ある秋の休日
今日も秀徳バスケ部は、ウィンターカップに向けて、激しい練習に励んでいた。
今日は秋の連休の一日目だが、私はバスケ部にマネとして出ている。
「よし、今日はここまで!」
大坪キャプテンの号令の元、部員達は居残り練習するメンバーを残して引き上げる。
「…あれ?今日は、真ちゃんは居残り練しないの?」
高尾君は、引き上げる真太郎を不思議そうに見やる。
「…ああ。今日は少し疲れたから、早目に帰るのだよ」
「……へぇ。珍しいねー…でも、明日は部も休みじゃん。後の連休中は全部練習日だけどさ」
『そう言えば真太郎、少し顔色が悪いよ?大丈夫なの?』
真太郎が弱音を吐くなんて、確かに珍しい。
私は真太郎の顔を覗き込んだ。
真太郎は微かに顔を赤らめ、視線を泳がせる。
「…っ、大丈夫だ。少しだけ疲れただけなのだよ。名前、帰るぞ」
「じゃあなー、お二人さん!明日は、ゆっくりデートでもして来いよー♪」
「なっ!?何故知ってるのだよ!?名前、お前高尾に言ったのか!?」
『ちょっ…!!?言ってないよー!!!』
高尾君は、私達の言に笑い転げている。
「そうかなー?と思って言ってみただけだっつーの!やっぱり期待を裏切らねーな、この二人はwww」
『……笑い過ぎでしょ』分かり易くて悪かったな。
「全く…なのだよ!」
同意する真太郎の発言を受けて、更に笑い転げられた。
真太郎と一緒の帰り道を辿る。
もう、これも最近は恒例だ。
『真太郎の家族って、今日から皆で旅行なんだっけ?』
「そうだ。俺も一緒に来いと言われたのだが、練習があるので断ったのだよ」
『…いない時のご飯は大丈夫なの?』
「一応、母が作り置いてくれてるから、心配は要らないのだよ」
『そっか…真太郎は料理、苦手だもんね』
「名前が教えてくれたが、家では作らんからな。…以前、作ろうと試みた時は、家族全員に止められた」
『止められたって…』
「母から、怪我するし台所の物が壊れるし、変な物体を召喚するのは止めて欲しいと、泣きながら懇願された。…そこまで言われてはな」
信用が無さ過ぎ……壊れるって何。つか今、召喚って言った?
『…それは……でも、作らないと忘れちゃうもんねぇ』
「メモはきっちり取ってあるがな。家の冷蔵庫に貼り付けてあるのだよ!」
作る気は満々らしい。私は秘かに笑いを噛み殺した。
そして、明日のデートの打ち合わせをした所で、丁度家に着いた。
『じゃあね!送ってくれてありがとう。明日、楽しみにしてるね!』
「ああ、…俺も楽しみ…なのだよ」
真太郎のデレに私は微笑みを返し、軽く彼を抱き締めてから家に入った。
※※※
次の日、真太郎から電話がかかって来た。
《…名前、すまない。今日は体調が悪いので、デートはキャンセルしてくれ》
『えっ…!!?体調…!?って風邪?』
《ああ。熱が出ている。…すまないな、約束してたのに》
電話の先で、苦しげな咳の音がした。
『デートは、また元気になってからしよう?今日はゆっくり休んで』
真太郎は、すまない、とまた呟く様に言ってから受話器を切った。
私は落胆した。
『…今日のデートはお流れ、かぁ』
今、まさに支度している最中だった。
ベッドの上に散らばっているデート服の候補を見て溜息を漏らす。
真太郎……苦しそうだったけど、大丈夫なのかな?
そう言えば、昨日の帰りは調子悪そうだった。
ご家族は連休の間、旅行中なんだっけ。
真太郎が具合が悪くても、すぐに帰って来れないんじゃ…?
そこまで考えて、私は居ても立ってもいられなくなった。
私は急いで外出着に着替え、支度を完了させて外に出た。
そして今、私は「緑間」の表札のある邸宅の前にいる。
以前来た事があるから、迷わずに来れたのは良いけど…
…真太郎が心配のあまり、つい勢いで来てしまった…休んでいる真太郎の負担にならないといいけど。
インターホン押して、もし出て来ない…なら寝ているかも。そうなら、すぐに帰ろう。
私は心を決めて、インターホンを押した。
「……はい」
少しして、応えがあった。
『真太郎?寝ている時にゴメンね。お見舞いに来たんだけど大丈夫かな?…もし無理そうなら帰るよ』
「…!名前か。少し待つのだよ」
慌てた様に、パジャマにガウンを羽織った真太郎が出て来た。
『わー、ゴメン!やっぱり寝ていたかー!?風邪ひきさんなのに、起こしてゴメンね!?』
「…とにかく、早く入れ」
中に入り、玄関から靴を脱いで上がると、真太郎が私を引き寄せ、腕に閉じ込めた。
熱があるせいか、真太郎の身体が熱い。
『…真太郎』
「今日の予定が流れて辛いのは、俺もなのだよ」
『うん。だから顔見に来ちゃった。具合はどう?』
「…食欲が無くて作り置きが食べられないのだよ」
言いながら、またぎゅうっとしがみつく様に腕を絞めつけて来た。
『薬は飲んだ?』
「……薬は、今の時点では、意味が無いから飲まん。
今、症状を抑えたら、反って治りが遅くなる」
『…分かった。真太郎は寝てて。スープかお粥は食べられる?』
「名前が作った物ならな」
『吐き気が無いなら大丈夫かな。とにかく、水分はしっかり摂らないと』
…何だか、随分と甘えて来てる。
風邪で体調が悪い時に一人でいるのは、やっぱり心細いのだろうか。
私も、家族が外国にいる時に体調が悪い時は、ただの風邪でも心細かった。
私は彼の背中を優しく撫でた。
『なら、台所借りていいかな?食べられそうなら、後で温めて食べて』
「……ありがたいのだよ」
緑間家の台所は初めてなので、彼からざっと説明を受けて、私は食事作りに取り掛かった。
お粥とスープを作り、彼の部屋へ階段を上って行く。
『真太郎…?』
軽くノックしてみるけど、応えが無い。……寝てるのかな?
