嵐の前触れ
父から、取引先の家の名前が[赤司]、彼の名前が[征十郎]と聞いた私は固まった。マジでか。
父も母も、にこにこしながら言う。
「帝光は大きな学校だけど、赤司さんは名前と同学年で凄く優秀なんだそうだよ。クラスはどうだった?」
『あー…赤司さんはいなかったよ』
「それは残念…あ、でもバスケ部に入っているとの事だから…」
『それも無理。もう別の部に入ったから』
うちの両親はマジで残念そうだ。
いくら仕事に有利になるからとは言え、玉の輿狙いとか冗談じゃないぞ。
私は、どんなに外見が良くても、「頭が高い」とか、鋏を振り回したり、「逆らうなら親でも殺す」とか言う物騒な人とは、お付き合いは無理だから!!!
それよりも、向こうからしてみれば成績と画力はいいけど、それ以外は大したスペックのない私だから、そもそもお眼鏡に適う事もないだろうが。
※※※
-赤司side-
父から彼女の事は聞いていたので、俺はそれとなく苗字の事を注意して見ていた。
彼女は一見、そこそこ可愛いが容姿は普通だ。
でも成績は、俺や緑間と張り合う位には良い。
運動神経は、そう良くはないらしいし、バスケにも興味がないみたいだから、別に「取引先の娘」だからといって、特別視する意味はないと思った。
取引先といっても、赤司家には数多くの内の一つだし、資産家だからといっても釣り合う程名家ってわけじゃない。
そこまでの付き合いを望むのは、むしろ彼女の両親の方だろう。
しかし俺は、それからすぐ彼女に対しての認識を改める事になった。
帝光美術部から三科展に入賞した生徒が話題になった。
苗字名前だ。
俺は、緑間と一緒に展示されてる美術館に行った。
展示されていた絵は、テーマ自体はありふれた風景を写したものだった。
手法自体も特別なものじゃない。
しかし、その絵を覆う静謐な透明感には惹かれるものがあった。
繊細で、隅々まで神経が行き届いている。
一見荒く塗った箇所も、全体から見れば、その荒さと緻密さとのコントラストが見事な調和を醸し出していた。
無造作に見える箇所まで、計算が行き届いていた。
俺は感嘆の溜息を吐いた。
「…とても中学生の描いた絵とは思えないな」
緑間も同意する。
「これは、磨かれた技量の人間が隅々まで計算しつくして初めて描ける絵なのだよ。…通常の中学生には無理なのだよ」
「でも、ただ技量が優っているだけではないね。かなりの経験が必要だし…これは、認識を改めなければならないな」
「この絵を描いた人間が誰であれ、この絵には何か惹かれるものがあるのだよ…」
「緑間も、相当この絵が気に入った様だね」
「…何故か、いつまでも観ていたいと思わせられるのだよ」
緑間も俺も、いつまでも飽きもせずに彼女の絵を眺め続けていた。
※※※
-名前side-
帝光中学校
私は、裏口に通じる階段を降りた所で、ある光景に出会した。
「あんたさー、少し位可愛いからっていい気になるんじゃないわよ!!」
「幼馴染だか何だか知らないけど、青峰君といつも引っ付いてて目障りなんだよ!」
「一年のくせして、すぐにバスケ部の一軍のマネになれるなんて、部長に色目でも使ったんじゃないの!?」
桃色の髪の女の子が、女の子達に囲まれて罵倒されている。
彼女は大きな目に涙を浮かべてはいたけど、気丈に言い返しもしないで耐えている様だった。
バスケ部の一軍レギュラーと言えば、イケメンが多くて女の子達の憧れの対象になっている。
マネージャーだって三軍までいる所に、入部してすぐに一軍のマネになったから女の子達からの嫉妬が凄い。
ただでさえ美少女でモテているだけでも、同性からは敵認定され易いのに。
これに根本的な解決はすぐには不可能だ。
ただ、大勢が寄って集って一人を責めているのは感心しない。
私は、通りがかりの何気ない風を装って、その中心にいる少女に声をかける。
『あー!見付けたー!!桃井さん、バスケ部顧問の先生がすぐに来てくれってだって』
彼女達が一斉にこちらを見る。
私はにっこり笑って、あえて空気を読まずにダメ押しをする。
『早く来てねー』
囲んでた少女達は、仕方無しに包囲網を解く。
桃色髪の少女は、こちらに向かって走って来た。
「あの、貴女は…?」
『私は伝言を頼まれただけ。職員室だって。じゃね』
私は、ひらひらと手を振って彼女を去らせてから、別の方向に足を踏み出す。
廊下を暫く歩いていたら、不意に後から声がした。
「桃井を助けてくれて、礼を言うよ。苗字さん」
振り返ったら、ただならぬ風格を持つ赤い髪の美少年がいた。
うわぁ出たよ!!キセキのラスボス、赤司征十郎!!!
