迷い道の中で
『大輝君…助けてくれて、ありがとう』
「おー、名前、お前は大丈夫…じゃねーな?」
青峰君は、私の方に首を回して…しげしげと見た。
『な…何?』
「自分の格好見てみろ。泥だらけだし…怪我してるじゃねーか!?」
私は、自分の身体を見下ろした。
惨憺たる格好に自分で絶句した。
地面を引き摺られたせいで、服は所々擦り切れ、身体も血が滲んでいる。
髪もぐしゃぐしゃ、泥や汚れも付いてしまっている。
「ちょいこっち来い!」『…え?何?』
青峰君は、すぐ横にあったマンション下の公園に、私を引っ張って行った。
そして、私をベンチに座らせて、傷口の手当てをしてくれた。
「ちょっと染みるけど…我慢しろ」
『…ん、ありがと』
「おう。んで、お前は何でこんな所にいんだ?」
そうだよ!
青峰君の問いに、私はハッとした。
一刻も早く、真太郎と約束した場所に行かなくちゃならないんだ!
…でも、こんな酷い格好で…どうしたらいいんだ?
兎に角早く、真太郎に連絡しなくちゃ。
私は転がっていた携帯を拾い上げた。
そして…蓋を開けたままの携帯を見て絶句する。
携帯は…液晶部分が割れていた。
ボタンを押しても画面は黒いまま。
私は電源ボタンを押して、再起動を試みる。
そんな私の手元を青峰君が覗き込む。
「あーあ、こりゃ壊れたな…」
彼の言葉に私は下唇を噛んだ。
泣きっ面に蜂って、このことか。
『大輝君…悪いんだけど携帯貸して。真太郎に連絡取ってくれない?』
「緑間…?名前は、緑間んとこ行く予定だったのか?…つか、奴んとこ行くのに、何でこんなとこいんだ?」
『…道に迷ったの』
「ったく…しゃーねーな。ま、いいや。名前には借りがあるからな」
『…借り?』私は首を傾げた。そんなの、あったっけ?
「以前、俺の愚痴を聞いてくれただろーが。あの後、ちゃんとさつきにも会えたし。案外、女の勘ってのも侮れねぇもんなんだな」
私は微笑んだ。
『じゃ、仲直り出来たんだ?良かった!』
「おう。…しかしお前はマジ気強えな。こんな状態になってんのに…普通の女なら泣いてんぞ?」
『…泣いてこの酷い格好が元通りになるなら、いくらでも泣くよ』
我ながら可愛げの無い女だな、と思う。
今は、この自分のヘマをどうにかしないと、と言う考えで一杯で、正直泣いている余裕なんて無い。
つか、泣いたらこの薄化粧まで落ちちゃうじゃないか。これ以上、酷い姿になるのは御免被る。
…でも…このままじゃ…真太郎の家族になんて会えない。
折角…機会を作ってくれた真太郎に申し訳ない。
…これじゃ、行けそうにないや…。
私は落ち込んでいた。
青峰君には、強がって大丈夫そうな事を言ったけど…実際には、私は心理的打撃がきつくて、立っているだけでやっとだった。
青峰君は、電話をかけている。
「あ、おい、緑間!…切るなよ、だから人の話聞けって!…今な、名前がお前と話したいってよ。
……しょーがねーだろ!?名前の電話が壊れちまったんだからよ」
青峰君は、携帯電話を私に手渡した。
「おい名前、緑間と繋がったぞ!」
私は、一瞬目を瞑った後、覚悟を決めて電話に出る。
『…真太郎…』
「名前、どうした!?もう、時間は過ぎているぞ?」
私は、真太郎の声が聞こえた瞬間、気が緩んで涙が溢れ出してきた。堪らず下を向いて嗚咽する。
『真太郎…約束したのに…守れなくてごめん。…もう、今日は行けない…』
「行けないだと!?名前、お前は今どこにいるのだよ!?」
私は申し訳なさで一杯になり、頭を振った。『…ごめんね。…真太郎』
青峰君が、横から携帯を引っ手繰った。
「おい、緑間。今こいつは、○△通りの近くの三丁目の×□マンション横の公園にいるぞ。迎えに来るならとっとと来い!