『…お邪魔しまーす…』と小さな声をかけて襖を引き開ける。
真太郎は寝ている様だった。
部屋の中央に敷いた布団が緩やかに上下している。
私は、お見舞いに持って来たスポーツ飲料を、きちんと整頓された机の上に置いた。
『…すごい汗だな』
私は一旦部屋を出て、タオルを濡らして絞り、ゆっくりと真太郎の額を拭う。
「……うっ……っな!」
うなされているみたいだ。…何の夢を見ているんだろう?
寝てるなら、そのまま帰ろうかと思いつつ、私は真太郎の傍を離れたくなかった。
こんなに…真太郎が苦しんでいるのに、私は何も出来ない。
私は、ぼんやりと彼の頭を撫でた。少しでも彼が楽になれる様にと願いながら。
その時に、彼の手が何かを探す様に彷徨い、私の手に触れた。
『……!!?』
そして、彼の手が、私の手をギュッと握り込んだ。
痛い程に握り締めてくる。
『真太郎…?』私はそっと囁いた。
私は、その縋り付いて来る様な手を離す事が出来なかった。
私も彼の手を握り返す。
「行くな…っ!名前っ……!!」
何の夢を見ているんだろう?
私は、真太郎の髪を撫でながら、優しく囁く。
『真太郎、大丈夫。…私はどこにも行かないよ。真太郎の傍を離れたりなんかしない』
私は、傍にあるスポーツ飲料を取り、少し口に含むと真太郎に口移しで流し込んだ。
彼の唇は、熱で、いつもよりかさついていた。
真太郎は、それを無意識に嚥下する。と、少しだけ呼吸が楽そうになった。
その時、ぱちりと真太郎の長い睫毛に縁取られた瞳が開いた。
熱のせいか、少し目が潤んでいる。
『真太郎…大丈夫?……うなされてたみたいだけど』
私は真太郎の瞳を覗き込んだ。
「……名前…」
まだ幾分か焦点の合わない視線で、私をぼんやりと見つめる。
彼の翡翠色の瞳から、一筋の涙が頬を伝った。
『真太郎?』
驚いた私が再び呼びかけると、真太郎は私を引き寄せ、首にしがみついた。
そして、ぽつりぽつりと耳元で言葉を紡ぐ。
「……夢を見たのだよ」
『…うん』
「名前…お前がこの世界から、いなくなってしまう夢だ…」
それを聞いた私は、ぎくりとして身動ぎした。
「そこでは…お前は違う世界にいるとの事だった」
『…違う…世界……』私は呆然と呟いた。
確かに…私は、元は違う世界の住人だ。
何故か、ここの世界に転生したけど…だからって、向こうで私は死んだりした訳じゃない。
あの時以降の元の自分は…どうなったんだろう…?
戻りたいか?と言われれば…今は戻りたくない。
元の世界の家族に、それなりの愛着はあるものの、…真太郎と別れて生きる世界とか、今では想像も出来なかった。
今度は私が真太郎にギュッとしがみついた。
「名前…?」
もし、神様がこの世にいるのなら、私をこの世界から…真太郎から引き離さないで欲しい。
お願いだから。
私が彼に抱き付いてる時、彼は私の頭をゆっくりと撫でた。
今度は、真太郎が私を心配そうに覗き込んで来る。
「…名前、大丈夫か…?」
私は慌てて頭を上げた。
『あっ、ごめん!病人に心配させるなんて、私、何しに来たんだろうね!?』
本当、これじゃ立場が逆だ。
「…何か不安があるのなら、聞いてやるから言うのだよ」
こんな時でも、真太郎は優しい。
『……今は、真太郎が良くなってくれる事だけを望んでいるよ』
私は精一杯の愛しさを込めて微笑んだ。
「……なら、そろそろ風邪が移る前に帰るのだよ」
『そうする。でも、真太郎が眠るまで、ここに居させて?』
「ああ。鍵は、靴箱の横のボックスに入っているから、閉めた後でポストに入れとくのだよ」
『分かった』
私が真太郎の手を握っていると、安心したのか、彼はうつらうつらとし始めた。
そして、彼が寝入っているのを見ている内に、私まで意識がぼうっとしてしまい…いつの間にか眠ってしまった。