決別の刻(とき)
その時、膝の上で火神君が呻いて目を開けた。
彼は、私の顔をぽかんとして見つめている。
『火神君、具合は大丈夫?』
「…誰だ、すか?」
『誰って…やっぱり頭打ったから、どこかおかしくしちゃったのかな?』
私は手を火神君の頭に触れさせようとしたら、火神君が私の手を掴んだ。
火神君の顔が赤い。熱でもあるんだろうか?
「いや…俺は…知り合い違うっすよね?(こんな可愛いヤツ知んねーし)」
「何言ってるんですか?火神君。彼女は服も髪型も変えてお化粧までしていますが、苗字名前さんですよ」
「苗字名前…?えっ…?ま、まさか…名前…なのか??」
真太郎が苛立って、私の手を掴んでいる火神君の手を払い除けた。
「火神、いい加減に名前から離れるのだよ!」
火神君はムッとした様子だったが、私の腕に目を止めた。
「名前、その腕はどうした?…怪我してるのか?」
『ああ…ちょっと転んだんで…大したこと無いよ』
「よく見ると、あちこち…足にも…傷だらけじゃねーか!?…ちょっとよく見せてみろ」
『わっ!?』
火神君が起き上って私の腕を取り、袖を捲ろうとしたら、真太郎がその手をはねのけた。
「緑間、お前さっきから何だよ!?一々邪魔しやがって!!」
「バカめ。邪魔も何も、名前を他の男から守るのは俺の役目なのだよ」
「……は!?それ、どーゆー意味だよ!?」
その時、黒子君がそっと中に割り込んだ。
「緑間君は、苗字さんと付き合っているのですよね?」
「それは…steadyって事か?」
火神君の問いに、私は真っ赤になって頷いた。
「は!?マジかよ!?名前お前、緑間のどこがいいんだ!?」
どこって…それを本人の前で聞くか?つか、いつの間にか呼び方がファーストネームになってる。
私は真太郎をちらりと見た。
真太郎は私を不安そうに見つめている。
私は躊躇いがちに口を開いた。
『…最初は変わった面白い人だなと思った。分かり難いけど実は優しいし、何に関してもベストを尽くす所はとても恰好良いと思う。
それと、純粋な所がとても可愛いくて絆されたかな』
私の返答に、真太郎は真っ赤になって絶句した。
「なっ…!!」
「…緑間君を可愛いと表現するなんて…苗字さんは大物ですね」
「……そう、か」
火神君は、重い溜息を吐いた。
私は彼らしくない反応に首を傾げた。
火神君は、やるせない様な瞳を私に向けた。
…どうしたんだろう?
そして火神君は、決然とした光を瞳に宿すと、真太郎に向き直った。
「おい、緑間。俺と1on1やろーぜ」
私は唖然とした。
『火神君!?あなた頭打って気絶したばかりなのに、早く病院に行かなきゃダメだよ!!』
真太郎は溜息を吐いた。
「…それに、俺はバッシュは履いて来てないのだよ」
火神君は構わずに真太郎を挑発する。
「何だよ。緑間…逃げるのか?」
「何…だと?」
「お前がやる気にならないってなら…そうだな、青峰に倣って名前をかけるってのはどうだ?」
『えっっ!?』
ちょっ!?何でそこで私が出て来る!??つか、青峰君の悪い真似をするなよ!
