それから


危険な夏祭り


そんな彼を、ぼーっと見送っていると、傍に来た男に声をかけられた。

「よう。久しぶりだな」

…誰?このドレッド頭…?
私は首を傾げた。
『あなた…どなたですか?』

「…忘れたのか?…ツレないねぇ。帝光で俺に追いかけられて、見事逃げ切ったじゃん。
リョータと仲がいいとは知らなかったぜ」

…この嫌な笑い方…?…どこかで…?
瞬間、私の頭の中で稲妻の様に記憶が閃いた。

『…灰崎祥吾…!?』
髪型が全く変わってたんで、気が付かなかった。

「あれぇ?俺の名前を知ってんの?…名前ちゃんw」
確か、あの時私は、名前は教えてなかった筈だ。
『あんたこそ…何で私の名前を知ってんの?』

「何でって?俺をハメた女なんて初めてだったから、少し調べたんだよ」

『ハメた…?何の事?』
「あの後、俺は大恥かいたんだぜ。お前と関わると碌な事にならないと思ったから、今まで放置していたんだが…
まさかリョータと仲が良いとはなぁ。…おかげで気が変わったぜ」

『変わるな!これからも、そのまま放置でよろしく!!』
「あいつは、お前を気に入っている様だから、俺がお前を奪ったと知ったら…どんな顔をするかな?」
『何言ってるの?涼太君は私の彼氏じゃないから!!!』
「…俺としては、ダチでも気に入りの女で十分なんだよ。むしろ…あいつにとっては彼女より、女のダチの方が稀少なんじゃね?」
『そんな理由でなんて冗談じゃないよ。ヤったら飽きてすぐ捨ててしまう男なんか、こちらから願い下げだよ!』

「よく分かってんじゃん、名前ちゃん。だから、俺と早く別れたかったらヤラせろよ」
そう言いながら、私に近付いて来る。つか、どんな理屈なんだよ、それ。

私は、辺りを見回した。
そろそろ真太郎が戻って来てもいい頃合いだが、どこかで手間取っているのか…まだ近くには来ていない。
これは…時間稼ぎするしかないかな。

私は一回地面に手を着くと、そろりと立ち上がった。
「俺と一緒に行く気になった?」

その時、私は手の中の砂利と拒否の言葉を、一気に灰崎君の顔面に叩きつけた。
『お断りよ!!!』

灰崎君はいきなり礫を食らって、目を覆った。
「ってーっっ!!!何しやがるこのアマ!!!」

私は逃げ出した。足が痛いなんて言っていられない。

しかし、浴衣に草履なんて、動き難いったらありゃしない。
これでは、すぐに捕まってしまうだろう。

私は、人の多い所に逃げようとしていた。
人目が多い場所でなら、私に乱暴を働く事もし難いだろうから。
ただ…ここを動く事によって、真太郎とははぐれてしまう。

私は、逃げながら携帯を操作していた。
真太郎にコールする。…気付いてくれるだろうか?

少しコールしたら、真太郎が出た。
「名前?…すまない、今人が多くて並んでて…」
『真太郎?…灰崎が…!!今、逃げてんだけど』
「なにっ!!?灰崎だと!?今、どこだ!?」

後ろから、私の携帯がひったくられた。
『返して!!』
「おっとw」
灰崎君は、携帯を私の腕が届かない高さに上げた。
そして、まじまじと通話中の液晶画面を見る。
「へぇ。アンタ、リョータじゃなくて、シンタローの彼女なのか」

私はキッと灰崎君を睨みつける。
『…だったら何よ?』
「あのお堅いシンタローくんが相手なら、満足出来ねーんじゃね?…どんな風にヤッてんの?それとも、意外とむっつりだったりしてw」
『………』
「何?黙り?…なら、君の身体の方に聞いてみよーかなー?」
ゆっくりと、獲物を嬲る視線で、歩み寄って来る。
私は、前襟を押さえながら後退った。

灰崎君の手が、私の襟にかかろうとしたその時、不意に私は後ろに引き寄せられ、彼の手は宙を切った。
と、同時に、私の口と鼻はハンカチで塞がれた。
『むぐっ…!?』

灰崎君の目が驚愕に見開かられる。「てめぇは…!?」

そして、私の頭上から出て来た手が、灰崎君の頭めがけて袋を放った。

バッサー

そして次の瞬間、灰崎君は黒っぽい粉に頭から塗れていた。

…袋の中に入っていたのは、どうやら黒胡椒らしい。
それにしても、随分な量である。…一袋って。業務用かよ?
私は、一瞬、何が起こっているか分からずに、呆然と見ていた。