もし、30分以内に来ないなら、俺がお持ち帰りしちまうからな」
青峰君は、にやりと笑って私に告げた。
「緑間のヤロー、随分慌てていたな。ヤツの慌てた顔なんて、滅多にお目にかかれねえから楽しみだぜw」
『…大輝君…』
「名前…お前、泣いたから更にひでー顔になってんぞ?」
『…うっ!?顔洗って来る!』
私はバタバタと、水飲み場まで走って行った。
顔洗って戻ると、青峰君は不機嫌に顔を顰めていた。
私の腕を掴んで引き寄せる。
「お前…俺には泣いてもどうにもならない、みたいな事言ったのにな…たく…面白くねぇ」
『大輝君…?』
「気の強えお前が、ヤツには泣き顔を見せたりするのか?…どこが良いんだ?あんなトーヘンボク…」
『と…唐変木って』
青峰君なのに、よくそんな言葉を知ってるな。
彼は、私を抱き締めた。大きな身体が私をすっぽりと包み込む。
『大輝君、離して』
「…お前、今日はもう緑間に会いたくないんだろ?…このままかっ攫っちまおうか?」
『それは困るよ』
私は、そっと青峰君の間に手を入れて胸を押し返したが、青峰君は意にも介さないで更にきつく抱きしめてくる。
…どうしよう…こうされると、身体を動かして抵抗する事も出来ない。
と、耳元で甘く囁かれる。「…俺にしとけよ、名前」
彼の気持ちは嬉しいけど…受け入れる事は出来ない。
私は彼の目を見て、残酷な言葉を口にする。
『…ごめんね。私は真太郎が好き。…だから』
青峰君の瞳が切なげに揺れる。
私は、そんな彼に謝る事しか出来なかった。
※※※
近くで慌ただしい足音がした。と、同時に怒号がする。
「青峰っっ!!」
私は、身体をびくりと反応させた。
そんな私と怒った様子の真太郎に構わず、青峰君は私を離さなかった。
「よう。遅かったな緑間」
「青峰、連絡をくれたのはありがたいが、名前を離すのだよ!!」
「緑間。こいつは悪い男達に絡まれていたんだぜ。お前、こいつと付き合ってんなら、何で守ってやらねーんだよ!?」
『大輝君、真太郎は悪くないよ!私が勝手に迷ったからで…』
「名前…迷ったのか?」
私は再び青峰君の腕から抜けようと動いた。
今度は青峰君は、腕を緩めてくれて、やっと私は解放された。
『…うん。…こんな恰好になってしまって、真太郎の家にお邪魔するなんて出来ないと思ったの…ごめんなさい』
「名前、怪我もその時にか?」
『うん。…青峰君が手当してくれた』
「そう、か…」
真太郎は私を引き寄せ、私の頭の上に顔を伏せた。
「…これからは、こんな事が無いように気を付ける。お前も俺を頼るのだよ」
『…うん。心配かけてごめんね?』
「迎えが来た事だし、俺は行くぜ」
『あの、大輝君!色々とありがとう!』
「おー。…緑間、油断してっと、こいつは俺が掻っ攫うからな!」
「フン、俺に油断の文字はない。…名前は、永遠に俺のものなのだよ!」
「言ってろ」
私達は、去り往く青峰君の背中を見送った。
真太郎は、私の姿を観察する様に見て溜息を吐く。
「…名前…そのままでは、とても家には連れて行けないのだよ」
私は肩を落とした。
そーですよねー…でも、直接真太郎から言われるのはキツイなぁ。
真太郎は私の肩を抱いた。「そこの通りでタクシーを拾うのだよ」
『…?』
彼に言われるままに、タクシーを拾って二人で乗り込む。
彼は近くのショッピングセンターの名前を告げた。
…は?
『真太郎…?』
てっきり家に帰るんだと思っていた。何故にショッピングセンター??
頭を悩ませている横で、真太郎は電話をかける。
「…俺だ。彼女は無事に確保出来たのだよ。これから寄る所があるから、あと2時間半位かかるがな」
ショッピングセンターで降りた私は、真太郎に手を引かれて、先ずは上品な服を揃えているブティックに連れて行かれる。
訳が分からず呆然としている私に、いくつかの服を選んでは寄越す。
「名前、早く試着をしてくるのだよ」
…まさかこれって。
何度目かの試着で、真太郎は満足そうに頷いた。
ミントグリーンのシフォンのツーピース。『…でも、これって…お値段が張るんじゃないのですかねー?』
私がそう言うと、真太郎は「心配はいらない。カードなら持って来ている」と、眼鏡を上げながら言った。
私は目が点になった。
…は?カード払い!?…高校生のくせに!?
『えっ!?そのカードって!』
「俺用の家族カードだが?」
このボンボンめ!…って家も一応資産家か。必要以上にお金は持ち歩かないけどっ!!