そこで私は、真太郎の方を見てぎょっとした。
真太郎の全身から、ただならぬビリビリとしたオーラが立ち上っている様に見える。こ、怖い…
「名前は渡さない。火神……俺を本気にさせた事…後悔するなよ?」
「そうでなくっちゃな!…行くぞ、緑間っ!!!」
『えっ!?真太郎まで…?バッシュは履いてないし、ラッキーアイテムも無いし、服装も練習着じゃないのに…?』
狼狽える私の肩を、黒子君が宥める様に軽く叩く。
「苗字さん、男には引けない勝負時ってのがあるのですよ」
『そう…』
なら、私のやるべき事は一つ、…真太郎を信じる事だけ。
二人で倒れたゴールポストを再び立て直す。
※※※
黒子君をジャッジ役にして、真太郎と火神君の1on1が始まった。
今の火神君は、真太郎に対しては最悪の相性だ。
私は固唾を飲んで見守る。
最初のボールは火神君が取った。
真太郎が巧みなディフェンスでそれをカットする。
激しい攻防が繰り広げられた。
以前の秀徳-誠凛戦の記憶が蘇る。
(真太郎…!!!)私は祈る気持ちで手を握り込んだ。
真太郎の3Pシュートを、火神君のジャンプが阻む。
真太郎は、タイミングを外し、重心を後ろ気味にしてシュートを打った。
しかし、それでも二度目に跳んだ火神君の指先が掠ったのか、微妙に軌道を外れたシュートはリングに弾かれた。
でも、それを予測していた真太郎は、既にゴール下まで走っていた。火神君がワンテンポ遅れて後を追う。
真太郎がジャンプして一人アリウープを狙う。
火神君もジャンプして再び阻む。
「させるか!!」
「名前は俺のものなのだよ!お前には渡さん!!!」
「うおおおお!!!」
ガンッ!とぶつかって弾き飛ばされたのは…今度は火神君の方だった。
真太郎が力任せにボールを押し込む。
ボールはネットを潜って地面を転がった。
「……緑間君の勝ちです!」
黒子君が静かに宣言した。
真太郎は不機嫌に眼鏡のブリッジを上げた。
「フン、ダンクで勝つなどとは…全く俺の主義に反するのだよ。だが勝ちは勝ちだ。名前の事は諦めるのだな」
『真太郎っ!!』
私は真太郎に駆け寄った。
「名前…!」
真太郎は、私を強く抱き締めた。
そんな私達を、火神君は切ない瞳で見つめ、寂しそうに呟いた。
「…俺の負けだな、緑間。…これで思い切る事が出来る」
私は真太郎の腕から離れると、火神君に近寄った。
『火神君、大丈夫? 頭打ったのに、1on1なんて無茶するから…忘れずに病院で検査してね』
「あ、ああ…悪かったな、名前。巻き込んで」
その時、火神君が柔らかに笑み、私をそっと抱きしめた。
『火神君…?』
戸惑った私に優しく囁く。
「幸せに…なれよ?じゃあ、な」
火神君は私を解放すると、頭を撫でて、軽く肩を押した。
そして、「緑間!名前を泣かすんじゃねーぞ!?」の声と共に私を送り出した。
「お前に言われるまでもないのだよ!」と真太郎は言い返し、私の手を取った。
※※※
そして今、真太郎の手には、ハニーちゃんの欠片を集めた袋が握られている。
マジで祭るつもりなんだな…真太郎って、こう言う所は律儀なんだよなぁ。
『…それにしても、真太郎の一人アリウープダンクなんて、レアなもの見ちゃったな』
真太郎は、眼鏡をかけ直すと、私を意味あり気に見た。
「ダンク使って勝つのは、火神みたいで全く不本意なのだよ。…だが、あの時は、俺も形振り構ってられなかった。
何せ、名前をかけていたのだからな。絶対に負ける訳にはいかん」
真太郎の真っ直ぐな視線に射抜かれた私は、身動きが出来なくなった。
「名前…?どうした?…顔が赤いのだよ」
真太郎は、私の頬にそっと触れて囁いた。
私が恥ずかしくなって俯いてしまったら、彼の指が顎に滑りかかる。
その指は、私の顔を仰向かせた。
「潤んだ瞳が堪らなく可愛いのだよ…もっと俺に見せろ」
真太郎は、ゆっくり顔を近付けると、唇を重ねた。
私は甘い感覚に酔いしれた。
『んっ…』
長い様にも短い様にも感じた口付けを離すと、真太郎は柔らかく微笑みながら言った。
「寄り道するがいいか?」
『どこ行くの?』
「埴輪を買うのだよ。今度は名前の分と二つな」
『えっっ!?私のも!??』
「当然なのだよ!行くぞ!」
…どうやら否応なく、私は埴輪持ちカップルの片割れにされそうです…