境界線上の夢
-緑間side-
ふと、目が覚めて、辺りを見回す。
どれだけの時間が経ったのだろうか?
辺りは真っ暗になっていた。
…名前は帰ったか…と、溜息を吐いたが、ふとした違和感に眉を顰める。
腰の辺りに温かい重みを感じ、続けて手が握られたままなのに今更ながらに気付いた。
まさか……!?
慌てて手の先を確認すると、名前がしっかりと俺の手を握りながら、布団に上半身を突っ伏す様にして熟睡していた。
時間を確認すると、かなり遅い時間だ。
俺は一旦、彼女を起こそうとしたが躊躇する。
俺がこの状態だから、一人で帰らす以外にはないが…女性が独り歩きするには、些か遅すぎる。
しかし…このままでは、身体が冷えてしまうのだよ。
「……仕方ない、な」
もしかしたら、彼女に風邪を移してしまうかもしれないが…
「そうなった時は、今度は俺が看病するのだよ」
自分の風邪が移るのなら、今度は免疫が出来るから大丈夫な筈だ。
俺は名前を抱き上げ、自分の布団に横たえ、掛け布団を被せて一緒に眠った。
※※※
-名前side-
私は夢を見ていた。
…元の世界にいる夢だ。
ご丁寧に、部屋は、私の記憶が途切れる直前のままだった。
……勿論、その世界には真太郎はいなくて。
どんなに探しても、呼んでも、彼は出て来てくれない。
そして…本棚にある少年漫画が目に入る。
そうだ…これ。
私は凍り付いた様に、手を出す事が出来なかった。
それの中を見るのが恐ろしかった。
……そこでの現実を思い知らされるのが。
自分が真太郎と同じ世界にいれないと…認めるのが恐ろしくて…
私は絶望して、顔を両手で覆った。身体が震えて、涙があとからあとから零れて落ちる。
そして…気が付いたら、後ろから誰かに手首を掴まれていた。
『……え?』誰…?
「名前…そっちに行くのは許さないのだよ!戻れ!!」
『し、真太郎……?』
焦がれた、懐かしい声に私は振り向いた。
「名前の世界は、こっちなのだよ!来い!!」
私は真太郎の胸に飛び込んだ。
温かさと引き換えに、元の世界が薄れて消えて行く……
「……名前!」
『……っ!!』
私は微睡みから目を覚ました。
真太郎が私を揺すり、気がかりそうに覗き込んでいた。
『……あ』
「どうした?…苦しそうだったぞ。…まさか…風邪が移ったか?具合はどうだ?」
そうだ、ここは真太郎の部屋。
暗さからすると、もう真夜中か。
気が付いたら、いつの間にか私は真太郎と同じ布団で寝ていた。
『夢で…良かった…!』
安堵した私は、真太郎に擦り寄った。
「…泣いているのか?……怖い夢でも見たか?」
彼は私を抱き締めながら、優しく囁く。
『…今度は、私が真太郎のいない世界に戻る夢を見た』
「……戻る、だと?」
『私は…元々違う世界にいて…そこからここに転生して来た。…だから』
真太郎は目を瞠った。
「じゃあ、俺のあの夢は…!」
『真実だよ』
真太郎の腕に力が入るのが分かった。
「……許さないのだよ…!!」
『え…?』
「例え、お前が帰りたくとも、俺から離れる事は許さん…!」
『真太郎…!私も、真太郎から離れたくないよ……!!』
あの夢は、私がこっちの世界を選んだら消えて行った。
あっちとはもう、交わる事はないのだろうか?
私を、この世界に留めているのは、今感じている真太郎の体温と重みなのだと思いながら、私は真太郎の身体に腕を回した。
『お願いだから、私を離さないで…!』
「ああ。今夜は、そのままここにいろ。俺が名前を掴まえといてやるから、安心して眠るのだよ」
『うん。…ありがとう、真太郎』
真太郎は、私の頭を優しい手つきでゆっくりと撫でる。
漸く安心した私は、目を閉じ、優しい闇に意識を委ねた。
今度は、夢でも真太郎と一緒にいられる様に願いながら……
※※※
翌朝
-高尾side-
「はよー。真ちゃん、俺ー。迎えに来たぜー?」
俺こと高尾和成は、今日も練習に行くべく、相棒の緑間真太郎の家に来ていた。
俺はチャリアカーを門前に置き、インターホンを鳴らす。
「……?あれ?…おかしいな」
真ちゃんは我儘だけど、時間はきっちり守る律儀な男だ。
以前、おは朝観る為に、遅刻ギリギリだった事はあるけど。
でも、いつもなら、とうに支度していて、すぐに出て来るのに…
「おーい、真ちゃーん!」
そう言えば…緑間ん家って、この連休は家族旅行で真ちゃん以外は留守なんだよな…?