「げほっ…!…はっくしゅ!!はっくしゅっ!!!てめっ…はっくしょん!シン…くしょっ!」

灰崎君は、立て続けにくしゃみを始めた。…どうやら、止まらなくなってしまったらしい。
そして、私を救出した手は、灰崎君から私の携帯を奪った。
ふと耳元で囁く声に、私は我に返った。
「今だ。逃げるぞ!」

真太郎…!?来てくれた…!!
私は安堵のあまり、泣きそうになった。

私は、そのまま真太郎に抱き抱えられる様にして、その場を離れた。

※※※

「…ここまで来れば大丈夫だな。…名前、遅くなってすまなかった。大丈夫か?」
『真太郎…!!』
私は、真太郎に抱き付いた。
ぽろっと涙が零れる。

真太郎も、私をきつく抱きしめ、優しく背中を撫でてくれた。
「名前が電話で助けを求めて来た時は、生きた心地がしなかったのだよ」
と言いながら、携帯を返してくれた。

真太郎のラッキーアイテムの黒胡椒は、さっき私を救出するのに使い切ってしまったから、私は自分のを半分分けた。
…でもいくら入れる物が無いって言っても、ゲットした貯金箱に入れるってのは、どうかと思うんだけどねw

そして、私は足を擦って痛めていたので、真太郎が私を背負って帰る事になった。

少し恥ずかしいけど、逞しくて広い背中に私は安心した。
腕を前に回して、後ろから真太郎を抱きしめる。
いつもは身長差があるから、目の前に真太郎の首筋が見える、この体勢は新鮮だ。…しかも浴衣の襟足とか、中々そそる図である。

『真太郎…大好き』
私は囁きながら、真太郎の首筋に唇を押し当てた。



「名前!!!いきなり何をするのだよ!!」
真太郎が真っ赤になって、首筋に手を当てて怒っている。
『びっくりしたからって、何も投げ出す事ないじゃん!?』
私は、痛むお尻をさすって、よろよろと身を起こした。

『恋人同士の愛情表現だっての』
「愛情表現だと…!?』
真太郎のこめかみに、ぴしりと青筋が走った。…これは、ヤバいかも?

「そうか。…お前はそう言うのだな?」
…何だろう?不穏な気配を纏ったまま、真太郎が私に近付く。
私は反射的に後退ろうとしたが、そのまま真太郎の腕に囚われてしまった。

そして、真太郎は、私の首元に顔を埋めてきた。彼の髪の毛が、私の首筋に当たってくすぐったい。
「し…真太郎…?」
不意に、温かく柔らかい吸い付く感触がした。全身が強張る。
『ひゃっ…!!?』
続いて、ぬるりと濡れた舌が私の首筋を撫でる。
『あっ…!?やっ…!』私はびくりと身を震わせた。

私が茫然としていると、彼は、私の顔を覗き込んで悪戯っぽく微笑んだ。
「恋人同士の愛情表現なのだろう?」

『ちょ…ちょっと、真太郎! 私は、舐めまではしなかったわよ!!』
私は抗議した。これなら、私も舐めてやるんだった!…何だか、負けたみたいで少し悔しい。
「そうだったか?」と嘯きながら、挑戦的な目をして、舌をチロリと出した真太郎の表情は煽情的で、見ているこちらがドキドキする。

「さて…ふざけるのは、この位にしておくか」
真太郎は身体を起こし、私を腕から解放した。
そして、私を軽々と姫抱っこした。

「これなら、後ろからの不意討ちは出来ないはずなのだよ」
彼は、勝ち誇ったかの様に、フッと笑った。

まぁ…この体勢では、後ろからは無理だけど。
でも甘いな!!甘いのだよ、真太郎!!!

私は身を起こして、真太郎の首に腕を回して、唇にキスをした。そして彼の目を覗き込む。
『…前からでも、不意討ちは可能よ?』
「それでも、後ろからされるよりはマシなのだよ。そのまま俺の方からでも仕返せるからな」

…そのまま優しくキスを返された。
そして、彼は低く呟く。
「一つ難があるとすれば、いつまでもこのままだと、前が見えなくて歩けないのだよ」


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