整った外見は少し幼さを残すけど、赤い瞳に宿る意思の光が底知れなさを感じる。
私は、すっ呆けてにっこりと笑った。
『…何の事ですか?私はただ、先生の伝言を伝えたまでですよ』
「その先生なら、さっきまで俺と一緒にいたけど?」
…やっぱりバレバレの嘘は通用しないか。
私は内心で舌打ちをする。
「初めまして。俺の名前は赤司征十郎。君の家とは仕事上の繋がりがあって、ご両親とは懇意にさせてもらってるよ」
『こちらこそ、初めまして。…私の事、ご存じなのですね?』
「苗字さんの事は父からも聞いていたから、近い内にご挨拶に伺おうと思っていたんだ…手間が省けたよ」
『…それはどうも。こちらこそ、赤司様とお父様には両親からよろしくと』
「父に伝えておこう。…ところで、苗字さんは、バスケ部にマネとして入部する気はないかな?」
『…私は、今は美術部と料理部に所属していますので、バスケ部のマネはとても無理です』
「それは残念。…美術部と言えば苗字さん、三科展入賞おめでとう。絵を拝見させてもらったよ。素晴らしかったね」
……! わざわざ観に行ったんだ? 私の頭の中で警鐘が鳴り出す。
『……ありがとうございます。まさかご覧になられているとは』
「おかしいかい? ジャンルは違うけど、同じ年で優秀な人には興味あるよ。…そうだね、あれはとても中学生が描いたものとは思えなかった」
『…何が仰りたいのです?』
「中学生の作品とは思えないほど熟達している…と言っていいのかな。ああ、でも、君じゃない大人が描いていると言った意味ではないよ?
君と話していても感じるんだが、同学年の子としては、違和感があるんだ」
私はぎくりとした。
『違和感…ですか?』
「俺も時々言われるんだけどね。今の君の応対は、まるで大人みたいだ」
鋭い。何なのこの人…?
キセキのボスだけはある。
『赤司様が大人っぽいから、つられただけです』
赤司君は低く笑い出した。
「…くくっ、君は面白い人だね。そんな事、俺に面と向かって言うの?
それに俺は同学年なんだから、"様"は付けなくていいよ。普通の言葉で話してくれ」
『分かった。じゃ、赤司君でいい?』
「ああ。君とは気が合いそうだね。これからもよろしく頼むよ」
『…こちらこそ、部もクラスも違うけど、よろしくね』
彼と握手を交わした時、一瞬の事だけど、緋色の瞳に私の全てを見透かされた様な気がした。
まさか、これでフラグ…立ったりしないよな?
※※※
-赤司side-
彼女を去るのを見届けてたら、隠れて一連の話を聞いていた緑間が、俺に話しかけて来た。
「…あれが苗字名前か。大人しめの外見に似合わず、頭が切れるみたいだな」
「彼女に興味があるかい?」
緑間は眼鏡のブリッジを上げた。
「俺を成績で負かす女に、興味が無いと言えば嘘になるのだよ」
「フッ、緑間は負けず嫌いだからな。でも俺も彼女には興味があるね。…彼女には何か秘密がある」
「秘密だと…?」
「それが何かまでは分からない。でも、彼女の行動様式には興味深い点がある。
彼女は一見、飄々として見えるが、表立つ行動は慎重だね。…桃井の件と、俺とのやり取りで分かるが、出来るだけ周りの注意を引かない様に行動している」
「桃井を助けたのは、何か思惑があっての事なのか?」
「…いや、多分見かねただけだろう。だが、出来るだけ目立ち難くしてる様には感じる」
緑間は溜息を吐いた。
「成績が赤司に次ぐ程優秀で、中学生離れした画力で三科展に入賞などと…目立たない筈がないのだよ。
最も目立つのを恐れて、人事を尽くさないなら論外だが」
「そうだね。…ただ俺には、彼女が目立たない様に行動している理由は、あの違和感と関係しているのではないかと思っている」
「さっき赤司が言った、大人びた応対か。…確かに赤司と初対面で、あれ程落ち着き払っている同学年の女は初めて見るのだよ」
「ただ大人っぽいだけなら、違和感にまではならないんだ。あれには多分…何かあるんだ」
そこまで言ってから、俺は自分が必要以上に苗字に関心を持ってしまっているのに気付いた。
「…と言っても、彼女がバスケ部に在籍しない以上は、俺にとっては大した意味は無いね」
俺は、自分に言い聞かせる様に呟いた。
しかし緑間は、俺の言葉とは裏腹な気持ちを察した様だ。
「意味…か。でも、赤司がそこまで言う女なら、俺も興味が出て来たのだよ」
-赤司と緑間にロックオンされました-