まさか…昨日のデートで、浮かれ過ぎで忘れてなんか…いないよな?
まぁ、そう言う奴じゃねーけどな。
だから、監督も先輩も男女交際を許しているんだからな!
俺は門を開けて潜り、玄関のドアの取っ手を掴んでみた。
「……あ」
玄関のドアは、ガチャリと音を立てて呆気なく開いた。
「マジかよー?鍵かけ忘れるなんて、不用心にも程があるぜ…?」
リビングには誰もいなかった。
俺は、何度か訪れた事がある記憶を頼りに、真ちゃんの部屋へと向かう。
「遅刻したら、先輩達がおっかねーぞーっと」
俺は、真ちゃんの部屋の襖を開けて…中を見て絶句した。
思わず、混乱したまま声を出す。
「…は?…えっ!?何これ、どーゆー事っ!??」
何で、真ちゃんと名前ちゃんが一緒の布団で寝てるのさ!???
俺の声に、真ちゃんがやっと身体を起こした。
そして不機嫌そのものの声で「高尾、煩いのだよ!」と、のたもうた。
いやいやいやいや、煩いじゃねーって!今日は練習があるんだよ!!! それなのに何なの、この状況??
そして混乱しながらも、俺は一つの結論に至った。
「…あ!そうか!!…いやー、真ちゃんもついにやったのか!!!」
「何がなのだよ?」
「とぼけなくても良いぜ、相棒!おめでとー♪これでやっと一人前の男になれたな!!今日は赤飯だーっ!!!」
「んなっ…!!???」
そんなに照れて真っ赤になっちゃって、可愛いーのなw
これで暫く、真ちゃんをからかうネタには困らないぞっと♪♪
俺の騒いだ声で、名前ちゃんも目を覚ました。
『…ん?あー、和成君だー…おはよう…』
名前ちゃんは、へらりと笑って暢気に欠伸している。…こっちは余裕だな。初めて…なんだよな?
いざと言う時は、女性の方が強いって言うけどな。…名前ちゃんもそうなのか?
「名前、高尾に寝顔など見せるのではないのだよ!」
「何ケチ臭い事言ってんだよー?真ちゃんのした事に比べれば、これ位許されても良いっしょw」
「した事…だと!?お前は激しく誤解しているのだよ!!」
「またまたwwwそんなに照れなくてもいいってーの!」
そんなやり取りをしている俺達に、名前ちゃんは可愛い笑顔を向けた。くーっ、このリア充め!!!
『……真太郎、熱は下がったみたいね、良かった!』
「名前の看病のお陰なのだよ」
…は?……看病?
「名前は一旦、家に戻ってから支度して来い。
俺も支度するから少し遅れるが、高尾に先に行かせて報告させとく」
真ちゃんの言葉に名前ちゃんは驚いた様だった。
『えええー?真太郎、病み上がりですぐに練習するなんて…無茶だよ!!もう一日位は休んだ方が』
「病み上がり…?」
『うん。真太郎ね、一昨日から調子悪かったでしょ?風邪、ひいてたんだよね』
それで看病してるうちに一緒に寝てしまった、との顛末を聞いた俺は心底がっかりした。
何だよー、そう言う事、かぁ。
あー…ははっ、吃驚したー……
俺は、片手で顔を覆った。
安心半分、残念半分って、何とも言えない気持ちだな…
それに、名前ちゃんは不思議そうな表情で、俺の顔を覗き込む。
『どうかしたの?和成君??』
汚れた考えに捉われた俺に、そんな純粋な瞳を向けないで!居たたまれないから!!
そんな俺に、真ちゃんは冷たい瞳を向ける。
「高尾は、始終どうにかしているのだよ!!!」
「酷っでーよ、真ちゃん!!!」
「なら、俺、先輩達に言っておくから、今日は二人とも休みなよ!…名前ちゃん、真ちゃんをよろしくなー!!」
俺は言いながら、真ちゃんの部屋を出た。
なおも、「俺は行くのだよ!!」と言い張る真ちゃんを、名前ちゃんは宥めている。
『体力を回復させるのも、練習のうちだよ!』と。
俺は含み笑いをして、緑間家を後にした。
さーて、先輩達には何て言ってやろうかな?