『そんな…!駄目だよ!私が払うから!!』
「お前が、そんなに持ち合わせがあるのか?」
『いや無いけどっ!!すみません、店員さん!ツケで払いますから、今はこの持ち合わせで勘弁…!』
私がなけなしの三千円を出したら、真太郎に頭を叩かれた。痛い。
『ちょっとー痛いよー?』
膨れて見上げたら、真太郎が睨み下ろしてきた。
「お前は…俺に恥をかかす気か!?…こう言う物は、大人しく貰っておくものなのだよ!」
『えええ…』
「これは先行投資なのだよ。だから、名前は気にしなくていいのだよ。第一、そんな恰好では行けないだろう!」
『まぁそうだけど…って!先行投資ぃ!?』ってどーゆー事だ!?
真太郎の顔を見上げたら、真太郎は顔を逸らしてそっぽを向いた。耳が赤くなってる。
そんな様子を見せられたら、こっちまで赤面してしまうわ!
そのまま着て行く事を店員に告げて、タグを外してもらい、今までの服を畳んでショップの袋に入れてもらう。
そして、次に私が連れて行かれたのは美容院だった。
ぐしゃぐしゃになった髪を梳いて、緩く巻いて整える。
序でに、薄くお化粧等もしてもらう。
出来上がった格好は、前以上だった。
さすがプロの技すげーw
私は鏡を見ながら感心する。
自分では、とてもこんなに可愛く出来ない…
真太郎は、仕上がった私を見て目を見張った。
私が顔を向けると、視線を逸らされた。
『…なんでっ!?…似合わない?』
私が見上げると、真太郎は狼狽えた様に、眼鏡のブリッジを上げた。
「……いや」
『じゃあ、何で目を逸らすの?』
彼は口を押さえている。顔が耳まで真っ赤だ。…これって。
『…まさか…照れてる…とか?』
言った途端、彼は私の手をいきなり掴んで歩き出した。
「家の者を待たせているから、急ぐのだよ!」
会計を済ませ、ショッピングモールから再びタクシーに乗り込み、今度こそ緑間家に向かう。
…美容院のお金も真太郎が払ってくれた。
『…真太郎、ありがとね』
「礼には及ばないのだよ。…お前がそんな目に遭ったのは、俺の手落ちでもあるのだからな」
『いや…でも迷ったのは私のヘマで』
「俺は、お前が方向音痴なのを知っていながら、迎えに行かなかった」
『…すみません…』それも私が断ったからで…
真太郎は、しゅんとした私の頭をポンポンと優しく叩いた。
「お前が不得手な事は、俺が補ってやるのだよ。そして、俺の苦手な事はお前に頼むのだよ」
『…真太郎…私、真太郎を好きになって良かった!』
優しい言葉に嬉しくなって、にこにこしながら真太郎に告げる。
真太郎と真っ向から視線が絡む。「なっ…!?」
『…?』私は首を傾げて真太郎を見上げた。
ばふっ!
不意に、私の持ってるショップの袋を取り上げられ、それを私の顔に押し付けられた。
何なんだ?…一体…?目の前が真っ暗なんですけど。
「その様な顔は…反則なのだよ!」
微かに聞こえた声の意味が分からない。…一体、私がどんな顔してるって言うんだ?
私が、顔の前の袋を退けたら、真太郎の赤い顔が見えた。
彼の顔を見たら「見るな!」と言われ、頭を掴んで前の方を向かされた。
『あのー…』
困惑した私が真太郎に抗議をしようとしたら、不意に側頭と肩に重みを感じた。
真太郎が、顔を私の肩に埋めていた。
私が彼の方に向き直ろうとしたら、「…見るな。暫くこのままでいろ」と耳元で囁く声が聞こえた。
『………!』
私は耳にかかる吐息の感触に、思わず身体を震わせる。
真太郎は私に寄りかかりながら、怪我をした腕の絆創膏を優しく撫でた。
「痛いか?」
『今は…少しだけ』
「怪我…念の為、後でちゃんと診せるのだよ。この綺麗な肌に痕が残ってはいかんからな」
…何か…肌限定でも、綺麗とか言われちゃうと照れるな…
真太郎の低音ボイスが耳に心地良い。
さっき、ちらりと見えた彼の耳は真っ赤だったな、等と思いつつ、
私は目的地に着くまで、真太郎の体温と重みを、ずっと心地良く感じ続けていた。