捉えた。
『わっっ!?』
今度は私が後ろに引き寄せられる。
私は緑間君の腕の中に倒れ込んだ。彼の胸が私を支える。
「…恥ずかしいのは、お前だけではないのだよ!…名前、逃げるな!!」
肩越しに後ろを見ると、緑間君の瞳と至近距離で目が合った。
「その言葉を聞いた以上、もう俺は、お前を逃がさないのだよ。…覚悟するのだな」
彼はそう言って悪戯っぽく微笑むと、私を抱きしめたまま「名前…愛している」と囁き、深く蕩けるような甘いキスをした。
私達の世界を、月の光がどこまでも青く包み込んでいた。
-fin-
※※※
エピローグ
「フッ、名前…顔が真っ赤なのだよ…可愛いのだよ」
『かわっ…!?真太郎だって…!お互い様だよ!』
お互いに離れ難くて、波打ち際でずっと抱き合って、夢中になってキスしていたら、頭から大波を被って二人共びしょ濡れになった。
「確か今夜の満潮時は、今の時間ぐらいだったのだよ…」
『…それを早く言ってよ…』
「お前といたら、時間を経つのも忘れてしまうのだよ」
『ちょっ…!?何言ってんのよ…もうっ!』
真顔で言われると、凄く恥ずかしいよ!
宿に戻ったら、先輩達に見付かった。
「お前ら、何二人で夜に海水浴してんだ? 轢くぞ!!」と、宮地先輩には突っ込まれ、
高尾君には「お二人さん、熱いねぇ〜wあんまり熱過ぎて、二人で泳いできちゃったんしょ?」とからかわれた。
「名前、風呂に入るのだよ!いつまでも濡れたままだと風邪をひく」
『うん…そうだね。潮で身体がべたべたするし』
「お二人さん!」
高尾君が悪戯っ子の様に目を煌めかせる。
「何なのだよ、高尾!」
「言っとくけど、風呂は男女別々だかんな!w」
「なっ…!?」
緑間君は真っ赤になって絶句し、私は、手を滑らしてお風呂道具を取り落した。
夜、就寝時前
高尾君は、私に言う。
「誠凛が帰っちゃったから、名前ちゃんは今夜は一人部屋だね」
『そうだね。…少し寂しいかも?』
「だからって、真ちゃんは夜這いしちゃダメだぜ?ww」
「するかっっ!!!」
こんな調子で、合宿が終わるまで、私達は高尾君に延々とからかわれ続けた。
→後書き