それから


体育祭


秋は、何かと行事の多い季節だ。
そして、部活と勉強で忙殺されている私にとって、更に憂鬱な行事が加わった。

「これから体育祭の競技を決めまーす!」

秀徳は、クラスごとに別れて勝負を競う。
上の学年と組が一緒なら、同じ陣営と言う訳だ。

「……名前は、出る競技を決めたのか?」
斜め後ろの席の真太郎が聞いて来る。
私は溜息交じりに呟いた。
『……私、運動苦手だから…せめてクラスの足を引っ張らない競技がいいなー』
「…どの競技も、それなりに点数が付くのだよ。…少しは鍛えた方がいい」

付け焼刃でも通用するならそうしようか、等と考えていたら、隣の席の高尾君が私達の会話に割り込んだ。
「と言っちゃって〜。真ちゃん、俺と一緒にトレーニングするかー? とでも誘うつもりなんでしょー?
彼女とだったら、トレーニングも俄然楽しくなるしー?」
真太郎は、真っ赤になった。
「……っ! 馬鹿な事を言うな!! そんな疚しい気持ちでトレーニングなど出来る訳がないのだよ!!」

デートでトレーニングって……汗だくで真っ赤になった顔なんて見られたくないなー…
ぼーっと思案していたら、高尾君に覗き込まれた。

「どーしたの? 名前ちゃん?」
『…いや、乙女心としては、それは遠慮したいかな? って』
それを聞いた真太郎は、黙って眼鏡をカチャリと上げた。

高尾君がそれを目敏く見て、私を突いて小声で言う。
「あ、名前ちゃん、真ちゃんショックを受けてんぜ?」
『…えっ?』
「事情はどうあれ、それって彼女に断られたって事になるんじゃね?」

『…………』
私は真太郎に目をやったが、彼はふいと顔を背けた。
『……あの』
私は躊躇いがちに真太郎に声をかける。

「……何なのだよ」

あ、今ので拗ねてしまったらしい。
私はツンツンと真太郎の袖を突いた。

『…私は真太郎とデートするなら、汗だくな姿よりも、お洒落してデートしたいと言っただけだよ?
好きな人には、少しでも綺麗にした姿を見て貰いたいじゃない?』

そう告げると、彼はようやっとこっちを向いてくれた。彼の白い頬がほんのりと赤く染まってる。
ホッとする間もなく、私は不意に彼に腕を掴んで引き寄せられた。

「…俺は、どんなお前でも別に構わん。…一緒にいれるならな」

サラリと殺し文句を耳元で囁かれ、私は一瞬で顔に熱を上らせた。
そんな私を高尾君は横目で見、やや呆れた様に「ご馳走様!」と冷やかす声も耳に入らなかった。


結局、私は借り物競争に出る事に決めた。


『あれ、真太郎は体育館に行くんじゃないの?』
高尾君は「お先ー」と、真太郎に声をかけて教室を出る。

「…今日は、体育委員会があるのだよ」
『あら、練習忙しいのに委員会、あるんだー…?』
「ああ。体育祭が近付いて来たからな」
『……大変だよねー、WCの練習もあるのに』

真太郎は、美術室に向かう私と並んで歩いた。
「…名前は、借り物競争にしたのだな」
『……まぁね。足も鍛えなきゃだけど、これはどっちかと言うと運が勝負でしょ? …だからまだ気が楽かなって』

真太郎は眼鏡のブリッジを上げる。
「……運、か。運を引き寄せるには、先ず人事を尽くさねばならん。名前が努力するなら、俺も協力は惜しまないのだよ」

※※※

そして体育祭当日になった。

真太郎は、俊足を生かしてのクラス対抗リレーのアンカーと、先輩命令でクラブ対抗リレーに出る事になっていた。
高尾君は騎馬戦での乗り手と、後は真太郎と同じ、クラスと部のリレーに出る事になっていた。
クラス全員で参加した玉入れでは、真太郎が全部放る球が見事に全弾命中していた。勿論暫定一位だ。

「おい、おめーの所のクラス、緑間使うなんて反則だろ!?」
クラス違いの宮地先輩には文句を言われてしまった。

高尾君は、鷹の目を生かして騎馬戦で指示を出し、器用に避けながら次々と鉢巻を奪う。

そして、私の番の借り物競争になった。
ピストルの音と共に、コースを駆ける。
そして、めいめいに落ちていた紙を拾い、指示を読む。

さて、私のは。
『…………』

[おは朝による、本日のラッキーアイテム]

目にした私は暫し固まる。
何だよ、これ。…誰が書いたか、分かっちゃったぞ。
見てない人だったら、どーしよーもないんじゃないか? これ。

確か今日のラッキーアイテムは……
そう言えば先日真太郎が、今日のラッキーアイテムは忘れずに携帯するよう、私に念を押していた。
でもね、今日のは無理なんだよ。そうそう手に入る物じゃないから。

だって今日のは……"野球のサインボール"なんだから。
知り合いで球場に行くのが趣味とか、野球関係者がいれば話は早いんだけどね。

でも、私は確信していた。
真太郎なら、これ位の難易度は軽々こなしてしまうに違いない。

同じ星座で良かった、と言って良いのか。

『真太郎ーーっ!!!』
私は丁度近くで見ていた真太郎に駆け寄る。
彼はふっと柔らかな笑みを零した。
「…蟹座のラッキーアイテムなら持ってるぞ。名前の分まで手に入れる事は叶わなかったが」
『…貸してくれる?』
「無論。協力は惜しまんのだよ」

私は礼を言って受け取った。
これはレア物だ。終わったらすぐに返そう。

私は早く借りられたお陰で、鈍足にも関わらず一位を勝ち取った。

競技が終わり、私はラッキーアイテムを早く返そうと、真太郎を目で探した。

ドン!

『あっ!?』

余所見をしていたら、近くを通りがかった人とぶつかってしまった。
その瞬間、手からボールが転がり落ちる。
そのボールはコロコロと転がって行ってしまう。
私は謝罪もそこそこに、慌ててボールを追った。

「クゥ〜ン…」

そこに小さな白黒の犬がいた。
あの犬…何だか見覚えがある様な…?

その犬は、転がったボールに興味を持ったらしく、フンフンと匂いを嗅いでいたが、パッとボールを咥えた。
『ああっ!? 駄目よ、そのボールは…!!!』
声をかけたけど、その犬が聞く筈も無く、走り去って行ってしまった。
私は慌ててその犬を追った。

※※※

-緑間side-

借り物競争が終わったので、俺は名前を捜した。が、どこにも見当たらなかった。

どこだ?

俺は、クラスの連中が集まっている場所にも行ったが、名前は居ず、
クラスメイト達に訊いても知ってるヤツはいなかった。

「真ちゃん?」
「……高尾、名前を知らないか?」
「…そう言えば…いないね。さっきまで競技に出てたんじゃなかったの?」
「その筈なんだが…ゴール近くも、この辺りも見当たらないのだ。クラスメイト達に訊いても分からんのだよ」

俺の言葉に高尾は首を傾げた。
「おかしいよね。…さっき名前ちゃんは、真ちゃんからラッキーアイテム貸して貰ってたろ。
名前ちゃんの性格なら、真っ先に真ちゃんの所に返しに来ると思うけど…?」

携帯は、皆荷物と共に教室に置いてある。連絡がすぐに取れる物は無い。
高尾は横で呟いた。
「……まるで…名前ちゃんだけが、ここから忽然と消えちゃったみたいだね…」

消えた……だと!?

俺は高尾の言葉を聞いて、胃の腑に氷を落し込まれた様に全身の血の気が引いた。

先日の、彼女の転生の話…夢の話…あの時は、俺の体調不良が見せた幻。
そう思っていたが、今になってそれが現実味を伴い、不安感が迫出して来た。
俺の上体がぐらりと傾ぐ。

「真ちゃん!? 真っ青だぜ!!?」
大丈夫か? と問う高尾の声にも答える事は出来ずに、俺は支えに来た高尾の手を振りはらった。

「……名前…っ!!」
俺は叫んだつもりだったが、出て来たのは頼りない、掠れる様な声。

名前がいなくなるなんて。
「…そんな事は…っ! 許さんのだよ…!!!」

「真ちゃん!! しっかりしろよ!!!」
俺は、高尾の声も耳に入らず、フラフラと名前の名を呼びながら、手あたり次第に探し回ろうとした。

「おい、緑間はどうしたんだ?」
大坪先輩が不審に思い、声をかけて来る。高尾が先輩に説明してくれた。

「…苗字…か。俺も見てないな。放送で呼び出しをかけたらどうだ?」
呼び出し…その手があったか。
俺は身を翻して、放送ブースに駆け込んだ。


page / index

|



ALICE+